「テル、会社から荷物が届いてるぞ」
「ああ、ありがとうマドカ」
放課後、マドカが端末を操作しながら照秋に言う。
会社からの荷物という言葉に心当たりがあった照秋は、マドカと箒とは別行動で一人届いた荷物を引き取りに行く。
その荷物は冷蔵庫ほどの大きな段ボールに入っており、ISの整備室に厳重に保管し、とある人物に会いに行く。
照秋が出向いたのは1年4組だった。
照秋は教室の入り口からその人物を探す。
「あっ」
教室の入り口近くで友達と話し込んでいた女生徒が照秋に気付き驚く。
そして、照秋の登場に伝播していくクラス内の生徒達は、次々と会話を止め照秋の一挙一動を追いかけるが、そんな視線を照秋は無視して教室内を見渡す。
しばらく見渡して照秋は探し人を見つけ、ズンズンと教室に入り一直線にその人物の元へ向かった。
教室は照秋の登場で一気にシーンと静まり返り、照秋に視線が集中する。
「簪さん」
照秋の探し人は更識簪であった。
だが、当の簪は照秋に気付いていないようにノートパソコンを操作している。
「簪さーん」
照秋の呼びかけに尚も気づかず、簪はモニタとにらめっこしている。
「おーい」
再三の呼びかけに反応しない簪に、どうしたものかと頭をかくと、突如照秋の横からニュッと手が伸びてきて、勢いよく簪の頭を叩いた。
パコン!
「ふぎゃっ!?」
なかなか大きな音を立て、簪は叩かれた頭を抱え蹲る。
「無視してんじゃねーよ。センパイ」
「お、おいマドカ」
簪の頭を叩いたのは、いつの間にか照秋の横にいたマドカであった。
「な、何!?」
涙目でずれた眼鏡を直しながら天井をキョロキョロと見回す簪に、マドカと照秋はため息をつく。
「古いギャグしてんじゃねーよセンパイ」
簪はセンパイと妙なイントネーションで呼ばれ、自分をセンパイという人物に一人思い当たり顔を顰めた。
「……結淵マドカ」
簪とマドカは顔見知りである。
それは、マドカと箒が急きょ日本の代表候補生に名を連ねることになったとき同学年ということで紹介を受けたのだ。
そのときからマドカは簪の事をセンパイと言い続けている。
代表候補生として簪の方が先輩だから、とマドカが言っていたがはっきり言って尊敬の念がこもっていない言い方に聞こえる。
事実馬鹿にしている感があるので、簪もセンパイと言われると眉を顰め注意するのだがマドカは一向に止めない。
とはいえ、マドカの技量は確かなものであり明らかに自分より強いと、簪もマドカという人間を認めており、簪の技量の高さもマドカは代表候補生ながらなかなかやる、と認めている。
まあ、マドカは決してそう言ったことを表に出さないからわかりにくいが、要するにマドカは簪の事を気に入っているのだ。
「さっきから呼んでるんだから気付けよ。ていうか周囲に気を配れ。アンタ本当に更識の人間か?」
辛辣なマドカの言葉に、簪は歯を食いしばる。
「家は……関係ない」
「ああそうかい、ま、そんなことはどうでもいいんだよ。テルがセンパイに用だとよ」
「え? ……あ……」
マドカに言われて照秋の存在に気付き、自分の醜態を見られたことに顔を赤くする簪。
「何今更恥ずかしがってんだセンパイ。男を気にするならその背中丸めて画面をにらめっこする色気のない姿勢をなんとかしろよ」
「う、うるさい……」
更に顔を赤くする簪と、それを見てニヤニヤ意地悪な笑みを浮かべ弄るマドカを見て、照秋は再びため息をつくのだった。
照秋は簪にワールドエンブリオから簪に荷物が届いたことを言うと、途端、簪は目を煌めかせ早く行こうと言わんばかりに照秋とマドカの手を取って荷物の保管されている整備室へと向かった。
到着すると、冷蔵庫ほどの大きさの段ボールがあり、箱には「天地無用」「割れ物注意」「精密機械」「取扱い厳重注意」「要冷蔵」などいろいろシールが貼られていた。
「……要冷蔵?」
なんで要冷蔵? と首を傾げる簪。
そう言えば、格納庫の中がかなりひんやりしていることに気付く。
マドカと照秋は早速段ボールを開封していくと、その理由がすぐに分かった。
「シャケ……野菜……牛肉……調味料……ご当地スイーツ? ……なんで食材が混じってるんだ? つーかこの食材を持ってきて、どうしろってんだ?」
