事情聴取が終わり、疲れた表情の照秋たちは自室に戻り寝る準備をする。
照秋はTシャツ短パンというラフな姿。
箒は和装の寝巻である。
普段練習練習とうるさい照秋も、初めての命のやり取りで精神的の疲労が激しい。
明日の授業の準備をして早々にベッドに潜り込もうとした。
「俺、もう寝るから。お休み」
「待て、照秋」
寝ようとベッドに向かう途中、箒に呼び止められた。
振り向くと、箒は真剣な表情だった。
というか、少し不機嫌そうな顔だ。
「お前、スコールに抱きしめられてうれしそうだったな」
……それか。
確かに嬉しかったし、それは否定しない。
あんな美女が抱き付いてきて優しく抱きしめてくれるのだ。
あの大きな胸を押し付けてくるのだ。
青少年として喜びはしても嫌悪はしまい。
もう一度言う。
喜びはしても嫌悪はしないのだ!
だがしかし、照秋が嬉しかったのは何もそれだけではなかった。
それは、とても簡単なものだった。
「……褒められたから」
「ん?」
「初めて、褒められたから」
嬉しそうに破顔する照秋。
箒は、なるほどと納得してしまうと同時にズキンと胸が痛んだ。
照秋は今まで千冬に一度も褒められたことが無い。
スコールは千冬と年齢が近いうえに身長や体格も似ている。
無意識に千冬に褒められたと置き換え、気持ちが高揚したのだろう。
勘違いしてはいけないが、照秋は決して誰にも一度も褒められたことが無いわけではない。
中学生のとき剣道で全国優勝した時に顧問に褒められたし、ワールドエンブリオで訓練をしている時でもマドカや束、スコールにも褒められている。
ただ、今回は試合ではない初めての実戦、今までのスポーツという範疇ではない世界でのことだ。
そして無意識に千冬を思う照秋だからこそ、スコールに褒められたという事に喜びを感じてしまったのだ。
だが、面白くないのは箒だ。
(こいつは口では何も言わないがやはり千冬さんが恋しいのだろうな……私では、照秋を癒せないのだろうか……)
そう思い、箒は思いついた。
恋する乙女は暴走機関車である。
後先考えない行動力には定評がある箒は、徐に両手を広げた。
「よし、こい照秋」
「え?」
むふーっと鼻息を荒く吐き、しかし羞恥からか頬を赤く染める箒。
箒も初めての『命を懸けた実戦』の後のためか、テンションが高く突拍子もない行動を平気で取る。
照秋は首を傾げるばかりである。
「私も褒めてやる。抱きしめてやるから来い」
「え、い、いいよ……」
恥ずかしさから断った照秋だが、箒はムッとする。
「いいから来い!」
「はい!」
箒に怒鳴られ照秋は反射的に返事をし、恐る恐る箒へと近づき、ゆっくりと箒にくっついた。
緊張して腕を背中に回し抱きしめることも出来ず、というかそんな意気地もない照秋は箒にギリギリ触れるか触れないかの距離を保ちながら直立不動を保った。
箒はニコリと笑い、やさしく照秋の背中に手を回しポンポンと背中を叩く。
そして、優しく子供をあやすように頭を撫でる。
「お前はよくやった」
箒が照秋に賛辞の言葉を贈る。
照秋はその言葉に嬉しくなるが、それ以上に緊張していた。
箒からは風呂上りのシャンプーの良い匂いがするし、わがままボディの胸が照秋の肋骨辺りで餅のように変形し圧迫する。
照秋の身長は175センチほどと、高校一年生では高い方の身長だが、箒は160センチと平均より少し高いほどだ。
15センチ差というのは意外と大きい。
箒が照秋を抱きしめているのだが、当の箒は照秋の鎖骨辺りに頭を乗せ、照秋の分厚い胸板にドキドキしながら照秋の臭いを堪能していた。
「私は照秋がすごい男だと知っているからな。一夏よりお前の方がすごい」
箒は抱きしめる腕の力を強める。
この言葉は箒の素直な気持ちだ。
事実照秋は自己鍛錬を怠ることなく驚異的な力を手に入れた。
さらに現在進行形で成長し続けており、天井が見えない。
いつもヘラヘラ笑い人に頼ることしかしない一夏とは大違いだ。
なまじ簡単に物事をそつなくこなすことが出来ていたからそんな怠け癖が付いたのだろうが、今更それを指摘したところで染付いた生活は治らない。
