メメント・モリ   作:阪本葵

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感想で書かれていた事のネタを。

照秋は朝練で立木打ちを行う。
「ちぇえええぇぇぇぇいいぃぃっ!」
気合いと共に立てた丸太に打ち込みを行う。
朝日に照らされ、飛び散る汗が光り輝く。
そんな光景をうっとりとした表情で見つめる箒とセシリア。
「何と神々しい……」
「神話の英雄のようですわ……」
ふう、とため息をつく二人に、マドカは別の意味でため息をついた。
そんな4人のいる場所から少し離れた学園の寮では、多くの生徒が未だ寝ていたり、授業の支度をしていたり、朝食を採りに行こうとしていたりさまざまである。
そんな彼女たちの耳に、遠くから照秋の掛け声が聞こえてきた。
「ああ、もうそんな時間か。はやく食堂に行かないと混むね」
「よし、じゃあ行こうか」
そう言って部屋を出ていく生徒。
「ほらー起きなよー」
「うーん、あと5分ー」
「もう、『照秋タイマー』が鳴ってるよ」
「んーー……起きる……」
そう言ってもそもそ起きる生徒がいたり。
「ふむ、若いツバメの声を聞きながらのモーニングコーヒーは格別だな」
とか言うちょっとおかしい教師がいたり。
朝の目覚ましや時報代わりの照秋の掛け声。

夕方、照秋はいつものように立木打ちを行っていた。
「えええええぇぇぇぇいいぃぃぃっ!!」
ガガガガッと木がぶつかる音が響く。
夕日に照らされ、シルエットが影のように暗く映るが光り輝く汗が迸り、より幻想的にさせる。
それを見つめる箒とセシリアは、うっとりとしていた。
「ああ、あの真剣な表情……かっこいいなあ……」
「まるで絵画のようですわ……わたくし、こんな絵画があったら即決で買いますわ」
「私もだ!」
うっとりとしている箒とセシリアは、甘いため息をつく。
そして、マドカは色ボケした箒とセシリアを見て疲れたようなため息をつくのだった。
そんな4人から離れた場所で部活動をしていた生徒たちにも、照秋の掛け声を聞こえる。
「あら、もうそんな時間?」
顧問の先生が気付き、手をパンパンと叩く。
「はーい、今日はもう終了ー。クールダウンに移りなさーい」
「はーい」
部活動をしている生徒達には、終わりの合図となり。
「ふむ、若いツバメの元気な声を聞きながらの仕事もいいものだ」
「わけわからんこと言ってないで手を動かしてくださいよ」
ちょっと頭が湧いた教師と、それを諌める同僚がいたり。
また学園の寮では、
「あ、もうそんな時間? ごはん食べにいこっと」
「ああ、私も行く」
夕食の時間を知らせていたりしていた。
「いやー、照秋タイマーって便利だね! 時計要らずだよ!」
そう言って笑う3組の趙雪蓮。
だが、ベアトリクス・アーチボルトは微妙な表情だった。
「いや、お知らせの合図が男の掛け声ってどうなのよ……」
IS学園での新たな名物、照秋タイマー
それは毎日朝の6時30分前後と夕方6時前後に聞こえる掛け声から名付けられたものである。
だが、意外にも生徒達には好評で、騒音などで教師や生徒会に織斑一夏以外からは苦情として上がることはなかったという。


というわけで本編どうぞ。



第34話 お見合い写真

「ねえ、あんたらもうヤったの?」

 

「ぶほぁっ!?」

 

突然の鈴の発言に、箒はすすっていたうどんを咽て吐きだし、さらに鼻からうどんが飛び出てしまっていた。

 

「うわっきったなっ!?」

 

「あ、あああああなたのせいですわよっ!!」

 

ゲホゲホと咽る箒の背中をさすりながら、セシリアは顔を真っ赤にして原因の鈴に抗議をする。

 

「え、そんなに焦る内容? もしかしてあんたら処女なわけ?」

 

