メメント・モリ   作:阪本葵

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第37話 照秋とクラリッサ

日曜日、IS学園は休日である。

大体の生徒は自主練習やクラブ活動を行ったり、普段外に出れないが休日は外出許可が出ているのでショッピングをしたり、また実家に帰る者もいたりと比較的自由な時間を過ごしている。

 

そんな生徒の中で、照秋も例に漏れず学園の外に出ていた。

ただ、理由が少し特殊だ。

普段照秋は休日など関係なく無茶苦茶過酷な練習をしているのだが、今日は違う。

照秋は東京駅の八重洲中央口で、ある人物と待ち合わせをしていた。

 

服装は無難な白いポロシャツにインディゴブルーのジーンズ、スニーカーという出で立ちである。

そもそも照秋はファッションというものにまったく興味がない。

照秋の持っている服と言えば、学園指定の制服類の他はジャージのみという脳筋ぶりであった。

全寮制の中学時代ではそれで事足りたし、それに学園内では制服と普段着も寝巻両用としてジャージで問題はなかった。

だから、今まで照秋のファッションセンスに関して誰にも何も言われることはなかった、というか皆知らなかったのだ。

マドカや箒も前々から普段着はジャージしか着ない照秋に疑問を覚えつつも、毎日過酷な練習をしているのでジャージなどの運動着が普通でさほど重要視していなかったのである。

しかし今回は人と外で会うのだから、さすがのマドカ達も苦言を呈した。

 

「おいテル、まさかとは思うがジャージで会うつもりじゃないだろうな?」

 

「だってこれしかないし。ありのままを見てもらったらいいんじゃないかと俺は思うんだが? それにこのジャージ結構高いんだぞ」

 

「いくら高かろうがジャージはジャージだろうが。お前はわけのわからんブランドの背中にわけのわからん犬の刺繍された、ダボついたジャージを愛するチンピラか」

 

「照秋、流石にそれは私もどうかと思うぞ」

 

「せっかく元がいいのですから、気になさった方が……」

 

箒やセシリアにまで散々な事を言われるが、ファッションに対し全く関心を持たない照秋はこう言い返した。

 

「ファッションに気を遣う暇があるなら、スクワットでもした方が有意義だろ?」

 

これに、マドカ達三人は揃ってこう思った。

 

「ああ、脳筋ここに極まれり」

 

マドカはもう照秋の意見は聞かんとばかりに、すぐさまスコールに報告、特別に外出してファストファッションで有名な店に行き服を買い、照秋にその服を着ていくよう言いつけたのだった。

照秋は渋々従ったが、三人はさらに照秋に対しアレコレ指図してきた。

やれ、髪のセットをしろだ、ワックスで整えろだ、香水は初心者だからブルガリよりアランドロンのSAMOURAIが無難だとか、香水はウェストに少量がいやらしくないだとか、照秋にとって心底どうでもいい事を言ってきて、散々いじくり倒した挙句、送り出された。

 

照秋は柱にもたれかかり腕を組んで待つ。

待ち合わせ時間はまだ30分ほど先だ。

これもマドカや箒、セシリアに口酸っぱく言われたことだ。

 

「男は待ち合わせ時間より早く行け」

 

女尊男卑の世の中でもこの思考は変わらないようだ。

というか、女尊男卑になってからよりひどい傾向になっている。

まあ、それに関して照秋は全寮制の男子中学校に入っていたし、外界との接触が少なかったので特に実害を被ったこともないのでさほど気にはしていない。

とりあえず待ち時間を無駄にすることもないので、今回のプランが書かれているメモを確認する。

しばらく、メモを眺め時間を潰していると、ふと、照秋の前で立ち止まる気配がした。

 

「時間前行動か。感心だな」

 

徐に、照秋に向けて女性の声がかけられる。

照秋はメモから目を離し、その女性を見て、そして姿勢を正し礼をした。

 

「お待ちしてました。はじめましてクラリッサ・ハルフォーフさん」

 

 

