メメント・モリ   作:阪本葵

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第11話 セシリア・オルコット

「頼むよ箒! 俺にISのこと教えてくれ!!」

 

「断る」

 

昼休み、箒は照秋たちと昼食を採ろうと教室を出ると、織斑一夏に強引に屋上に連れて行かれた。

そして、自分にISについて教えてくれと頼んできたのだ。

箒には一夏にISを教える義理はない。

だから、即答した。

 

「なんでだよ! 幼馴染だろ箒!」

 

「馴れ馴れしく名前で呼ぶな、織斑」

 

冷たい視線で睨む箒に、一夏はビクッと震えた。

 

「そもそも私と貴様はクラスも違う。貴様のクラスのゴタゴタに私を巻き込むな」

 

「そ、そんなこと言わないでくれよ!」

 

「くどい!!」

 

箒の一喝に、一夏はヒッと悲鳴を上げた。

 

「自分の事は自分で解決しろ。できなければ自分のクラスメイトに頼るか、担任の千冬さんに頼めばいい。少なくとも照秋なら私に頼らず自分でなんとかするぞ」

 

箒は侮蔑の目で一夏を睨み説教するが、一夏には納得いかないようで不貞腐れている。

 

「……なんで照秋の事が出てくるんだよ。あんなクズ…」

 

一夏が照秋を馬鹿にする言葉を発した瞬間、箒は一夏の胸ぐらを掴み持ち上げた。

箒の方が一夏より身長は低いが、それでも腕を高く持ち上げ、一夏は爪先立ちになる。

 

「貴様のような屑が照秋を侮辱するな」

 

低く、しかし声を荒げない怒りと、燃えるような怒りの瞳で睨まれ一夏は絶句した。

恐怖で震えだした一夏に、フンと鼻を鳴らし掴んでいた手を離し、突き放す。

上手く着地できずに尻餅をつく一夏を見下す箒は、汚物を見るように言った。

 

「貴様なんぞ幼馴染でもなんでもない。今後一切私に話しかけるな」

 

私の幼馴染は照秋だけだ――

 

箒はそうつぶやき屋上を後にした。

そして取り残された一夏は、放心したようにその場で呆けるのだった。

 

その後遅れて食堂に向かうと、照秋が箒を待つために、まだ昼食を採っていなかったという事に感激し、心の中の乙女回路がショート寸前だったのは言うまでもない。

 

 

 

放課後、照秋と箒は今日も部活に参加するとマドカに言った。

 

「そうか、私は少し遅れていく。先に行ってろ」

 

マドカの言葉に、箒は「二人きり……ぐふ」と乙女にあるまじき声を漏らし、照秋と共に剣道場へ向かった。

 

「さて……」

 

教室を出て行った照秋たちを確認すると、自身の携帯端末に送られた一通のメールに目を通し、屋上へ向かった。

 

「よう、待たせたな」

 

屋上に着き、先に来ていた人物に軽く手を上げるマドカ。

 

「いえ、わたくしも先ほど来たばかりですので」

 

はたして、先に屋上にいた人物は一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコットだった。

夕日に輝く金の髪に、風になびく縦ロール、陶器のような白い肌に、均整のとれたプロポーション、勝気な雰囲気は自信の表れか、まっすぐマドカを見る。

今日、マドカの持つ携帯端末にオルコットからメールが届いた。

『突然のメール恐れ入ります。二人きりでお話がしたので、放課後屋上でお待ちしています。セシリア・オルコット』

何故オルコットがマドカの携帯端末のアドレスを知っているのか疑問があったが、とりあえずマドカはオルコットと会うことにした。

 

「まずは、わたくしの呼びかけに答えてくれて感謝します」

 

スカートの端をつまみ会釈するオルコットは、優雅だった。

だが、マドカはそんなことどうでもいいと言った感じで首を斜めに傾けオルコットを見る。

 

「で、私を呼んだ理由はなんだ?」

 

マドカはオルコットが自分を呼び出した理由がわかっているが、敢えて自分から口にしない。

そんな態度に、オルコットは眉をひそめた。

ようするに、恥は自分でかけと言っているのだ。

 

「……あなたの専用機IS、竜胆のパッケージ『夏雪』の技術をわたくしに提供していただきたいのです」

 

「それは政府の要請か?単独での判断か?政府からの要請なら、ワールドエンブリオ社を通して言ってもらおう。これもビジネスなんでね」

 

マドカは小馬鹿にした感じで軽口をたたく。

オルコットは無駄にプライドが高い人間であることは調べがついている。

自分の弱さを見せることを極端に嫌がる。

マドカは、もしここで虚勢を張って嘘をつくなり脅すなりの行為をしてきたら、すぐに話を切り上げるつもりだった。

だからこそ、わざと馬鹿にするような口調で言った。

そんなオルコットは目を閉じ、大きく深呼吸をし、再びまっすぐマドカを見る。

 

「これは、わたくし個人の要請、いえ、お願いですわ」

 

