翌日、一夏は千冬から、専用機を渡されると言われた。
おそらく原作通り「白式」だろう。
というわけで、一夏は箒にISの事を教えてもらおうと屋上に強引に連れて行き、頼んだ。
だが、きっぱり断られた。
なんとか食い下がったが、箒が激昂してしまった。
いきなりの事で一夏は情けなく悲鳴を上げてしまった。
「自分の事は自分で解決しろ。できなければ自分のクラスメイトに頼るか、担任の千冬さんに頼めばいい。少なくとも照秋なら私に頼らず自分でなんとかするぞ」
箒の口から照秋よ擁護する言葉が出てくる。
それにムッとした一夏は、つい口に出してしまった。
「……なんで照秋の事が出てくるんだよ。あんなクズ……」
そう言うや、箒は一夏の胸ぐらを掴みあげた。
一夏の方が身長が高く体重もあるのに、箒は片手で一夏を持ち上げ、一夏は爪先立ちになっている。
胸ぐらを掴まれることにより気道が狭まり、息苦しくなる。
そして一夏を見る般若のように激怒の顔に、一夏はまた悲鳴を上げる。
怖い。
一夏の震える体に気付いた箒が、突き飛ばすように一夏の制服を離し、見下ろすように言った。
「貴様なんぞ幼馴染でもなんでもない。今後一切私に話しかけるな」
そう言って屋上を出ていく箒の背中を、一夏は呆然と見るしか出来なかった。
「……な、なんだよ……」
なんだよなんだよなんだよ!
俺が箒に何したって言うんだよ!
一夏は悔し紛れに悪態をつき肩を落としトボトボと屋上を後にした。
教室に帰ると、クラスメイトが親しげに話しかけてきた。
それに気分がよくなった一夏は、先ほどの箒とのやり取りのストレスを発散するかのように口が軽くなっていた。
「ねえねえ織斑君、三組の織斑照秋君って、織斑君と双子?」
照秋の名前が出て眉がわずかに動いたが、顔は笑顔のまま聞いていた。
「ああ、そうだぞ。あいつが弟だな」
「照秋君ってどんな人なの?」
クラスメイトは照秋に興味津々のようだ。
一夏というもう一人の男がここに居るのに。
だが、一夏はペラペラ口にする。
「あいつ鈍臭くてさ、小さい頃はいつも泣いてたよ。それを俺や千冬姉が慰めてたんだ。人より物覚えが遅いし、運動神経も無いし手のかかる弟だったよ」
「へー」
俺は頼りになるんだぞ、弟の面倒も見てきたんだぞと外面の良い笑顔で嘘を交えて、自分の方が優れていると暗に言う。
それに気づかないクラスメイト達はきゃいきゃい話しはじめる。
「じゃあ、織斑君は照秋君より強いんだね!」
「ああ」
そうさ、俺は照秋より出来るんだ。
この一夏の体は何でもすぐ出来るんだから、別に必死こいて特訓とか必要ないさ。
一夏はそう結論付け、クラスメイト達の話に適当に相槌を打っていた。
だから、クラスメイトが照秋はワールドエンブリオ社の発表会で巧みなIS操作を行っていたと言っていたことも全く耳に残ることなく聞き流していた。
それから一週間経ち、クラス代表決定戦の日になった。
ISで練習をしたかったがISとアリーナの貸し出し予約が出来ず、トレーニングだけだが。
一夏は自分なりに練習をしたが、やはりそれなりでしかなかった。
どうせ俺が負けるだろうけど、セシリアを惚れさせたら勝ちなんだからな!
脳内でセシリアにいろいろエッチな悪戯を想像しグフフといやらしい笑みを浮かべる一夏だった。
ピットで専用のISが来るのを待っていると、箒と生徒二人が入ってきた。
なんだ、俺の応援か?
