メメント・モリ   作:阪本葵

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第45話 動き出す悪意

梅雨で雨が降り続く毎日に、湿気と暗い空に気が滅入りそうなある日、それは密かに起こった。

他生徒には知られない、しかし織斑姉弟が関わり、国をも巻き込む重大事件が。

そして、ある一人の少女の運命が、劇的に変化する重大な出来事が。

 

「ねえ、照秋……ちょっと話があるんだ……」

 

深刻そうな顔でシャルル・デュノアが照秋に話しかける。

照秋とシャルルは、これまであまり接触が無かった。

最初こそあいさつ程度は交わしていたが、日が経つにつれシャルルが近づかなくなったのだ。

だから、シャルルから相談を持ちかけられることに少なからず驚く照秋だったが、もしかしたら一夏には言えないこと、もしくは一夏に何かされたのかと勘ぐってしまう。

読み取れる感情としては、切迫しているというか、緊張しているというか、とにかく何か決心して相談を持ちかけてきたと感じる。

とりあえず、男同士二人きりで話がしたいということで照秋は自室に案内した。

今日は丁度マドカがワールドエンブリオに出向いていないし、箒も剣道部部長と話があると言っていない。

セシリアもISの整備で整備室に行っているから、珍しく一人の時間が多くある。

そんなわけで照秋はシャルルと共に自室へと入る。

 

「緑茶しかないけどいいか?」

 

「あ、うん、お構いなく」

 

椅子に座りソワソワしだすシャルルを一瞥し、照秋は冷蔵庫から緑茶のペットボトルを二本取り出し、一本をシャルルに渡した。

照秋はベッドに腰掛け、シャルルと正対し見つめる。

 

「で、話ってなんだ?」

 

そう話を切り出すと、ピクッと体を震わせるシャルル。

キョロキョロと視線を迷わせ、モジモジと自身の指を動かす。

挙動不審ではあるが、それほど切り出すには勇気がいる話なのだろう。

よく見ると、顔が赤くなっている。

 

「……顔が赤いけど、体調でも悪いのか?」

 

「え!? いや、そんなことないよ!?」

 

慌てて手を振るシャルル。

そう言いながらも、尚も顔を赤くしたり青くしたり、歯を食いしばったりと、明らかにおかしい。

風邪でも引いているのではないかと勘ぐってしまう。

 

「ちょっとジッとしてろよ」

 

「ふぇっ!?」

 

シャルルは素っ頓狂な声を上げた。

照秋はただシャルルの額に手を乗せ体温を測っているだけなのだが。

そして測ってみると、実際シャルルの額からは平熱より高い温度を感じる。

念のため、額だけでなく首筋の動脈に触れ確認するが、やはり温度が高く、心拍数も早い。

 

「おい、風邪じゃないのか?」

 

「あ、あうあうあうあうあー……」

 

照秋の声も届いていないのか、シャルルはあわあわと口をパクパクさせ更に顔を真っ赤にする。

 

「ちょっと待ってろ」

 

そう言って照秋はベッドから立ちあがり、収納スペースにある救急箱を取り出し、中から風邪に関する漢方を探しはじめる。

そのとき、背後からドンッと衝撃を受けた。

抱きついてきたとかの衝撃ではなく、明らかに攻撃としての強い衝撃である。

突然の事で対処できない照秋は、バランスを崩し前のめりに倒れそうになるが何とか踏みとどまった。

しかし、さらに背後から加えられる力によって体勢を崩されてしまう。

足払いされ、倒れそうになったところ、丁度ベッドがあり倒れ込みそうになるが、なんとか背後から攻撃を仕掛けた人物を拘束しようと空中で体を回転させベッドに叩きつけるように押し付け、さらに素早くマウントポジション確保に成功した。

そして、一呼吸置き、ベッドに仰向けになった人物、シャルル・デュノアの上から見下ろすように睨む照秋。

 

「どういうつもりだ」

 

いきなりタックルされるというわけのわからない攻撃をされて怒らない程照秋は心が広くない。

照秋は絶妙なマウントポジションを確保しているので、下からシャルルは反撃できない。

照秋はシャルルを見る。

すると、何か違和感を感じた。

 

なにか、おかしい。

 

シャルルは息と髪を乱し、顔を真っ赤にし目に涙を浮かべている。

揉みあいで外れたのか、制服のボタンが外れ、胸元が露わになり、豊満な胸の谷間が見える。

 

……豊満な、胸?

 

「シャルル……お前……」

 

そう言い言葉を続けようとしたとき、突如ドアを開ける音と、背後からシャッター音が鳴る。

 

「よっしゃー! 決定的証拠を掴んだぜ!!」

 

そこには、勝ち誇ったような笑みを浮かべカメラを構える織斑一夏がいた。

 

 

 

「照秋の強姦現場を激写したぜ! これは言い逃れできないだろう!!」

 

「何を言って……」

 

そこまで言って照秋は言葉を詰まらせる。

そう、シャルルは女だった。

いま照秋はその女であるシャルルを馬乗りになり押さえている。

そんな状態を写真に収められたのだ。

 

「さあ、これでお前の弱みは握った! これをバラされたくなかったら、お前の会社のISデータを寄こせ!!」

 

この状態で高らかに脅迫してくる一夏を睨む照秋。

あまりにも用意周到すぎる手際の良さだ。

そして、照秋は組み伏しているシャルルを見下ろす。

 

「ごめん……ごめんね、照秋」

 

