メメント・モリ   作:阪本葵

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第21話 凰鈴音の本性

翌日、照秋は凰に呼び出された。

 

「二人きりで話がしたい」

 

そう言われ、なんとかついて来ようとする箒とマドカを説得し一人で指定された場所の屋上へと赴く。

だが、箒とマドカは嫌な予感がしたので照秋を尾行していた。

照秋は気配に敏感なため、あまり近くに寄りすぎると気付かれてしまうためそこは慎重だ。

そして屋上には照秋以外の生徒も行き来する。

IS学園は珍しく屋上を常に開放している学校なので、昼休み以外にも屋上に来る生徒は多い。

だが、この時間はそれほど多くはなく、見たところ4~5人程度だった。

そんな生徒たちに紛れて屋上へ行く箒とマドカ。

 

「しかし、代表候補生というのは屋上に呼び出すのが好きだな。流行なのか?」

 

「なんの話だ?」

 

「以前、私もセシリアに屋上に呼び出されたことがある」

 

「そうなのか」

 

そんな会話が出来る程度の空気だったが、屋上に着き死角となる場所で見張っていると凰が来た。

 

「来てたの。早いわね」

 

凰がにこやかな笑顔で照秋に近付く。

だが、その表情に照秋はわずかに首を傾げた。

 

……昨日となんか雰囲気が違う?

 

昨日、照秋のクラス代表パーティーで会ったときはもっと柔らかい雰囲気だったが、今は勝気な、自信あふれる感じが漂っている。

 

「とりあえず、あんまり時間もないから、コレ」

 

そう言って凰は一枚の紙を照秋に渡した。

照秋は渡された紙に書かれている字を見た。

中国語で書かれていたため読めなかったので、ISの機能を使って自動翻訳して文章を読む。

 

「サインして。ハイこれペンね」

 

凰は照秋にボールペンを渡そうとするが、照秋はそれを受け取らず、紙から凰へ目線を移した。

その眼は、怒りを宿していた。

 

「なんなんですか、コレは」

 

「何って、契約書よ」

 

あっけらかんと言う凰。

契約書、それはいい。

だが、書かれている内容が問題なのだ。

 

「こんな契約が成り立つと思ってるんですか? ようするにワールドエンブリオの全権を中国政府に委ねろ、そういう事でしょう、ここに書かれていることは」

 

「そうね」

 

凰の持ってきた契約書は、中国政府の契約という名の一方的命令だった。

ワールドエンブリオの持つ技術力、IS、パイロットのすべてを中国政府に管理させること。

社長は退任、社員、パイロットは全員中国籍取得、日本政府から譲渡されたISコアも中国政府が徴収する。

はっきり言って無茶無茶な内容だ。

これが成り立つと思っているのだろうか。

 

「お断りします」

 

照秋は当然契約書を凰に突き返す。

そんな返答も予想していたのだろう、凰はニコリと笑い、急にキッと照秋を睨んだ。

 

「ごちゃごちゃ言ってないでアンタは黙ってサインすりゃいいのよ!!」

 

突然の怒声に、屋上で休憩していた他の生徒が驚き凰と照秋を見た。

そして、関わりたくないと、そそくさと屋上を出ていく。

 

「アンタみたいな出来損ないでもまともに扱えるISをあたしたちが有効活用してやるって言ってんのよ! ありがたく感謝してもらいたいくらいだわ!!」

 

先程までの笑みが嘘のように、その顔は怒りに染まっていた。

釣り目がより吊り上り、八重歯が獣の歯のように見える。

 

「あんた、中学校でちょっと強くなったからって調子にのらないでよね! あんたなんか一夏の足元にも及ばないんだから!!」

 

「……なんでそこで一夏が出てくるんですか? これは国と企業の話ですよね」

 

照秋は冷静に、というより冷めた表情で凰を見ていた。

ああ、こっちが本性か、昨日のあの親しげな態度は猫を被ってたんだなと納得する。

 

「一夏から聞いたわよ。出来損ないのアンタがISを自分よりうまく乗れてるって。きっとアンタのISの性能が良いからだって!」

 

凰はツインテールを振り乱し照秋に詰め寄る。

 

「一夏は努力してる! 必死に努力してる一夏を馬鹿にするみたいにズルして力を手に入れて! そんなんで一夏に勝ったつもり!!」

 

凰は何を言っているのだろうか?