「さあ? まあたば……社長のすることだからあまり深く考えない方がいいんじゃないか?」
「いやいや、機械と食い物一緒に梱包するとか、それ以前の問題だろうが。まったく、天災の考えや行動は未だに理解出来ん」
「理解できたら人間終了だぞ」
「お、言うねえ」
なにやら和気藹々と話ながら箱の中身を次々取り出す照秋とマドカ。
簪はマドカの楽しそうな顔を意外そうに見る。
簪の知るマドカとは、いつも無表情というか、仏頂面というか、とにかく近寄りがたい雰囲気を放った人物なのだ。
そんなマドカが楽しそうに照秋を話している姿を見て、羨ましくなる。
そして家族の様な二人の仲に、疎外感を感じる簪。
「そういえば、なんでマドカがココにいるんだ?」
思い出したかのように問いかける照秋。
「テル、おまえコレ組み立てることが出来るか? システム設定出来るか?」
「出来ません」
「即答するなよ。 つまり、そういうことだ」
「ありがとうな、マドカ」
礼を言われてマドカは胸を張りフンと鼻を鳴らす。
凄いドヤ顔だ。
「ふふん、デザート一週間だぞ。……さてセンパイ、準備はいいか?」
突如話を振られビクッとする簪。
マドカの言う準備とは、つまりISの準備だろう。
「う、うん、アッチの整備室格納庫にある……」
「よしテルと一緒にカート持って来い。この機材運ぶぞ」
マドカの指示の元、テキパキと動く照秋と簪。
簪も、本能でマドカに逆らってはダメだと理解したのだろう、特に反発することなく作業を進めていくのだった。
マドカは淀みない動きで機械を組み立て、ISと接続していく。
そのスピードに、簪は驚きで目を見開いていた。
異常な情報収集能力に、格闘センスの高さ、そしてISの操縦も凄まじいうえに、さらにISの整備を含めた機械関係もすごい腕を持っているマドカに、照秋は「全部マドカに任せればいいんじゃないか?」と思ってしまう。
「デジタルワイヤースキャンカメラと、ハンドシェーク空間投影モニタ、高性能AIチップ、そして3Dシミュレータフィールドの組み込み完了、と。あとはセットアップに同期だな」
空間投影キーボードを展開し、また凄まじいタイピングスピードで打ち込んでいく。
そうして20分程してすべての設定が終了した。
「さて、初期設定はこれで完了だ。 マニュアルはここにあるから、カスタマイズは自分でしてくれ」
「あ、ありがとう……」
「同じ日本の代表候補生のよしみだ、これくらいの世話はするさ。またなんかあったら言ってくれ、一応我が社の商品だからアフターケアも受け持つさ」
素っ気なく言いマドカは顔を背ける。
それがマドカの照れ隠しだと分かり、照秋は微笑ましくなり笑みを浮かべたが、それに敏感に反応したマドカがドロップキックをお見舞いするのだった。
照秋とマドカは簪との用件を済ませると、剣道部が練習を行っている道場へと向かう。
と、突然マドカが立ち止まった。
「マドカ?」
照秋が怪訝な顔でマドカの顔を見ると、マドカは眉間に皺を寄せため息を吐く。
「鬱陶しい、隠れて見てないで出て来い」
マドカがそう言うと、照秋たちが立っている位置からは死角になっている場所から、扇子で口元を隠した人物が現れた。
扇子には『吃驚!』と書かれていた。
「気付いてたなんて、お姉さんびっくり」
「……えっと、確か……生徒会長でしたっけ?」
カラカラと笑いながらゆっくり近寄ってくる生徒会長、更識楯無に驚く照秋。
「なんか用か、異世界人」
「だから! 異世界人じゃないの! れっきとした日本人!!」
プリプリと怒る更識楯無。
先日のマドカの弄りが相当堪えたようだ。
「は? 日本人? ロシア人の間違いなんじゃないのか、生徒会長様よ」
「……たしかにロシア国籍を取得してるけど、でも、私は日本人よ」
顔を顰める更識を見て、フンと鼻を鳴らすマドカ。
「それで日本人でありロシア人でもある異世界人の生徒会長様が何の用なんだ? あ?」
「だからっ! ……もうっ話が進まないわ!」
普段の更識を知る人物が見れば驚きの場面だろう。
更識は基本人をからかうような態度を取り主導権を握ろうとする。
