メメント・モリ   作:阪本葵

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第25話 千冬とスコールの大人の夜 後編

目の前に刺身の盛り合わせと串盛りが置かれ、それをモリモリ食べるスコール。

千冬も、先ほど割勘と聞かされ元を取るべく口に放り込む。

コースはまだまだ始まったばかりだ。

 

「で? あなたは照秋君のこの一年を知りたいのね?」

 

「ああ」

 

開き直ったように即答する千冬。

スコールは、そうねえ……と天井を仰いだ。

 

「初めて会った照秋君は、目が虚ろだったし、顔色にも生気が感じられなかったし、とても生きている感じがしなかったわねえ」

 

千冬はグッと胸を押さえる。

 

「ああ、私も照秋君の誘拐の事は知ってるから」

 

「……!」

 

千冬は、スコールを驚きの目で見るが、本人は何でもないようにヒラヒラ手を振る。

 

「大丈夫よ、私、あなたの気持ちは少なからず理解してるし」

 

当時の千冬の取り巻く環境を考えれば、情状酌量の余地はあるとスコールは考える。

誘拐電話がほぼ毎日のようにかかってくれば、そりゃあぞんざいな扱いにもなるだろう。

悪戯の誘拐電話がかかってきた当初は、一夏に電話をして確認を取ったり、照秋の学校に確認の連絡を入れたりしていたのだが、数が多くなると段々と感覚が麻痺しだして確認の連絡もしなくなる。

だが、そんなこと誘拐された照秋には関係ないし、今更それを言い訳にしても後の祭りだ。

 

「照秋君も最初は自分の殻に閉じこもって、私たちの話を聞こうともしなかったわ」

 

だからね、と続けスコールはとんでもないことを言った。

 

「叩き潰したのよ」

 

とても信じられない言葉を、笑顔で言うスコール。

千冬は口をあんぐりと開けていた。

 

「ISをまともに扱えていない時期に、マドカが徹底的にボコボコにして無理やり自分の置かれてる状況を納得させたの」

 

「そこだ」

 

千冬の目つきが変わり、え? とスコールは首を傾げる。

 

「私は前から疑問に思っていた。ワールドエンブリオは一年前から照秋を保護、護衛をしていた。そしてISを扱える事を知り隠していた。では、照秋はいつISを扱えると判明したんだ?」

 

最初は第一発見者のマドカが犯人を無力化し照秋を保護したと思っていた。

だが、それだと疑問が残る。

照秋は、いつ、どういった経緯でISを扱えると判明したのか。

ワールドエンブリオが照秋を保護すると言いだしたのは、照秋が誘拐された後だ。

ということは、照秋は誘拐されたときにISを扱えたことになる。

でなければ保護、護衛するなど言うはずもない。

しかし照秋がISなど持っているはずもないし、そんな都合よくISが転がっているはずもない。

そもそも誘拐された場所は廃工場でISはおろか何か手助けできる者すらなかった。

 

「私はその辺は詳しく知らないのよ。当時は私も別行動で海外にいたし」

 

申し訳なさそうにスコールが言う。

ガックリと肩を落とす千冬だが、だけど、とスコールは続ける。

 

「マドカが発見した時、照秋君はISを装着して気絶してたんですって」

 

ISを装着し、立ったまま気を失っていた照秋は、自身の流した血と、返り血でまみれていたという。

 

「……という事は……」

 

「ええ、誘拐犯は照秋君が殺した、という事でしょうね。現場の状況で判断すると」

 

千冬は痛みを耐えるように噛みしめる。

 

「ただ、本人はそのことを全く覚えていないそうよ」

 

錯乱状態だったのか、もしくは初めてのIS装着で暴走したのか、それは謎だが、照秋は自分が人を殺したことを全く覚えていない。

もちろんそれをマドカ達が照秋に言うはずもなく、真相は告げられないままである。

それが、唯一の救いか。

 

「何故照秋君がISを装着していたのか。そもそも何故ISがあったのか、それはわからないわ」

 

千冬はスコールの言葉を聞きながら、ある可能性を考えていた。

もしかしたら、親友の篠ノ之束が密かに照秋にISを渡していたのではないか。

現状、ISのコアが世界でナンバリング管理されている中で、自由にコアとワンオフの専用機を個人に譲渡できるほどの権限と技術力を持っているのは束しかいない。

いつ照秋に渡したのかはわからないが、しかしということは、束は遥か昔から照秋がISを扱えると事を知っていたことになる。

 

「でもその時装着していたISはメメント・モリだったそうよ」

 