そう思ったが、箒は一夏を一瞥するとキッと睨み、一夏と離れた場所で瞑想を始めた。
他の生徒二人も一夏に近付こうとせず、打鉄とラファール・リヴァイブの整備を始める。
「お前の試合の後に三組のクラス代表決定総当たり戦を行うそうだ」
千冬が背後から話しかけてきた。
三組のクラス代表決定戦……そう聞いて、一夏は千冬に尋ねる。
「もしかして照秋も出るのか?」
「ああ、三組は織斑弟でほぼ決定だったそうだが、その決定に不満のある生徒に納得してもらうために場を設けたそうだ」
「ふーん、ってことは、箒も照秋のクラス代表に不満があるってことか?」
千冬は公私を弁えるということで兄弟でも学校内では決して名前で言わないようにしている。
一夏の事は織斑兄、照秋の事は織斑弟である。
一夏は千冬の話を聞いて、当然だな、あんなクズ、と鼻を鳴らし箒を見た。
箒はISスーツという扇情的な姿で椅子に座り瞑想を続けている。
きつい性格だが、あの体は手放すにはもったいない……
そんなゲスい事を考えながら箒を舐めるように見つめる。
だが、千冬は一夏の考えを否定した。
「いや、篠ノ之は賛成した側だ。三組の担任が結淵という生徒と共に強制出場させた」
「は? なんでだ?」
「そもそもそこに居るベアトリクス・アーチボルトはアメリカ代表候補生、趙・雪蓮は中国の代表候補生だ。どうせ織斑弟の実力を調べろとか国から命令されたんだろうさ。そして、篠ノ之は第四世代機を専用機にしているし、結淵も第三世代機を持つ。こちらは学園側からの要請で機体の性能を知りたいという理由だ」
「……はい? 第四世代機?」
それって――と、一夏がさらに追及しようとしたところで山田先生の遮った。
どうやら一夏の専用機が届いたようだ。
ふん、まあいい。
さっさとちょろいセシリアを落としてしまおう。
一夏は千冬に説明を受けながら白式を纏い、アリーナへと飛び立った。
アリーナ中央ではセシリアがブルーティアーズを纏い、スターライトmkⅢを手に持ち一夏を睨んでいた。
「よく逃げずに来ましたわね」
「はっ、逃げる理由がないだろう」
「そうですか」
一夏が軽口を言うと、セシリアは早々に切り上げ戦闘モードに入る。
あれ、なんかおかしくない?
一夏はセシリアの態度に疑問を持ったが、その直後試合開始のブザーが鳴り響く。
途端、セシリアがスターライトmkⅢを一夏に向けビームを発射する。
一夏は油断なく、しかしギリギリで避けるが、セシリアはそんな一夏に向かってさらに追い打ちをかける。
セシリアの精密射撃からそうそう逃げれるものでもなくISの操縦に慣れていない一夏はダメージを受けはじめる。
思った以上の衝撃に一夏はよろめくが、そんな隙をセシリアが見逃すはずもなく、ビーム攻撃を連発してくる。
ギリギリ避ける一夏は反撃に転じるが、白式の武器は刀剣型武装一本しかない。
しかもこの機体はまだ一次移行を完了していない。
一撃必殺の零落白夜はまだ使えない。
だが、一夏はセシリアの弱点を知っている。
原作知識として、セシリアの扱うブルーティアーズはビット兵器の操作と自身の行動を同時に行えないのだ。
だからここでハッタリの攻撃を繰り出し、セシリアの神経を逆なでさせビット兵器を扱わせようというのだ。
「ぜああああっ!」
愚策とも取れるが、一夏には武器がこれしかない。
セシリアは一夏を見下しはするが油断はしない。
危なげなく避け、さらにスターライトmkⅢで攻撃をお見舞いする。
「くそっ!」
思い通りにいかず、一夏は悪態をつく。
まだ一次移行を済ませていない白式ではつらいが、セシリアが一次移行を終えるまで待ってくれる保証もない。
一夏はあきらめずセシリアに攻撃を続けた。
はやくビット兵器を使え!
そうすればチャンスが出来るんだ!!
一夏は心の中で悪態をつくが、セシリアはそんなこと関係ないとばかりにスターライトmkⅢのみで攻撃し続ける。
しばらくしてセシリアの動きに変化があった。
明らかに攻撃回数が減ってきたのだ。
もしかしたらセシリアは白式の現状を理解したのかもしれないが、本心はわからない。
だが、この機会を利用しない手は無い。
一夏は時間稼ぎの動きを続けた。
そして、ようやく白式が一次移行を終え、本当の一夏の専用機となった。
一夏自身もわかる。
さっきまでとは感じる力強さが違う。
これならイケる!