「あ、当たり前だろう!!」

 

涙目で未だに咽る箒は、顔を真っ赤にして鈴を睨む。

 

「処女なんてそんな後生大事にとっておくもんじゃないでしょう?」

 

「み、操を立てるのが日本人なんだ!」

 

「うーん、日本人って箒みたいに堅い奴ばかりじゃないでしょう? 中学時代でもあたしの周りじゃあもう初体験終わらせた子とか普通にいたし」

 

「そ、そうなのか!?」

 

「ていうか、イギリスとかそっち方面はオープンなイメージあるんだけど、その反応からするにセシリアも処女なわけね」

 

「た、たしかに同世代の子たちは進んでましたが。わたくしはそんなことに(うつつ)を抜かしている暇などありませんだしたから!」

 

「ああ、そういえばセシリアは男性不信だったっけ? よかったわね照秋に出会えて。出会えてなかったら婚期来なかったわよ」

 

「うう、リアルすぎるIFの話ですわ……」

 

さて、箒たち三人がこんな下の話をしているのは、昼食を採っている最中の食堂である。

勿論周囲に他の生徒もいるが、皆自分たちのグループ内での話に夢中で聞いていない。

今ここに照秋や一夏はいない。

だからこそ三人はこんな下の話を昼食時にするのだろうが、それにしても食事中にする会話ではない。

 

「そ、そういう鈴はどうなんだ!? お前もしや……」

 

「あたしも処女よ?」

 

「ならなんでこんな話したぁ!?」

 

「いやあ、なんか一夏があんまりあたしに手を出さないのよね。キスして抱きしめてはくれるけど、それまでなのよ」

 

「ほう」

 

「もしかして不能なのかしら……」

 

「り、鈴さん、あなた飛ばし過ぎでは?」

 

「そう? ま、一夏が近くにいたんじゃあ話せない内容ね」

 

三人寄れば姦しいとはいうが、内容が下世話すぎる。

というか、鈴は明け透けすぎる。

これは、先日の一夏への告白によるところが大きい。

いままでウジウジ告白に踏み出せなかった鈴だったが、なりふり構ってられない状況になり思い切って勇気を踏み出し、見事成功。

ここで鈴は思った。

 

『そうだ、直感信じて突き進もう』

 

なんか京都に行きそうなフレーズで、思った通りに行動しようと思い立ち何もかも隠さない明け透けな女へと変貌した。

これ選択が良かったのかそれはわからないが、一夏と周囲も憚らずイチャイチャしているのを、周囲で他の生徒は嫉妬と羨望の眼差しで鈴を見るのだった。

 

「で、聞きたいのは、アンタらはどうなのよってこと」

 

「えっと……」

 

「その……」

 

鈴に聞かれ、顔を赤くして俯く箒とセシリア。

それを見て、ええ~……と引く鈴。

 

「その程度のこと聞かれて赤くなるなんて、ちょっとヤバいんじゃない?」

 

「え?」

 

「照秋って我慢してるんじゃない?」

 

「我慢?」

 

そろって首を傾げる箒とセシリア。

鈴は、二人の反応に頭を抱えた。

 

「男ってね、女と違って定期的に処理しないとダメなのよ」

 

「処理? 何をだ?」

 

「……あんた……」

 

箒の無知さが予想外で、あきれ果てる鈴。

箒の隣では、なんとなく会話の内容を察したセシリアは顔を赤くし俯き小声で箒に説明。

途端、箒も顔を真っ赤にして俯いた。

 

「そ、そういう織斑一夏はどうなんですの?」

 

「一夏は一人部屋だしねえ。アイツばれてないと思ってるんだろうけど、部屋にエロ本とかアダルトビデオ隠してるのよ。で、それを見て処理してんのね。ああ、そう考えれば不能じゃないんだな……」

 