箒は照秋が好きだ。
いつも日が沈むまで竹刀を振り続ける姿が美しくて。
剣道に対して、全てに真面目に取り組む姿勢がカッコよくて。
決して箒を馬鹿にするようなことをしなくて。
いつも優しくて。
こんなに毎日頑張っている照秋に対し、無碍に扱う一夏や千冬には殺意すら覚える。
だが私は違う、と箒は照秋の胸板に顔を擦り付け胸いっぱいに息を吸い込みながら思う。
私は絶対に照秋を無碍に扱わない。
絶対に裏切らない。
だから……
「照秋、もっと私を頼ってくれ」
「え?」
ギュッとしがみつくように箒の腕の力が入る。
顔を照秋の胸に埋めくぐもった声で、しかしはっきりと強い意志のある声で。
「私は照秋からすれば頼りないかもしれない。でも、私は絶対にお前を裏切らない。……それに――」
「……箒?」
言い淀む箒に照秋は密着している箒を見る。
身長差から箒の頭頂部しか見えないが、なんだかだんだん耳が赤くなっているように見える。
箒はさらにグイッと顔を埋め、か細い消え入るような声で言った。
「……私には、照秋が必要なんだ」
ドクンと、鼓動が跳ね上がる。
ポカポカと、温かくなる。
これは箒と密着しているからか、それとも――
でも――
「ありがとう、箒」
照秋は直立不動だったが、腕を箒の背中に回し、優しく抱きしめる。
ピクッと少し震えた箒だったが、ぐりぐりと顔を照秋の胸板に擦り付ける。
まるで嬉しそうに懐く子犬のようだな、と照秋は思った。
「照秋は、私の、大切な、人だから」
途切れ途切れにしゃべる箒に、照秋はしばらく言葉の意味を考え、理解した。
ああ、これ、告白されてるんだ。
そして、照秋はダメな奴だなと自分を叱責した。
箒の気持ちは薄々気づいていた。
照秋自身も箒の事は好ましく思っていたのだ。
希望というか、妄想というか、照秋も箒が彼女だったらいいなとか考えたこともある。
だが、ワールドエンブリオでの生活が充実していて、IS学園での生活が楽しくて、今の関係が心地よくて、ならば今の状況を変える必要もないと思っていたのだ。
意気地の無い男だな、俺は。
そう思い、照秋は箒の肩を掴み箒を引き離す。
「照秋……?」
いきなり引き離された箒は、不安げな表情で照秋を見上げる。
揺れる瞳が、拒絶されるのかと言っているように見える。
「俺も、箒が必要だ」
瞬間、箒の表情が花が咲いたように変わる。
「ごめんな、箒から言わせて」
「いいんだ」
「俺、意気地なしだから」
「そんなことはない」
「甘えてたんだ、箒に」
「どんどん甘えていいぞ」
目に涙を浮かべ笑う箒に、苦笑する照秋。
「好きだ、箒」
「好きです、照秋」
見つめあう二人の瞳は絡み合う。
徐々に二人の距離が近くなり、お互いの熱い息遣いを感じるまで縮まる。
そして――
少し時間は遡り、自室に戻ったセシリアは頬を染め照秋と箒の部屋に向かっていた。
頬を染める理由、それは先ほどまで行っていたイギリス政府への定期報告の内容である。
最初は箝口令の敷かれた無人機の乱入以外の、近況を口頭で報告していた。
いつもの代わり映えのない一組での日常、照秋達との訓練と言う毎日刺激のある日常。
そしてワールドエンブリオの技術提供を受けたブルーティアーズの稼働状況の提出など、普段と変わりない内容で終わるはずだったのだが、今回はここから続きがあった。
『ミスオルコット。話は変わりますが』
いきなり報告を受けていた女性から話を振られ、セシリアは驚いた。
モニタの向こうに映る女性はイギリス政府IS部門高官の秘書で、鉄面皮と言われる人物である。
決して人間味のない人物ではなく、むしろプライベートは活発に家族でアウトドアを楽しむような人なのだが、仕事になると一切の感情が抜け落ちたような表情で淡々と仕事をこなす機械に変わる。
効率一番、私情一切無用の氷の女が仕事以外の話を振ってくるのだから、彼女を知るセシリアでなくても驚くだろう。
