「オペを伝える」
マドカは出撃する前に三人を集めブリーフィングを行った。
「まずセシリア、お前はビットによる遠距離から牽制、敵を分散させず一箇所に固めろ」
セシリアは頷く。
「箒は雨月、空裂を使い中距離から攻撃、適宜接近戦を仕掛け、殲滅」
「質問」
箒は挙手し、マドカは目線で箒に質問することを許す。
「殲滅とは、つまり、侵入者を逃がさず無力化しろという事か?」
「そうだ。殺すくらいの気構えで当たれ」
殺す、という言葉を聞きセシリアはギョッし、箒も眉根を寄せマドカを見た。
「安心しろ、相手は無人機だ。殲滅とは、つまり破壊ということだ」
「無人機ですって!?」
馬鹿な、とセシリアは驚く。
現在ISは人間が操縦しなければ動かないというのが常識である。
現に無人機の研究は世界各国行っているが、未だ成果は出ていない。
だが、その”成果”が敵として現れたのだから驚くのも無理はない。
「驚くのも無理はないが、今は納得しろ。無人機ISは存在するし、侵入者はソレだ」
マドカに無理やり納得させられ、セシリアは気持ちを切り替える。
マドカは人を小馬鹿にしたり罵ったりするが嘘は言わない。
何故マドカが浸入したISが無人機だとわかったのかが疑問だが、観察眼が半端じゃないマドカのことたがら、何か見極める要素があったのだろう。
つまり、世界が成し得ていない存在が敵となり、これから自分が戦い殲滅する対象となるのだ。
「最後にテル」
マドカは照秋を睨むように見る。
「お前は初っ端から接近戦で殲滅しろ」
照秋は無言でうなずく。
「そして状況に応じて『インヘルノ』の使用も許可する」
「まてマドカ!」
箒が声を荒げる。
いきなり声を荒げる箒に、セシリアはビクッとした。
だが、セシリアもマドカの言葉には異論を挟みたくなった。
セシリアも初めてその兵器の威力を聞いたとき、恐れ戦いた。
『インヘルノ』それは――
と、箒を照秋が手で制した。
「マドカが言ってただろ? 標的は人間じゃあない。機械だ」
「あ……」
箒は照秋の言葉に無人機だという事を思い出し、ホッとした表情で照秋を見た。
「以上だ。質問は?」
「あの、マドカさんはどうされるのですか?」
先程の作戦ではマドカの行動が伝達されていなかったのでセシリアが疑問に思い聞く。
「私は織斑一夏と凰鈴音やイレギュラーが乱入しないよう見張っている」
マドカは暗に「三人で8体の無人機ISを破壊しろ」と言っているのだ。
だが、それに対し照秋と箒は異論を言わない。
「安心しろ、危険とみなせば私も援護に入る」
そして、最後にこう言った。
「いいか、これは練習ではない。試合でもない。命のやり取り、戦争だ。絶対防御など紙に等しいと思え」
セシリアはゴクリと喉を鳴らす。
「
マドカはそう言って顔を見渡す。
「危険と判断したら退避しろ。いいか、絶対死ぬな。生き抜くことが最優先命令だ」
皆、コクリと頷く。
皆の引き締まった表情を見て、マドカはニヤリと笑った。
「よし、オペ開始だ」
そのマドカの合図とともに、照秋たちは一斉にISを纏い、ピットを飛び立った。
その頃のアリーナ内では織斑一夏と凰鈴音が全身装甲のISと戦い、苦戦していた。
「一夏! もう一回!」
「あ、ああ!!」
凰の激と共に、一夏は零落白夜を展開し全身装甲に突撃する。
だが、その動きは先ほどの試合より鈍く、突撃も脅威となる突撃力ではない。
「ぜらああああっ!!」
気合いと共に零落白夜を振り下ろすが、案の定全身装甲のISはいとも簡単に避け、さらに置き土産とばかりにビームをお見舞いする。
「うおわあっ!?」
一夏はオーバーアクション気味にビームを避け、凰のところまで逃げるように戻る。
凰は一夏にどんまいと励ましの声をかけようとしたが、一夏の表情を見て声を詰まらせる。
一夏の顔は恐怖に染まっていた。
青くなった顔色に、滝のように流れる汗、尋常ではない息の上がり方。
そんな一夏を見ても、凰は怒ることはない。
なにせこれは試合ではないのだ。
スポーツとしてのISはルールに則ったものだ。
だが、この戦いにルールは無い。
全身装甲のISがアリーナに侵入した時のビームの威力から察するに、まともに食らえば絶対防御が発動したとしても助かる保障すらない。
まして、一夏はつい最近まで一般人だったのだ。
中国の代表候補生にまで上りつめた自分でさえ恐怖を感じている相手に対し、怯えるなという方が難しい。
一夏がここまで恐怖する兆候はあった。
アリーナに侵入してきた全身装甲の敵ISを初めて見たときは、怯えるどころか逆に不敵な笑みを浮かべていた。
教師の再三の退避命令も無視し戦うことを選んだ。
そして勇猛果敢に突撃していたのだ。
だが、敵ISが極太のビームを一夏に放ち、避けていくにつれ、一夏の表情がだんだん強張ってきた。
動きも精彩を欠き、大胆さが鳴りを潜め縮こまった動きとなって行った。
戦場といっても過言ではない空気を纏った場に呑まれ、異常に削れていく体力に息が上がる。
現に一夏はパニックになっていた。
(なんだよ……これ、アイツ、あのゴーレム、俺を殺しに来てる!)