鈴は呟きながら箒とセシリアの胸を見て、自分の胸を見る。

そして、大きくため息をついた。

箒は、一夏がエロ本の類を持っていると聞くと嫌そうに顔を歪める。

 

「いかがわしい類の物か。それならば入学初日に没収した」

 

「うわ、そりゃ地獄だわ。照秋かわいそ」

 

鈴は箒のあまりの対応に照秋を不憫に思い合掌した。

箒は相当な潔癖のようだ。

 

「あのね、あんまりアイツを縛りすぎると愛想尽かされるわよ」

 

「え!?」

 

「照秋は比較的おとなしいからあまり自分からそういう事言わなそうだけど、違う人から誘惑されて、目に前に餌をぶら下げられたらすぐに食いつくわよ」

 

男なんて下半身で生きるものだしねえ、としみじみ言う鈴。

なんか言葉に実感がこもっているため、箒とセシリアはゴクリと喉を鳴らした。

鈴はただの耳年増なためそんな実感などハッタリなのだが。

 

「いや、しかし……婚前交渉は……」

 

箒は必死に声を振り絞り反論するが、鈴はそれをピシャリと跳ね除ける。

 

「釣った魚に餌を挙げないと、死ぬのよ」

 

「うっ」

 

「それに、照秋も一夏も、5人はお嫁さん貰うんだから、他の4人だけ可愛がってあんた蔑ろにされるかもしれないわよ」

 

「ううっ」

 

「箒ってさ、照秋が好き好きーってオーラ出してる割には潔癖よね」

 

「はううぅ……」

 

箒は鈴の攻めに突っ伏した。

横ではセシリアが考え込むように顎に手を当てる。

 

「……これはチェルシーに確認を取らなければ……」

 

セシリアはそうつぶやくと、食事もそこそこに自室へと帰って行った。

 

 

 

さて、照秋と一夏が何故箒たちと昼食を採っていなかったかというと、二人は各々の担任に呼び出されていたからだ。

照秋は、スコールから大量の写真を渡され、一夏は千冬から渡された。

 

「これは?」

 

照秋は渡された写真を見ながら首を傾げる。

どれも雑誌に載っていそうな絶世の美女ばかりで、みな水着やら豪華なドレスやら気合の入った化粧やらで飾っている。

 

「お見合い写真よ」

 

「お見合い?」

 

スコールが言うには、各国が一夏と照秋の一夫多妻認可に伴い、自国に妻を迎えてくれとお見合い写真を大量に送ってきたとのこと。

ワールドエンブリオはそんなお見合い写真など即シュレッダー行きで聞く耳など持たないが、今のスコールは国から給料をもらっている宮仕えである。

そんな国とIS委員会から催促され断ることも出来ず、二人に写真を渡し各々だれか適当に見繕って会って話だけでもしてやれ、ということだった。

ただスコールはやれやれしょうがないのよー、なんて言いながら目が笑っていたのを目聡く見た照秋は、ツッコむだけ無駄だなと悟り言われるがまま頷く。

 

「はあ……」

 

とはいえ、照秋はいまいちお見合いというものにピンとこなかったのか首を傾げお見合い写真を受け取り寮の部屋に帰り、一夏はその場でニヤニヤ笑いながら写真を眺め千冬に拳骨を貰っていた。

 

 

 

夜、寮の部屋で照秋はベッドに寝転びながらお見合い写真を眺める。

スコールから、別に結婚まで考えなくていいからとりあえず二人くらいは会ってみなさいと言われた。

スコールも教師という立場上、上からの命令にはあまり強く出れない、というのが建前で面白そうだからじゃんじゃんやれと目が語っていた。

皆美人で、しかもISでも代表候補生以上の人が多い。

照秋は全くわからないし、知らないが、なんか国家代表の写真もあったり、有名な女優や世界的歌手なんかの写真も紛れ込んでいたらしい(後で箒やスコールから言われた)。

プロフィールにはISの経歴、スリーサイズや趣味、さらに簡単な性格などまで書かれている。

 