『あなたはワールドエンブリオ社のテストパイロット織斑照秋と友人関係である、そう報告を受けています』
「え? え、ええそうですわね」
何を言い出すだろうかと、セシリアは身構える。
だが、ここから斜め上の質問が飛んできた。
『恋愛感情は無いのですか?』
「はあっ!?」
セシリアは顔を真っ赤にして淑女らしからぬ奇声を発した。
モニタでセシリアの表情と焦り具合を見た秘書は、ああもういいですわかりましたから、と言って淡々とイギリス国内のIS事情について話し出した。
なんでもイギリス政府とワールドエンブリオが技術提携をしたことは世界的にもかなり稀な事だそうだ。
世界中からワールドエンブリオにイギリス同様の技術提携やが合同会社の設立、本社の移転などラブコールが送られているが、ワールドエンブリオは全て断っているという。
しかし第三世代機[竜胆]の発注は受け付けているので、粘り強く交渉している国も多いらしい。
イギリスはあくまでブルーティアーズ一機のみワールドエンブリオが手を加えているだけで、他の機体には一切関知していない。
それにイギリス国内にワールドエンブリオ関連会社の建設予定もない。
それでもイギリスは世界各国から贔屓されているという認識で、嫉妬の嵐だそうだ。
欧州連合では統合防衛計画『イグニッション・プラン』という第3次期主力機の選定中である。
今のところトライアルに参加して第三世代機を開発しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型の三機体。
3国の中でも実用化でリードしているイギリスを筆頭に、まだ難しい状況にあり、そのための実稼働データを取るのにセシリアがIS学園に入学したのだが、ここで予想外な好転がイギリスに舞い込む。
世界中で真っ先に正式量産化を発表したワールドエンブリオ社の第三世代機[竜胆]の技術をブルーティアーズに組み込んだ、いわゆる合作が出来上がった。
最初この事をワールドエンブリオ側から聞かされた時セシリア・オルコットの独断専行によるISの不当使用だと怒りを露わにした政府だったが、ワールドエンブリオ側からブルーティアーズの改良後のスペックを提示され驚いた。
ブルーティアーズ建造時の想定数値を大幅に上回るスペック向上、さらにBT適性を必要としないビット兵器運用の技術投入と、OSグレードアップ。
これはイギリス政府も予想外であった。
政府は、ワールドエンブリオ側に何故ブルーティアーズに技術投入したのか聞いてみた。
すると、こう言った回答が返ってきた。
『セシリア・オルコットが努力を惜しまず、好ましい人間だったから。私たちは彼女の手助けをしたに過ぎない』
ワールドエンブリオは損得勘定なしで、人間性だけで技術提供をしたと言ってきたのだ。
だが、深く考えると、セシリア・オルコットはそれだけワールドエンブリオに気に入られているという事になる。
誰がそれほど気に入ったのか?
そこまで考え、一つの答えにたどり着いた。
ワールドエンブリオ社テストパイロットの織斑照秋がセシリア・オルコットに好意を抱いているのではないか?
はたしてその答えの可能性は濃厚だとセシリア自身からその時の状況の報告を受け判明した。
なんと、織斑照秋の鶴の一声で技術提供が行われたというのだから驚くしかあるまい。
だからこその、秘書からセシリアへの質問だったのだ。
だがセシリアの反応を見るに、彼女自身まんざらでもない様子。
ならば、と更にイギリスの現状をセシリアに伝える。
『実は、イギリスはワールドエンブリオとより密な関係を築いていきたいと考えています』
「は、はあ……」
現状のイグニッション・プランの優位性を維持、いやそれ以上に世界トップに立ちたいと政府は考えている。
だから、ワールドエンブリオの技術は必須なのだ。
『そこで問題となるのがワールドエンブリオ側の思惑です』
「思惑?」
『ワールドエンブリ社は地位や利益などの損得勘定より、人間性を見て判断する傾向にあるようです』
「……まあ、そうなります……かしら?」