一夏が努力している?

確かにしているのだろう。

見たことはないが。

 

「そんな卑怯者がいる企業を中国政府が上手く使ってやるって言ってんのよ!! ありがたく思いなさい! ほら、早くサインしなさいよ!!」

 

照秋に無理やりボールペンを持たせ、紙にサインさせようとする凰。

さすがにやり過ぎだろうと、照秋は凰の手を振りほどき、すばやくバックステップし距離を置く。

 

「……なんのつもりよ」

 

凰は照秋を睨む。

対して、照秋は冷めた目で凰を見つめる。

 

「一夏がどれだけ努力したのかは知らない。でも俺もずっと自分なりに努力してきた」

 

だからこそ全国中学剣道大会で優勝出来たのだし、自信も付いた。

ISの操縦もスコールとマドカから師事を受け、箒と訓練を繰り返した。

まだまだ未熟なことは自分が十分理解している。

だからこそ、訓練するのだ、練習するのだ。

 

「出来損ないのアンタがどれだけ頑張っても一夏には追いつけないわよ!!」

 

凰は、どういう情報でここまで照秋を敵視し、見下すのだろうか。

 

「小学校の時のアンタは、いつもいつもウジウジして、ビクビクして、一夏の手を煩わせて! アンタがいるから一夏はアンタを躾ける必要があったのよ!!」

 

躾ける。

この言葉を聞いて、照秋は理解した。

ああ、凰は自分が一夏から暴力を受けていることを知っていたのだ。

それを知っていても助けることなく、むしろ、一夏の手を煩わせる照秋が悪いと言い放つ始末。

昨日のパーティの参加は照秋を観察するためだったようだが、どうやら鈴の目には照秋は小学生時代と大差ない成長をしたと見えたようだ。

若しくは、一夏からなんらかの情報を吹き込まれていると考えられる。

以前一夏は照秋に突っかかってきたときになんだかんだと言いがかりをしてきた。

そして一夏は照秋が何か卑怯な手を使って今の力を手に入れたと勘違いし、それを鈴に吹き込んだのだろう。

照秋は、大きく息を吐き、凰を睨んだ。

 

「アンタみたいに弱い自分を変えようと努力しない人間は見ていてイライラするのよ!!」

 

「……俺は昔と変わっていないと?」

 

反論する照秋に、ハンッと鼻を鳴らす凰。

 

「イカサマして強くなった奴の、どこが変わるっていうのよ」

 

「……そうか」

 

呟く照秋。

途端、周囲の空気がピリッと張りつめる。

いきなりの事に、凰は目を見開き照秋を見た。

この空気……これは……

 

「何よ、アンタ、ここであたしとやりあう気?」

 

目を細め、ニヤリと笑う凰。

自身の才能に絶大な自信を持つ凰は受けて立つ構えだ。

凰は気付かない。

イカサマをして簡単に力を手に入れようとする人間が、周囲の空気を変える程の覇気など纏えないということを。

 

「この事は社に報告し、正式に中国政府に抗議させていただきます」

 

構える凰を余所に、照秋は書類を折りたたみ胸ポケットへと入れる。

そして、ゆっくりと凰を見て、言った。

 

「俺が努力していないかどうか、今度のクラス対抗戦でわかるだろうさ」

 

照秋はそう言い、凰の横を歩き屋上を後にした。

 

「……なんなのよ」

 

呟き、ダンッダンッ! と地面を踏みつける。

 

「なんなのよアイツ! 偉そうに!! 照秋の分際で!!」

 

凰は苛立たしげに地面を踏み続ける。

思い浮かべるのは、いつも自信なさげな表情でおどおどする照秋。

一夏に殴られても、ただ泣くだけで反抗せず謝る照秋。

誰かが助けてくれると、誰かが気付いてくれると願うだけで行動を起こさない照秋。

 