「あれはワールドエンブリオが制作したものではないのか!?」

 

千冬はいよいよ束が絡んでいることに確信を持ち始める。

 

「あなたは箒さんから聞いてるわよね。篠ノ之束博士が第四世代機の設計図を条件にワールドエンブリオで箒さんを保護させるって取引」

 

「ああ」

 

ここでスコールは束があらかじめ用意している模範解答を言う。

それは、束がワールドエンブリオとはほとんど関係を持っていないという事。

あくまでビジネスでの関係だという、嘘を。

 

「その取引のとき、すでに照秋君はワールドエンブリオで保護されてて、その照秋君が持っていたメメント・モリの事をすごく気にしてたわ束博士」

 

やはり、と千冬の考えは確信に変わった。

照秋がISを扱えるという事を、束は昔から知っていた。

そして、知っていたからISを渡していたのだ。

しかし照秋がそのことに気付いていたという可能性は低い。

当時、いや現在もだがISは基本女性にしか扱えない。

今でこそ例外が二人いるが、それでも現在その二人しか発見されていないのだ。

だから、束は待機状態のISメメント・モリを照秋に渡した。

それが誘拐の際起動し、照秋は助かった。

本来なら感謝するところなのだが、色々秘密裏に動いている束に感謝する気持ちは湧かなかった。

 

「とにかく、彼は中学三年の五月頃からIS学園に入学するまで毎日訓練をしたわ。私が教導したのは6月からだけど、時間にすると――」

 

1500時間を超えてるわね。

その驚くべき数字を聞いて、千冬は戦慄した。

一日365日を毎日2時間ISで訓練をしたとしても730時間。

しかもこの間照秋は毎日学校にも通っていたし、部活にも出ていた。

自殺行為のような毎日を繰り返し、今の実力を手に入れたという事なのだ。

千冬は、そんな地獄のシゴキのような毎日を強要したのかとスコールを睨む。

しかし、スコールはそんな視線ものともせずに空になったジョッキを見て追加注文していた。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、別に強要した覚えはないわよ。彼が自主的に訓練をし続けたの」

 

「それを信じろと?」

 

店員が部屋に来て空いたジョッキと交換する。

今度はビールではなく、ハイボールだった。

 

「初めてだったんじゃないかしら」

 

「何がだ」

 

「面白いくらいに上達していく力を実感できることに」

 

そう言われ、千冬は照秋の小さい頃を思い出した。

照秋は物覚えの悪く、人より時間のかかる子供だった。

 

「はっきり言うけど、彼、ISに関しては『天才』という言葉では片付けられない才能を持ってるわよ」

 

あれはきっと、神様からの『ギフト』ね。

そうつぶやき、ハイボールを飲むスコール。

 

「……君にそこまで言わせる程か」

 

「それに、いつも楽しそうに笑ってたわよ」

 

「……楽しそうに、していたのか? ……笑って……いたのか……」

 

楽しそうに笑っていた。

この一言が、千冬に重くのしかかる。

自分が照秋の楽しそうな姿を見たのはいつだったか……

笑った顔を見たのはいつだったか……

どんどん落ち込む千冬を見て、スコールはため息をついた。

 

「あなた、本当に不器用ね」

 

「……わかっている」

 

「わかってて照秋君にあんた態度取るんだったら、それは救いようがないバカという事よ?」

 

「わかっている」

 

「彼が何故あなたを拒絶しているのか……」

 

「わかっている!」

 

スコールに静かに責められ、ついに千冬は声を荒げてそれを止める。

 

「……私だって、照秋の事を思って行動してたんだ……」

 

「そう」

 

ぽつりぽつりと吐き出すように千冬は自分の想いを語る。

アルコールも入り、口が軽くなっていることもあるが、相当精神的に参っているようだ。

それを、相槌を打ち聞くスコール。

 

「一夏や照秋が小さい頃、私はまだ小娘だった。だが、親に捨てられた私たちは、私が二人を育てなければならなかったし、守らなければならなかった」

 

千冬は独白する。

一夏と照秋が物心つく前の頃、三人は両親に捨てられた。

というより、こつ然と消えたのだ。

わずかな金と住んでいた家を残して。

織斑家には親族が居らず、千冬が唯一頼れる大人は通っていた篠ノ之道場の主、篠ノ之龍韻だけだった。

柳韻は快く引き受け、三人を引き取った。

だが千冬は甘えてばかりではダメだと考え、早々にアルバイトなどを多くこなし生活費を稼いだ。

千冬は思った。

人に頼る生活はダメだ。

人を信じてはいけない。

信じれるのは自分だけだ。

だから、強くならなければならない。

心も、体も、人に頼る必要のないくらいに、強く。

 

