メメント・モリ   作:阪本葵

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第13話 一年一組 クラス代表決定戦

セシリアとの邂逅から一週間経った。

今日は一組のクラス代表決定戦と、三組の代表決定総当たり戦だ。

アリーナの観客席は満席になっていた。

一組と三組の生徒だけではなく、他のクラス、上級生も観戦に来ていた。

なにせ、世界で二人しかいない男性操縦者の試合と、第三世代機、そして第四世代機の試合を肉眼で見れるのだから。

観戦する生徒のほとんどが録画機器を持ち込んでいる。

おそらく、自国または企業に依頼されたのだろう。

 

アリーナピットでは、照秋とマドカ、そしてセシリアの三人、スコールとユーリヤの教師二人がいた。

もう一つの反対側のピットには一夏と千冬、一組の副担任の山田真耶、そして箒、アーチボルト、趙がいる。

 

「まずはセシリアさんからか。頑張ってね」

 

「ええ、ありがとうございますテルさん」

 

「ま、今のお前なら楽勝だろうよ」

 

「……あなたに言われると嫌味に聞こえますわ、マドカさん」

 

「半分嫌味だ」

 

「あなたねえ……はあ、もういいですわ」

 

軽口をたたく三人を見てスコールとユーリヤは笑みを深める。

この一週間、照秋達とセシリアはISによる訓練を一緒に行っていた。

それは、竜胆のOSと夏雪の技術をセシリアの専用機ブルーティアーズにアップデートし、ビット兵器も自動制御人工頭脳を搭載、改良、それらの操作のレクチャーや操作を慣れさせるためだ。

まず照秋との交渉成立後、すぐさまセシリアは自身のISをマドカに渡し、ワールドエンブリオ側で改良を加えた。

改良に関しては大々的な作業が必要なためワールドエンブリオの工房で行う必要があるという事と、その工房にセシリアは連れていけない事をマドカが言うと、セシリアはそれを簡単に了承し専用機をマドカに手渡した。

専用機をいとも簡単に他人に渡すという危険行為を、何のためらいもなく行ったセシリアは、信頼の証として行動に起こしたのだが、マドカは「もう少しうまく世渡りしろよ」と呆れたという。

そして渡した翌日に返却されたそのスピードにセシリアは驚いたが、練習する時間が増えるのはありがたい。

そして返却されたブルーティアーズのスペックが大幅向上されたことを驚くと共に、そのスペックに見合う自身の技量が求められることを実感したセシリアは、とにかく照秋達との模擬戦を繰り返し実践経験を取り慣れようとした。

図らずも竜胆、紅椿と模擬戦を行える機会を得たことにセシリアは喜んでいたが、しかし自分の未熟さを痛感する内容ばかりであったのも事実だった。

なにせ、マドカには一度も勝てなかったのだから。

しかも、明らかに手を抜かれているマドカに、だ。

セシリアのプライドは傷ついたが、照秋と箒から「あいつは特別おかしい」と言われ納得した。

さらに、照秋が竜胆や紅椿とは違うワールドエンブリオ未発表の専用機を持っているという未公開情報を得て模擬戦を行った事も大きい。

照秋とはアップデートしたブルーティアーズならば7:3で負け越しだった。

箒とは6:4で勝ち越している。

とはいえ、以前のブルーティアーズなら全敗もあり得たほど照秋も箒もレベルが高いし、あくまで訓練であり、武装の損傷等を避けた戦いが多かったためお互い本気ではない。

特に箒などは紅椿を扱い切れていないところが大きく、ISに振り回されている感がある。

しかし、もし真剣勝負になったら、二人にも敵わないだろう。

それほどワールドエンブリオのパイロットたちのレベルが高いと痛感し、また自分の鼻っ柱を折られた一週間だった。

だが、自分の未熟を素直に受け止め、上を目指すその純粋な想いは、セシリアのレベルを格段に跳ね上げた。

ちなみに、この一週間でセシリアは急速的に照秋との距離を縮め、照秋の事を『テルさん』と呼ぶようになり、それを聞いた箒がハンカチを噛んで悔しがり、ますます危機感を募らせた。

