メメント・モリ   作:阪本葵

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第22話 クラス対抗戦と乱入者

クラス対抗戦当日

 

この日のスケジュールとしてアリーナ毎に一年、二年、三年と分け、一回戦、二回戦最後に決勝戦といういわゆる「ワンデイマッチ」で進行していく。

本来ならば一つのアリーナですべての学年を行った方が効率は良い。

特に今年の一年は話題に事欠かない。

一学年に専用機を7機所持、さらに世界に二人だけの男性操縦者がいる。

上級生も見たいと思うだろうが、それだと全学年が一つのアリーナに集まり混雑する。

不測の事態の時にすみやかに避難できるように分散させる必要があるのだ。

そのため、各学年のクラス対抗戦にはその学年の生徒しか観戦できないようにした。

もちろん生徒の反発の声が上がったが、教師をはじめ、生徒会長が黙らせた。

生徒会長である更識楯無は、何か嫌な予感がしたのだ。

クラス対抗戦で、何かが起こるという、予感が。

だから、教師と相談、協議したのである。

 

さて、一年のクラス対抗戦であるが、第一試合は一組対二組、つまり織斑一夏対凰鈴音だ。

二回戦が三組対四組、織斑照秋対更識簪(さらしきかんざし)となっている。

更識簪は日本の代表候補生で専用機持ちであるのだが、ある理由で専用機が完成しておらず、今回のクラス対抗戦は学園の訓練機である打鉄で参加するとのこと。

 

一夏と照秋が同じピットで、凰鈴音と更識簪が反対側のピットで各々準備に取り掛かる。

一夏はクラスメイト数人を侍らせ談笑しているが、照秋の周囲は箒とマドカ、そして何故かセシリアが固め、照秋は黙々と準備運動を行っていた。

 

「更識簪の専用機は倉持技研が担当していたんだが、織斑一夏の専用機を優先して作るよう政府に言われて後回しにされたそうだ。それで、更識簪は開発中の専用機を引き取り自分で作ると言い出し、未だ未完成というわけだな」

 

マドカが調べていたことをつらつらと話す。

マドカにかかればプライベートもあったもんじゃない。

 

「倉持技研はそんなにスタッフがいないのか?」

 

箒は照秋の柔軟体操を手伝うべく、照秋の背中を押す。

照秋は足を180度に開きながらも上半身がペタンと地面に着く。

背中を押している箒も、そしてそれを見ていたセシリアもこれには驚いた。

 

「倉持技研はそもそも会社じゃなくて政府から援助金を受けて製作する研究所だからな。少数精鋭で細々やりくりしているところで、篝火(かがりび)ヒカルノという所長が一人突出した技術を持っているんだ」

 

まあ、篠ノ之束の足元にも及ばん『ただの天才』だがな、と付け加える。

そんな『ただの天才程度』の一人に頼り切りの研究所が、同時に二つの第三世代機を制作するというのは土台無理な話なのだ。

 

「それで今回は打鉄での出場ですか。織斑一夏はそのことを知っているのかしら」

 

「いや、知らんだろうな。知っていたとしても別にアイツのせいではないし、謝るのも筋違いだ。根本は政府の発注ミスと倉持の技術力の無さだ」

 

マドカは、そう言って、セシリアを見た。

 

「それよりもだ、お前は一組だろう? あっちに居なくていいのか?」

 

マドカはチラリと一夏を見る。

一夏は未だに準備せずクラスメイトと談笑している。

セシリアは厳しい視線でそれを見ると、フンと鼻を鳴らした。

 

「かまいませんわ。わたくしが織斑一夏を嫌っていることはクラスでも知られていることですし」

 

「おまえ、世渡りがヘタクソだなあ」

 

セシリアの態度に、マドカは苦笑する。

セシリアの言いたいことはわかる。

クラスの代表として、クラスメイト達の期待を背負って戦わなければならないのに準備運動すらせず談笑している体たらくぶり。

余裕の表れなのか、舐めてるのかわからないがセシリアでなくとも呆れるだろう。

逆に照秋はすでに試合モードに入っており、ストレッチを終えると専用機[メメント・モリ]の最終チェックを黙々とこなしている。

真剣な表情で投影ディスプレイを見て同じく空間投影コンソールを巧みに操作する照秋に、箒とセシリアは、頬を染めつつため息を吐く。

 

「いいなあ……照秋の凛々しい顔……カッコいいなあ……」

 

「ああ、物語の中の騎士のようですわ……セクシーですわぁ……」

 

