メメント・モリ   作:阪本葵

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第42話 シャルル・デュノアとの出会い

放課後になり、いつも通り照秋と箒は剣道部の部活動に参加し、その後ISの訓練をマドカとセシリアを交えて行うという馬鹿の様な練習量をこなした照秋と箒。

箒はフラフラになりながら部屋に帰ったが、照秋はその後に立木打ちを行うために再び剣道場の裏手に回り一人打ち付けた丸太の前に立ち気合いを入れる。

 

「ちぇええええええぇぇぇぇいっ!!」

 

丸太に一息で木刀を袈裟斬りの形で左右から絶え間なく打ち込む。

一息打ち終わると一歩下がり、再び気合いを吐き打ち込む。

これを照秋は六千回打ち込み終えるまで続ける。

中学時代から一日たりとも欠かさずこなしてきた練習は、どれだけ疲れていようが行わなければ気持ち悪いという生活の一部にまで溶け込んでいた。

丸太の打ち付けた左右から煙が出て、照秋の体からも大量の汗と共に湯気のように熱気が立ち昇りあふれ出る。

汗が飛び散り土を濡らす。

打ち込み踏ん張る足元の土が抉れる。

大きく荒れる息遣いに崩れそうな膝、重く上げるのもつらい腕、しかしそれでも止めない。

 

しばらくしてようやく目標の六千回を打ち終えると、道場の壁にもたれ座り込んだ。

そして素早く息を整え、自分のカバンからタオルとスポーツドリンクを取り出そうと腰を持ち上げようとした。

そこに一人の人物がタオルを差し出してきた。

 

「はい、どうぞ」

 

聞きなれないハスキーな声に、照秋は顔を上げその人物の顔を見た。

ブロンドの髪に、柔らかな笑顔を照秋に向ける女性。

全体的に小柄な体格でIS学園では珍しいタイトなパンツを穿いたその人物を、訝しんだ表情で見る照秋。

誰だ?

そう思って見ていると、そのブロンドの女性は慌てて手を振り出した。

 

「あ、ごめんね!? 初対面でいきなり馴れ馴れしくして気持ち悪いよね!?」

 

「え、あ、いや……」

 

「と、とりあえずさ、汗拭きなよ。そのままじゃあ風邪ひいちゃうから」

 

戸惑いつつも、目の前に出されたタオルを受け取り汗を拭く照秋は、ジッとこちらを見てくるブロンドの女性の事を考える。

このIS学園では制服の改造が自由である。

しかし女性ばかりのこの学園で、パンツを穿く人物など自分と一夏しかいない…ああ、ラウラも穿いていたな、とはいえかなり限定されているうえに、今まではそれこそ自分たち兄弟しかいなかったのだ。

そう考えると、消去法で出てくる答えは……

 

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はシャルル・デュノア、今日からIS学園に転入してきた三人目の男のIS適合者だよ」

 

照秋の予想通りの名前が出てきた。

言われなければ女性と勘違いしてしまう容姿だ。

実際先程まで女性だと思っていたのだから、驚きの女顔である。

そこで照秋はふと考える。

シャルル・デュノアはどうして自分に近付いてきたのだろうか。

IS学園内では少ない男同士仲良くしようとか言うつもりだろうか。

……いや、それはありえないだろう。

シャルル・デュノアは1組に編入している。

必然的に一夏と接する時間が多くなるから、まず一夏から色々言われているはずだ。

一夏から聞いた照秋の人物像から嫌悪し、自分たちに近付くなとか牽制しに来たのか?

いや、一夏のことだからもしかしたら逆にシャルル・デュノアにひどい対応をしているかもしれない。

昔から一夏は女の子には優しかったが、男に対しては自分の意にそぐわない奴は相手にしないか叩きのめしていた。

照秋の中では一夏の評価はそれほど底辺だった。

 

「俺は織斑照秋だ。まあ、一夏から色々聞いていると思うが」

 

「あ、うん……」

 

気まずそうな表情のシャルル・デュノア。

一夏は相変わらずのようだ。

 

「で、俺に何の用だ?」

 

「いや、たまたま歩いてたら君を見かけて。それで、せっかく世界に三人しかいない男性操縦者同士なんだから、仲良くしようと思って。でもなかなか丸太に打ち込むのを止めないから待ってたんだ」

