メメント・モリ   作:阪本葵

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第41話 一組の転入生

『申し訳ないわね、せっかく私を選んでくれたのにこちらの都合で会えないなんて』

 

「いえ、気にしないでください」

 

モニタ越しに照秋に謝罪するブロンド美女は本当に申し訳なさそうに肩をすくめている。

彼女はナターシャ・ファイルス、アメリカのテストパイロットを務めている才女だ。

アメリカでは国民的人気で、テレビにも出演し、雑誌でグラビア写真を掲載すれば即日完売、写真集などは初版本がプレミア価格が付いているほどの人気で、近々ハリウッド映画にも出演するらしい。

そういった世俗にまったく興味がない照秋にとってはどうでもいいことだが、そんな態度の照秋がナターシャは気に入ったようだ。

同性も羨む美貌を持ちながらも謙虚な態度は、世の女尊男卑の風潮と離れた彼女は、自分という「個」をしっかりと確立しているという事だろう。

 

「こうして話が出来ただけでもありがたいです」

 

『あらあら、お上手ね。噂ではハードボイルドだと聞いていたのだけど』

 

「ハードボイルドですか?」

 

『ふふふ、私は好きよ、寡黙な男』

 

「はあ……」

 

こうして和気藹々と話をしているが、本来ならばナターシャは照秋と直接会い親睦を図るという予定だったのだが、アメリカ側の事情でナターシャが国外に出ることが出来なくなったのだ。

理由は詳しくは聞けなかったが、なんでもISの新型開発のテストパイロットのためと、映画出演のスケジュール確認、雑誌の取材、テレビ出演など多岐にわたるという。

お互いに事情があるのは重々承知している照秋は無茶は言わない。

そもそも照秋は初対面の人間と最初からペラペラ話せるほど神経が図太くない。

クラリッサと会うときだって、照秋からすれば難易度はハードモードだったのだ。

それをクロエの手助けがあったとはいえ、無事こなした事を褒めてあげてもいいくらいだ。

だからこそ、今回直接会わずに済んだことを内心ホッとしている照秋だった。

 

『とはいえ、聞いてはいたけどまさかスコールが本当にIS学園にいるなんてねえ』

 

しみじみ言うナターシャ。

その表情は懐かしいという感情と、思い出したくないという感情がない交ぜになったような複雑な表情だった。

 

『突然いなくなったかと思ったらふらっと現れて、気ままに生活して……昔っから変わらないわね。ねえ、あの人に何か変な事されてない?』

 

「変な事、とは?」

 

『たとえば、寝てるところをイタズラされたり、変な噂を周囲に広められたり、地獄のトレーニング強要したり』

 

「いいえ、スコールはとても信頼できる教官であり、尊敬できる教師ですよ」

 

『あらまあ、そうなの。……年を取って丸くなったのかしら……?』

 

散々な言いぐさである。

しかしナターシャの言い分からするに、アメリカ代表候補生時代のスコールは相当好き放題して周囲を引っ掻き回していたようだ。

そんな姿が容易に想像できた照秋は、苦笑するしかなかった。

だが、スコールに一番言ってはいけないワード[年齢]を口走ったナターシャは、瞬間顔をひきつらせた。

なぜなら、いつの間にかモニタ越しの照秋の背後に、にこやかにほほ笑むスコールがいたのだから。

 

「あらあらふふふ、泣き虫ナタルが言うようになったわね」

 

『ス、スコール……居たの……えっと……久しぶり……む、昔と変わらず美しいわ!』

 

「あら、ありがとう。でも、照秋君に会いに来る日が決まったら知らせてね。私も昔馴染みと久しぶりに会えるのを楽しみにしているわ。ええ、本当に楽しみ……じっくり話をしましょうね」

 

真っ黒な笑みを浮かべるスコールに、昔のトラウマが呼び起されたのか涙目になるナターシャ。

照秋は、ナターシャの反応を見て振り向いたらダメだと判断し、スコールの顔を見ないようにした。

 

『た、助けてミスタ!』

 