「お前らも大概だな」

 

マドカはピンク脳の二人にあきれ果てた。

しかし、と思考を切り替える。

先日の話から、束が何かしらアクションを起こしてくるのは決定事項だ。

今回の対抗戦にしても、組み合わせはコンピュータで自動選出したという話だが、これにしても束が操作した可能性は高い。

いや、確定していると言ってもいいだろう。

こんな都合よく『第一試合』で『織斑一夏対凰鈴音』なんてマッチングは、束がこれから行うであろう事柄を知る人間が見れば疑うに値する。

一応、束がなにかしら騒ぎを起こすという事はスコールには報告している。

大丈夫だとは思うが、他の生徒に危害が及ぶ可能性もあるのだから、教師に生徒たちのすみやかな避難誘導をさせるため情報は必須だ。

スコールも了承し、丁度そのことを聞いたときに生徒会長の更識楯無が学年別にアリーナを分けるという案を提示してきたので、特に怪しまれることもなく事が進んだ。

 

『織斑一夏、アリーナへ出場しろ』

 

織斑千冬のアナウンスがピットに響く。

一夏は、クラスメイトに手を振りながら白式を纏い、発射口へと移動する。

その時、チラリと照秋たちを忌々しそうに睨み、アリーナへと飛び立っていった。

そして、睨まれた面々だが……

 

照秋……集中しているため気付かず

箒……雑魚の睨みだと鼻で笑う

マドカ……殺すか?と殺気を込めて睨む

セシリア……小物臭がプンプンしますわ、と汚物を見るような目で見る

 

結局、だれの脅威にもなれなかったうえ、よけいに反感を買っただけだった。

 

 

 

第一試合が始まった。

 

一夏は思いのほか動きが良かった。

クラス対抗戦が行われるまでの間、凰と一緒に練習をしていたようである。

だが、それでも照秋の動きには到底たどり着かない動きだが。

 

基本白式は雪片という刀剣型武装一つしかなく、近接戦闘オンリーの欠陥機である。

対して凰の操るISは甲龍(シェンロン)という中国の第三世代機である。

燃費向上をコンセプトに制作された機体は、双天牙月という大型青竜刀を基本武器としている。

さらに龍咆(りゅうほう)という空間自体に圧力をかけ砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲がある。

これは空気が砲弾であるため視覚で認識するのが難しい。

さらに砲身も見えずさらに砲身稼働限界角度がないため、全方位から発射可能という驚異の武器である。

勿論弱点は存在する。

衝撃砲は発射すれば、必ず空気の歪みが発生する。

それをハイパーセンサーで察知し回避すればいいのだが、これは発射してから避けるというロスが発生するためリスクが高い。

もう一つは、威力が低いという事だ。

現在の科学力では、無尽蔵に圧縮空気を発射させるのに威力を求めると回数が制限される。

それこそ音速の壁を越えたときに発生する衝撃波を求めようものなら、IS自体の機体が耐えられない。

その為、機体が保てるギリギリの圧縮空気を打ち出せる兵器を開発し、搭載させたのが甲龍だ。

まあ、束にかかればそれ以上のものなど簡単に出来るのだが。

 

試合は特に山場もなくゆったりとした展開だった。

 

観客席で観戦している生徒も、盛り上がりのかける試合に不満な声を上げる。

どうみても凰が一夏に合わせて試合展開をしているような、まるで練習を行っているような動きなのだ。

 

「お遊戯だな」

 

マドカが欠伸をしながらモニタを見る。

 

「まあ、凰が織斑と真剣に戦えば一瞬で試合が終わるからな」

 

「彼女はそれほどの実力なんですか?」

 

箒の呟きに、セシリアが質問する。

それに箒は、ああ、と答えた。

 

「マドカが中国から入手した戦闘記録映像を見た限りでは、なかなかの動きだったぞ」

 

箒がなかなかと言うほどだから、それなりの技術を持っているのだろう。

 

「だが、セシリアの方が強いな」

 

箒の素直な評価に驚きつつも、それを顔に出さずセシリアはモニタを見つめた。

しばらく見どころのない試合が突いたとき、マドカが何かに気付いた。

 

「お前たち、衝撃に備えろ」

 

え? と箒がマドカを見た瞬間、ズドンッという爆発音と大きな衝撃がアリーナを襲い、地震が起こったように地面が揺れた。

 

「なんだ!?」

 