アウシリオ・イバルラ

ジェナ・ヘンフリー

ティアナ・シュトルツァー

シャルロット・デュノア

ナディア・カプール

ナターリヤ・イオーノヴァ

クリスティーナ・キエシ

等々。

 

そんな中で、はたと写真を持つ手が止まり気になる人を発見した。

 

クラリッサ・ハルフォーフ

ドイツのIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」副隊長であり、階級は大尉。

それ以外が一切書かれていない。

左目を黒い眼帯で隠しているが、切れ長の瞳に白い肌、黒髪は軍隊という仕事上支障のないようにボブカットにまとめているが、それが似合っている。

 

何故照秋がクラリッサを気になったかというと、他の写真は皆グラビア写真のように水着やドレスなどを着てアピールしているのだが、クラリッサの写真は軍服に真正面から撮った証明写真のような作りだったのだ。

もしかしたら本当に証明写真を張り付けただけかもしれない。

照秋はそんな武骨な写真が気になって仕方がなかった。

 

(ドイツの軍人さんか。……そういえば千冬姉さんはドイツの軍隊に一年間IS指導してたよな。この人の事知ってるかな?)

 

そんなクラリッサに思いを馳せお見合い写真を眺めている照秋の横で、風呂上りの箒は危機感を覚えていた。

 

(まずい。照秋が他の女を物色している……も、もしかして私のガードが堅いから愛想を尽かしたのか!?)

 

バスタオルで髪を拭きながら、風呂上りで火照った体が冷えていくのを感じた。

箒は基本ソッチ方面の知識は薄い。

小・中とそれ程同性の友達がおらずそのテの話題に入ることが出来なかったボッチだったこともあるが、正しい性知識を教えてくれる身近な人間がいなかったのだ。

それでも最低限の事は知っているので、中途半端な知識によって男女の関係になる行為とはものすごく痛くて恥ずかしく、いやらしいものであると思い込んでいる。

それに、イチャイチャしたいと思いながらも、恥ずかしがり屋で意地っ張りの箒から照秋を求めるなどできるはずもなく、しかしだからといって照秋に求められても怖くてどうすればいいのかわからない。

IS学園に入り照秋と同じ部屋で寝食を共にし、あれよあれよと婚約までに至った。

それで満足してしまい、照秋の苦しみを分かってあげられなかった。

 

(……お、男は定期的に……ア、アレを出さないと病気になるかもしれないと鈴も言っていたし……)

 

鈴の嘘である。

それを信じる辺り、箒の知識は偏っている。

しかし、箒とてわかっているのだ。

照秋は箒の事を思って、手を出さないのだ。

照秋と箒はなんだかんだでちょくちょくキスをする。

まあ、セシリアも同じなのだが、朝起きたときや、寝るときなど、お前らどこの新婚だとツッコミたいくらいだ。

そんなラブラブな二人だが、以前キスをしたとき我慢できなかった照秋が箒の胸を触った。

その時、箒はびっくりして照秋から離れた。

そんな驚いている箒に、照秋は一言「ごめん」と言い、それ以降キスはしても胸を触ることはしなくなった。

 

(は、恥ずかしがっている場合ではない! 元はと言えば私が照秋の行動を拒んでしまったのが原因なんだ! ここは私がリードしなければ!!)

 

恋する暴走機関車に定評がある箒さんは、普段の奥手など捨て去り突き進む!