だが今は全く逆で、マドカに言い負かされているのだ。
マドカに散々弄り倒され、反論出来ない更識が、なんだか可哀そうになってきた照秋だった。
「……おほんっ、結淵マドカさん、織斑照秋君に、ワールドエンブリオの関係者として聞きたいことがあります」
真剣な表情で問いかける更識。
ワールドエンブリオという社名を出され、見構える照秋に、面倒臭そうな表情のマドカ。
「簪ちゃんに近付いて、ワールドエンブリオは何が目的?」
途端、殺気を放つ更識に驚く照秋。
マドカは欠伸をしている。
しかし、更識の言っていることがわからない照秋は、首を傾げる。
「目的、とは?」
「あー、テル、こんなバカ相手にするな。さっさと道場に行くぞ、箒も待ってる」
マドカの予想通りの質問だったのか、つまらなそうな顔で更識を一瞥すると、照秋の背中を押してその場を後にしようとした。
「待ちなさい!」
しかし行かせないと、更識は駆け出し照秋の手を掴もうとするが、それはマドカによって阻まれる。
「邪魔するなよ生徒会長様」
「あなたこそ邪魔しないで結淵マドカさん。さあ、簪ちゃんに近付いた目的を言いなさい!」
「うるせーよ、いちいち喚くな馬鹿が。自分たちの悪化した姉妹関係のストレスを私たちに向けんじゃねーよ」
「……っ!?」
どこまで知っているのかと驚愕の表情の更識は、一層マドカへの警戒レベルを高める。
とりあえずマドカは照秋を先に行かせ、自分は残り楯無の相手をすることにした。
対峙し合う二人の間の空気は、決して和やかなものではない。
突き刺さるような、殺伐とした空気が二人を中心に渦巻く。
ここに他の生徒が居合せたら、腰を抜かすほど恐怖しただろう。
そういう点では、人が来ないのは幸いだった。
「影からコソコソ妹の行動見張って、不審者が近づかないか監視。不穏な行動を取る者は制裁を加える。聞くが、それは更識家の任務か? 生徒会長としての仕事か? アンタ個人としての行動か?」
「……それは」
気まずそうに顔を歪める更識に、マドカはさらに追い打ちをかける。
「アンタが
「私にとって信用できるものは、自分の家族だけ。それ以外の者は全て信用しない」
「はっ、その家族に距離を置かれている人間が何をほざく」
「アナタ……!」
感情むき出しに怒りをあらわにする楯無を見て、落胆するようにため息をつくマドカは、仕方ないと呟いた。
「いいだろう、教えてやる。ワールドエンブリオは更識簪の専用機完成をバックアップしろと日本政府から要請を受けている」
マドカの言葉に驚愕する更識。
何故ならそんな話、更識は聞いていないからだ。
日本政府の裏の仕事を請け負っている更識家は、大なり小なりの情報は入ってくる。
まして、IS、しかも自分の身内に関する情報が入らないなどあり得ないのだ。
「日本政府はすでに更識家を信用していない」
「なっ!?」
「当然だろう。日本政府の裏の世界で活動する更識家は、つまり日本政府の弱みを握る機会を多聞に得ることが出来る。だが、その更識家の現頭首は自国ではない、ロシアの代表だ。もしロシア政府から甘言を受け日本政府の機密を漏えいさせる可能性がある。そんな人間を信用すると思うか?」
「ロシアの代表になったのは日本政府の任務で……!」
「たしかに日本政府は更識家にそう言う依頼をした。それは、日本に有益な情報を流させるためだ。しかしアンタは今現在でもロシアから有益な情報を引き出すことが出来ず、IS学園で生徒会長なんぞをのうのうとやり、ギクシャクした姉妹関係の修復に頭を悩ませている。そんな役に立たない現状、信用を得ていると思うか?」
マドカは暗にこう言っているのだ。
更識家は日本政府を裏切り、ロシア政府に寝返ったと。
そんな他国の狗に、国の重要機密を漏らすはずもない。
一応日本政府はIS学園の防衛という任務を与え日本国内への被害を及ぼさないように監視させたが、それはあくまで「第一の枷」としてだ。
「逆に、ワールドエンブリオは世界に先駆け第三世代機の量産に成功し、第四世代機も発表した。日本発祥のISにおいて、IS技術で世界一だという事を改めて証明させた企業であり、信用は絶大だ」
