IS学園生活二日目
照秋と箒、マドカは5時30分に起床、朝のトレーニングを行った。
入念な柔軟とランニング、そして立木打ち三千回。
さすがに箒がこれと同じメニューをこなすことはまだ無理なので立木打ちは千回未満だが、それでも二人とも大量の汗をかき息切れしていた。
どう見ても朝練の内容をはるかに超えた内容だが、照秋はこれを三年間続けてきた。
今更辞めるなんて選択肢は無い。
箒にしても、少しでも照秋に近付こうと必死なため、なんとか照秋と同じメニューをこなそうと毎日頑張っているのだ。
ちなみに、マドカはある程度トレーニングには付き合うが、立木打ちはしない。
「私の本分はお前たちの護衛だ。そんな精根尽きるメニューを一緒にやったら守れるものも守れん」
言うことはもっともだし、マドカ自身相当な格闘技の実力を持っている。
総合的な戦闘力や経験値は照秋や箒が足元にも及ばない強さである。
シャワーを浴び、さっぱりした三人は制服に着替え食堂へ向かった。
照秋と箒は和朝食、マドカはモーニングセットを頼み、隅の方のテーブルに座る。
中央の長テーブルでは一夏が多数の女子に囲まれ騒いでいた。
「朝から騒がしい奴だ」
トーストに噛り付き、マドカは一夏を睨む。
箒も騒がしい一夏を一瞥し、興味が無いように無言で味噌汁に口を付けた。
照秋などは一夏に見向きもせずもくもくと焼き魚の身を解すことに集中している。
「お、織斑君! ごはん、一緒していいかな!?」
突然声をかけられ顔を上げると、そこには見知った顔、クラスメイトが三人いた。
「おはよう、カルデローネさん、ベッケンバウアーさん、趙さん」
照秋はニコリと微笑みかける。
ドイツから来たヴィクトーリア・ベッケンバウアー
イタリアから来たオリヴィエラ・カルデローネ
中国から来た趙・
「いいよね、箒、マドカ?」
「……まあ、別にいいが」
「共同の場だからな。どこなり好きに座ると言い」
三人が空き席に座ると、周囲から変な声が。
「くっ、こっちでもやられた!」
「大丈夫よ、まだまだ挽回できるわ!」
「プラン変更、これからはもっと積極的に行くわよ!」
何を言っているんだろうか?
「……お花畑な脳みそ持ちばかりだな」
フンと鼻を鳴らす箒とマドカ、そして苦笑する三人。
そして、6人での朝食が始まったが、三人は以外にも照秋ではなく、箒やマドカと話し込んでいた。
「ワールドエンブリオ社の発表見てたよー篠ノ之さん、かっこよかったー」
「そ、そうか?」
「結淵さんもあの余裕な仕草が優雅できゅんきゅんしちゃった!」
「……そうか」
凄くフレンドリーに話しかけてくる三人に、若干戸惑う箒とマドカ。
人付き合いが下手な二人は、好意をもって接してこられた経験があまりない。
大概が嫉妬、羨望、恨みなど、負の感情が多い。
だから、今の素直に褒めてくれる三人に戸惑いつつも、悪い気はしせずことの外会話が弾んでいる。
だから、自然とやわらかい態度をとるようになっていった。
「そういえば、織斑君たちって剣道部に入ったんだよね?」
「うん、そうだけど?」
「剣道部って、運動部の中ではかなり厳しいって有名なのに、よく入ったね! しかも、新入生はまだ正式な部活案内してないのに」
意外そうに照秋と箒を見る三人に、箒は丁寧に答える。
「私たちは幼いころから剣道をしていたからな。だから、学園で剣道部に入るのは当然だろう?」
「へーそうなんだー」
なるほどーと、うんうん頷く三人と、照秋たちの会話を聞き逃すまいと聞き耳を立てる周囲の生徒たち。
三人は照秋にも話しかけるようになり、照秋と箒が幼馴染という情報も聞きだし驚いていた。
そして、あっと何かを思い出したのか、カルデローネが声を出した。
「そういえば、たまたま剣道部の先輩が話してるの聞いたんだけど、『カッカクケンショウ』ってなに?」
照秋が味噌汁を吹きそうになる。
それを見て箒は苦笑し、マドカはにやりと笑った。
「『カッカクケンショウ』というのはな、こう書くんだ」
テーブルに備え付けられている紙ナプキンにスラスラと「赫々剣将」と書くマドカ。
外国から来た三人には見慣れない漢字だろうし、聞いたこともないだろう。
