メメント・モリ   作:阪本葵

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第16話 織斑一夏という男 前編

唐突だが、織斑一夏は転生者である。

 

気付いたのは物心ついた5歳のとき。

どうも高熱を出し数日寝込んでいた時に前世の記憶が蘇ったようだ。

すでに両親が居らず姉である千冬に育てられている時だ。

自分の名前が織斑一夏と理解するや、一夏は狂喜乱舞した。

 

(やったぜ! ハーレム主人公キター!!)

 

何故か前世の名前は忘れてしまったが、しかしそれ以外の前世での記憶は持ち合わせている。

前世ではこの世界はラノベ――ライトノベル作品――だった。

アニメにもなってそこそこ人気の高った作品で、自分も好きだった。

物語自体はそれほど面白いと思わなかった、というかむしろばかばかしいと思っていた。

何がIS登場で女尊男卑の世界だ。

馬鹿じゃねえの?

ISは操縦者一人で成り立つ兵器ではない。

それを整備する者、補給する者、さらに操縦者の周囲にも補佐する者がいるだろう。

それが全員女などという事はあり得ない。

それで調子に乗って世界が女尊男卑で混乱するって、どんだけ馬鹿な国家と世界なんだ。

本質を理解していない、浅い考えの設定だと思った。

だが、キャラクターは魅力的だった。

キャラクターの設定自体はやはり無茶苦茶で馬鹿らしく突っ込みどころ満載だったが、キャラが立ち素直にかわいいと思った。

そんな物語の主人公になったのだ。

まさか二次小説によくある転生ものが自分に振りかかるとは!

しかし、神様に会った覚えはないし、そもそも前世で死んだ記憶が無い。

よくある特典のいわゆる『チート能力』もないのが不満だが、まあいい。

物語の中の一夏は、難聴じゃないかと思うくらい鈍感の唐変木だったが自分は違う。

しっかり聞き逃さずフラグ乱立してハーレム作ってやるぜ!

そう意気込んでいたのだが、一つ障害があった。

それは双子の弟照秋だ。

原作では照秋なんて登場人物存在しなかった。

そこで一夏はある可能性を危惧した。

コイツも自分と同じ転生者じゃないか?

十中八九そうだろう。

とすれば、自分のハーレム計画に支障をきたす可能性が高い。

コイツは早々に排除しなければならない。

幸い、照秋は病弱ではないのだが色白で、外で遊ぶより家でテレビや絵本を読んでいることを好むような大人しい性格で一夏や千冬に逆らわず、自己主張とわがままも子供のそれより控えめだ。

一夏は刷り込みの要領で照秋を力ずくで押さえつけ、逆らえないように躾けた。

主に暴力という手段で。

もちろん千冬が見ていない場所で、見えない場所を。

逆らえば殴り、泣けば蹴り、炊事洗濯が上手くできなければまた殴る。

死なれては困るし、食事は千冬や篠ノ之親子がほぼ毎日一緒にいるので同じものを食べさせた。

もし変にやせ細ったり栄養失調なんかになられたら躾がばれるし、なにより千冬に迷惑がかかる。

千冬がいるときや篠ノ之家に世話になっている時は一夏と照秋二人で家事を行っているように見せかけつつ、ごくたまに千冬がいないときなどの二人きりのときは照秋一人にやらせる。

おかげで照秋はますます一夏に逆らわず、しかし千冬に告げ口もできず常に怯えるような子供になった。

そんないつもビクビクしている照秋に千冬は怒る。

そしてさらに照秋は委縮する。

一夏はいい負のスパイラルだと、照秋を叱る千冬の背後でほくそ笑んだ。

 

小学校に入学し、千冬は一夏と照秋を篠ノ之道場へ連れて行き、剣道を習うようになった。

もともと千冬が篠ノ之道場に通っていたこともあるが、男は強く在れという千冬の持論のもと、強制的に通わされた。

ここで一夏の嬉しい誤算が発覚した。

この一夏の体、とてもスペックが高い。

普通の子が苦労するような動作を事もなげに出来るのだ。

さすが主人公、ハイスペックだぜ!