そう言うや、オルコットは腰を折って頭を下げた。

世界のほとんどの国に頭を下げてお願いをするという文化は無い。

中世ヨーロッパでは、騎士が膝をつき頭を下げる行為は、屈服を意味する。

もちろんイギリスも例に漏れない。

はっきり言って屈辱だろう。

だが、オルコットは頭を下げたのだ。

マドカは感心し、オルコットという人間の認識を変える必要があると思った。

 

「理由を聞こうか」

 

そうして二人は屋上のベンチに座り、オルコットはマドカに話し始めた。

一組でのクラス代表を決める際に、クラスメイト達が面白おかしく唯一の男である織斑一夏を推薦した事。

それに激昂し、決闘を申し込み、一週間後ISでの試合を行う事。

それを聞いてマドカはオルコットに質問する。

 

「”今の”お前の実力なら簡単に勝てるだろう。なぜ夏雪が必要なんだ」

 

織斑一夏はISに関してはずぶの素人だ。

搭乗時間もほとんどない。

そんな相手なら”今の”実力でも十分勝てるだろうと言っているのだ。

今のという言葉を聞いて、オルコットは驚き、そして自虐のように笑った。

 

「やはりわかっておられるのですね」

 

「まあな」

 

オルコットの操縦するIS、ブルーティアーズは第三世代機のISであり、BT兵器というビット兵器を搭載したビーム特化のISである。

コンセプトから、竜胆のパッケージ夏雪と酷似している。

どちらが後出しとかそういう話はともかく、このBT兵器には適性が必要となる。

その適正値が最も高かったのがオルコットであり、ブルーティアーズの専用パイロットに抜擢されたのだ。

だが、このBT兵器はかなり搭乗者の負担を強いる造りになっている。

全てのビット操作もと搭乗者が扱わなければならず、セシリアの場合、ビット操作を行っている最中はそれ以外の行動がとれない。

それほど集中しないとBT兵器を操作できないのだ。

最大稼働率を維持できればビームの偏向攻撃も可能だが、それすら出来ない状況である。

しかし、そんな状態でも一夏に負ける確率はほぼ無いだろう。

なぜ夏雪の技術を欲しがるのだろうか?

 

「わたくし、あなたのクラスの子に聞いたんです。3組の担任スコール先生の言葉を」

 

衝撃を受けましたわ、と夕日を目を細めて言った。

 

「ISは兵器である。兵器を扱う覚悟を持て。人の命を守る決意と摘み取る覚悟を持て。覚悟のある人間だけが女尊男卑を肯定できると」

 

そして、語り始めるオルコットの過去。

男尊女卑の時代だったころから、オルコット家発展に尽力した母親のことは尊敬していたが、婿養子という立場の弱さから母親に対し卑屈になる父親に対しては憤りを覚えていたと。

そんな両親が列車爆破事故で死んでしまい、自分の周りにはハイエナのような男しかいなかったこと。

それがより男性不信になっていったのだと。

そして、いつの間にかISが自分の力の誇示としての手段になっていたこと。

 

「代表候補生として、ISをファッションとして捉えたことはありません。ですが、スコール先生のお言葉はわたくしを打ちのめしました。ああ、わたくしはなんと愚かで浅はかな人間なのだろうと」

 

「まあなあ……」

 

マドカは頭をかき肯定するが、本来そう言う事は自分のクラスの担任が言う事であって、又聞きで反省するとかおかしいだろうと思っていた。

 

「ですが、わたくしはあんないつもヘラヘラ笑って努力もしない織斑一夏を認めない。そして油断もしない。全力で叩きのめし、全生徒の前で辱めを受けてもらいます」

 

「えらく嫌われたもんだな、織斑一夏は」

 

「当たり前です! あんなISの事を何も知らず、我が祖国を侮辱するような愚か者!」

 

「でも、お前も日本を馬鹿にしたんだろ? 代表候補生としてソレはどうなんだ?」

 

うっと声を詰まらせるオルコット。

 

「つ、つい頭に血が上って……反省してますわ。あの後織斑一夏以外の生徒と先生には謝罪しましたもの」

 

「ほう、そら大したもんだ」

 

マドカは素直に褒める。

オルコットは、事の善悪の区別を正しくでき、それを行動に起こせる人間だという事に、印象は上方修正された。

そして、フムと顎に手を当て自分の思いを口にする。

 

「まあ、私個人としてはお前に夏雪の技術提供をしてもいいと思ってる」

 

「本当ですか!?」

 

パアッと笑顔を向けるオルコットに、まあ待てとマドカは言う。

 

「一つ聞くが、お前は男が過去のハイエナや織斑一夏のような人間ばかりだと思っているだろう?」

 

「そ、それは……いえ、そういう人間ばかりではないとは理解してますわ。ですが……」

 