照秋から見たクラリッサの第一印象は「真面目そうな人」だった。

左目に眼帯をして、そしてなぜかドイツ軍の黒い軍服で待ち合わせ場所に来たクラリッサ。

照秋を睨むように、口を真一文字にして必要以上の事を口にしない、まさに軍人を絵にかいたような印象を受けた。

今回の顔合わせにしても、お見合い写真を見てクラリッサに会いたいと決めてわずか一週間ほどでセッティングするほどの速さ。

ドイツがどれほど必死に照秋と、ワールドエンブリオとパイプを持とうとしているのかが照秋にさえわかってしまう。

そんな事情とクラリッサの印象を鑑みて、職務に忠実で真面目な女性だという事に至ったのである。

そう思うと、いろいろ振り回されているクラリッサに対し申し訳なさが出てくる。

 

「本日は僕の申し出に応え、さらにこちらのスケジュールに合わせていただきありがとうございます」

 

照秋は、腰を折って最敬礼する。

そんな謙虚な態度を取る照秋に対し、クラリッサは値踏みするようにジロジロと照秋を観察する。

クラリッサの、照秋に会うまでの印象は「軟派な男」だった。

そもそも、クラリッサは照秋に対し特別な感情を抱いているわけではない。

この「お見合い」も、政府からの命令で会っているだけであって、「ハーレムを築こうとしている男」に好印象など抱いていない。

ハーレムを築こうという男の夢に理解がないわけではない。

クラリッサの愛するジャパニーズサブカルチャーである、アニメや漫画、ラノベにもドタバタラブコメ、鈍感主人公のハーレムラブコメが存在するし、それを見たこともある。

だがしかし、それは所詮フィクションでの話だ。

それを現実で行おうと、一人の女として数多くの女を囲おうとする照秋に好意など持てるはずがなく、むしろ嫌悪感すら抱く。

それがたとえ政府の命令だとしても、そんな最低男と結婚だなんてご免だとも思っていた。

クラリッサだって軍人とはいえ女なのだ。

夢見る女の子なのだ。

白馬に乗った王子様とまでは言わないが、ちゃんとした恋愛をして愛する男性と結婚したいという願望はある。

とまあ、そんな構えで照秋に会ったのだが、若干考えを改めた。

 

まず真摯に対応しようと礼をする姿勢。

そして、照秋からにじみ出る強者の覇気。

全く邪気を感じないので逆に拍子抜けしてしまったほどだ。

 

(先入観はいかんな)

 

クラリッサは自分を戒め、照秋の礼に応えるべく同じく腰を折って返礼した。

 

「丁寧なあいさつ恐れ入る」

 

 

 

あいさつもそこそこに、二人はJR山手線の電車に乗り込んだ。

ふつう、一般的なお見合いというのは双方の両親と仲介人が落ち着いた場所で会食しながら親睦を深めていくものだが、照秋がそれだとクラリッサが退屈するだろうといい、ある人物に相談を持ちかけスケジュールを組み立てたのだ。

 

「ところで、どこへ行こうというのだ?」

 

クラリッサは当然聞いてくる。

それに、照秋はこう返した。

 

「秋葉原です」

 

 

 

 

「ただいま」

 

夕方になり、IS学園の門限前に照秋は帰ってきた。

 

「おう、おかえり」

 

照秋のベッドに寝転びながらタブレット端末を操作するマドカ。

その姿はタンクトップにホットパンツという露出過多で、しかし色気を感じない子供っぽさが見える。

事実、マドカは同世代の箒やセシリアたちと比べると幼く見える。

見た目で言うと、鈴に近い。

どこが近いかは、ご想像に任せる。

 

「……」

 

対して同部屋の箒はジャージ姿で机に向かい剣道雑誌を持ち、頬を膨らませてジト目で照秋を見る。

ハッキリとわかる焼きもちである。

 

「で、初デートはどうだった? ん?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべるマドカから初デートという単語が飛び出し、ピクリと体を震わせる箒。

そう、照秋はいままでデートをしたことが無かった。

もし、照秋と朝練で二人きりでロードワークすることがデートに当てはまるのならば、箒は数多くのデートを照秋としているが、当然ロードワークはデートではない。

照秋は基本的に練習、訓練以外で外に出ることはない。

IS学園入学前のワールドエンブリオでの訓練生活でも、欲しいものや日用品は全てクロエが用意してくれたため外に出かける理由もない。

必然的に、同じくワールドエンブリオで生活していた箒と出かけるなんてこともない。

IS学園入学後においても、照秋や一夏の外出許可は安全面から中々下りないため外出も少なくなる。

生活必需品は必要ならクロエが持ってきてくれるかマドカが買ってきてくれるし、消耗品は学園内で販売されているので、普通に生活する分には全く問題ない。

外に出て羽目を外したい一夏は外出許可が下りないことを怒るが、照秋は外出の必要性を全く感じていないためどうでもいいと思っている。

 