そう自惚れつつ、メキメキ上達していく一夏を誇らしげに褒める千冬。

そんな調子に乗って稽古をする自分とは対照的に、照秋は愚鈍だった。

一つの事を習得するのに人より時間がかかってしまうのだ。

これに同年代の門下生も馬鹿にし、千冬も叱責する。

 

「お前は何故人より覚えるのが遅いんだ。一夏を見習え!」

 

そう叱られ涙目で謝る照秋を見て、ざまあ見ろとほくそ笑む。

一夏の照秋の躾は徹底しており、千冬や道場主の篠ノ之龍韻がいない時を見計らって照秋を孤立させる。

それには同世代の門下生も参加した。

照秋は悔しそうな顔で、涙目で道場の隅で一人さびしく竹刀を振る。

それを見てみんなで腹を抱えて笑う。

それがとても楽しかった。

そんな自分のハイスペックさと照秋虐めに気を取られ忘れていたが、この篠ノ之道場にはもちろん篠ノ之箒もいた。

幼いながらも人を寄せ付けない雰囲気を出し、黙々と竹刀を握り稽古をしている。

美少女といっても差し支えない容姿ながらも箒は孤立してた。

だから、一夏はこれからハーレム要員になる箒に話しかけた。

だが、箒は一夏を睨み、無視する。

おお怖い、まあいい、どうせ俺のハーレムに入るんだから焦ることは無いと、一夏は仲間たちの輪に戻った。

 

その間に篠ノ之束とも出会った。

束は一夏と親しく接し「いっくん」と呼ばれ、照秋は眼中にないとばかりに完全無視。

照秋は束に無視され、というか認識されていないことに驚いていたが、そんな姿を見てまたほくそ笑んだ。

やがて束が学会にISを発表、案の定総スカンを食らい、世界の軍事施設をハッキングしミサイル約2000発を日本めがけて発射。

それを千冬が纏うIS「白騎士」で撃破していった。

世界を震撼させた「白騎士事件」である。

この頃から千冬と束はISに関わる時間が多くなり一夏達と会う時間も少なくなってきた。

そんな小学三年に上がった頃、小さな事件が起こった。

箒が嬉しそうに照秋と会話をし、二人並んで道場で竹刀を振っていたのだ。

さらに、普段滅多に道場に来ない束が二人をニコニコ見守っていたのだ。

一夏はすぐさま照秋を尋問した。

力ずくで吐かせた。

だが、照秋は地面に転がり、泣きながら知らない、いつの間にか二人の方から声をかけてきたとしか言わない。

一夏に逆らえない照秋だから、嘘は言ってない。

と言う事は本当に知らないのだろう。

 

学校では一夏は箒とは別クラスなので、休み時間に呼び出し尋ねた。

 

「あんなクズとなんで一緒にいるんだ?」

 

そう言うと、箒は凄い勢いで一夏を睨み言った。

 

「貴様には関係ない。私に話しかけるな」

 

箒はそう言って自分のクラスに戻って行く。

 

束にも聞いてみた。

 

「なんで照秋に興味を持ったんですか?」

 

そういう一夏を、束は素っ気なく言った。

 

「君には関係ないよ」

 

そう言って去っていく束。

わけがわからない。

とにかく変わったことは、学校では箒が、道場では箒と束が照秋と一緒にいるせいで近づけない。

家でも千冬が見ているので迂闊に手出しできない。

まあ、照秋が一人になるときは当然あるからその時をねらって一夏は照秋を躾ける。

照秋が千冬や箒、束に助けを求めないことはわかっている。

そういう風に躾けたのだ。

だから、安心して照秋の腹を蹴る。

照秋が涎を垂らし涙を流し腹を押さえうずくまる姿を見て笑った。

 

程なくして原作通り束は姿をくらまし、箒たち篠ノ之家は政府の特別保護プログラムという名の人質となり、一夏達の前から離れていった。

 

篠ノ之家がいなくなったことで篠ノ之道場に通う理由もなくなった。

もともと何でもすぐに出来る体の一夏は剣道も適当にやっていた。

適当でも相当な実力になっていたのだ。

千冬はISと関わっていき、家に居ることが少なくなっている。

一人になった照秋はひとり竹刀を振り続ける。

馬鹿の一つ覚えのように、夜遅くまで降り続ける。

一夏は心置きなくそんな照秋に家事の一切を押し付け躾ける。

この頃から照秋は一夏や千冬に対し一切笑うことなく、話しかけることも無くなっていたが、一夏は気にしなかったし、千冬も特に何も言わなかった。

 