そう思い自然と顔に笑みを浮かべていた。
そんな一夏をセシリアは冷ややかな目で見ていた。
一夏は手に持つ刀剣型武装の名称が変わったことを確認する。
(雪片弐型か……気を付けて使わないとな)
原作では雪片弐型の大量エネルギー消費によって負けたので、使いどころを間違うと自滅してしまう。
事実、このセシリアとの試合はエネルギー切れで自滅していた。
負けるにしても、セシリアを追い込まなければならないことを肝に銘じ雪片弐型を握る。
一夏は零落白夜を発動しセシリアに突撃する。
そして、セシリアはそんな一夏をあざ笑うかのようにビット兵器ブルーティアーズ四機を展開した。
よし来た!
これで勝った!!
一夏はほくそ笑み、ビット兵器を無視してセシリアに零落白夜を振り下ろした。
「……お馬鹿さんですわね」
セシリアは冷たく笑い、零落白夜を危なげなく避けた。
一夏は舌打ちし、さらにセシリアを追従しようとするが、突如背中からの衝撃を受け動きを止めた。
(なんだ!?)
振り返ると、四機のビットが一夏を狙っていたのだ。
(え!?)
一夏は驚きセシリアを見ると、セシリアは素早く移動しビット兵器が不規則に忙しく動いている。
(うそだろ!? 原作と違うじゃないか!!)
今目の前でセシリアは自身が動きながらもビット兵器も一夏を狙って不規則に動いている。
驚愕の表情をセシリアに向けると、セシリアは見下すように冷たい視線で一夏を見ていた。
そして、セシリアのビット兵器との同時攻撃により、一夏は一矢報いることなくシールドエネルギーがゼロとなり、試合終了となった。
「あれだけ手加減された挙句に負けるとはな」
千冬の厳しい言葉が飛ぶ。
一夏は言い返せず下を向くばかりだ。
千冬はため息を吐き、一夏に次の三組の試合を見ろと言った。
「見るのも勉強だ」
千冬はポンポンと一夏の頭を軽くたたき慰めた。
「一試合目はアメリカの代表候補生ベアトリクス・アーチボルトと日本の代表候補生、ワールドエンブリオ社テストパイロットの結淵マドカか……」
千冬が挙げた名前にピクッと反応した一夏。
「マドカ……?」
アリーナを映し出すモニタを見て、一夏は驚愕する。
見るのは黒髪の少女であり、以前一夏に対しぞんざいな扱いをした少女。
今は眼鏡をかけていないから、より思ってしまう。
織斑千冬と
そして思い出したのだ。
(マドカ……マドカ! 原作で出てきた織斑マドカじゃないか!! な、なんでIS学園に居るんだ!?
原作キャラの早い登場におどろく一夏だが、さらに驚いたのはISの操縦技術の高さだ。
アメリカの代表候補生が手も足も出ず、というか一方的な戦いをしたのだ。
頭を掴み、地面に叩きつける。
これだけの事を繰り返し、相手に恐怖心を植え付けた。
結果、アメリカ代表候補生は棄権した。
混乱する一夏に、さらに混乱させることが起こる。
次の試合で箒が第四世代機の紅椿を纏って戦っていたのだ。
(なんで今紅椿があるんだよ!? 紅椿は臨海学校からだろ!?)
一夏は混乱のまま理解できず、その間に箒は試合を終わらせた。
一体どうなってるんだよ!?
原作と全然違うじゃないか!?
どこで狂ったんだ!?
一体どこで……
一夏は予想外の展開に考えが追い付かない。
そんな混乱を知らない千冬が、一夏の横で息を呑んだ。
驚く表情の千冬など滅多に見ないので、一夏はどうしたんだと、混乱する思考を一時止めて千冬の見つめる先を見た。
そこには、黒く、金色の翼を模したIS[メメント・モリ]を纏った照秋がいた。
一夏は顎が外れるかと思うくらい口を開けた。
「な、なんだよ……あれ……」
なんで照秋が専用機を持っているのか、それがわからなかった。
試合が始まる。
相手は先ほど圧倒的勝利を収めたマドカだ。
マドカは超高等技術
一夏にはマドカが分身して何人にも見えた。
ハイパーセンサーでも認識が難しいであろう技術だが、照秋は事もなげに刀剣型ブレード[ノワール]で防ぐ。
そこから始まる猛攻に、一夏は唖然とした。
なんで照秋があんなに動けるんだ?