バランスを崩しかけて、なんとか踏ん張る箒は、すぐに臨戦態勢を取った。

マドカがモニタを睨んでいる。

衝撃と土煙で映像が乱れるが、しばらくしてアリーナの全貌が露わになる。

その映像を見て、マドカは息を呑む。

アリーナには、一夏と凰の他に異物がいた。

全身装甲(フルスキン)の機体は、黒一色という武骨な造りで、さらに腕がありえない程大きい。

緩慢に動く全身装甲の異物は、ゆっくりと左腕を上げ、飛んで避難している一夏に照準を合わせ――巨大なビームを放った。

ブルーティアーズのビームの比ではない極太のビームは、一夏めがけて飛ぶが、一夏はギリギリで避けた。

回避されたビームはアリーナをドーム状に覆っているバリアを突き破り、空へと飛んでいきその衝撃がアリーナを揺らす。

 

『試合中止! 織斑! 凰! ただちに退避しろ!』

 

突然千冬のアナウンスが入る。

緊急事態のため、千冬の声にも焦りが出ている。

 

マドカはピットに設置されている端末を操作し、照秋達を呼ぶ。

 

「みんな見ろ」

 

マドカに言われ、端末のモニタを見ると、遮断シールドレベル4と表示されていた。

さらにIS学園の見取り図を表示し、各出入口が赤く点滅されているのを指さす。

おそらくあの侵入者によってIS学園の防衛プログラムがハッキングされているのだろう。

 

「しかも全てのアリーナの通じる扉がロックされているんだが……」

 

そう言って、アリーナ射出口と通路出入り口を見る。

 

「ココのピットは”何故か”ロックされていない」

 

更にマドカは端末を操作し、IS学園の全体図を表示する。

そこには、赤い点が10か所存在している。

そのうちの一つがココ、つまり現在アリーナで暴れている全身装甲だ。

二年、三年のアリーナにそれぞれ1コ

グラウンドに7コ

計10コの点が点滅している。

 

つまり、侵入者の全身装甲は合計10体IS学園に侵入しているのだ。

 

マドカはスコールに連絡を取る。

まず、各学年のアリーナの侵入者は無視する。

全身装甲のIS一体程度なら、二年、三年でクラス代表になれるくらいの実力なら何とかなるだろうと判断したのだ。

だから、一番リスキーな場所の確認を取る。

 

「おい、現在グラウンドの7体は誰が対応しているんだ?」

 

『教師が訓練機で対応してるけど、芳しくないみたいね』

 

「わかった。では、私たちがそちらに行く。ここの出入り口は”都合よくロックされていない”から助けに行ける。教師陣には深追いしないよう徹底させてくれ」

 

『わかってるわ。じゃあ、ついでにそこの一体倒してきてね』

 

「あれは織斑一夏と凰鈴音に任せる。死んだとしても、知らん」

 

マドカは非情な選択をした。

本来なら教師であるスコールはそれを諌めるだろう。

だが、しない。

 

『そう。じゃあ早くグラウンドに来てね』

 

マドカとて生徒なのだ。

わざわざ危険な行動を増やす必要もない。

スコールはそれ以上言わず、通信を切った。

 

マドカは続いて千冬に通信を入れる。

 

「聞こえるか、織斑千冬」

 

『……なんだ結淵、今は非常事態なんだ。余計な通信をするな。それと織斑先生だ』

 

不機嫌な声の千冬に構わず、マドカは続ける。

 

「スコールからグラウンドの侵入者7体に苦戦している教師の援護に回れと命令を受けた。これから私たち4人はそちらに向かう」

 

四人と言われて、セシリアは自分も頭数に入っていることに驚き、同時にマドカに任務を任せられる実力を持っていると言われたような気がして嬉しくなった。

 

『待て。今は全ての扉が閉鎖されていてどこにも行けない。そこで待機していろ』

 

「いや、ここのピットの出入り口とアリーナ射出口は空いている。普通に行けるだろう」

 

『なんだと? ……ならば、二手に分かれ織斑兄と凰を援護しろ。今そのアリーナに援護に行ける教師がいないのだ』

 

千冬の言う事は、教師として、姉としての願いだった。

事実、本来こういった不測の事態は教師が対応するべきなのだ。

しかし教師は閉じ込められて動けないか、救助に手が回らないので一夏達の救助に行けないのである。

そして、千冬は現在の一夏と凰の二人では侵入者を倒せないと判断している。

だが、マドカならば別だ。

おおっぴらには言わないが、恐らく学園最強である生徒会長・更識楯無に匹敵もしくはそれ以上の実力者だと思っているからだ。

それに、その場には箒や照秋もいるし、セシリアと、一夏より実力のある専用機持ちがいる。

それだけの戦力があれば一夏は助かる。

だが、マドカは言い放つ。

 