箒は一大決心して照秋を見た。

 

「……寝てる」

 

照秋はお見合い写真を見ながら寝落ちしていた。

箒の一大決心は空振りしてしまったのだった。

 

そして同じ時刻、セシリアは実家にいるメイドのチェルシーに「殿方を喜ばせる方法」のレクチャーを受け、ガンガンレベルを上げて行くのだった。

 

 

 

翌日、休み時間に照秋はスコールに相談した。

 

「この写真の中にスコール先生の知ってる人はいますか?」

 

スコールは照秋が何故そんなことを聞くのかわからず首を傾げた。

 

「写真やプロフィールだけじゃあ性格はわかりませんから、スコール先生の知っている人がいたらその辺の情報がもらえるかな、と」

 

「なるほど、堅実ねえ」

 

若いんだから冒険して痛い目見るのも経験よ? というが、照秋が頑としてその言葉を受け入れない。

そんな頑固な照秋を見て苦笑し、まあいいわ、と言って照秋から写真を受け取り、すぐに一人の人物の写真を引き出した。

 

「ナターシャ・ファイルス。今でこそアメリカ軍でテストパイロットをするくらいの実力者だけど、私が知ってる若いときのナタルは素直で泣き虫な子だったわねえ」

 

これでもこの子はアメリカでは女優並みの人気者よ、と付け加えるスコール。

 

「へえ」

 

照秋はナターシャの写真を見るが、美人でモデルのようなプロポーションを惜しげもなく見せるビキニでポーズを取る姿に、泣き虫だったなんて想像できないなあと眺める。

 

「じゃあ、この人に会います」

 

「え、そんな簡単に決めていいの? ていうか、アナタこの子知ってる?」

 

即答の照秋にスコールは戸惑い、ナターシャという人物について聞いてみる。

だが照秋は首を横に振る。

 

「……本当に知らないの? この子今アメリカでは有名人よ?」

 

「そうなんですか? それは何か格闘技の大会で優勝したとか、ISの操縦で有名だとかですか?」

 

脳筋な質問に、頭を抱えるスコール。

 

「ちょっとは知っときなさいよ。この子、アメリカでは大人気で『天使のナタル』なんて呼ばれてるのよ。近々ハリウッドデビューするとか、彼女の物語が映画化するとか、彼女がグラビア写真を載せた雑誌は即日完売とか、とにかくすごい子なのよ?」

 

「へえ」

 

「いや、へえって……」

 

ものすごくどうでもいいような気のない返事をする照秋にスコールは呆れてしまうが、すぐに笑う。

 

「ま、いいわ。で、あと一人二人くらいは見繕ったの?」

 

「はい、とりあえず一人は」

 

「ふむ、計二人か。まあ最初だし、いいかな? で、だれを選んだの?」

 

「この人です」

 

そう言って照秋はクラリッサの写真をスコールに見せ、スコールは固まった。

 

「……え、まじ?」

 

「はい」

 

他の写真と比べて、明らかに履歴書の貼るような真面目くさった顔で証明写真のように写るクラリッサを見て、スコールは照秋の趣味を疑った。

 

 

 

放課後、照秋は職員室へ向かった。

 

「失礼します」

 

礼儀正しく一礼して職員室に入る照秋を見て、千冬は表情を強張らせてる。

となりでは真耶がハラハラと一人慌てふためいていた。

そんな千冬や真耶の態度を無視し、照秋は千冬に近付き、千冬の座る机の前で立ち止る。

 

「織斑先生、ご相談があります」

 

「そ、そうか。ま、まあ座れ」

 

千冬は慌てて近くの椅子に座るよう照秋に勧める。

照秋は素直に座り、千冬の方を向いた。

 

「そうだ、飲み物を用意しよう。山田君、照秋にお茶を出してやってくれ」

 

「は、はいっ」

 

急かすように真耶に茶を用意するよう指示する千冬。

テンパっている千冬など見たことのない真耶は、驚きつつも急いでお茶を用意しに行く。

 

「それで? 相談とはなんだ?」

 

若干緊張した面持ちの千冬は、照秋の顔をまともに見ることが出来ず机の上に散乱する教材や書類を片付け始めた。

 

「織斑先生は一年ほどドイツ軍でISの指導に行ってましたよね?」

 

「あ、ああ」

 

突然ドイツの頃の話を振られ、予想外だった千冬はどもる。

 