はっきり言ってセシリアなんか目じゃないくらいの強さだ。
素人目から見ても照秋のIS操縦技術がとんでもないことはわかる。
激しい攻防を制したのは照秋だった。
目に見えぬ神速の一撃『雲耀の太刀』の一刀で斬る。
試合終了と、勝者の名を挙げるアナウンス。
段々一夏は冷静になり、思考が纏まってきた。
――そうか、全部アイツのせいか。
照秋が俺の知らないところで動いて原作無視の動きをしたんだ。
だから箒が紅椿を持っているんだ。
マドカがIS学園にいるんだ。
セシリアが強くなってるんだ。
全部、全部――
一夏は箒の背中を眺めながら、その背後で暗躍している照秋を睨んだ。
一夏の行動は早かった。
すぐさま照秋に会いに行ったのだ。
照秋の周囲には箒、マドカ、趙、アトリそしてセシリアがいた。
一夏はなるべく警戒心を抱かせないように笑顔で照秋に近寄る。
そこへマドカがさっと割り込み、これ以上近づけさせないと構える。
「いやいや待ってくれよ。俺は弟と話があるんだ。だからそんなに警戒しないでくれよ」
なんとか警戒心を持たれないようににこやかに言うが、マドカはもとより、箒も、セシリアもその言葉を信じておらず、厳しい視線を送る。
状況が分かっていない趙とアトリはオロオロしている。
「兄弟二人きりで話がしたいんだ。ちょっと照秋を借りていいかな?」
努めてにこやかにお願いする。
「ダメだ」
マドカが遮る。
人の邪魔しやがってと内心悪態をつくが、表情には出さない。
「頼むよ。男同士の、兄弟だけの話があるんだ」
「今更だな、織斑」
箒が冷たく言い放つ。
「散々照秋を無視し馬鹿にしてたのに、ここにきて話し合いだと?馬鹿も休みやすみに言え」
一夏はグッと声を詰まらせる。
箒は一夏が照秋に冷たく当たっていたことを知っている。
さすがに躾けの事は知らないだろうが、変に反論しようものなら更に疑われるだろう。
どうしたものかと悩んでいると、照秋が助け舟を出した。
「箒、マドカ、皆も先に行っててくれないか?」
「ダメだ。私も付いていく」
「そうだぞ照秋。わたしも付いていく!」
二人はどうしても照秋と一夏を二人きりにしたくないようで食い下がるが、照秋が大丈夫だからと諭し、二人は渋々頷いた。
まさか照秋本人が助け舟出してくるとは思っていなかったので、思わずニヤリと笑ってしまった。
「じゃあ、行ってくる」
照秋は箒たちに手を振り一夏に付いて歩く。
そんな光景を一夏は憎々しげに見つつも決して表情に出さず先を歩くのだった。
一夏はあらかじめ調べておいた、人の寄り付かない場所へと照秋を連れ込む。
そこは日当たりの悪い中庭のような場所で、あまり手入れのされていない雑草生い茂るところだった。
そして、その場所に着くや照秋の胸ぐらを掴み力任せに壁へ押し付ける。
「ぐっ!」
いきなりの事で威力を弱めることが出来ず、したたかに壁に打ち付けた背中が激痛を伴い、さらに肺から息が漏れる。
一夏はそんな苦しそうな照秋などお構いなしに胸ぐらを強く掴み睨んだ。
「……おい、照秋」
先程までのさわやかな笑顔とは真逆の、低い声と暗い瞳に、照秋は驚く。
「おまえ、調子にのってやりたい放題してくれたな」
「……一体何のことを……」
「同じ転生者だから少しは大目に見てたが、ここまで調子に乗るなんてなあ!」
「意味が分からないことを……」
「とぼけんじゃねえよ! てめえ原作無視してんじゃねえよ! 主人公は俺だぞ!!」
一夏は激昂するが、照秋は話の内容が全く理解できない。
「好き勝手やりがって! 俺のハーレム計画が無茶苦茶になっただろうが!!」
照秋は一夏の喋る言葉がわからない。
一夏は何を言っているのか、何に怒っているのか。
全く理解できなかったのだ。
だから、理不尽な怒りに、照秋もだんだん怒りが湧いてくる。
以前の照秋ならただ怯え、泣くだけだっただろう。
だが、中学の三年間、厳しい環境に身を置き心身ともに成長した。
確かに昔の事を思い出し弱気になる。
でも、もう昔の自分ではない。
照秋は変わったのだ。
もう、織斑一夏に怯えるだけの男ではない。
照秋は胸ぐらを掴む一夏の腕を握り、力を込める。
剣道を続けていくうちに、照秋の握力は上がった。
それは竹刀をにぎり稽古するのだから、相当な負荷がかかる。
自然と手、腕、肘、肩は鍛えられる。
今の照秋の握力はゆうに80キロを超えていた。
簡単に例えると、片手でリンゴが握りつぶせる。
そんな握力で握られた一夏は、あまりの痛みに掴んでいた胸ぐらを離し苦痛に顔を歪める。
だが、照秋は力を緩めずさらに前進する。
痛みに耐えながらも、徐々に詰め寄られ、一夏はいつの間にか膝をついていた。
照秋は一夏を上から押さえつけるように掴んだ腕を押す。
「い、いい加減にしろ! 馬鹿力が!!」
一夏は空いているもう片方の手で照秋に殴りかかろうとするが、それすら照秋に防がれ、さらにその手も照秋に強く握られてしまった。
ギチギチと骨が軋み、一夏は脂汗を流し跪く。
もう耐えられない、これ以上されたら腕を砕かれる!