 

「しかし、まさかワールドエンブリオで戦技教導をしていたのがスコール・ミューゼル先生だったとは知りませんでしたわ」

 

「別に隠していたわけじゃないわよ? ちゃんとプロフィールには記載しているし、ただ単に聞かれなかっただけね」

 

「そうですね~教師の間では周知の事実ですし~」

 

「セシリア、コイツに教えを請おうと思うなよ。死ぬぞ」

 

「そ、そんなにスパルタなんですのテルさん?」

 

「あんなものじゃないか?」

 

「脳筋体力バカで練習バカのテルがこう言っている時点で察しろよセシリア」

 

「……よくわかりましたわ」

 

「ユーリー! 生徒が私をいじめるわー」

 

「あらあら~、事実は素直に受け止めましょうね~スコール~」

 

「マドカ、ユーリが黒いわ!」

 

「しらねーよ」

 

これから試合を行うというのに、和気藹々とした空気のピットだった。

 

そうして、一組のクラス代表決定戦が始まった。

セシリアは最初から油断なく、しかし様子見なのかスターライトmkⅢと高速機動のみで対処している。

対して一夏は白い機体を纏い、近接ブレード一本で戦っていた。

 

「あれが織斑一夏の専用機か」

 

「ええ、倉持技研制作第三世代機『白式』ね」

 

「……なんか、第三世代の割にゴツゴツしてるな……まさか一次移行終わってないんじゃないかアレ」

 

マドカは白式に違和感を感じ思ったことを口にした。

そしてそこから導かれる事象として、織斑一夏は一次移行が終了する前から出撃、しかもそれを容認したのが反対側のピットに居る一組の担任、織斑千冬の可能性があるということだ。

だが、それに対しスコールとユーリは否定しなかった。

というか、否定できる材料を持っていなかった。

 

「そんな無茶、織斑先生がさせない……とは言えませんね~」

 

「むしろ織斑先生本人が言いそうね『時間が無いから試合中に何とかしろ』とか」

 

「教師失格だろアイツ」

 

「否定はしないわ」

 

マドカ達女性三人がセシリアと一夏の試合を見ながら軽口を言い合っていたが、照秋はその会話に参加せずひと時も見逃すまいとジッと試合を見つめていた。

一夏はブレード一本でセシリアに近付こうとし、セシリアはそれを危なげなく躱し、あっという間に距離を取ってビームで攻撃。

この繰り返しだった。

一夏の攻撃は無茶苦茶で、とても剣道経験者の動きではなかった。

そんな体たらくぶりに照秋は失望の目を向ける。

しかし、諦めずなんとか食らいつこうとする姿勢は評価できるし、何よりISの操縦をまともにしていない人間がセシリアに食いつこうと、あれほど動けることは素直にすごいと思う。

 

「どうやら、セシリアも白式がおかしい事に気付いたな」

 

「ええ、攻撃より回避が増えたわね」

 

「相手が全力を出せる状態になるまで待つつもりですかー。正直褒めれた行動ではないですが、正々堂々という姿勢は好きですよー」

 

セシリアは一夏の初期設定が完了するまで時間をつぶすことにしたようで、一夏の攻撃を回避しながらも攻撃せず空を旋回していた。

セシリアが一夏の初期設定―― 一次移行完了を待つのは別に正々堂々と戦うためではない。

正直、真剣勝負において相手の弱点を突かずに戦うことは愚策とされる。

むしろ、それは相手に手加減をしていると判断されてもおかしくないし、相手に逆転のチャンスを与えてしまう可能性もある。

最も有名な話が1984年オリンピックロサンゼルス大会の柔道無差別級決勝だろう。

日本の山下泰裕とエジプトのラシュワンの決勝戦である。

2回戦で軸足の右ふくらはぎに肉離れを起こした山下に対し、ラシュワンは右足を攻めなかった。

畳を満足に踏めないほど右足を痛めながら堂々と畳に上がった山下に、ラシュワンは足の状況を知りながら「主義に反する」と左から攻め、敗れた。

この試合に対し、のちにユネスコからフェアプレー賞が贈られた。

だが、実はラシュワンは右足を攻めようとしていたらしい。

そして右足を攻めきれなかったラシュワンは作戦を変え左から攻めたのだという。

このような逆転劇がセシリアと一夏の試合に起こるかどうかわからないが、試合に絶対という言葉は無い。

それはセシリアも十分承知しているだろう。

しかしそれでも、万全な状態の一夏を完膚なきまでに叩きのめし自分が優れているという事を示したいのだろう。

ISの一次移行を完了するしないでは雲泥の差だ。

それは、その人専用に最適化されるからである。

 