「すいません、無理です」

 

『男なら抗いなさいよ! か弱い女を助けてよ!!』

 

「か弱い女は陰で人の悪口を言わないわよナタル。ふふふ」

 

『ひいいいいぃぃっ!?』

 

三日月のように口角を上げ笑うスコール。

涙目で悲鳴を上げるナターシャ。

照秋は思った。

 

このお見合い、ダメかも、と。

 

 

 

 

6月に突入し、世間は衣替えの季節となった。

しかしIS学園の制服には衣替えは必要ない。

この制服、高性能な素材で作られており、外気温と体内温度を自動感知し快適な温度を制服の中で保つという優れものである。

さらに、防弾機能を付いており、ISスーツと同じ機能を誇る。

そんな高機能な制服を改造するとか、ちょっと神経を疑うが、それでも機能が損なわれないのだからその技術力はすごい。

無駄にすごい。

まあ、そういうわけでIS学園の生徒は衣替えを必要としない。

勿論、気分を変えるために夏服に変える者もいるが、そこは規則が緩いIS学園であり自由である。

6月は梅雨に突入する季節であり、湿度が高くなる。

海外から入学してきた学生たち、特にヨーロッパやアメリカからの生徒はこの湿気にまいっているようだ。

この前もセシリアが、髪のセットが上手くいかないと箒に愚痴をこぼしていた。

そんな季節の変わり目に、大きなニュースが飛び込んできた。

 

「1組に三人目の男の子が転入してきたって!!」

 

SHR終了後、一時間目の授業が始まるまでのわずかな時間で早々に騒がしく走り回る中国の代表候補生、通称「お祭り女」趙・雪蓮は興奮した様子で叫ぶ。

それに呼応するようにクラスメイト達が騒ぎ始めた。

 

「うそ!? 三人目!? 名前は!? 容姿は!?」

 

「フランスからのブロンド美少年! 名前はシャルル・デュノア君!! 見た目は守ってあげたくなるタイプ!!」

 

「やだ何そのご褒美!」

 

「織斑兄弟は二人ともがっしりした体格だから、華奢なデュノア君がお姫様抱っこされちゃう!?」

 

「ブロンド貴公子がたくましいサムライに守られて、やがて夜の異文化交流……日本の正宗が勝つのか、ヨーロッパのデュランダルが勝つのか……!?」

 

「夏の薄い本が分厚くなるわー!!」

 

「……こいつらの想像力スゲーわ。逆に感心するわ」

 

騒いで飛び出す単語に、ドン引きのマドカ。

照秋は、そういったクラスメイト達の言っている()の用語や思想についてクロエのおかげで理解できたので、頼むから自分を薄い本にしないでくれと懇願。

そんな困り顔の照秋を見て、変な性癖をこじらせて背筋がゾクゾクし恍惚とした表情を浮かべる腐に属するクラスメイト達。

このクラスはちょっとヤバいかもしれない。

ちなみに、箒は照秋の手前呆れたような顔でいたが、実は密かに薄い本を作ると言ったクラスメイトと交渉し、本をセシリアと二冊分確保していたのだった。

しかし、照秋はふと疑問に思った。

自分や一夏はISを操縦できると発覚してから世界中が騒いだのに、今日転入してきたシャルル・デュノアに関しては全く騒がれていなかった。

まして、前情報すらなかった。

フランス政府からすれば、自国から男性操縦者が発見できれば色々なことが有利になると思うのだが、どうして隠していたのだろうか。

 

「あと、もう一人ドイツから転入生も1組に編入されたって」

 

ものすごくついで感のある情報である。

だが照秋からすればこちらの方が気になった。

実は、照秋はクラリッサとの顔見せ以降、ほぼ毎日ネットでテレビ電話を使い連絡を取り合っている。

今日はこんな訓練をした、こんな練習をした、ISのここがわからない、ISでの動きでココがキツイ、あーあるある、といった何でもない内容だ。

そんな中でクラリッサがこう言っていた。

 

