メメント・モリ   作:阪本葵

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第27話 凰鈴音の運命

無人機ISがIS学園に侵入した事件の翌日、凰鈴音は中国政府から緊急呼び出しを受けていた。

 

自室にてモニタで政府の要件を聞く凰は、その内容に怒り心頭だった。

 

「なんであたしが代表候補生を降ろされなくちゃならないのよ!!」

 

『それだけではありません、第三世代機[甲龍]も回収、IS学園に在籍している趙代表候補生に移譲します』

 

「そんな!?」

 

中国政府の通達は、凰鈴音の代表候補生資格はく奪、専用機没収という措置だった。

 

「理由を言いなさいよ!」

 

『すべては凰()候補生の浅慮な行動が原因です』

 

「はあ!?あたしの行動に何の原因があるってのよ!!」

 

かみつく凰にモニタ向こうの中国政府の女性高官はため息をついた。

ニコニコ笑顔ながら、眉をハの字に歪め困った顔をしている。

 

『あなたのその態度は直しなさいと再三注意しましたよね? 私はあなたより地位は上ですよ』

 

「そんなもの知らないわよ! あたしは誰よりもISを上手く扱えるのよ!」

 

『調子に乗るなよ小娘』

 

突然低い声で小娘呼ばわりされ、凰はビクッとした。

モニタに映る女性高官は先ほどまでの笑顔が一転、厳しい視線を向けていた。

 

『貴様のせいで我が国がどれほどの損害を受けたかわかっているのか』

 

「そ、損害?」

 

突然の豹変に、凰は驚き先程までの勢いがなくなった。

 

『貴様は織斑照秋に強引な手を使ってワールドエンブリオを我が国に取り込もうとしたな』

 

「あれはちゃんと許可取ったわよ! 政府のお偉いさんも『これでいい』って言ってたんだから!!」

 

『その愚か者の我ら共産党員の恥は更迭した』

 

「そんなこと知らないわよ! あたしは許可貰ったんだから!」

 

『結果、ワールドエンブリオから抗議文と、[竜胆]発注拒否が昨日中国政府に送られてきた』

 

「甲龍があるんだからそんな第三世代機いらないでしょう!?」

 

『その抗議文が送られた昨日、国内の主要IS研究機関がテロ行為を受け壊滅状態だ』

 

「え……」

 

『さらに、篠ノ之束博士から直接動画による警告を受けた』

 

――テルくんにひどい対応、そして理不尽な提案による会社の乗っ取り。いちテストパイロットにサインさせて無理やり倫理を捻じ曲げ成立させようとする傲慢さ。ワールドエンブリオを敵に回した貴様ら中国は私を怒らせた。報いを受けるがいい――

 

『貴様の軽率な行動で、我が国は篠ノ之束博士を敵に回してしまった』

 

「そ、そんな……知らない……知らなかったわよ! ワールドエンブリオに篠ノ之束が絡んでるなんて!!」

 

『国内のIS研究施設は壊滅的。さらに我が国が国内で稼働しているISもテロ対応においてすべてがダメージレベルC以上の損害を受けた。現在我が国は丸裸、非常に危険な状態だ』

 

現在丸裸の状態である中国は、そんなことを世界に発表できるはずもなく、国内に報道規制を敷き完全にテロに関する事柄を管理、規制した。

そうでもしなければどこの国が侵略行為をしてくるかわからないからである。

これにより、国内の惨状は世界に漏れることなく今日も中国は平和で日々IS研究に勤しむという、「ハリボテの盾」を維持しているのだ。

 

「全て!? 劉姉さんは!?」

 

劉とは、現在のIS中国代表の名前である。

凰を妹のように、凰も姉のように慕い尊敬する人物である。

代表の名に恥じぬ実力を持っていて、『次期ブリュンヒルデ』と国内で言われるほどの実力者である。

 

『彼女は現在意識不明の重体だ』

 

「……っ!?」

 

憧れの女性が意識不明の重体と聞いて凰は真っ青になった。

 

