メメント・モリ   作:阪本葵

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第3話 ワールドエンブリオ

二月に入り、世界のメディアは一つの出来事を取り上げていた。

 

『世界で初のIS男性操縦者発見! その名は織斑一夏!!』

 

テレビモニタにでかでかと映し出される文字。

どのチャンネンルを合わせても、ほとんどがこの話題で持ちきりで、緊急特番を組み、どこぞの大学教授やIS専門家がテレビで討論している。

テレビモニタに映し出される文字と映像に、箒は座っているソファに深く沈み込むかのような大きなため息を吐いた。

 

「本当に姉さんの言った通りになったな」

 

「まあ、ISの開発者本人が何かしら細工をしたら、こういう状況に持って行けるんじゃないか?」

 

箒の隣で腕を組んでテレビを見つめる照秋がそう言うと、箒は自分たちの対面のソファに座りニコニコ笑みを浮かべている姉、篠ノ之束を見た。

 

「そうなんですか、姉さん?」

 

「はてはて~なんのことやら~」

 

「私の目を見て言ってください、姉さん」

 

「わーん! 助けて”てるくーん”! 箒ちゃんがお姉ちゃんをいじめるー!!」

 

束をジト目で睨み詰め寄る箒に、そんな箒から逃げようとする束。

それを見て苦笑する照秋。

これが、騒がしくも楽しい日常。

 

ココは日本の首都東京の一角にあるビル、『ワールドエンブリオ』本社、そして三人がいる部屋はそのビルの社長室である。

 

株式会社ワールドエンブリオ

ここ二~三年で急成長したIT企業である。

ちなみに株式上場はしていない。

この企業の社長が篠ノ之束だということは世間には公表されていないが、極一部の日本政府の人間は知っている。

ただ、他言無用という事で最高機密扱いではあるが。

それはそうだろう、もし世界中が探している人間を容認し秘匿しているとわかれば世界からどんな攻撃を受けるかわかったものではない。

束がいるからこそ、保護プログラムを要する箒の企業受け入れを許可しているのだ。

そして、もっぱらメディアに露出されている社長はクロエが操るCGである。

そんなワールドエンブリオ社はIT企業らしくプログラミングからIS業界に進出し、『新OS開発による第二世代機能力底上げ』は世界を大いに驚かせた。

その奇抜で新たなアイデアによってISのOS開発ではあっという間にトップクラスの企業となったのである。

まあ、開発者の束が作るのだから当然といえば当然ではあるが。

そんなワールドエンブリオ社に一年前、日本政府はISコアを4つ配給した。

OS開発による実績、そしてIS開発者本人がいる会社という事を買われ、日本の第二世代機『打鉄』に代わる第三世代機作成のコンペ参加を打診されたのだ。

現在日本は第三世代開発において各国から出遅れている。

そもそもは打鉄の開発企業、倉持技研が第三世代開発にてこずっているためである。

日本発祥たるISにおいて、他国に後れを取るのは面白くない。

日本政府もなりふり構っていられないのだ。

そこで白羽の矢が立ったのがワールドエンブリオ社である。

束は喜んだ。

公然とISを開発でき、世界に発表できるのだから、そのやる気たるや箒が引くくらいだ。

 

「現状は束さんのシナリオ通りに進んでますね。では、次のステップに進みますか?」

 

「てるくん束さんの救難信号ガン無視で話を進めようとしてる!? でも、そこに痺れる憧れるぅ!! てるくん束さんを抱いてー!!」

 

「姉さん、ちょっと拳で語り合いましょうか」

 

「箒ちゃん怖い!!」

 

部屋を走り回る篠ノ之姉妹をしり目に、照秋はテレビモニタを見つめる。

モニタに映る双子の兄、織斑一夏。

三年ぶりに見た兄は、昔のような子供っぽさはなく、細いながらもがっしりとした大人の男性になりつつある体格に成長していた。

小さい頃辛く当たってきた双子の兄は、今自分に会えばどういう態度をとるだろうか?

そして、一年前に自分を見捨てた姉はいったいどんな顔で自分に合うだろうか?