『近々我が黒兎(シュヴァルツェ・ハーゼ)部隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐がIS学園に編入される』

 

だから、IS学園でサポートは頼む、と。

照秋は快諾した。

 

「名前はラウラ・ボーデヴィッヒさんっていうらしいよ」

 

ビンゴだ。

どうやら、ドイツはIS学園に無理を言って急遽ラウラ・ボーデヴィッヒを転入させたらしい。

本来なら照秋の婚約者となったクラリッサを送り出し親睦を深めてほしかったらしいが、様々な理由でラウラを転入させることになったそうだ。

そしてフランスも、男性操縦者を早急に保護するという理由でIS学園に無理やりねじ込んららしい。

しかし、そんな無茶な要求を通してしまうIS学園は、結局ノーと言えない日本気質なのかもしれない。

治外法権はどこに行ったのだろうか?

 

「ドイツの代表候補生だな」

 

マドカが教科書をトントンと机で揃えながら言う。

 

「ちなみにシャルル・デュノアもフランスの代表候補生だな」

 

「さすが情報屋マドカ! 何でも知ってるね!」

 

「おい待てなんだそのあだ名やめろ」

 

「じゃあWikiマドカで」

 

「もっとやめろ!」

 

クラスメイトに弄られるマドカは怒っていように見えるが、まんざらでもないようにも見える。

 

――良かったな、友達が増えて――

 

照秋がそう思った瞬間、顔を真っ赤にしたマドカのジャーマンスープレックスが炸裂したのだった。

 

 

 

マドカのジャーマンスープレックスによって授業中の記憶が曖昧な照秋は、箒とセシリアに連れられるように食堂へと向かっていた。

 

「いきなり織斑一夏の頬を叩いてましたわよ、彼女」

 

「なかなかエンキセントリックな自己紹介だな」

 

「わたくし、織斑一夏が頬を叩かれてポカーンとしている顔を見れて満足ですわ」

 

「なんと、私も見たかったな」

 

女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、照秋は箒、マドカ、セシリアの三人の会話に入り込めず黙々とカレイの煮付けをほぐしていた。

そんなテーブルにツカツカと一人近付き、前で立ち止まった。

 

「織斑照秋だな」

 

誰だ?

そう思って顔を上げると、そこには銀髪を無造作に伸ばし、左目に黒い眼帯を付けた小柄な女生徒がトレイを持って立っていた。

照秋は、彼女の眼帯を見てピンときた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

相手がラウラ・ボーデヴィッヒだとわかるとセシリアと箒が警戒する。

まさか、一夏だけで飽き足らず、照秋にもビンタを見舞おうとしてるのではと思ったのだ。

だが、本来一番に警戒の体制を取るはずのマドカがまったく無反応にうどんをすすっているのだ。

 

「相席、いいだろうか」

 

「構わんさ、ここは指定席じゃあないからな」

 

「ありがとう」

 

素っ気なく言うマドカに対し、素直に礼を言うラウラ。

そんな謙虚な態度に、転入挨拶時の突飛な行動を取ったときと真逆な対応に驚くセシリア。

ラウラはチョコンとセシリアの隣に座り、皆の顔を見渡し、小さく息を吸い込む。

 

「まずは自己紹介をしよう。私は今日から1年1組に配属された、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍のIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長、階級は少佐で代表候補生だ。クラリッサ・ハルフォーフ大尉の上官でもある。よろしく頼む」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げるラウラに、つられて皆頭を下げる。

そうして自己紹介を続け、全員の紹介を終えると、ラウラはトレイに乗せていたサンドイッチを口に運ぶ。

そこで、隣でラウラをまじまじと見ているセシリアは、朝のSHRの紹介の時とは雰囲気が違う事に違和感を感じた。

 

「クラスにいるときとは雰囲気がまったく違いますのね」

 

「ん? ああ、クラスの弛みきった人間ばかりに気が立っていてな」

 

「ま、最初はそんなもんだ。所詮15歳の小娘の集まりで、つい最近まで一般人だった奴がほとんどだからな。ISの机上、実技だけでなく用途や有用性、危険性も学ぶのがこの学園なんだからな。三年間で気概を持ってくれればいいって算段なのさ」