「これはテルのあだ名だ」
「どういう意味なの?」
ベッケンバウアーが隣で見慣れない漢字を見て首をかしげる。
「もとは日本の剣の腕が立つ将軍についたあだ名みたいなもんだ。詳しいことは省くが、つまり、テルの剣道の腕はその将軍くらい強く光り輝いているってことだ」
「へー!」
三人はマドカから説明を受けると目をキラキラさせ照秋を見る。
「ちなみに箒のあだ名は『女一刀斉』だ」
「おいマドカ! 勝手に言うな!」
ニヤニヤ笑いながら箒のあだ名を暴露するマドカに、不本意なあだ名を勝手に言われて憤慨する箒。
だが、三人は女一刀斉と聞いてもピンと来ないのか、首をかしげていた。
朝食を終え、照秋たちはカルデローネ達と教室へ向かい、授業が始まるまで話をしていた時ベッケンバウワーがこんな話題を振った。
「あ、そういえば一組の子から聞いたんだけど、一組はクラス代表をISの試合で決めるんだって」
「ほう」
箒は、なんとも単純な決め方だなと思った。
ISが一番扱える人間がクラス代表、まあそれはこの学園ではアリだろう。
なにせ、生徒会長がIS学園最強という通例があるのだから。
だが、ISの技量だけでクラスをまとめられるかと言われれば、首をかしげるしかない。
「対戦は、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんと、織斑一夏君だって!」
「ふん、なんだその出来レースは」
マドカは呆れつつも、照秋と箒を守るうえで叩き込んだIS学園全生徒の経歴の中で、セシリア・オルコットという人物のデータを思い出した。
家庭環境もあるが、オルコットは男性不信だったはず。
つまり典型的女尊男卑思考が強いととれるだろう。
実際、決闘に発展した経緯がまたふざけていた。
クラス代表を決めるときに担任が自薦他薦を問わないと言い出し、クラスメイトが調子に乗って織斑一夏を推薦したのだ。
そこで、クラスメイトが面白おかしく推薦した事と、男というところに怒ったオルコットが激怒。
事もあろうか織斑一夏の事だけでなく日本国そのものを侮辱する発言をして、織斑一夏が反論、そして決闘となった。
正直、担任は何をしているんだと言いたい。
そんな女尊男卑思想の女が、素人の織斑一夏とISで対決する。
もちろん、オルコットが勝つだろう。
そして、それを大勢の生徒の前で見せ、男を貶めようという魂胆だ。
あからさますぎて、マドカは鼻で笑った。
「そういえば、ウチのクラスはまだ決めてないよね?」
趙がそう言うや、クラスメイト達が一斉に照秋を見た。
「……え?」
一気に視線が集まったので、たじろぐ照秋。
クラスメイトたちはこう思ったのだ。
せっかくの男性操縦者なのだから、盛り立てないと!
一週間前の発表の時、巧みにISを操縦していたから大丈夫だろう!
戦ってる織斑君の画像なら、絶対儲かる!
……欲望ダダ漏れである。
照秋は困った顔で箒やマドカを見た。
「私は賛成だ」
なんと箒は賛成派だった。
それを聞いて箒と握手するカルデローネ。
「まあ、いいんじゃないか」
マドカさえも肯定する。
趙が嬉しそうにマドカの手を握りブンブン振る。
照秋は基本的に目立つことを嫌うし、人の前に立って何かをするなんて出来ないと思っている。
現に、中学時代剣道部の主将を推されたが、自分には無理だと辞退した。
自分にはクラス代表など無理だと抗議するが、マドカはそれを手で制する。
「まあ聞け。クラス代表は、雑用が主で確かに面倒臭いだろう。だが、代表になった方がISの試合に出場できる機会は増える。これはテルのためでもあるんだ」
「……いや、でも……」
「反論したければ、私に勝つことだな」
「それは卑怯だろ!」
照秋の叫びと共に、始業ベルが鳴りスコールとユーリヤが教室に入ってきた。
そして、早速授業が始まるかと思いきや、ああそうそう、と別の話をしだした。
「昨日決め忘れたけど、クラス代表を決めないとね」
……なんでそんな時事ネタを放り込んでくる……
照秋はチラリとスコールを見た。
……こちらを見ながら口元が三日月のように歪んでいた……
あれは絶対入ってくる前の教室の会話を聞いていた顔だ!