「わ、悪かった! だからもうやめてくれ!!」
一夏が悲鳴に似た懇願をし、それによって照秋は握っていた一夏の腕を離した。
腕を解放された一夏は、握られた部分を確かめつつ息を整える。
握られた部分は手形に内出血していた。
痺れて上手く力が入らず、手が震える。
「てめえ……こんなことしてただで済むと思うなよ……っ」
一夏が負け惜しみのように悪態をつくと、照秋が跪く一夏の胸ぐらを掴み強引に立たせる。
いや、照秋に持ち上げられ、一夏は足が地面に付かずバタバタもがいていた。
「いい加減にしろよ一夏」
鋭く突き刺すような眼光に、一夏は流していた脂汗が一気に冷や汗に変わるのが分かった。
「原作だの転生だのハーレムだのわけのわからないことを言ってイチャモン付けるな」
本当にわけがわからない。
一夏は妄想癖でもあるのだろうかと心配になってしまうほどだ。
一夏は呼吸できず顔を青くする。
「もう俺は昔の俺じゃない。俺は…………もしこれからも
―――
照秋はそれ以上先を口にしなかった。
だが、一夏にはわかった。
(こいつ……俺を殺すつもりだ!)
照秋が怒りに顔を歪めていると思ったら、急に無表情に変わった。
そしてその無表情な顔で一夏を見つめる瞳の奥に見え隠れする暗く、昏く、冥く、深い闇。
その中で狂気が見え隠れする瞳に一夏は声も出ない。
(こいつは誰だ!? 照秋はこんな狂った目をしなかったぞ!!)
まるで別人のようなその瞳に、一夏は恐怖に震えた。
照秋は恐怖に震える一夏に興味をなくしたようにぞんざいに放り投げた。
上手く着地できず尻餅を付く一夏を一瞥して、照秋はその場を後にした。
照秋が去った後も一夏は震えていた。
(なんだ……なんなんだアイツは? 本当に照秋か? あんなの俺の知ってるあいつじゃない……!)
照秋が代わってしまった理由が一夏にはわからない。
それが、自分が今まで行ってきた行為の果ての結果だとしても、一夏の出す答えはそこにたどり着かない。
所変わり、ワールドエンブリオ本社の研究室では、モニタをじっと見つめる篠ノ之束がいた。
モニタには、陽の当たらない草むらで尻餅をついている一夏が映っている。
その見つめる表情は、感情というものが抜け落ちたような能面のようなものだった。
そして、ぽつりとつぶやく。
「”織斑一夏”……転生者……」
地を這うような低い声は、およそ彼女から発せられたとは思えないものだった。
「この世界の異物……」
ギュッと握る拳は、力を入れ過ぎて白くなっている。
「本当の”織斑一夏”は”てるくん”だ」
この呟きは誰に言っているのか。
「紛い物……お前の存在はこの世界を破滅の道へ導く害悪だ」
瞳が、黒く、昏く、暗く、深い闇より深く。
「お前はこの世界から、理から消す」
――それが、神の意志だ。
束は既に何も映らなくなったモニタをじっと見つめ続ける。