試合開始から約30分、ようやく白式が一次移行を完了したようだ。

白式は先ほどと打って変わってシャープに、丸みを帯びた機体へと変貌していた。

一夏は一次移行が完了し、ようやく白式が自分専用になったことを喜ぶようにニヤリと笑みを浮かべていた。

そして、手に持っていた近接ブレードも形が変わり、エネルギー刃を形成していた。

 

「ん? 雪片(ゆきひら)……弐型、零落白夜(れいらくびゃくや)だと?」

 

マドカは自身の持つ携帯端末で一次移行した白式のスペックを確認したときにつぶやいた。

 

「これ確か『暮桜』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)だろ? しかもまだ一次移行でもうワンオフが発動するのか」

 

マドカは少し驚いているが、スコールは顎に手をやり呟く。

暮桜とは、織斑千冬が現役時代扱っていた第1世代型ISである。

刀剣型近接武器「雪片」のみを備え、ワンオフ・アビリティー「零落白夜」によって第1回モンド・グロッソを勝ち抜いた機体である。

 

「白式は倉持技研が開発したISで、たしか一次移行でワンオフ・アビリティーを発現というコンセプトだったような……」

 

「そんなこと本当に出来るのか?」

 

「実際目の前にいるしねえ」

 

だが、倉持技研にそんな革新的なコンセプトを実現できる技術は無いはず……と考え、マドカはピンときた。

篠ノ之束が絡んでいる、と。

 

「ウチの社長は何がしたいんだか」

 

「天才の考えは私たちにはわからないモノよ」

 

マドカはため息を吐き、スコールは遠い目をしていた。

 

 

そして、試合が一気に動いた。

織斑一夏が一次移行を完了したのをきっかけに先ほどより速い動きでセシリアに斬りかかる。

だが、それを待ってたかのようにセシリアはBT、ビット兵器を4枚展開した。

それを見てニヤリとする一夏は、ビットに目もくれずセシリアに突撃する。

一夏は、以前のセシリアがビット兵器を展開しながら自身が動くことが出来ないことを知っていたのだろう。

何故その情報を知っていたのかはわからないが、しかしその情報はすでに過去のものだ。

セシリアは見下すように、そして薄く笑い動いた。

スターライトmkⅢを構え、ビームを発射、そして瞬時に動きつつ、ビットと連携してビームの連続攻撃を一夏に繰り出す。

予想外の展開に一夏は動きが鈍り、攻撃をモロに受ける。

それでも玉砕覚悟の突撃を決行する一夏に対し、セシリアは失望の眼差しでスターライトmkⅢの銃口とすべてのビットを一夏に向け、撃った。

結果、セシリアは無傷で一夏に勝った。

 

「当然の結果だな。というか情けをかけ過ぎだ。あんな奴に見せ場作らせやがって」

 

「あなた、労をねぎらうって言葉知ってます!?」

 

ピットに帰ってきたセシリアにマドカがかけた第一声がこれだ。

セシリアが怒るのも無理はない。

 

「お疲れ様。それと、おめでとう」

 

いかり肩のセシリアに微笑み称える照秋に、セシリアは顔を赤くし俯いた。

 

「い、いえ、ありがとうございます、テルさん……」

 

それを見て呆れるマドカと、にやけるスコール、ユーリヤ。

 

「箒……大変だな。だが、これはこれで面白いからよし」

 

「これは三角関係勃発ね!」

 

「王道の学園ラブコメですね~」

 

一組のクラス代表決定戦は終わった。

次は三組だ。


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