『テロは、国籍不明のIS軍団だった。彼らはシールドバリアを貫通する武装を装備し、さらに劉代表はそんな彼らを同時に10体相手し、結果自身は重体、ISは再起不能だ』

 

シールドバリアを貫通する武装と聞いて、凰はハッとした。

 

「そのテロ、相手は全身装甲で腕が異常にでかいISじゃなかった!?」

 

高官の目が細くなり睨まれた凰はたじろぐが、グッと踏ん張る。

 

『何故貴様が重要機密を知っている』

 

「……実は……」

 

凰は箝口令が敷かれ、さらに契約書まで書いたIS学園全身装甲IS侵入事件を高官に話した。

それを聞いて、顎に手を当てフム、と頷く高官。

 

『なるほど。昨日……つまりIS学園と我が国の同時多発テロという事か……』

 

凰と高官は、同じことを考えていた。

全身装甲の無人機ISによる大量襲撃という世界の矛盾。

高官が話している内容からするに、無人機ISは中国全土の主要IS研究機関に同時多発した。

数にすると200体はくだらないだろう。

これはありえないことだ。

世界ではISの根本でもあるISコアが467個しかない。

200体という事は、世界の約半分のISが中国に投入されたということだ。

しかも、全てが無人機という現在の世界の開発状況ではありえない科学力で、だ。

 

中国への抗議文と大量の無人機の投入、それは簡単に結びつけることが出来る。

つまりこれは篠ノ之束が織斑照秋とワールドエンブリオを侮辱した中国と凰鈴音を狙い、中国国内主要IS研究施設とIS学園を攻撃したという事になる。

さらに圧倒的な戦力を見せつけるという最も効果的な方法で。

 

――篠ノ之束はいつでも無限にISを作り世界を破壊できるのだ――

 

凰は世界の混乱を想像し、顔を真っ青にした。

篠ノ之束の警告動画を見るに、織斑照秋を相当気に入っている様子であり、そのお気に入りを侮辱するような行為に怒っているということだ。

凰は今更ながら事の重大さに気付き体を震わせる。

自分の軽率な行動によって、中国を、IS学園を、一夏を危険な目に遭わせたのである。

俯く凰、しかし高官は考え込むように口に手を当て、やがて呟く。

 

『ふむ……だがこれは挽回のチャンスでもある』

 

「え……?」

 

弱々しい声で凰はモニタを見た。

 

『つまり、篠ノ之束博士のお気に入りである織斑照秋が博士に便宜を図ってくれるよう頼んでくれれば、解消するかもしれん』

 

篠ノ之束という人物はかなり変わった人間だという事は世界で認知されている事実だ。

極端に人との接触を嫌い、自分のやりたいことしかしない。

だからISコアをこれ以上作りたくないと言って467個作ってから行方をくらました。

そんな人間が気に入った人間のお願いなのだから、高官の示した可能性はかなり高いかもしれない、そう凰は思った。

 

『凰候補生(・・・)

 

「……っ!」

 

高官の口から「元」が抜けていることに驚き見る凰。

 

『最後のチャンスを与えましょう』

 

「……チャンス?」

 

『織斑照秋に謝罪し、篠ノ之束博士に便宜を図ってもらえるよう頼み、ワールドエンブリオとの軋轢解消を確約しなさい。そうすれば代表候補生に残留させ、甲龍も専用機としてあなたに継続して与えましょう』

 

「……それは」

 

言い淀む凰。

いままで散々見下し馬鹿にしてきた人間に頭を下げるなど、凰のプライドが許さないからだ。

 

『あなたに拒否権はありません凰候補生』

 

言われなくてもわかっている!

代表候補生という地位を、専用機を失わない方法はそれしかないという事はわかっている!

