メメント・モリ   作:阪本葵

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第39話 マドカと楯無

昼食時、セシリアの一言がその日の騒動の始まりだった。

 

「はあ? 私と生徒会長様の試合だぁ?」

 

マドカは眉根を寄せ不愉快を隠すことなくセシリアを見る。

 

「ええ、先ほどの休み時間にスコール・ミューゼル先生が生徒会長と廊下で話をしているのをたまたま聞きまして」

 

「知らんな」

 

バッサリと切り捨てるマドカに、箒と照秋は「相変わらずブレない奴」と妙に感心していた。

ちなみに、4人は食堂の丸テーブルに座り、照秋の両隣を箒とセシリアで固めている。

 

「そもそも生徒会長様と戦う理由がない」

 

「勝てばIS学園の生徒会長になれますわ。IS学園の生徒会長は学園内最強の称号でしてよ?」

 

「興味ないね」

 

素っ気なくいい、マドカはスプーンでカレーライスを口に運ぶ。

取りつくしまのないマドカの返答に、セシリアでさえ苦笑してしまった。

 

「そもそも、生徒会長なんかになったら生徒会の仕事が回ってくるだろう? 私の仕事はテルと箒の護衛だからこれ以上仕事が増えるのは勘弁だ」

 

そんなマドカの言い方に、照秋はつい聞いてしまった。

マドカの背後に立つ人物に気付いていない故に。

 

「それって、マドカは更識生徒会長に勝てるって聞こえるんだけど」

 

「楽勝だね」

 

フン、と鼻を鳴らし言うマドカに、目をむくセシリア。

 

「生徒会長はロシアの国家代表でしてよ? いくらマドカさんであっても……」

 

現状、マドカの肩書はワールドエンブリオ社のテストパイロットであるのと同時に、日本の代表候補生でもある。

各国の事情があるから一概には言えないが、代表候補生というのは相当数存在する。

日本にしても、代表候補生はマドカ、箒、簪だけではないし、IS学園内には他にも数人日本代表候補生が在籍している。

日本だけに限れば、代表候補生は100人以上存在する。

それでも、日本国民1億3千万人のうち、更に女性のみの中で100人に選ばれるというのはかなりすごい事ではある。

更にその中でも国家の代表というのは、数人だ。

代表はIS世界大会が始まると各部門一国に一人、もしくは掛け持ちで選ばれる。

部門とは、狙撃部門、格闘部門、レース部門、演舞部門と多岐にわたる。

それぞれの部門は読んで字の如くである。

 

狙撃部門は長距離射撃を点数で競う。

現代の競技でいうと、射撃、アーチェリー等に当たる。

格闘はあらゆる武器を駆使して闘う。

格闘部門がISでの一番の花形であるが、現代で言う柔道、空手、ボクシングなど一対一の格闘技に当たる。

ルールとして、銃やブレードなど武器の使用が認められているので多種多様な意趣格闘戦が楽しめるのが醍醐味である。

レース部門は設定されたコースを一番早くゴールすること。

現代スポーツでいうならスピードスケートや競輪、陸上競技などである。

イメージ的にはF-1などのモーターレースに近い。

演舞部門は、フィールドで音楽に合わせISで舞い踊る。

スポーツ競技としてはフィギュアスケートや新体操などであろう。

ISは所詮スポーツ競技である。

たとえ、装備に銃器や最新鋭の兵器があったとしてもだ。

アラスカ条例というISを兵器転用を禁ずる条約があったとしても、かならずIS=兵器を結びつける者はいる。

事実、各国ISを軍事利用しているのだ。

ただ、各国ISを使用して攻め込まず自衛手段としているという言葉を発表し、IS委員会はその言葉を額面通り受け取り黙認している。

しかし、少しでもIS=兵器の図式を薄めようと、委員会をはじめ各国スポーツイメージ浸透に躍起になっている。

だからこそ、現代スポーツに沿った競技が開催される。

ちなみにであるが、ISの大会はモンドグロッソだけではない。

年間通してのレースや演舞のワールドツアー、格闘などは世界各国で頻繁に行われている。

 

ロシアという大国で、更識は国家代表に上り詰めた。

国家代表とは、それはつまり国の頂点、国の最強ということだ。

 

「たかが国家代表だろう?」

 

マドカのあまりの尊大な言葉に絶句するセシリア。

そして絶句したと同時に、あっと声を詰まらせ驚きの表情に変えた。

マドカは何故セシリアがそういう表情を理解しているのか、こう言葉を続けた。

 

「そう思わないか、生徒会長様?」

 