千冬はその信念を、一夏と照秋にも教え込んだ。

同世代の子と遊べず、アルバイトをこなし、子育てをする毎日。

炊事洗濯はさすがに篠ノ之家に頼ったが、それ以外は千冬が行っていった。

多感な子供時代に、そんな日々を繰り返すうち、当然ストレス溜まる。

道場で竹刀を振りストレスを発散させるにも限界がある。

だから、つい、当たってしまうのだ。

まだ幼い、二人の弟に。

特に照秋に。

一夏は出来のいい子で、周囲の大人たちや同世代の子たちから褒められる。

それが誇らしくて、気分がよくなる。

だから、一夏を褒める。

流石私の弟だと、誇らしげに言う。

 

逆に照秋を見ているとイライラしてくる。

自分では簡単にできることが、照秋はできない。

何故そんな簡単なことが出来ないのか理解できない。

出来ない照秋を見て、ストレスが溜まる。

だから、怒る。

だから、叩く。

だから言った。

お前は、本当に私の弟か?

 

「……私だって必死だったんだ……」

 

白騎士事件後、千冬はさらに忙しくなった。

ISが世界に広まり、操縦技術が飛びぬけて上手かった千冬は日本政府から代表に任命された。

政府から援助が降り、金銭に余裕が出来た。

代わりに、弟たちと会う時間が少なくなった。

でも家族の生活のため、千冬は必死になった。

結果、第一回IS世界大会で優勝し最強の称号ブリュンヒルデを手に入れた。

そしてさらに忙しくなった。

弟たちとはもう何日会っていないだろうか?

ある時一夏が言った。

 

「照秋が全寮制の学校に通いたいって言ってたぜ」

 

この時、千冬は照秋の笑顔をもう何年も見ていないと、声を何年も聞いていないと知った。

それほど自分たちと居たくないのかと、怒りを覚えた。

だから、一夏の言うとおり照秋を全寮制の学校に入学させた。

幸い金はあるので問題なく授業料は払える。

照秋は、無感情な瞳で千冬を見た。

千冬は、この時の照秋の目を見ても何も思わなかった。

そう、照秋はこういう子だったと、勝手に思って。

 

そして一夏が誘拐され、ドイツで一年指導教官をして、IS学園に教師をして。

目まぐるしく自分の立場が変わり、流されるようにISに関わっていく。

IS学園に赴任してしばらくして照秋が誘拐された。

誘拐犯の言葉を聞かず、見捨てた。

千冬はこの辺りから徐々におかしくなっていった。

今までは唯我独尊を地で行くような態度だったのに、一夏に照秋の誘拐の事を言えず、照秋に会う勇気すらなく、鬱々とする毎日。

だがそれを決して表には出さないようにしていた。

後輩であり自分のクラスの副担任でもある山田真耶は千冬の変化になんとなく気づいていたが、あえてそれを口にすることはなかった。

 

千冬はIS学園に入学したばかりの一夏にこう言ったことがある。

 

「望んでここに来たわけじゃないと思っているだろう。望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだ」

 

これは、一夏にだけでなく、自分に言い聞かせるために言った言葉だ。

千冬はいったい自分が何をしたいのかわからなくなっていた。

大切な人を、家族を守るために力を求め、得たのに守れなかった。

照秋には拒絶された。

照秋の口から出る真実を、一夏に聞こうにもその意気地もなく。

酒に逃げることも多くなり酒量も増えた。

部屋には大量のビールの空き缶が転がっている。

 

「私が照秋にあんなにひどいことを平気で言っていたとは……」

 

照秋から告白された小さい頃の心無い言葉に、言ったとされる千冬は衝撃を受けた。

言った記憶が無い。

だが、言っていてもおかしくないとも思っていた。

冷静に自分という人間の在り方を振り返ると、たしかに誰彼かまわずズケズケきつい言葉を吐いていた時期もあった。

その言葉のすべてを覚えているわけではない。

そんな中の一つだったのだろう。

たまたま、照秋がテストで100点取ってきたと報告してきたときに虫の居所が悪かったのか、もしくは今回の100点で満足せず精進しろと言いたかったのか、それはわからない。

だが、言ったという事実があるのみだ。

 

「照秋君の言葉全てを信じなくてもいいと思うわよ?」

 

スコールがいいちこお湯割り(焼酎)を飲み言った。

 

「どういう意味だ?」

 

千冬も黒霧島ロック(焼酎)をグビッと飲みスコールに問う。

 