 

「むう、気の長い話だな……」

 

「それくらいじっくり刷り込んでいけば、いい洗脳になるだろうさ」

 

「おい洗脳とか言うな怖いぞ」

 

女子が一人増えたことで、さらに姦しくなったテーブル。

やはり照秋は会話に参加せず、再び黙々とカレイの煮付けをほぐしていく。

 

「ところで織斑照秋」

 

突然、ラウラが照秋に話しかける。

なんだ、とラウラを見る。

 

「クラリッサとはどうだ?」

 

「……どう、とは?」

 

「いや、上手くいっているのかと些か心配でな」

 

なんだか姑のような言い回しをするラウラは、クラリッサより年下ではあるが部隊では上官にあたる。

だから、部下であるクラリッサと照秋との関係が気になるのだろう。

 

「毎日連絡を取り合ってますよ」

 

「そうか、さすがクラリッサの『嫁』。コミュニケーションを欠かさないのは加点だな」

 

「……嫁?」

 

「ん? 日本では気に入った者を『俺の嫁』と言うのではないのか?」

 

「……まあ、一部では」

 

「ならば問題ないな。クラリッサは日本から帰ってから花嫁修業をしているぞ」

 

「なに!?」

 

花嫁修業という言葉を聞き立ち上がる箒とセシリア。

 

「ぐ、具体的に何をしているんだ!?」

 

「料理だな」

 

「り、料理、か……」

 

「料理……」

 

箒もセシリアもさして料理経験がなく、頭を悩ませる。

花嫁修業など考えていもいなかった二人は危機感を覚えた。

 

「最近はポテトサラダやハッケペーターにハマっているな」

 

「ハッケペーター?」

 

「ドイツの伝統料理なのだが、ベルリン方言だからわかりにくいか。メットブロートヒェンと言えばわかるか?」

 

「ああ、メットか。あれは美味いな」

 

「うむ、クラリッサの作るハッケペーターは絶品だぞ」

 

マドカはメットブローヒェンと聞いてわかるようだが、照秋はわかるはずもなく首を傾げる。

ハッケペーターとは、豚の生肉をひき肉にし塩やコショウ、ハーブで味付けをし生の玉ねぎを載せた食べ物だ。

それをパンなどに乗せ食べるのがポピュラーである。

へえ、と頷く照秋だが、クラリッサが花嫁修業をしているなど本人から聞いたことが無いので首を傾げる。

それを察したラウラがこう言った。

 

「クラリッサは内緒にして驚かせたいみたいだったな。日本では何と言うんだったか……ああ、そうだ。『ツンデレ』だ」

 

「それ違う」

 

「む、そうか?」

 

コテンと首を横に倒すラウラ。

そんなラウラを見て、照秋はなんか聞いてた人物像と違うと思った。

クラリッサからは、とても厳しい隊長で規律を重んじる人だと聞いていたが、結構フランクな印象を受ける。

マドカはラウラのそんな態度に心当たりがあった。

それは、ワールドエンブリオとの良好な関係を築くという目的だ。

そのためには照秋たちの機嫌を取り、なんとか技術提携、もしくは協力を得ようという事だろう。

だが、それだけでなくラウラはクラリッサのために努めて柔らかな態度で接している。

クラリッサの幸せのために、良好な関係を築きたいという願望があるのだ。

 

「クラリッサさんのこと気にしてるんですね」

 

「部下の幸せを願うことは当然だろう? 特にクラリッサは我が黒兎部隊の副隊長だ。頑張ってきた彼女には幸せになる権利がある」

 

だからこそ、私は彼女の応援をするし、そのための援助は出し惜しみしない。

そう言ったラウラの目は嘘偽りのない純粋な眼差しだった。

 

そんなラウラの姿勢に感心した照秋たちは、その後もラウラの事やクラリッサの事、様々な事を話しながら昼食を採るのだった。

 

 

 


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