「知らん」

 

『なに?』

 

「織斑一夏がどうなろうが知らん。私らはグラウンドの侵入者を対応しろとスコールに命令されている。お前の命令を聞く義理もない。私はスコールから受けた命令をお前に報告しただけだ。織斑一夏と凰鈴音が死のうがどうでもいい」

 

『貴様……!』

 

千冬は怒りに声が震える。

だが、マドカはそんなこと知らんとばかりに畳みかける。

 

「都合のいい話だな。今織斑一夏は助けを求めていないのにお前は助けろと言う。なのに、昔テルが助けてくれと言ったとき、お前は見捨てた」

 

そう言われて、千冬は声を詰まらせた。

 

「もう一度言う。織斑一夏がどうなろうが知ったことか。私たちはグラウンドへ向かい任務を遂行する」

 

『……っ! 待て! ……て、照秋、そこに照秋がいるだろう!?』

 

千冬は焦りを隠さず照秋を叫び呼ぶ。

照秋はいきなり千冬に呼ばれ驚いた。

 

『い、一夏を助けてくれ! お前は一夏より強い、間違いない、それは私が認める! だから……頼む照秋!!』

 

……だれだ、コレは?

こんな簡単に狼狽する織斑千冬など見たことも聞いたこともない。

こういう時こそ冷静に、冷徹にならなければならないのだ。

だから、失望する。

箒が、セシリアが、マドカが失望する。

だが、照秋は素直にここまで千冬に大事に思われている一夏を羨ましく思った。

自分には抱いてくれない感情、想い。

 

マドカは照秋を厳しい目で見る。

おそらく照秋は千冬の願いを聞き受けるだろう。

どれだけ冷たく言い放っても、どれだけ拒絶しても、最後は千冬の言う事を聞くだろう。

それだけ甘い奴なのだ。

だが、だからこそ照秋らしいと、マドカは思う。

 

照秋がゆっくり口を開け声を発しようとした時、突如マドカの携帯端末からけたたましいアラームが鳴る。

相手はスコールだった。

 

『グラウンドの侵入者7体がソッチに向かったわよ』

 

「……了解、教師陣は追わせるな。こちらですみやかに排除する」

 

マドカはため息を吐き、照秋の代わりに千冬に言った。

 

「喜べ織斑千冬。グラウンドにいた侵入者7体がココに向かっているそうだ」

 

『なっ!?』

 

「ついでだから、ここに居る侵入者も対応してやる。あとは私たちワールドエンブリオ関係者の仕事だ。だから織斑一夏と凰鈴音を下げさせろ、邪魔だ」

 

『……わかった。ただちに撤退させる。……照秋』

 

「何でしょうか織斑先生」

 

感情のこもっていない照秋の声に、息を呑むが、グッと噛みしめなるべく優しく言う。

 

『一夏を、頼む』

 

心からの願いだろう。

だが、照秋の心には届かない。

所詮は一夏を心配してのことであり、照秋の事を心配した言葉ではない。

 

(そうか、結局一夏か。俺が死ぬかもしれないことは考えてない。……はは、未練タラタラだな、俺も)

 

先日、自分から千冬を拒絶したのに、心の奥底では未だに千冬に想ってもらいたいと願っている浅ましい自分に呆れる。

そう、期待なんかするな。

甘い願いなど、抱くな。

俺は――

照秋は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

そして千冬の言葉に答えることなくアリーナへと向かう。

それに慌てて箒とセシリアが後に続き、そんな照秋の後ろ姿を見て、マドカは眉根を寄せた。

 

「何も学ばない愚かな女だな、織斑千冬。テルに激励すらせず、一夏、一夏、一夏。結局は織斑一夏が一番か。アイツを助けるためならばテルは傷ついても、死んでもいい、そう言っているように聞こえたな」

 

『……!? そんなことはっ! そんなつもりは……』

 

「もう手遅れだ愚か者。……侵入者がもうすぐこちらに来る。いいか、貴様が何かをする度、言う度にテルの心が乱される。テルを死なせたくないのなら、もう出しゃばるな。話しかけるな。わかったな」

 

マドカはそう言って通信を切り、先に行った照秋達を追うべく走る。

 

そうさ、死なせない。

テルは守るのは、私だ。

私が、命を懸けて、護るんだ。

 

織斑千冬、お前じゃない。

 


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