「じゃあ、織斑君、よろしくね」
「まだ何にも話してないじゃないですか!!」
いきなり名指ししてくるスコールにツッコむ照秋。
「往生際の悪い男は嫌われるわよ?」
「あれ、俺が悪いの!?」
なんとか打破しようと考えていると、後ろからポンと方に手を置かれた。
振り返ると「諦めろ」と目で訴えるマドカがいた。
「とはいえ」
一人騒ぐ照秋をしり目に、スコールは教室内を見渡す。
「いきなり織斑君を任命しても、納得いかない子はいるわよね」
そういうと、数名の生徒が顔を伏せたり、視線を逸らしたりした。
昨日、ISの本質と女尊男卑の愚かさを説いたが、昨日今日で考えが変わるほど簡単なことではないとスコールも自覚しているし、それに対し何か言うつもりはない。
それ程根深い問題なのだ。
「みんな噂で聞いてると思うけど、一週間後に一組のクラス代表を決める試合があるのよ」
それでね、とスコールは続けてこう言った。
「アリーナもその後空いてるし、丁度いいからウチのクラスも同じような事やろうかなって思ってるのよ」
「そうですねー。ウチのクラスは優秀な人材が多いですからー」
ユーリヤもスコールの提案に賛成のようだ。
「目的は織斑君の実力を知って、納得してもらうための試合。それじゃあ誰か織斑君と試合したい人、挙手してー」
スコールが手を上げるように促すと、二名手を挙げた。
一人は趙・
趙は中国の代表候補生、アーチボルトはアメリカの代表候補生だ。
予想通りの展開に、スコールはフムと少し笑いユーリヤを見てお互い頷いた。
「じゃあ、趙さんとアーチボルトさん、それと篠ノ之さんと結淵さんね」
「ちょっと待て」
マドカが立ち上がった。
「何どさくさに巻き込んでる」
マドカは抗議するが、スコールは飄々と躱す。
「あら、いいじゃない」
「よくねーよ。箒とテルはともかく、そこの二人なんてレベルが低すぎて私にメリットがないだろうが」
スッと、教室の温度が下がった気がした。
「……結淵マドカさん? えらく大きな態度を取るのね」
アーチボルトがマドカを睨みつけるが、マドカはその視線を鼻で笑った。
「ハン、事実だ。私はこの学園全生徒の経歴に目を通し記憶している。はっきり言うが貴様らでは力不足だ。それに専用機も持たない代表候補生程度の力量で私に勝てると思ってるのか? だったら手遅れだ、脳外科行け」
「あなたねぇ!」
マドカの言葉に声を荒げバンッと机を叩くアーチボルト。
「第三世代機を専用機で持ってるからっていい気にならないでよ!」
「ああ、そうかい。なら私も学校の訓練用ISで戦ってやるよ。どうだ、これで対等だろうが」
「くっ、吠え面かかないでよ!」
「お前がな、
ワザと厭味ったらしく言うマドカに、うまく乗せられるアーチボルト。
その会話を聞いてスコールはより笑みを深くした。
「じゃあ、結淵さんの参加も決定したということで、試合は一週間後、総当たり戦で勝利数が多い子がクラス代表ということで。はい、じゃあこの話は終わり。授業を始めましょう」
スコールはてきぱきと話を進め、クラス代表の話は終わってしまった。
そして、マドカは気付いた。
「……しまった」
つい調子に乗って口車に乗ってしまった…それをスコールにいいように利用された……
いや、こうなることもスコールの計算のうちだったのだろう。
ガックリ肩を落として席に着くと、照秋がマドカの方を見て、笑顔でこう言った。
「ドンマイ!」
そのざまあ見ろと言わんばかりの笑顔にムカついたマドカは、照秋の頭を一発殴った。
「え、もしかして決定事項? ……私は何も言ってないんだが……」
箒は展開についていけず、終始置いてけぼりだった。