 

「あまりお気になさらず、全て束様にお任せください」

 

コトリとテーブルに飲み物を置き、話しかける少女は、微かに微笑みかける。

 

「ありがとう、クロエ」

 

クロエと呼ばれた少女は、黒の眼球に金の瞳、流れるような銀髪を持つ少女である。

どこからか束が保護してきた身元不明の少女なのだが、束曰く「束さんの娘」なのだだそうだ。

クロエは、かいがいしく束の世話をする。

その小さい体でパタパタ動き回る姿は、箒や照秋の一種の清涼剤となっているのは、本人は知るところではない。

 

 

「よーし! じゃあ、次のステップに進もうか!」

 

姉妹の追いかけっこが終わり、束がビシッと指を天井に指す。

 

「私は次のステップの内容を聞いてないんだが……」

 

箒は照秋の横で不安げな顔をしていた。

束の言う次のステップとは、ようするに現在何かミッションを遂行しているのだろうが、箒や照秋は作戦内容の詳細を聞いていない。

束は普段からテンションが高いが、今現在のテンションは普段の倍以上だ。

こういう時のテンションでの企みは、箒にとって良かった試しがない。

 

「だいじょーぶだよー。このミッションは箒ちゃんにも有益だからー!」

 

どうやら顔に出ていたようだ。

いつの間にか束の後ろでクロエがドラムロールを鳴らしている。

芸が多彩な子だ。

 

「じゃーん! 発表しまーす! てるくんもIS学園に入学してもらいまーす!!」

 

「なっ!?」

 

束の発表に驚く箒、それに対し照秋はどうやら予想していたのだろう、無反応だ。

だが、箒にとってこれほどの朗報はない。

憧れの、好きな子と同じ学校に通うという夢が叶うのだから。

二人きりで登下校……ああ……夢が膨らむ……

 

「マスコミにはいつ発表しますか?」

 

照秋は淡々と作業をこなすように問いかける。

 

「うーん……調子に乗ってる馬鹿どもを困らせたいから、入学式一週間前にしようかな!」

 

「流石束様です。その子供のような嫌がらせに脱帽です」

 

「それ褒めてないよねくーちゃん!?」

 

意外と毒舌なクロエに涙を流す束。

 

「と、とりあえず、箒ちゃんはIS学園に入学するまで[竜胆]に時間の許す限り乗って、ISの技術向上に努めること! いい!!」

 

「は、はい!」

 

涙目の束は、箒にビシッと指さし指示を出す。

その迫力にこくこくと頷く箒。

 

「私は箒ちゃんの専用機作成に全力を尽くす!なんとかてるくんを発表するときまでには間に合わせる!」

 

自分に言い聞かせるように、ふんすと鼻息荒く宣言する束。

それを見てパチパチ拍手を送るクロエ。

 

「じゃあ、俺はIS学園に入学する準備でもしますか?」

 

寮生活になるから、また日用品を揃えないとなーと考えながら照秋がそう言うと、束はにやりと笑い人差し指を左右にゆらし始めた。

 

「ちっちっち、それはくーちゃんにまかせといていいよ。それよりてるくんにはもっと大事なことがあるでしょ?」

 

それを聞いて箒がうんうんと頷き、束に指名され、ブイサインをするクロエは、自信満々に胸を張ってとんでもないことを言った。

 

「おまかせください。照秋さんの性癖はバッチリ押さえていますので、夜のお供の充実は保証します」

 

「おいちょっと待てくー。なんだその情報は! 私ですら知らんぞ!!」

 

「日々のストーキングの賜物です。ちなみに照秋さんはおっぱい星人です。やりましたね箒さん、あなたにもワンチャンありますよ」

 

「よしくーよ、こっち来い。詳しい話を聞こうじゃないか」

 

プライバシーもあったもんじゃない生活だが、照秋は気に入っていた。

自分を認めてくれる。

自分と共に笑ってくれる。

共に悲しんでくれる。

あの家では感じることの無かった幸福感。

そんな騒がしく刺激的な生活に、目を細めて自分が幸福であると実感する。

 

「……てるくん、なんかおじいちゃんみたいだよ、その達観した態度。若くして枯れちゃったなんて、流石に束さんは心配だよー」

 

束もクロエと箒のやり取りをほほえましいものを見るように笑い、だが、照秋にはもう少し年相応の反応をして欲しいと切に願った。

 

「ところでてるくん。てるくんがおっぱい星人というのはわかったから、その夜のおかずは、ずばりおっぱいのどんなジャンルなんだい? なんなら束さん自身がてるくんのリクエストに乗って夜のおかずになってあげるよ!」

 

むぎゅっと自身の胸を寄せ強調する束。

そして悲しい男の性によってその豊満な胸を凝視してしまう照秋。

……本当にプライバシーもへったくれもない環境だ。

 

 

一通り騒いだ三人は、改めて照秋のやるべきことを告げる。

 

「ごほん。とにかく、照秋。お前は『専用機』をもっと上手く扱えるように訓練あるのみだ!」

 

「そうそう! てるくんの専用機『メメント・モリ』もてるくんが上手くなるのを待ってるよ!!」

 

「照秋さん、ガンガン行こうぜ、です」

 

三者三様の応援に、照秋は力強く頷いた。

 

織斑照秋

 

彼は世界で織斑一夏がIS操縦の適性有りと発見される”一年前”からISを動かしていた。

真の”世界で初めての男性操縦者”である。

 


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