 

「いつから見てたんだ?」

 

「うーん、30分くらい前かな?」

 

笑顔でそう言うシャルル・デュノア。

まるで女の子と間違うような中世的な顔立ちで、笑みを向ける。

特に裏があるようには見えない。

もしかしたら一夏から何か言われて嫌がらせでもしに来たのかと思ったが、杞憂だったようだ。

 

「そうか。まあ、これからよろしく」

 

「うん!」

 

ものすごくうれしそうに返事をする奴だな、と思う照秋はとりあえず自分のカバンからスポーツドリンクを取り出しゆっくりのどを潤すように口に含む。

スポーツドリンクが体にしみ込み、疲労した体が生き返るような感覚に大きく息を吐く。

 

「ねえ、いつもこんな時間まで練習してるの?」

 

恐る恐る聞くシャルル・デュノア。

それに対し、ああ、と短く答えた照秋は、手に持ったタオルが自分の物ではないことに気付いた。

 

「これは君のタオルか、シャルル・デュノア君」

 

「あ、うん。ああ、僕の事はシャルルでいいよ。君の事、照秋って呼んでいいかな?」

 

「ああ、いいよ。そうか、コレは君のタオルか。すまないな、ちゃんと洗濯して返すよ」

 

「別に気にしなくていいよ?」

 

「他人の汗が染みこんだタオルほど不快なものはないぞ」

 

「はは、わからなくはないかな」

 

互いにはははと笑い、会話が途切れると照秋は丸太を見つめる。

 

「……俺には才能が無いからな。人の何倍も練習して、人の何十倍も自分を追い込まないと追いつかないんだ」

 

「そんなことないんじゃないかな? その丸太に打ち込む練習といい、ISの操縦も代表候補生とそん色ないくらいの技量じゃないか」

 

「だから妥協して手を抜けと?」

 

「いや、上を目指すのはいいことだけど、それでも無茶しすぎじゃないかなーって思って」

 

「これくらいで壊れるような鍛え方はしていない」

 

「あはは……聞いてたとおりの脳筋だー」

 

あきれ果てるシャルルの呟きは照秋には聞こえなかった。

 

 

 

シャルルと別れ、自室に戻りシャワーを浴びた照秋はいつものメンバーである箒、マドカ、セシリアたちと夕食を採る。

照秋は朝昼夕すべてしっかり食事を採る。

今も照秋の目の前にはトンカツやステーキなどの肉料理と野菜が大量に置かれている。

採らないと体が保たないし、食べた分練習で消費してしまうからだ。

だからか、照秋はいままで太ったことが無い、というか食べないと痩せてしまうのだ。

それを聞いた箒とセシリアは妬みの眼差しを向ける。

 

「くっ……何と羨ましい消化器官だ……」

 

「食事で悩みが無いなんて、女の敵ですわ……」

 

そうつぶやく二人は最近悩みの種が出来た。

それは、照秋の練習ペースに合わせた結果、筋肉が付いてきたという事である。

 

「……最近、腹筋が目に見えて割れてきてな……」

 

「わたくしも、肩から腕にかけてマッシブになってますの」

 

適度な筋肉はいいのだ。

だが、女性の美しさというのはさらに適度な脂肪も必要となる。

別に二人は筋肉美を求めているわけではない。

あくまで女性らしさの中の美しさを求めているのだ。

しかし、このままではISで国家代表になる前にボディビルで頂点にいくかもしれない。

箒とセシリアは大きくため息を吐くと共に、照秋との練習は適度に会わせるだけに留めようと申し合わせるのだった。

ちなみにマドカは最初から照秋の無茶な練習に付き合ってはいないので二人の様な悩みはない。

強いて言えば、伸び悩む身長と胸だろうか。

だからか、マドカは密かにキャベツと牛乳を毎日欠かさず採っているのだが、誰もそこにはツッコまない。

 

「ところでテル、今日シャルル・デュノアと会っていたな」

 

どこから見てたんだと突っ込みたくなることを言い出すマドカに、照秋はああ、と頷いた。

 

「奴はデュノア社の関係者だ」

 