「その時の教えた人の中にクラリッサ・ハルフォーフという方を覚えていますか?」

 

クラリッサの名前を出され、千冬は机の上を片付けていた手を止めた。

そして、悟った。

 

「照秋、もしかしてお見合いの相手にハルフォーフ中尉を選ぶのか?」

 

「はい。中尉ではなく大尉ですけど」

 

千冬は一転して、照秋の肩を掴み、真剣な表情で言った。

 

「照秋、ハルフォーフ中尉はやめておけ」

 

「大尉です、織斑先生」

 

「そこはどうでもいい。とにかくハルフォーフはやめておけ」

 

えらく強く反対する千冬に、照秋は首を傾げる。

 

「何故そこまで反対をするのですか?」

 

そう言うと、千冬は言いにくそうに口をもごもご動かし、やがてゆっくりと話し出す。

 

「奴はな、オタクなんだ」

 

「え?」

 

「日本の漫画、アニメ、ゲームが大好きな生粋のオタクなんだ」

 

アイツの日本の知識は漫画やアニメによって得たものがほとんどで、間違った知識が多聞にあるのだ。

そんな勘違い外人相手にしたら疲れるぞ?

 

千冬は必死に照秋にやめておけ、苦労するのはお前だと滔々と説得する。

どうやら、ドイツにいた頃クラリッサに相当手を焼いたようだ。

 

『日本人は皆分身するというのは本当ですか?』

 

『テニスで人が吹き飛び壁にめり込むほどのポテンシャルを持っているのですか?』

 

『怒りが頂点に達すると黒髪が金髪に』

 

『刀を常備し、名前を叫ぶと形が変わる』

 

『地面を叩いて地震を止める』

 

『お兄ちゃんだけど愛さえあれば』

 

『パンをくわえて走るのがマナー』

 

『パンチラ必須』

 

『TO LOVEる大歓迎』

 

『ウホ、いい男』

 

『もう何も怖くない』

 

千冬はクラリッサの言っていることが全く分からなかった。

さも日本人は知っていて当然とばかりにマシンガンのように飛び出す理解不能なオタク知識に、千冬は眩暈がしたのを覚えている。

思い出すだけで頭痛がする。

 

「そのテの趣味なら理解はあります」

 

「なにっ!?」

 

照秋のカミングアウトに、千冬は驚愕する。

自分の知らない三年間で、照秋がディープな世界に!?

そう危機感を覚えた千冬だったが、照秋は首を横に振る。

 

「ワールドエンブリオ社内にもその手の趣味の人はいますし、ある程度は耐性があります」

 

「なんと……強い……男になったのだな……」

 

千冬は目を潤ませ照秋を見るが、何故そこまで感動されるのかが照秋にはわからない。

千冬にとって、自分の理解できない脅威に毅然と立ち向かう照秋の姿に、変に歪曲して解釈して感動したようだ。

照秋の言うオタク知識を持つ社員というのはクロエの事である。

クロエは、どうも日本のサブカルがお気に入りで彼女の自室には壁一面に漫画やラノベが敷き詰められている。

最近など「うう……私の悪魔の右腕がうずく……」とか「私のギアスが暴走する……!」とかわけのわからないことを呟き一人悦に浸っているのを目撃している。

束も、かわいい子供を見るようなまなざしで眺めるのみで特に注意しない。

 

「まあ、日本が好きなのはわかりました」

 

「え?」

 

「とりあえずこの人に会ってみようと思います」

 

「いや……」

 

「協力ありがとうございました」

 

「え、ちょっ……」

 

照秋は礼をすると、立ち上がり職員室を出ていき、その後ろ姿を見るしか千冬には出来なかった。

そして、職員室が静寂に支配されたとき千冬が弱々しく手を虚空に向けた。

 

「照秋……クラリッサを私の義妹にするのは勘弁してくれ……」

 

そんな悲壮なつぶやきが真耶の耳にはっきりと聞こえ、静かに合掌したのだった。

 


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