セシリア自身は照秋からそう言われただけでワールドエンブリオ社自体がその考えであるとは思えない。
『つまり、ミスオルコットが織斑照秋と親密な関係になれば我が国とも良好な関係が築けると考えています』
「飛躍しすぎですわよ!?」
『ミスオルコット、織斑照秋と婚姻関係を結びなさい』
「ちょっと!?」
『あなたも織斑照秋には好意を抱いているでしょう?』
「はう!? そ、それは……」
『あなたが恋愛感情を抱いていなければこのような提案はしません。ですが、彼はこれから世界で最も注目される人間になるでしょう』
「……どういう意味ですの?」
秘書は、ニヤリと笑いとんでもないことを言い出した。
『先日IS委員会が織斑一夏、照秋兄弟に対し特別法を施行しようという情報をリークしました』
「特別法?」
『織斑一夏、照秋両名の”世界的一夫多妻認可法”です』
「はああああっ!?」
とんでもない法律が施行されようとしていた。
世界では一夫多妻制が行われている国はもちろんある。
だが、法律で認めていない国ももちろんある。
『詳しい条件は省きますが、大まかに”一国一人”かつ”最高五人まで婚姻を結べる”という条件付きで世界各国が認可する見込みです』
これが施行されたら、一夏と照秋は世界が認めるハーレムを築き上げられるのだ。
だが、セシリアは内心穏やかではない。
さらに引っ掛かったのは”一国一人”である。
『あなたが織斑照秋に少しも想いを抱いていなのなら別に強制はしません。私たちとて、あなたの人権は尊重します』
そして、ただ、と続ける。
『もし、将来ビジョンに織斑照秋と添い遂げたいという思いがあるのなら、政府は全力でバックアップします』
なんと、政府からゴーサインが出た。
もしセシリアが断ると、政府は別の人間を一夏、もしくは照秋に充てるだろう。
セシリアは照秋の横に自分以外の人間がいるのを想像し、くちびるを噛みしめた。
こんなに苦しい思いは初めてだと、胸を押さえる。
想像するだけで泣きたくなってくる負の感情に、セシリアの回答は固まった。
思い立ったが吉日、と言う日本のことわざを知っているのかはわからないが、セシリアの行動は早かった。
政府との連絡を終えるとすぐさま照秋の部屋に向かう。
そして部屋の前に着くと、大きく深呼吸してノックをしようとすると、そこに丁度マドカが現れた。
マドカは手にスポーツドリンクを握っており、丁度買いに行っていたのだろう。
「どうした、部屋の前で突っ立って」
マドカは首を傾げセシリアを見る。
「いえ、少々テルさんに用事が」
「そうか、丁度私も用事があったんだ。入ろうか」
そう言ってマドカはいとも簡単にピッキングしてドアロックを解除した。
「……いいんですのソレ?」
「いつもの事だ」
いつもやってるのかとセシリアはマドカを白い目で見た。
そしてマドカはなんの予告もなくドアを開け部屋に入った。
「おいテル、箒、少し話が……」
マドカがそう言い、言葉が消えた。
後について入ってきたセシリアも、言葉を失った。
照秋と箒がキスをしていたのだ。
だが、すぐにマドカとセシリアが部屋に入ってきたのがわかると顔を真っ赤にして慌てて離れた。
「な、な、な」
セシリアはわなわなと震える。
マドカはニヤニヤ笑って照秋と箒を見ていた。
そして照秋と箒は顔を真っ赤にして顔を逸らしていた。
「なんだなんだ、お前らやっとか~」
ニヤニヤの笑みをより深め、マドカは照秋と箒の間に割って入り肩を抱く。
「いや~めでたいね~」
「めでたくありませんわ!!」
セシリアは顔を真っ青にして怒鳴った。
照秋と箒はお互い想い合っている事は薄々は気付いていた。
だが、友達以上恋人未満という関係だとも思っていた。
だからこそ自分は照秋に惹かれ、淡い恋心を抱いていたが、箒の気持ちも理解しているため強く出ることも出来ず友達として接してきた。
そして煮え切らない関係の二人に付け入る隙はあると思いつつも自分もさほど積極的に出ることが出来なかったのだが、よりにもよって思い立った日に関係が前進しているとは!