5年になり、凰鈴音が転入してきた。

一夏と同じクラスである。

結局箒は転校するまで一夏を同じクラスになることもなく、深い接点を持つこともなかった。

だが一夏は深く考えることなく、鈴と仲良くなることにした。

鈴は中国人であるためか、すこし日本語がおかしかった。

それをからかわれ、いじめに発展しそうになったところを一夏が制した。

鈴はそんなかっこいい姿の一夏に惚れた。

ちょろい。

 

その年に千冬はISの第一回世界大会において見事優勝、「ブリュンヒルデ」の称号を得た。

千冬は世界大会に一夏と照秋を連れていくことはなく、家のテレビで観戦していた。

そんな千冬の雄姿をモニタ越しで見ながら、一夏はある計画を考えていた。

照秋を追放するという計画である。

これから中学に行き、同じ学校に通うようになるだろう。

はっきり言って照秋はすでに自分の障害にはならないが、存在自体が邪魔なのだ。

だから、一夏は千冬に言った。

 

「照秋が全寮制の学校に行きたいって言ってたぜ」

 

一夏は学校を調べ、全寮制の男子校を見つけた。

その学校はかなり厳しいことで有名らしく、滅多に家にも帰れないらしい。

これは好都合だと、一夏は千冬に対し、照秋自身が行きたいと嘘を言った。

千冬は照秋が何故そんなことを言うのか怪しんだが、照秋の考えてることはわからないと言い返すとあっさり納得した。

そして照秋の入学手続きを進める。

千冬が照秋に全寮制の学校に入学させるという事を言うと、照秋は当然反論することもなく、俯きわかったと言って従った。

 

照秋が入学するために家を出る際、千冬と一夏は見送りを玄関で行い、千冬が少し目を離している隙に一夏は照秋から家の鍵を奪った。

 

「もう帰ってくることないだろ。なあ?」

 

もう帰ってくるな。

そう言っているのと同義で、照秋は悔しそうな顔をするが反論せず、自分の着替えや必要なものが入った大きなカバンを持ってトボトボ一人で出ていった。

 

中学に入り、一人で過ごすことが多くなり家事を自分一人で行う事になったが、もともとスペックの高いこの体だから家事への不満も疲労も苦痛もなく、むしろ照秋がいなくなったことで好き勝手に出来るようになったことに喜んだ。

そんな生活を送っていると、第二回IS世界大会、モンドグロッソを見学していた一夏は原作通り誘拐され千冬が助けに来た。

そして、千冬は誘拐の情報提供をしてくれたドイツに一年間IS操縦者の育成教官として務め、帰ってきてからも一夏に何も説明せず家を空けることが多くなった。

恐らくIS学園の教師をしているのだろうが、なぜ秘密にしているのだろうか。

というか、家ではISに関わるものが一切ない。

故意に一夏をISから遠ざけているのがわかる。

一度、IS関連の雑誌を買って帰ると千冬に速攻捨てられてしまったり隠していてもすぐに見つかって捨てられたことがあり、千冬の目が光る家ではISの勉強ができなかった。

まあ別にいいか、と特に気にすることは無いと一夏は深く考えず、中学生活を謳歌していた。

こずかい稼ぎ程度にバイトをし、五反田弾と友達になり、鈴が中国に帰ったりと、大まかに原作通り進み中学三年になった。

そんな五月のある日、千冬があからさまに落ち込んで家に帰ってきた。

一夏は何かあったのかと聞くと、千冬は何も言わず部屋に籠ってしまった。

何かあったのは確かだが、千冬は頑なに言わない。

だから、一夏はどうせIS学園の事だろうと予想して自己完結した。

そして藍越学園の入学試験で間違えて会場に入りISを起動させてしまった。

原作通りだ。

そして、これからようやく原作本編に入るのだ。

俺は原作の一夏とは違う。

しっかりみんなを制御してハーレムを作ってやる。

そう考え、入学式までの間に、千冬が持ってきた参考書を見てISについて勉強をしていた。

このとき、世間で照秋が二人目の男性操縦者だと発表されていることを知らなかった。

家の外ではマスコミや他国の勧誘、科学者などが大挙しているため外出も出来ず、テレビでも自分の特集ばかり放送している事にいい加減辟易していたため、テレビを見ることなく、外部からの情報を一切シャットアウトして勉強していたし、千冬もたまに帰ってきても何も言わなかったからだ。