その言葉を聞いて、照秋と箒がギョッと目を見開きマドカの背後を見た。

そこには、にこやかにほほ笑む件の人物、IS学園の生徒会長更識楯無が立っていた。

 

「そうね、たかが国家代表(・・・・・・・)ね私は」

 

楯無の笑顔を見て、照秋は何故か冷や汗をかきながら楯無と目を合わせないよう俯く。

本能的なものだろう、隣で箒も俯き顔を青くしている。

 

「なあ……あれ、絶対怒ってるよな?」

 

「……言わないでくれ。頼むからあの突き刺すような殺気で察してくれ照秋」

 

「……これが修羅場というものですか……たしかにこの空気、耐えられませんわ……」

 

セシリアも、冷や汗を流し俯き呟くのだった。

 

「なら、たかが国家代表の試合の申し出を受けてくれるわよね?」

 

更にニコリと微笑む楯無に、箒とセシリアは小さく「ひぃっ」と悲鳴を上げた。

照秋も「うわぁ」と声を漏らす。

そんな楯無の発する突き刺すような殺気に、マドカは何でもないようにカレーを口に運びこう言い放った。

 

「ヤダね」

 

「あら、そこまで大口を叩いておいて、逃げるの?」

 

楯無はマドカの返答が想定内であったようにせせら笑い、口元を扇子で隠す。

扇子には「腰抜け」と書かれていた。

そんな挑発にも、マドカはフンと鼻を鳴らしていなす。

 

「何とでも言え。第一にアンタと戦う理由が無い。第二に、私にメリットが無い。第三に面倒臭い。第四にうざい、関わってくるな」

 

最後の方の言い分に、ひきつる楯無。

しかし、気を取り直して胸を張る。

 

「あら、理由ならあるわ。私は生徒会長だから、生徒達の実力を把握しておく必要があるの。特に、代表候補生たちの実力は防衛の観点からも知らなければならないわ。第二のメリットもあるわよ。私に勝てば生徒会長になれる。学園最強になれるのよ? 第三と第四は我慢なさい」

 

最後の方は楯無も答えるのに面倒臭くなったのだろう、端折ってしまった。

 

「さっきも言ったが、そんなものに興味はないし、仕事が増えるだけだ。私としてはデメリットばかりだ。そもそも、たかが”いち学園の最強”を名乗って何が嬉しいんだ?」

 

楯無の笑顔にピシリとヒビが入る。

ここまでマドカに侮辱され、楯無は笑顔でいられない。

自分が学園を守っているという自負があり、誇りを持って職責を担っているのだ。

もう我慢ならないと、マドカにひとこと言ってやろうかと思ったとき、マドカが手で制してきた。

 

「スマン、会社から電話だ」

 

バイブ機能でブルブル震える携帯電話を見せるマドカに出鼻をくじかれた楯無は、とりあえずマドカが電話に出るのを了承した。

 

「もしもし、ああ社長か。……あ? 見てた? アンタなあ……ああ……ああ………ほう」

 

不機嫌そうに電話に出ていたマドカが、突如ニヤリと笑った。

 

「わかったよ。社長の要望通り動いてやるよ。ああ、じゃあな」

 

電話を切り、マドカは楯無を見て言う。

 

「気が変わった。アンタとの試合、受けてやるよ」

 

「あら、どういう心境の変化かしら?」

 

意外にも簡単に一転して試合の申し出を受けるマドカに、楯無は逆に訝しんだ表情を向ける。

 

「なに、丁度ウチの新商品が完成して稼働テストをする必要が出来た。いやあ、ありがたいね、まったく丁度いいタイミングだ」

 

にこやかに、しかし悪意あるいびつな笑みを浮かべるマドカに、楯何のコメカミがピクピク痙攣する。

マドカの言う真意とはつまり、稼働実験の練習台になれということだ。

 

「……私が相手でその新商品の稼働テストの役に立つかしら?」

 

皮肉を込めて、しかし努めて笑顔の楯無だがしかし、マドカの次の一言でその笑顔はとうとう凍りつく。

 

「慣らし運転にもならんだろうが贅沢は言わんさ、まあアンタで妥協しようじゃないか」

 

楯無の表情だけでなく、周囲の空気も凍りついた。

 

そして、照秋、箒、セシリアはそろって俯き心の中で叫んだ。

 

(勘弁してくれー!)