照秋と箒はお似合いだとは思う。
だから、つい先ほどまでのような淡い恋心程度の気持ちだったら諦めようとさえ思っていた。
だが、もう自分の気持ちに嘘はつきたくないと、セシリアは思った。
気付いてしまったらもう諦めることなんてできない。
自分の気持ちに素直に、そして、それを叶えるためには行動あるのみ。
セシリアはズンズンと照秋に近付き、強引に照秋の頭を抱え、唇を奪った。
「んっ!?」
照秋は突然の行動に固まってしまい、セシリアのキスになされるがままだ。
そしてセシリアは初めてのキスということと、勢いをつけすぎたため歯がぶつかってしまったが、そんなことお構いなしにむさぼるように唇を重ねる。
「あーーーーーっ!?」
箒が絶叫する。
「おいおい」
マドカも予想外だったのか目を丸くしている。
唇を離し、ぺろりと舌なめずりするセシリアは、頬を紅潮させ、うっとりとした目をしていた。
「テルさん、わたくしセシリアオルコットは、あなたをお慕い申しております」
いきなりの告白に固まる照秋たち。
「わたくしと、結婚を前提にお付き合い下さい」
「はーーーーっ!?」
箒の絶叫がまた響く。
マドカも予想外だったのか、セシリアのアグレッシブさに引いていた。
だが、照秋は冷静だ。
「セシリア、申し訳ないんだけど俺は箒の事が好きなんだ」
きっぱり断り、さらに好きだと公言された箒は嬉しさのあまり気絶しそうになった。
しかし、セシリアは諦めない。
「構いません」
「はあ?」
「テルさんはわたくしがお嫌いですか?」
「え、いや、嫌いではないよ? 友人として好きだし」
「ならば問題ありませんわ!」
セシリアは腰に手を当て胸を張り言った。
「まだ内密な話ですが、織斑一夏とテルさんには世界一夫多妻認可法が施行される見通しです」
「はあ!?」
「なんだそれは!?」
照秋と箒はハトが豆鉄砲を食らったような顔だ。
マドカは、ああ、あれか~と頭をかいていた。
さらに、一国一人、最高五人娶るという条件付きも説明。
「そうなればテルさんには最高五人の妻ができるわけです」
「そ、そんな強引な法律成り立つか!!」
箒は憤怒の表情で怒鳴るが、マドカは顎に手をやり箒の意見を否定する。
「いや、世界で二例しかいない男性適性者を放置することはありえない。そこでなんとか人道的方法という建前としてIS委員会が世界各国と会議をし決定したんだろう」
「照秋が断ればいいんだ!」
「それは無理だろうな。もしテルが一人しか妻に迎えないとなった場合、その妻の国は世界中からどんな扱いを受けるか分かったものではない。最高五人というのは建前で人権は保障してやるから世界中から五人は伴侶にしろという世界からの脅しだろうな」
照秋の立場を考えると、世界での扱いが最悪実験動物になり下がる恐れがあるので、そこを突かれると痛い。
だが、五人の妻を受け入れれば人権は保障されるのだ。
ぐぬぬ、と箒は歯を噛みしめる。
照秋は状況についていけず首を傾げるばかりだ。
自分が五人嫁を迎えるとか、どこのゲームのハーレムルートだと言いたい。
そんな五人も養えるだけの甲斐性ができるだろうか?
だが、こそこそ不倫だなんだとしなくてもいい、むしろ世界から推奨されているのだ。
これは喜んで良いものなのだろうか?
照秋は実感が湧かずひたすら首を傾げるばかりだった。
照秋自身、結婚なんて考えたこともないことで、セシリアにいきなり結婚を前提に付き合ってくれと告白されたときもよくわからなかった。
セシリアに対しても、友人として好意を持っていたという言葉は事実だった。
だがセシリアが自分に対しそんなに深い愛情を抱いているとは思っていなかったのだ。
セシリアは美人だ、それは認める。
努力家でもあるし、おしとやかでお嬢様という言葉が一番似合う女性だろう。
そんな女性に好意を抱かれて迷惑だとは思わない、というか正直うれしい。
しかし、自分には箒が……あ、一夫多妻OKだったっけ?
照秋はもうわけがわからなくなったので、考えるのをやめた。
その後の話し合い(主に箒と)でも、セシリアは全く折れなかった。
むしろやる気満々だった。
吹っ切れたのか、国というバックがいる絶大な自信からかセシリアは超肉食系に変貌した。
恋する暴走機関車はここにもいたのである!
「今は友人でも構いません。ですが、いつかわたくしも愛していただけるよう猛アピールしますわ!!」
そう言って、照秋の頬にキスをかまして部屋を出ていった。
マドカは、五人嫁を迎えるならセシリアはアリだなと考えていたから意外にも寛容である。
だが、箒はいきなり一夫多妻だ、セシリアの告白だと立て続けに来たものだから、自分の幸せ気分など吹っ飛んでしまっていた。