「デュノア社……ああ、フランスのIS企業だな。そうか、そういえば同じ名前だな」

 

そう答える照秋だが、隣に座るセシリアは何やらハッとした顔をしていた。

マドカが何を言わんとしているのかわかったのだ。

 

「なるほど……イグニッションプラン、ですわね」

 

察しの良いセシリアに満足そうに頷くマドカは、話を続ける。

 

「今欧州連合では統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機の選定中だ。今のところトライアルに参加しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型で、3国の中でも実用化で群を抜いてリードしているのがイギリスだ。しかし、まだ正式決定するに至らず各国凌ぎを削っている状況にあって、そのための実稼働データを取るのにセシリア、ラウラが代表候補としてIS学園に転校してきているんだ」

 

「ほー」

 

「なぜイギリスがリードしているかはわかるか?」

 

ウチ(ワールド・エンブリオ)が技術協力して能力向上したからか?」

 

「そうだ。以前のティアーズ型の欠点は、BT兵器の適性者に限定されるというところと、恐ろしく集中力を必要とする武装だったんだが、その問題が解決し、さらに基本スペックも元より3割向上、はっきり言ってスペックのみで3国が競えば間違いなくティアーズ型が選ばれるだろう。それでもまだ決定しないのは欧州連合でもまだトライアルに参加表明をしながらも試作機を発表できていない国が止めているからだ」

 

「そのうちの一国がフランスのデュノア社ですわ」

 

「デュノア社は量産機ISの製造販売シェア世界第三位ではあるが、それは第二世代機のラファール・リヴァイブでのことだ。世界は第二世代機から第三世代機へとシフトチェンジしている。デュノア社はその世代交代の波に乗れていないんだ」

 

技術というものは日進月歩であり、第二世代機はいずれ過去のものとなる。

実際はデュノア社も第三世代機開発に着手してはいるのだが、成果が芳しくなくフランス政府からも最後通告を受けてしまっており、第三世代機を開発できなければ政府の公認を解き、さらに資金援助を打ち切るとまで言われている。

 

「もともとIS企業として設立当初から技術・情報力不足に悩まされているという話は有名だからな、未だ生産できるISが第二世代止まりであることで政府から尻を叩かれて経営危機に陥っているってのが実情だ」

 

デュノア社が生き残る術は、他者への身売りが一番堅実であるが、デュノア社は最後に逆転できると信じて足掻いている。

だが、デュノア社にはその技術力がなく、可能性はほぼゼロである。

 

「世知辛い……」

 

世間の波に乗れない遅れた企業ってのは辛いもんだなあ……

そうつぶやく照秋だったが、そもそもなんでこんな話になったのか首を傾げる。

 

「その経営危機とシャルル・デュノアの転入が何か関係があるのか?」

 

「そもそも、なぜこの時期に第三の男性操縦者が転入してくるかが問題だ」

 

「何かおかしいのか?」

 

首を傾げる照秋と箒。

それを見て、呆れるマドカ。

 

「ちょっとは考えろよ。あのな、シャルルデュノアはデュノア社のテストパイロット兼フランスの代表候補生だ。これがどういう意味かわかるか?」

 

マドカから出された問題に頭をひねる照秋と箒。

セシリアは既にピンと来たのか、なるほどと声を上げる。

そして、照秋が呟く。

 

「……代表候補生になれるという事は、操縦技術が高いという事だよな?」

 

「そうだ。それから?」

 

マドカは、ニコリと笑い箒を見た。

 

「……つまり、技術を磨こうとするなら、それ相応にISの操縦時間が必要だという事だよな……あ、そうか」

 

箒は、ポンと手を叩く。

 

「そう、操縦技術が高いという事は、それだけ操縦時間が必要だという事だ。セシリア、お前で入学する前までの操縦時間はいくらだった?」

 

「わたくしは300時間を超えてましたわ」

 

「セシリアを基準に考えたとして、センスがある奴でも代表候補生になるには300時間必要だとする。一日2時間換算だと、150日必要なわけだ。逆算すると、約5ヶ月前……つまり1月だ。これは、織斑一夏が発見される前にはすでにISの訓練を行っていたという事になる」

 