「あなたでさえ覚えていないような日常の記憶でしょう? 小さい頃の照秋君だって脚色して覚えてるかもしれないわよ?」

 

スコールの言う事も尤もだと思う。

子供の記憶はひどく曖昧な部分がある。

大人でさえ忘れたり記憶を改竄していたりするのだから、人格形成途中の幼少期においては記憶の改竄が無いとは言えない。

自分に与えた強烈な出来事を、さらに自分に都合よく改竄し、照秋は千冬にそう言われた(・・・・・・)と記憶しているかもしれないのだ。

実際は千冬はそんなにきつく言っていないかもしれない。

だが、と千冬は首を横に振る。

 

「そうだとしても、そう思われてしまうような事をしていたのは事実だ」

 

「そこまでわかってて、自分の非を認めてるのに照秋君には素直に接触出来ないの?」

 

「……今、君に吐露して気付いたのだ」

 

千冬はスコールから顔を背け、空になったグラスを見て店員を呼び追加注文する。

今度は泡盛を注文していた。

しばらく無言で酒を飲んでいると、店員が泡盛を持ってくると同時に、メインの塩ちゃんこを持ってきた。

 

「よしキタ! さあ、ガンガン行くわよ!」

 

スコールはちゃんこを目の前にしてテンションが上がった。

 

「ジャパニーズフードはいいわねー」

 

アメリカの大雑把な料理とは大違い!

そう言い、スコールは千冬の話を聞くことから一転、食事に専念する。

 

「繊細かつ、この大胆な発想! 大量な野菜で食物繊維を取りつつ、カロリー控えめな鶏肉メインでありながらこのボリューム! 鶏肉は良いわね! さらにこの後の締めのおじやが……」

 

「待て、締めは麺だろう」

 

スコールと千冬の間にピンと張りつめた空気が。

 

「は? 何言ってるのよ。あなた日本人でしょう? なんで米じゃなくて麺なのよ」

 

「日本人は関係ないだろう。それにソバやうどんも日本食だぞ」

 

「あらそう。でもここのおじやはチーズが入っていい感じになるのよ!」

 

「おい、それは邪道ではないか?」

 

「日本食は日々進化してるのよ! 懐古主義は腐り果てればいい!!」

 

「なんでアメリカ人のお前が日本食でそこまで力説するのかがわからんが、私はおいしければそれでいい」

 

「でたわ! 日本人気質の事なかれ主義!! ああいやだいやだ、自己主張できない日本人って魅力感じなーい」

 

「お前はなんなんだ! 私にケンカ売ってるのか!?」

 

酒の力も借り、二人のテンションは変な方向に向かっていった。

熱く語る二人は、ちゃんこをおいしく食べながらもアルコールの摂取ペースがどんどん上がり、止まる気配がない。

そして酔っ払いベロンベロンになった二人の最終的な議論が『きのこたけのこ抗争』である。

 

「きのこバカにするにゃよ金髪が!!」

 

「たけのこの良さがわからないイエローモンキーは朽ちはれるら!!」

 

いい大人が呂律も回らず何の話をしてるのか。

世の千冬ファンがこんな姿を見てどう思うだろうか?

結局ラスト―オーダーまで全力で飲み討論した二人は、店を出るころには完璧にベロンベロンになっていた。

だが、千冬は久々に様々な感情を表に出し、自分の気持ちを吐きだし、気付くことが出来気分がよかった。

最後は何の話をしているのかと冷静になった自分がいて、逆に笑ってしまったほどだ。

 

「今日はありがとう」

 

若干千鳥足の千冬がスコールに頭を下げる。

スコールはまだ千冬程フラフラしてはいなかったが、ニコリと笑い手をひらひら振る。

 

「私は聞いただけよ。なにも解決してないし、何もできないわ。頑張るのは自分よ」

 

「だが、気付くことが出来た。ありがとう」

 

あとは、自分が、どう行動するか、だ。

 

「そう」

 

スコールは千冬が笑みを浮かべているのを満足そうに見た。

そして、二人でIS学園の帰路へと発つ。

 

「あ、たけのこ最強なのは確定だからね」

 

「いい度胸だな。きのこの良さがわからん愚か者は拳で矯正してやらねばな」

 

誰もが振り向くような美女二人は、最後まできのこたけのこ抗争で言い合っていた。

次の日、千冬、スコール共に二日酔いになり授業に支障をきたしたのは言うまでもない。

 




次回、急転直下の大事態! 

キーワード

箒頑張る!

セシリアもっと頑張る!!

照秋、考えるのを止める!


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