 

 

 

 

放課後になり、マドカと照秋、箒、セシリアそしてスコールは第2アリーナのピットでISの調整を行っていた。

昼にマドカが言っていた新商品を[竜胆]に装備させているのだ。

 

「それが新商品か?」

 

照秋はマドカが調整しているISの装備を見て興味津々だ。

 

「ああ、竜胆の新パッケージ[鳳仙花(ホウセンカ)]だ」

 

「新たな第三世代パッケージですの!?」

 

セシリアが驚くのも無理はない。

そもそも第三世代機はイメージ・インターフェイス搭載機を目的としている分、固定武装である機体がほとんどであり、そうするしかない技術の限界があったのだ。

だが、竜胆の最初発表されたときのコンセプト、[換装可能な特殊兵装]という言葉を思い出し、納得すると同時にワールドエンブリオの技術力の高さに戦慄した。

パッケージ[夏雪]の時は両肩と背中に合わせて8枚ある西洋剣のような攻撃的な突起と、従来のISよりシャープなラインが特徴的な藍色の騎士の様なシルエットだったが、現在の[鳳仙花]は全くの真逆で、肩のアンロックユニットは存在せず、バックパックとして2門の大型砲が搭載、さらに両腕両足が夏雪とは真逆のゴツゴツしたマッシブなシルエットで濃赤色に変更となっている。

 

「夏雪とは格好も色も真逆だな」

 

箒が興味深そうに鳳仙花を装備した竜胆を見る。

 

「竜胆はパッケージ換装が可能なISだから、それぞれのパッケージがそれぞれに特化している分いろいろ飛び抜けた装備が可能なんだ」

 

そう言いながら手を休めずキーボードを凄まじい速度で叩くマドカは、口元が三日月のように歪み誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「こりゃあいい」

 

 

 

 

準備が整い、マドカはアリーナへと飛び立つ。

アリーナ中央にはすでに、自身の専用IS[霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)]を纏った更識楯無がいた。

ミステリアス・レイディは既存のISより装甲が少なく、シャープなシルエットとなっている。

そんな装甲の少なさをカバーするように左右一対で浮いている「アクア・クリスタル」というパーツからナノマシンで構成された水を展開し防御するようになっている。

もちろんマドカはミステリアス・レイディの詳細を知り尽くしている。

武器も、特徴も、楯無の癖も。

 

「待たせたな」

 

全く誠意のない謝罪をするマドカに、頬がヒクヒクと痙攣する楯無。

気を取り直し、深呼吸した楯無は努めて笑顔でマドカに話しかける。

 

「それにしてもいいのかしら? 観客がゼロなんて」

 

そう、試合が行われる第2アリーナには一般生徒の観客が一人もいない。

いるのはワールドエンブリオ関係者の照秋、箒、セシリア、スコール、3組副担任のユーリヤ、生徒会所属の布仏虚、その妹の布仏本音、織斑千冬、そして山田真耶のみである。

千冬と真耶に関しては、楯無が無理を言って来てもらった。

最悪、公平性を保ってくれるように、という審判代わりだ。

勿論、ワールドエンブリオ関係者以外は新装備に関する情報を漏らさないという契約書に署名させて、だが。

 

「正式に発表するまで製品を秘密にするのは当然だろう」

 

「まあ、そうね」

 

納得する楯無。

そして、気持ちを落ち着かせるように、もう一度大きく深呼吸した。

昨日の、マドカとのやり取りでわかったことがある。

それは、性格、性質、根本、それらが自分たちが似ているということだ。

人を食ってかかったような態度を取り、相手から主導権を握り有利な状況を作る手段。

深い洞察力。

そして、闇の世界に生きる苦しさを知っていること。

だからこそ、そんなマドカを見ていてイラつく。

まるで、認めたくない自分を見ているようで。

更識家の当主、ロシアの国家代表、IS学園の生徒会長と兼任している楯無は多忙を極める。

そのため、私生活を犠牲にしなければならない。

結果、最愛の妹である簪とのコミュニケーションが不足し、確執が出来てしまった。

しかし、それを理由に仕事の手を緩めるわけにはいかない。

そうすると、ますます簪との距離が開く。

簪は、楯無と比べられ自分の殻に閉じこもる。

それを助けたくても、どう助ければいいのか、どう声をかければいいのかわからない楯無。

自分は最愛の妹と確執が出来ているのに、マドカは照秋たちと仲良く暮らしている、そんな自分の求めるものを持っている同類が妬ましくて。

 

同族嫌悪

 

嫉妬

 

ああ、と納得した。

 

私は――

 

「私はあなたが嫌いよ、結淵マドカさん」

 

はっきり、そう言ってやる。

でも、マドカはその言葉をフンと鼻を鳴らして首をぐるりと回し言う。

 

「そうかい。私はアンタなんかなんとも思ってない」

 

――興味ないね、弱い人間の戯言なんざ――

 

プチっ

楯無の中の何かがキレる。

 

ビ―――ッ!!

 

同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

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