オルコットは言葉を濁らせる。

女尊男卑という風潮になり、男は腑抜けになった。

仕方がないと同情する反面、情けないとも思う。

実際、自分の周りにはそんな人間ばかりだったのだ。

そこで、マドカはパンッと膝を叩き勢いよく立ち上がった。

 

「よし、お前に本当の男前ってやつを教えてやるよ」

 

「え?」

 

そう言ってマドカはオルコットを剣道場へ連れて行った。

 

「あの……こんなところに何が……」

 

「3組にもう一人の男がいるのは知ってるだろう?」

 

マドカに言われ、ああ、なるほどと理解した。

しかし……

 

「織斑一夏の双子の弟、ですわよね? ですが、彼は愚図で出来損ないだと聞いていますが……」

 

「誰が言ったそんなこと」

 

マドカが殺気を込めてオルコットを睨む。

いきなり突き刺さるような殺気を向けられたので、オルコットはヒッと悲鳴を上げた。

 

「お、織斑一夏自身が教室で言ってたんですわ! わ、わたくしではありません!!」

 

必死に弁明するオルコット。

そして、マドカはオルコットから視線をずらし、ブツブツ呟き始めた。

 

「あんにゃろう……やっぱり殺すか……」

 

(こ、こわい! 怖すぎですわ!)

 

オルコットは泣きそうだった。

 

「テルはな、ああ、照秋のことだ。テルは基本身体能力でも織斑一夏を凌駕してるし、実績もある。それに見ただろう? 竜胆を巧みに操る姿を」

 

マドカが言っているのはワールドエンブリオ社の発表会でのことである。

 

「……ええ、あれは凄かったですわ。にわかに信じられない操縦技術でしたが……」

 

「あれは本物だ。合成じゃないぞ」

 

だとすれば、ISの技量は相当なものだ。

オルコットは戦慄を覚えた。

 

「まあ、そんなことはいい。とりあえず入るぞ」

 

「はい」

 

二人は剣道場へ入り、そしてその光景にセシリアは驚いた。

今、道場内で立っているのは二人、それ以外は座っているのではなく、倒れている。

唯一立って対峙している二人も、片方はフラフラしていた。

互いに防具を纏い、稽古を行っていることはわかる。

そして、ドッシリと蜻蛉の構えで佇んでいる人間が大柄であるため、照秋だという事もわかった。

マドカはダウンしている部員の顔を見て箒がいないことを確認し、今照秋と対峙しているのは箒だと理解した。

箒の竹刀の切っ先がフラフラ揺れる。

もう足の踏ん張りも効かないのだろう。

 

「えええぇぇぇーーーーいっっ!!!」

 

一気呵成とばかりに箒の気合が道場に響く。

そして、ダンッと床を蹴り突進する。

 

(速い!)

 

セシリアは驚く。

篠ノ之箒という人間はデータでは知っていた。

彼女が中学剣道大会で優勝したという事も。

だが、所詮中学程度の実力であり、代表候補生である自分の足元にも及ばないと思っていたが、そうではない。

箒の自力はセシリアの警戒度を高めるには十分だったようだ。

セシリアは箒を認めたが、またも自分の認識を覆される。

 

「ちぃええええぇぇーーーーっっ!!!」

 

照秋の気合が、空気と体を震えさせる。

セシリアの肌にビリビリと突き刺さり体が硬直する。

 

(な、なんですの!?)

 

照秋の気合だけで体が硬直してしまったことに驚愕し、そして目の前の出来事に戦慄する。

 

ズバンッ!

 

先に仕掛けたはずの箒の竹刀が、照秋の面に当たる前に照秋の竹刀が箒の面を捉えていたのだ。

お互い礼をし、打ち込みが終わると、箒はその場で膝をついた。

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

震える手で自分で防具を外す。

面を外した箒は、汗だくで疲労困憊といった表情だった。

そんな光景を見たマドカは、平然と防具を外している照秋を見てため息をついた。

 

「テル、やりすぎだ。部員をつぶす気か?」

 

そう言われ、バツが悪そうにする照秋だったが、復活した剣道部主将がいいの、と制した。

 

「私たちが未熟なだけなの。これは、私たちが織斑君に頼んだことなのよ」

 

「いや、その向上心は認めるが……」

 

「私たち、燃えてるの!」

 

と、主将は拳を握り叫ぶ。

 

「私たちの剣の道はまだこれからなんだとわかったから!! そう、私たちの戦いはこれからなのよ!!」

 

「……ああ、そうかい」

 

マドカは諦めた。

だめだ、この部は脳筋のバカばっかりだ。

どんだけ武道を突き進めようとしてるんだか……

 

「では、立木打ちに行ってきます」

 

照秋はへばっている部員に言って道場を出て行った。

 

「……わたくし、タイムスリップでもしたのかしら……」

 

セシリアの目には、道場内の人間が全員サムライに見えたようだ。

 

「お前の言いたいことはわかる。とりあえずテルを追いかけるぞ」

 

「え?」

 

マドカはオルコットを連れて照秋を追った。

 

 


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