――まるで昔の自分を見ているようだ。

日本に転校してきて、言葉もおぼつかない自分に、友達などできず、逆に虐められる毎日。

それに反抗しようにも、自分はひとり、相手は自分以外の人間。

勝てるはずもない、と諦め泣く毎日。

一夏が助けてくれなかったら、今の自分は無い。

だからこそイラつく。

一夏は照秋を鍛えるためにああやって暴力という形で接していたのだ。

照秋のために、あえて憎まれ役を買って出ていると一夏自身が告白してくれた。

 

『俺がああやって接していれば、いつか照秋が反抗して殴り返してくる。それを俺は待ってるんだ』

 

荒療治だと思うが、照秋のような根性が捻じ曲がった人間には丁度いい方法だ。

自分は一夏に助けられた。

そんな一夏の気持ちも知らず、手を差し伸べられている事にも気付かず不正に手を出す照秋を許さない。

 

「……潰してやる」

 

照秋を、潰してやる。

あいつに関わる全てを、潰してやる!

 

鼻息荒く、凰は屋上を後にした。

 

 

 

 

「……恋は盲目とは言うが、あそこまで行くと病気だな」

 

マドカは呆れた表情でしばらく地団駄を踏んでから屋上を後にする凰の背中を見る。

横では憤怒の表情の箒がマドカに掴みかかる。

 

「おいマドカ、なぜ止めた!」

 

「出ていく必要がないからだ」

 

怒る箒をあしらうマドカ。

照秋が一方的に罵倒される姿に我慢できなくなった箒は、照秋の元へ行こうとしたのだが、マドカに止められた。

そして、最後まで止められ、出ていくタイミングを逃してしまったのだ。

こんなに薄情な奴なのかと箒はさらに怒りをあらわにするが、そうではなかった。

マドカは自身の拳をきつく握りしめていた。

爪が皮膚を突き破り、血が出る程に。

 

「あの程度の小物、私たちが出ていく必要も無い」

 

マドカは握りしめる拳を解き、爪で傷ついた手のひらにハンカチを当てる。

 

「あの思い上がった小娘は、後悔するだろうさ」

 

マドカは、暗く濁った瞳で、口を三日月のように歪め笑った。

 

「照秋を、私たちワールドエンブリオを敵に回すということのリスクをな」

 

マドカは静かに嗤う。

それを見た箒は、ゾクリと震えた。

 

 

 

放課後、マドカはすみやかに篠ノ之束にこの事を報告した。

 

「――というわけだ」

 

「それは許せないね!!」

 

束は、マドカから報告を受けるやプンプンと怒る。

束の横で、クロエが空間投影キーボードを忙しなく叩き情報を収集している。

ちなみにクロエは黒いバイザーを付けていた。

 

「束様、やはり中国からも竜胆の発注が来ています。しかも何やら自分たちに都合の良い条件を出して無理矢理タダ同然で手に入れようとしていますね」

 

「拒否しなさい! ついでにウィルス送っといて!!」

 

「かしこまりました。あと中国政府の隠している数々のスキャンダルを証拠映像と共に世界中にばら撒きます」

 

「よろしくぅ!」

 

テキパキと指示通り行動するクロエ。

冷静に対処しているように見えるクロエだが、その実かなりご立腹のようだ。

 

「で、どうする?」

 

マドカは束にこれから、凰をどうするか聞く。

マドカが潰しても構わないが、それでは面白くない。

 

「ふふん、任せといて! その小娘と、ついでにアイツに痛い目見てもらう算段は付いてるから!!」

 

自信満々な束。

アイツとは、恐らく織斑一夏のことだろう。

そんな束を見て、マドカは思った。

 

(たぶんロクでもない事だろうな。最悪私たちも巻き込まれるだろうから、覚悟しとくか)

 

マドカの予感は当たる。

それも予想以上にハッスルした束による過剰介入によって。

 

 


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