日本政府の一部の政治家、政の中核を担う人間はワールドエンブリオが篠ノ之束の設立した会社であることを知っている。
だからこそ、束のISの技術を信頼しているし、さらに国益になるよううまく誘導しようとしている。
ただ、束はそんな政府の思惑など百も承知で、現状ではあえて多くを口出しせずISの開発にのみ専念しているのだ。
そんな裏の事情を知らない更識家は、日本政府とワールドエンブリがそれほど密な関係だという事を初めて知り、更にマドカにそこまで言われてハッとした。
日本政府が簪のIS完成のバックアップ要請をしたという事実。
その最悪の可能性を。
「簪は人質だ」
更識家が日本政府を裏切らないための、な。
そこまで言って、マドカは口元を三日月のように歪め笑う。
これが、楯無に対する「第二の枷」だ。
事実、日本政府はそういう思惑で要請した。
日本政府は、更識楯無がロシアへスパイとして潜入させたが、ロシアの代表になったことで心変わりし日本を裏切るのではないかと危惧している。
その為の保険として、簪を人質として更識楯無への枷と目論んだ。
だが、それは照秋が簪に対し助力を申し出た後であって、照秋自身はそんな人質などという事は微塵も思っていない。
ただ純粋に簪のIS作成を手助けしたいという思いだけだ。
ワールドエンブリオも簪を人質に取るなどと考えていない。
ワールドエンブリオの社長である篠ノ之束は、ただ単に照秋からお願いされたのと、簪の趣味趣向と思想が自分と似ているから手助けをしているのだ。
日本政府とて、束の機嫌を損ねるような危険な真似はしないから基本束の好きなようにさせている。
もしそれが国益を損ねる行為だったら口出すだろうが、ISの開発に関しては基本自由にさせている、というかさせざるを得ないのが現状であるが。
更にいうと、倉持技研のふがいなさに憤り感じ、簪一人で完成させて不完全なISを完成させるより自分たちがサポートしてより高性能、高品質なISとして完成させたいと思っている。
倉持技研は第二世代機の打鉄を制作した企業ではあるが、現在第三世代機開発が芳しくない。
織斑一夏の白式を開発したが、それでもあまりにもピーキーすぎる仕様であるし、ワールドエンブリオが発表した竜胆の方が性能がいいのである。
さらに第四世代機の赤椿というワイルドカードもある。
もっというと白式に掛かりきりで簪の専用機開発が頓挫するという不名誉な事態まで起こす始末に、日本政府は倉持技研を見切り、ワールドエンブリオを優遇するようになった。
そうすることで束の機嫌を取りつつ、日本のISの技術力の高さを誇示しようというのだ。
「つまり、全てがアンタの自業自得というわけだ。それに対してワールドエンブリオを敵対視するのはお門違いだろう? 私たちはあくまでビジネスを行っているんだからな」
感情など入る余地のない契約、それがビジネスだ。
これほど純粋で、残酷なものはない。
それを、裏の世界で生きている更識家頭首たる更識楯無は嫌というほど理解している。
「現状を打破したいなら、自分の仕事を全うすることだな」
マドカは、先ほどから楯無なら言わなくても理解していることをワザと口に出し非難する。
それが、また楯無の神経を逆なでする。
理解している自分の愚行を、嘲笑うマドカに対し殺意すら抱く。
「ま、頑張ってくれ、生・徒・会・長・様。応援しているよ」
マドカは手をヒラヒラと振り楯無に背を向けその場を後にした。
そんな背中を見つめ、楯無は歯を食いしばる。
全ては自分が蒔いた種。
全ては自分がうまく立ち回れなかった代償。
全ては自分の罪。
だがしかし。
それを享受するほど楯無は利口ではなく、また若かった。
たとえ、更識家頭首として冷静でいなければならなくても、自分を虚仮にし、妹の簪を人質にするというマドカを許すことはできなかった。
「……結淵マドカ」
ギシリと、持っている扇子が握力によって軋む。
呟く声は、感情がこもっていない無機質なものだった。
更識家が長年どれだけ日本に貢献していようが、今貢献していなければ意味はない。
楯無は日本に貢献しているかの見解は所詮政府の見方なのです。
板挟みの楯無、頑張れ。