凰は唇を強く噛みしめ、拳を強く握りしめ手が真っ白になり、しかし凰はゆっくり頷いた。

 

 

 

凰は、照秋に謝罪するにしてもまずは情報と味方が必要だと思い、一夏の部屋に向かった。

 

「どうした鈴?」

 

昨日の事件で若干元気のない一夏だが、鈴が部屋に入ると笑顔で迎え入れた。

そんな笑顔を見て鈴はほっこりとした気持ちになる。

だが今はそんな気分に浸っている場合じゃない。

鈴は自分が代表候補生を降ろされそうになっていること、専用機をはく奪されそうになっていること、そしてその原因が照秋であること。

そもそもの原因が自分であるという事は内緒にして。

当然一夏は怒るわけだが、凰の話を聞いていると自分たちの立場が不利な状況であることを理解する。

 

一夏は転生者であり、原作知識を有している。

照秋には束がバックについているという事でさえ驚きなのに、さらにマドカやスコールという亡国機業のメンバーもいる。

だが自分には現在千冬しかいない。

そして、束がこちらに味方するかと言われれば、おそらく無いだろう。

なにせ束の最もお気に入りの箒が照秋側にいるのだから。

とにかく味方は多い方がいい、と一夏は千冬にも手伝ってもらう提案をした。

もしかしたら千冬が束にお願いすれば何とかなるという可能性もあるからだ。

 

一夏と凰は一年寮長室に向かった。

 

「なんだお前ら」

 

相変わらずのオオカミのような厳しい目で二人を見つめる千冬。

凰は未だに千冬が怖いようで、ビクッと肩を震わせた。

 

「千冬姉、話があるんだ」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

そう言いながらも、とりあえず千冬は二人を部屋に招き入れた。

そして「片付けられない女」を如何なく発揮した部屋の惨状を見た一夏が、とりあえず掃除しようと言って凰と二人で掃除を始めたのだった。

 

ようやく部屋を片付け終え、本題に入る。

凰は恐る恐ると言った感じで高官とのやり取りの事を話しはじめた。

もちろん、照秋に行った仕打ちは伏せて、である。

それを聞いた千冬は眉を寄せる。

 

「中国政府は、篠ノ之束博士が無人機ISを大量投入しテロを行ったという見解を示しています」

 

「……IS学園との同時多発テロか」

 

千冬はフム、と情報を整理する。

そもそもの原因は凰が照秋にワールドエンブリオ社を中国と提携しないかという提案を拒否し、そしてそれに束が怒ったということだが、それでは辻褄が合わない。

 

「凰、貴様何を隠している」

 

千冬の突き刺すような視線に、凰はビクッとし顔を青くした。

 

「そもそも話がおかしい。照秋に会社の提携を頼んだだけで束が怒る? 怒る理由がどこにある? 凰、正直にいえ。貴様、一体何をした?」

 

有無を言わせぬ気迫を眼光に、凰はだらだら汗を流し、キョロキョロを視線を迷わせ逡巡するが、やがて観念し話しはじめた。

その内容は中国政府がワールドエンブリの全権を握るという内容だった。

さらに、それを提案したのが自分であるという事も。

 

「馬鹿が」

 

千冬は一喝する。

凰のいう提携とは、戦争における無条件降伏、恐喝、脅しと同義だった。

そしてそんな無茶な契約に照秋に対し強引にサインさせようとしたという。

そりゃあ束が怒るのも無理はない。

 

「だってアイツはいつもオドオドして、助けてくれるのを待ってるような腰抜けじゃないですか! 一夏の気持ちも知らないで全然成長しないあんな奴、むしろ当然だと思ったんです!」

 

凰から照秋に対する侮辱の言葉が飛び出し、千冬は髪が逆立つかのように怒りをあらわにした。

 

「貴様……私の弟をそこまで侮辱するという事は命が惜しくないようだな」

 

ヤバい! 逆鱗に触れた!!