さて、不機嫌な箒だが、いままで散々チャンスがあったにもかかわらず、デートの一つもしたことがないという事実に自分のふがいなさを痛感していた。

デートまがい(剣道全国大会後のファーストフード店での食事)ならばあるが、あれをデートに換算するには箒のプライドが許さなかった。

 

照秋の”はじめて”のデートが自分じゃない。

照秋の”はじめて”を他人に奪われた。

 

それが悔しく、情けなく、手に持つ雑誌がくしゃくしゃになるほど力を入れた。

 

「あ、これお土産」

 

照秋の手には白い紙袋が握られていた。

中身はロールケーキだという。

 

「東京駅のなんか有名なやつだって。塩キャラメルロールケーキ」

 

「ほほう」

 

「おお! なかなかいいチョイスだな! よし、セシリアも呼ぶか」

 

照秋のお土産の中身を聞いて、一気に機嫌がよくなる箒と、テンションが上がるマドカ。

どんな世になっても甘味には弱いのが女性という事か。

 

程なくしてセシリアが来て、四人でロールケーキを分ける。

飲み物はセシリアが紅茶の茶葉を持参し、それを淹れる。

茶葉が入っている箱がどう見ても高級そうに見えたので、照秋がセシリアに聞いてみると、最高級ではないが相当価値の高い茶葉だそうだ。

 

「テルさんがスイーツを買ってきてくれたんですもの! それに見合う紅茶は必須ですわ!」

 

S.T.G.F.O.P.という等級だそうだが、照秋にとって呪文のような等級は全く記憶に残らなかった。

ちなみに、茶葉の等級を聞いて箒も横で首を傾げていた。

女子三人は頬を緩ませロールケーキを口に運ぶ。

そこで、マドカが思い出したように照秋を指さし言った。

 

「それで、デートはどうだったんだ?」

 

瞬間、箒とセシリアの動きが止まった。

 

「ドイツ人はスキンシップが好きだからな。もしかしてもうヤッたか?」

 

「うおいっ!?」

 

「ななななななあっ!?」

 

箒とセシリアは顔を真っ赤にして叫ぶが、マドカは飄々としている。

 

「ドイツ人は日本人と価値観が違うからな。付き合う前にキスとかして相性を確認するんだぞ」

 

理には適ってるよな、とマドカは言うが、箒とセシリアは気が気ではない。

二人とも、照秋とはキスまでしかしていないのだ。

婚約者である二人を差し置いて、婚約者”候補”がいきなり自分たちを追い抜き独断先行するなんて、到底許せるものではない。

 

「するわけないだろう」

 

照秋はマドカをジト目で見つめ、ため息交じりにそう言うと、箒とセシリアはホッと安堵の息を漏らした。

 

「何だヤらなかったのか。根性無しめ」

 

「酷い言われようだな!」

 

やれやれと肩をすくめため息をつくマドカを怒る照秋は、日本人として正しい反応だろう。

マドカは冗談だ、と言って照秋に話すよう促した。

 

「……普通に秋葉原を歩いていろんな店に入って見て回って、飯食って解散しただけだ」

 

「え? なんて言った?」

 

聞き返すマドカ。

 

「だから、普通に見て回っただけで……」

 

「いや、そこじゃなくてどこに行ったって?」

 

「秋葉原」

 

「はあっ!? アキバだぁ!?」

 

「うわぁ……」

 

驚くマドカと、引く箒。

セシリアは首を傾げている。

 

「マドカさん、アキハバラとはどこですの?」

 

セシリアは秋葉原を知らなかったようだ。

そこで、箒が秋葉原という町を説明すると、セシリアも顔をしかめた。

 

「……デートで秋葉原って……」

 

「どうせ東京に行くならもっとカップルにふさわしい場所があるでしょうに」

 

箒とセシリアからダメだしされる照秋。

だが、照秋は反論する。

 