混乱する思考の中、原作知識と共に恐怖が支配してくる。
自分は織斑一夏だ、この物語の主人公だ。
原作では勇猛果敢に突撃し、見事ゴーレム――全身装甲IS――を撃破した。
あらかじめ乱入してくるとわかっていたので、白式のエネルギーを温存するために零落白夜を使用せず試合をしていた。
そして、原作通り乱入してきたことにほくそ笑んだ。
だが、実際はどうだ?
あんなビームをバカスカ撃ってくる機械にツッコむなんて自殺行為以外のなにものでもない。
原作の一夏は狂ってる。
そう、俺が正常なんだ。
この反応が正常なんだから、ビビってる俺は悪くない。
そう逃げの思考に向いたとき、再びアリーナのバリアが轟音と共に破られた。
侵入してくるのは、全身装甲のIS、その数7。
つまり、いまアリーナには合計8体の全身装甲ISがいることになる。
(げ、原作と全く違う!? む、無理だ! 俺には無理だ!!)
凰もまさかの敵の追加投入に驚き表情を厳しくするが、一夏はそれ以上にパニックに陥っており、声も出ない状況だ。
もう一夏の思考は「逃げ」しかない。
そして一夏は恐怖に支配される気持ちを正当化させるために、逃げる。
(俺は織斑一夏、主人公なんだ。こんなところで死んだら物語が続かないんだ。だから、逃げていいんだ!)
「一夏?」
一夏は後ずさりし、それを見た凰は声をかける。
一夏は逃げる口実を口にしようとした、その時。
「オイ」
突然凰以外の声が聞こえ、驚き振り向く。
そこには、藍色の第三世代機IS[竜胆]を纏ったマドカがいた。
「時間稼ぎご苦労だった。ここからは私たちが担当する。お前たちはピットに避難しろ」
冷たく言い放つマドカだが、一夏には救いの声だった。
「あ、ああ!」
一夏はすぐにピットへ避難しようとしたが、それを凰が待ったをかける。
「なによアンタ。あんな奴らあたしと一夏で充分よ! 後から出てきた雑魚のアンタらなんてお呼びじゃないわ!!」
凰は敵意むき出しにしてマドカに噛み付く。
だが、マドカはそれを鼻で笑う。
「侵入者の敵IS1体でも苦戦している奴が何を言っても説得力が無いな」
そう言われ、グッと声を詰まらせる凰。
その間に、セシリア、箒、照秋は敵ISに向かうのを見た凰は声を上げて怒ろうとした。
アンタらなにやってんのよ! そいつらはあたしと一夏の敵よ! そんな奴ら、あたしたちだけで十分なのよ!!