そう悟った凰は慌てて謝るが、千冬は凰を許すつもりはないようで、鉄拳制裁を加えようとしていた。

そんな二人を見ていた一夏は、なんとかやめさせようと話題を無理やり変えた。

 

「そ、そもそもあのワールドエンブリオって会社なんなんだよ? なんで亡国機業の人間がいるんだよ」

 

千冬がピタッと動きを止め、一夏を見た。

 

「亡国機業? なんだそれは?」

 

「え!?」

 

千冬が逆に一夏に聞くが、一夏は千冬が亡国機業を知らないことに驚いた。

 

「何言ってんだよ! 俺を誘拐した奴らじゃないか!!」

 

「なんだと?」

 

千冬が目を細め一夏を見る。

 

「詳しく話せ一夏」

 

千冬は一夏から亡国機業について聞いた。

それは秘密結社である。

ISが発表されてから活発に活動をするようになった。

三年前、一夏が中学一年の時誘拐した実行犯が亡国機業であったこと。

さらにマドカとスコールが亡国機業の工作員であること。

そのすべてを聞いた千冬は大きく目を見開き、急いで携帯電話を取り出し電話をし始めた。

電話の相手はわからないが、何やら真剣な表情で話をしている千冬に話しかけられない雰囲気だった。

しばらくして電話が終わり、千冬が一夏を厳しい視線を向けた。

 

「一夏、お前その情報はどこで手に入れた」

 

「えっ……と……」

 

しまったと一夏は思った。

今現在一夏が亡国機業の情報を持っていることはありえない。

秘密結社であるがゆえ、裏の世界のことを表に生きる一般人の一夏が知るはずもないからだ。

必死に打開策を考え、苦し紛れにこう言った。

 

「ゆ、誘拐犯の一人が連絡してた時にスコールとかマドカとか言ってた……ような……たぶん……」

 

弱々しい答えに、千冬はさらに厳しい視線を向けたが、やがてため息を吐いた。

 

「今確認を取った。亡国機業をいう秘密結社は確かに存在した」

 

一夏はほら見ろと言わんばかりに笑顔を千冬に向けた。

だが、まだ続きがあった。

 

「だが亡国機業は3年程前に壊滅しているそうだ」

 

「なあっ!?」

 

一夏は予想外の答えに奇声を発した。

 

「結淵マドカとスコール・ミューゼル先生に関しては確認中だが、亡国機業の謎の壊滅に当時裏の世界では相当騒がれたそうだ」

 

まあそれはともかく、と千冬は話を元に戻す。

 

「ワールドエンブリオ社はもとは小さなIT企業だったが、突如IS業界に参入し画期的なOSを発表。一躍IS業界で有名になったた。さらに日本政府から量産第三世代機の選考企業に選ばれ、つい先日量産第三世代機[竜胆]と第四世代機[紅椿]を発表した」

 

そしてここからは内密の話だが、と千冬は続ける。

 

「どうやら篠ノ之箒をワールドエンブリオで保護させるために、束がワールドエンブリオに紅椿の設計データを渡したようだ」

 

「ええ!? じゃああの箒って子のISは篠ノ之博士のお手製ってこと!?」

 

凰も衝撃の事実に驚きの声を上げる。

 

「そしてもう一つ、照秋のIS[メメント・モリ]も束が関わっている可能性が高い」

 

それを聞いて、一夏はやはり、と思った。

昨日の照秋達と無人機ISとの戦闘の、あの圧倒的戦力を見て何らかの形で篠ノ之束が関わっていることは推測できた。

だんだんとピースがはまっていく。

 

照秋という自分と同じ転生者と思われる、原作にはいないイレギュラー

ワールドエンブリオという謎の会社

亡国機業の壊滅、そしてマドカ、スコールという工作員の早い段階での表舞台の登場

ワールドエンブリオ社に関わる主要人物、箒、マドカ、スコール

[紅椿]の前倒し投入

量産第三世代機[竜胆]発表

[メメント・モリ]という謎のIS

 

それらすべてに関わる人物――篠ノ之束――

 

千冬は、ここら辺ではっきりさせた方が良いと思った。

改めて照秋とも話をしたい。

気付いた自分の気持ち、愚かな行い。

そして[メメント・モリ]のこと。

 

「よかろう、照秋への謝罪と束への連絡、私も同席する」

 

凰と一夏は千冬という束に対抗しうる最強の後ろ盾を得て喜んだ。

 

 


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