「でもクラリッサさんはメチャクチャ喜んでたぞ。大量に漫画とアニメのブルーレイとかゲームを買ってたし。そもそもこのデートプランはクロエが考えたんだ。文句はクロエに言ってくれ」

 

「ああ、あの眼帯軍人はソッチ系なのか」

 

マドカは納得した。

 

「飯もクロエのプラン通り、立ち食いそばに行ったら、クラリッサさんスゲー喜んでた」

 

「……それ、デートか?」

 

デートで立ち食いそば屋に行くなど、マドカは勿論、箒やセシリアでさえ考えられない。

もし初めてのデートで立ち食いそば屋に行った日には、殴り飛ばしているだろう。

 

「それで、お礼って言ってコレくれた」

 

照秋は黒いヒラヒラレースをあしらった輪になった布を取り出した。

それは、女性のガーターであった。

 

「なんか輪っかになってるしゴムも入ってるからハンカチじゃあないんだろうけど、レースが細かくて高そうだよな。なんなんだこれ? ヘアバンドかな?」

 

照秋はガーターを知らないようだ。

恐らく知って入るだろうが、ガーターはベルトタイプの方が有名だから、片方ずつ伸縮ゴムを使用したガーターを知らないのだろう。

そして、それを見たマドカは頭を抱え、セシリアは顔を真っ赤にした。

 

「……気が早すぎだぞゲルマン! 順序が無茶苦茶だろう……ガータートスのつもりか?」

 

「いえ、そもそもガータートスでしたら意中の男性に渡すのは間違いでは?」

 

「ガータートスとはなんだ?」

 

箒は意味が分からず首を傾げる。

 

ガータートスとは、ブーケ投げと同じだ。

ブーケ投げは結婚式において、新婦が未婚女性にブーケを投げすのだが、ガータートスは新郎が新婦のガーターを手を使わず外し、それを式に参加してくれた未婚の男性に投げるのである。

それを聞いた箒は顔を真っ赤にして照秋からガーターを没収しようとしたが、照秋はそれが女性下着であるとは知らず大事そうに折りたたみ机の引き出しに仕舞いこんだ。

箒も、流石に他人からのプレゼントを、たとえそれが下着であろうとも没収するわけにもいかず、ただ何とも言えない表情で眺めるしかなったのだった。

 

 

 

数日後、有給消化を兼ね日本へお見合いに行っていたクラリッサはドイツに帰り、ことの終始をラウラに報告した。

 

「それで、結論としてどうするのだ大尉?」

 

クラリッサの口から紡ぎ出る照秋とのデートの顛末は、とても楽しかったという事が言葉の端々からわかった。

だが、最終的な判断はクラリッサ本人に委ねるしかない。

デートが楽しくても、相性が合わねば後につらい思いをするのはクラリッサなのだから。

そして、その結論が結婚への拒絶であったとしても、ラウラはクラリッサの判断を受け入れクラリッサの味方でいようと思っていた。

 

「はっ。隊長、報告します」

 

直立したクラリッサは、ラウラにはっきりとこう言った。

 

「照秋は私の”嫁”であります!」

 

「そうか! おめでとう大尉!」

 

「ありがとうございます隊長!!」

 

ガッシリと固く握手するラウラとクラリッサは二人とも眩しいほどの笑顔だった。

そこに、クラリッサの「嫁発言」をツッコミ訂正する人間は存在しなかった。

 

 

 

ちなみに、照秋はクラリッサから嫁宣言を受けた覚えもなく、また婚約の話もしていない。

ただデートをし、連絡先を交換しただけである。

だが、照秋の護衛を密かに行っていたクロエは、クラリッサとのデートの一部始終を見て「よし、これはイケる」と確信。

ドイツ政府から、クラリッサの意志の連絡を受け取りクロエが了承しそれを日本政府が承認した。

 

そしてクラリッサが帰国したわずか3日後、ドイツから照秋へのクラリッサ婚約者宣言が世界に報道され、当の照秋本人はその報道を昼食時の食堂のテレビで知り、驚き過ぎて箸で摘まんでいたシャケの切り身を落とすのだった。

その日の放課後、クロエから事情を聞いた照秋は、ため息をつきながらもまんざらでもなかったことは記載しておく。




クラリッサは超肉食系。

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