そう言おうとして、声が出なくなった。
横では一夏も驚いている。
セシリアが遠距離からビットを展開、高速機動で敵をかく乱しつつ、自身もビームライフル[スターライトMkⅢ]を構え放つ。
敵のビームを危なげなく避けながら、倍返しとばかりに逆にビットとビームライフルで敵ISにダメージを与えていく。
箒も中距離から刀剣型武装[雨月]を振りビームを発射させつつ、敵ISの足止めをすると高速移動で、一瞬で近付き雨月、空裂で斬りかかるというヒット&アウェーを巧みに行う。
敵ISが攻撃を仕掛けるも、箒はそれを接近しながら避け、逆に隙を見て攻撃を返す。
照秋は瞬時加速で一瞬で敵ISに近付き、刀剣型武装[ノワール]で攻撃。
さらに敵が攻撃を仕掛ける気配を察知するや、
超高等カウンターである。
しかも接近戦での超高速移動を行うことにより敵ISの攻撃動作を制限させる技術も発揮させる。
三人のそれぞれの攻撃はバラバラのように見える。
だが、セシリアのビーム攻撃は箒と照秋には当たらないし、箒の遠距離攻撃もセシリアと照秋には当たらない見事な連携だった。
それは、常日頃一緒に訓練を行っているため、それぞれの癖や動きを把握しているのだ。
だから、お互いの思考パターンが分かっているから、当たらないし、当てない。
そんな異常な連携で8体のISを圧倒する三人を見て、凰は口をあんぐりと開け唖然とした。
どう見ても自分より技術が上だ。
イギリスの代表候補生セシリア・オルコットの動きが以前見た資料とかけ離れている。
日本の代表候補生になったばかりの篠ノ之箒はまだ第四世代機を上手く操れていないと聞いていたが、そんなそぶりを見せない洗練された動きだ。
さらに自分が散々バカにしてきた照秋が、一番異色を放っている。
接近戦での回避行動など、そう続くものでない。
大抵は仕切り直しと一度は距離を置いたりするものだが、照秋は一度も離れることなく、逆に敵ISが距離を置こうとすると自分から接近し攻撃を繰り出す。
刀剣型武装一つしか扱っていないのに、その実力はセシリア、箒と遜色ない、いやむしろそれ以上の実力だ。
「そんな……ありえないわ」
自分の目に映る光景が信じられない。
凰は勿論自分が世界で一番強いなどと傲慢な考えは持っていない。
だが、同世代では負けないという自負はあった。
現に中国国内の同年代の代表候補生の中でも自分と張り合える者はいなかった。
IS学園に転入し、クラス代表に無理やりなったときも自分の脅威となる子はいなかった。
所詮こんなものかと、落胆しつつもやはり自分が強いんだと自惚れていた。
だが、ふたを開けてみればどうだ。
自分より遥かな高みにいる同世代の者が目の前に三人もいる。
自分たちを見張るように佇んでいるマドカも自分より強いのだろうと分析する。
そして、驚く凰を余所に、戦いは終盤を迎える。
照秋が突如敵ISと距離を取ったのだ。
それを見た箒が敵ISから離れる。
セシリアも攻撃を止め退避した。
凰は何が始まるのかと見ていると、照秋のIS[メメント・モリ]の黄金の翼から炎があふれ出た。
[
女性の声の電子音が照秋のISから聞こえた。
炎は意志を持つかのように、まるで炎の蛇のようにうねり、敵ISの周囲を囲む。
そして炎は勢いを増し、やがて炎の渦は竜巻のように舞い上がり柱となった。
炎の柱は消えず、勢いがさらに増すと、炎の中から光と爆発音が起こり始める。
何度も柱から光と爆発音が聞こえ、やがてそれらが収まってきたころ炎の柱が小さくなり、消えた。
そこには、原形をとどめないISだったモノが転がっていた。
高熱により煙を吹き、溶け爛れ、人型にもなっていない、敵ISの成れの果てが。
「作戦終了。あとは学園に任せる」
マドカがそう言うと、照秋たちは一夏と凰を見ることなく速やかにピットへと帰って行った。
「スコール、侵入者は全て排除した。あとはそちらに任せる」
『わかったわ。お疲れ様マドカ』
「私は何もしていない。あとでテルや箒、セシリアを褒めてやってくれ」
『ふふ、わかったわよ』
簡単な報告を終え、マドカもピットへと戻ろうとして、未だ呆然としている凰と一夏を見て言った。
「これが、私たちワールドエンブリオの実力だ。わかったか、ビビりとチャイニーズ」
マドカが馬鹿にするように言うが、一夏と凰は言い返せない。
ただ、くちびるを噛みしめ、悔しそうに、憎らしげにマドカを、照秋たちの背中を見るしかできなかった。
こうして、IS学園の侵入者騒ぎは生徒の被害ゼロという形で無事終息したのだった。