 

入学初日になり、つつがなく入学式をこなす。

あまりの視線に緊張したが、へまはしていないだろう。

そして教室に入ると、違和感を感じた。

窓側の一番前の席、そこには全く知らない顔の生徒が座っていたのだ。

原作もしくはアニメだったか、前世の記憶を取り戻し10年ほど経ち曖昧にな記憶だが、たしかその席は幼馴染の箒の席だったはずだ。

一夏はクラスの席の割り当て表を確認した。

 

「……いない」

 

箒の名前が無い。

一体どういう事だろうか?

疑問に思いながらも時間は過ぎる。

教室には山田先生が入ってきて紹介が始まった。

その後に千冬も入ってきて教室は悲鳴に似た黄色い声が響く。

休み時間になり一夏は千冬を呼び止め箒の事を聞いた。

すると、箒は三組にいるという。

 

原作と違う。

 

そう思いながらもとにかく一夏は箒に会いに行った。

久しぶりに会った幼馴染は美人になっていた。

そして制服でも隠しきれない大きな胸に、一夏はゴクリと喉を鳴らす。

ハーレムにしてしまえば、あの体を自由に出来るんだ!

そんなことを考えながらさわやかに再会を喜ぶように挨拶すると、箒はあからさまに嫌そうな顔でぞんざいに扱ってきた。

一体どういう事だろうと詰め寄ろうとすると、別の女子が割って入ってきた。

誰だコイツと顔を見ると、眼鏡をかけているがどこか千冬に似ている容姿の子だった。

 

「こんな無神経な男が双子の兄とは、苦労するなテル?」

 

その子がよくわからないことを言いながら視線を一夏から離した。

一夏も疑問に思いながらその視線を追うと、そこには男がいた。

かなり体格がよくなり、身長も自分より高いのではないかと思う背丈、しかし、その顔は昔の面影を残していた。

一夏のよく知る男が、そこにはいた。

 

「なっ……て、照秋!? な、なんでお前がここにいるんだよ!?」

 

驚く一夏。

いままで一切の連絡を取らず、取らせず、さらに全寮制の男子校という閉鎖空間に閉じ込めISとはかけ離れた生活をさせ、物語から退場させたはずの弟がいた。

何故だ?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる回るがまともな答えが出るはずもなく、三組の担任に自分の教室に戻るよう言われ、渋々帰った。

 

次の休み時間、教室で照秋の事を考えていると、セシリア・オルコットが高圧的な態度で近寄ってきた。

原作ヒロインだけあって美人だ。

コイツもハーレム要因になったら好きに出来るのかと思うと笑いがこみあげてくる。

適当にセシリアをあしらい、次の授業が始まる。

と、千冬が思い出したかのようにクラス代表を決めると言い出した。

生徒たちは面白おかしく一夏を推薦する。

それに異を唱えたのがセシリアだ。

セシリアは思うままに一夏を、日本を侮辱していく。

それを聞いているクラスメイトは眉をひそめる。

一組は大半が日本人で構成されているため、セシリアがこんな中で日本を侮辱する神経を疑う。

そもそもISの開発者は日本人だし、セシリアはイギリスの代表候補生だ。

国家問題に発展するとは思わないのだろうか?

一夏はセシリアの持論に反論し、結局試合を行うことになった。

 

これでセシリアが一夏に落ちるフラグが立ったと内心ほくそ笑んだ。

 

放課後になり、山田先生から寮室の鍵を貰った。

ここで一夏はラッキースケベを発揮し、シャワールームから出てきたバスタオル一枚の箒とニアミスする。

あわよくば裸も見てやろうと、一夏はウキウキ気分で割り当てられた部屋に入った。

しかし部屋には人の気配はなく、自分一人だという事を理解するのに少し時間がかかった。

 

後に聞くと、箒は照秋と同室だという。

 

「……あの野郎! 俺の邪魔しやがって!!」

 

IS学園に知らない間にきやがって!

調子に乗って俺のポジションを奪いやがって!!

ぜってー許さねー!!

 

一夏は鞄を思いっきり床に叩きつけた。


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