あくまで仮定の話だから一概には言えんが、と付け加えるマドカ。

 

「デュノア社が隠していた、ということですの?」

 

「さあな。そこまでは知らん。もしかしたら本当の天才で、もっと操縦時間が短いのかもしれんし、それ以外の要因で代表候補生になったのかもしれん。だが、転入するタイミングといい、それまで男性操縦者という存在をまったく世間に公表していないことといい、不審な点が多すぎる」

 

実はマドカはシャルル・デュノアについて調べがついており、全て把握しているのだがそれは今は秘密にしている。

いずれ切るかもしれないジョーカーは、最後まで隠しておくものだ。

 

「それに、デュノア社の目的があからさまだからな」

 

「目的?」

 

「デュノア社の正式コメントは『第三世代機開発をより高いレベルを確保するため』だそうだが、デュノア社は第三世代機を開発できてない。私の調べでは基礎骨格はおろか、第三世代機兵装の開発もままならない状況だ」

 

超重要機密無視のマドカ情報に、どこからそんな重大な情報仕入れるんだと驚くセシリア。

だがこれはイグニッションプランに参加している国からすれば看過できない情報である。

まさか、デュノア社の第三世代機開発がブラフだったとは。

 

「で、本当の目的は、綺麗な言い方をすれば他国の第三世代機の調査、ダイレクトに言えばスパイをして第三世代機のデータを盗み出しデュノア社で第三世代機製作に役立てる、だな」

 

「それで、シャルル・デュノアは照秋に近付いた、ということか?」

 

「可能性は極めて高い。事実、以前会社の方にデュノア社から技術提供の打診があったそうだ」

 

当然突っぱねたがな、とマドカは言う。

 

「何が技術提供だ、上から見下したような条件出しやがって。何が自社の技術力を我が社なら長年培ったISのノウハウでより良いISを開発できるだ。何が竜胆の製造を請け負うから、代わりにラファール・リヴァイブでの販売ラインを活用していいだ。ウチの技術をタダで盗む気満々じゃねえか! 中国といいデュノア社といい、ワールドエンブリオなめんじゃねーぞ!!」

 

えらくご立腹なマドカである。

 

「ところで、ワールドエンブリオはヨーロッパに拠点を置きイグニッションプランに参加しませんの?」

 

セシリアがそんな質問を投げかけてきた。

 

「それは国の威信がかかってるだろう? ウチの社長はお国の威信だなんだと、そういった話が嫌いでな。確かにヨーロッパだけじゃなく世界各国で拠点を日本から我が国に変更を! なんて話はわんさか来てる。社長は愛国者ってわけじゃないが、それでも日本が一番住みやすいって理由で勧誘をすべて突っぱねてんだよ」

 

「変わり者ですわねえ」

 

なんだかしみじみ言うセシリア。

 

「ああ、実際変人だ」

 

「まあ、いい人ではあるよ。変人だけど」

 

「そうだな、家族思いなところもある。変人だが」

 

上から順番にマドカ、照秋、箒である。

ちなみに、この会話も当然盗聴しているので、ワールドエンブリオの社長である篠ノ之束はこのナイフのような言葉に「激おこプンプン丸だよ!!」と叫んでいたとか。

 

「まあ、つまりは、だ。様々な事を加味してシャルル・デュノアには気をつけろってことだな」

 

「……そんな裏があるような感じはしなかったけどな」

 

照秋がシャルルと出会った時の笑顔を思い返す。

女の子と間違うような中世的な顔立ちの笑顔は、そんなものを想像させない純粋なものに感じた。

 

「そういった訓練を受けてきたんだろうよ」

 

えらく疑り深いマドカであるが、気を付けることには越したことはない。

照秋は素直にマドカの言葉に従うように頷いた。

 

「織斑一夏の[白式]のデータならいくらでも盗んでもらってもいいけどな。あんなポンコツ欠陥品のデータ、活用できるもんならやってみろってもんだ」

 

「たしかに、近接ブレード一本のみの近接限定なんてわたくしからすればいい鴨ですしね」

 

「よくあれで第三世代と堂々と言えるな」

 

昼食時の会話といい、今回といい、最後まで一夏の評価(さらに白式の評価)は最底辺だった。

 

 


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