申し訳なさそうな表情で謝ってくるシャルル。

 

嵌められたのだ。

この二人に。

そう思うと怒りが込み上げてくるが、そんなことよりも現状を把握し打破しなければならないと、大きく深呼吸し整理する。

考えろ、考えるんだ。

こういう時こそ冷静になれと、スコールにもマドカにも言われているじゃないか。

突破口は必ずある。

それを見つけ出せ、と。

 

「何黙り込んでんだオラァッ!」

 

「ぐっ!?」

 

一夏が照秋の背中を蹴り、大きく体勢を崩す。

その隙に、シャルルがベッドから這いずり逃げて一夏の背中に素早く隠れる。

 

「よくやったぞシャル。これでデュノア社は潰れねえし、お前も自由だ」

 

「う、うん……」

 

ニヤニヤ笑みを浮かべる一夏とは対照的に、シャルルの表情は優れない。

 

「いままで散々いいようにやられてきたけど、もうお前の好きにはさせねえからな!」

 

「はあ?」

 

一夏の言って意味が分からない照秋は眉を顰める。

 

「クラス対抗戦の時も! 鈴の時も! お前がしゃしゃり出てくるからおかしくなったんだ!!」

 

でも、もうお前の好きにはさせない!

そう捲し立てる一夏。

だが、照秋は一夏の言う事の意味が心底わからなかった。

 

「……意味が分からない」

 

「とにかく、お前に拒否権はねーんだよ! この写真が流出して婦女暴行で捕まりたくなかったら、大人しく俺の言うとおりにしろ!」

 

写真流出という言葉を聞いて、照秋はピンときた。

これは、突破口になるんじゃないか、と。

 

「そんな写真を流出させたら、シャルルが女だってことが世間にばれるぞ」

 

「バラせばいい。そもそもこんなシャルを男装させてIS学園に編入させてデータを盗み出させようと考えるデュノア社と、それを黙認してるフランス政府が悪いんだからな!」

 

一夏はデュノア社の現状と、シャルルがIS学園に転入してきた目的を把握しながら、シャルルの味方についた。

 

「お前の会社のデータさえあれば、デュノア社は潰れないし、シャルも自由になる! 誰も傷付かず解決だ!」

 

誰も傷付かないという中に、照秋とワールドエンブリオは含まれていないようだ。

 

「性別を偽って転入させたデュノア社と、それを黙認しているフランス政府は報いを受けるのは当然だし、お前も因果応報だな!」

 

一夏の説明で、順序がおかしいと照秋は思った。

そもそも照秋はシャルルが女だということを知らなかったのに、突然そんな強姦写真をばら撒き照秋の信用を失墜させるにも、シャルルが女であることを先に公表する必要がある。

 

「お前はシャルが女だと知りつつ、それを脅迫材料にしてシャルに淫らな行為を強要した、そう報告すればいい」

 

そういう設定で照秋を追い込もうとしている一夏とシャルルに、照秋は睨みつける。

かなり作戦を練ってきたのだろう、強引だが写真という脅迫材料がある照秋には今その計画を打破する考えが浮かばなかった。

この女尊男卑の世の中では、いくら男が訴えても女の証言が重要視される。

そうなると照秋の証言は握り潰されるだろう。

しかし諦めずなんとか突破口を見つけようと考える照秋。

それが気に入らないのか、一夏は照秋を再び蹴りつける。

 

「いつから俺をそんな目で見れる身分になったんだ!」

 

その反動でベッドから転げ落ちる照秋を追随する一夏。

照秋は床に転がり亀のように丸まって耐えたが、それでも一夏は蹴り続ける。

何回も、何回も蹴りつける。

 

「ちょっと何やってるんだよ一夏!? やり過ぎだよ!」

 

シャルルが止めるが、一夏はやめない。

 

「昔みたいに泣きわめいて土下座しろ! 俺に許しを請え!!」

 

蹴る。

 

「俺が主人公なんだよ! お前みたいなイレギュラーは物語に邪魔なんだよ!!」

 

蹴る。

蹴る、蹴る。

 

「おら! なんとか言えよ!!」

 

そして、大声で罵倒し照秋の頭を踏みつける一夏。

その顔は、いやらしく、歪な笑みを浮かべていた。

 

「お前なんか! 死んじまえ! この! クズヤローが!!」

 

一夏がそう大きく吠えた時。

 

 

 

「そこまでだ、織斑一夏、シャルロット・デュノア」

 

突然、部屋の入り口から第三者の声がした。

一夏とシャルルが振り向くと、そこにはマドカとスコール、そして織斑千冬が立っていた。

一夏は、これ幸いとばかりに声を荒げ設定した内容を話し始めた。

 

「聞いてくれ千冬姉! こいつ最低なクズヤローなんだ!」

 

嬉々とした表情の一夏に対し、千冬は苦虫を噛み潰したような表情で一夏を見る。

 

「こいつ、シャルルを……」

 

「黙れ、一夏」

 

突然話を止めようとする千冬だが、一夏は止まらない。

 

「何言ってんだよ!? こいつの悪事が公になるんだぜ!?」

 

「黙れと言っている」

 

狼のような鋭い視線で一夏を睨み、無理矢理一夏を黙らせた千冬は、ゆっくりと床に丸まっている照秋に近付いた。

そして、やさしく抱きしめた。

 

「すまない……すまない、照秋……」

 

謝り続け、声が震える千冬は、照秋をゆっくりと態勢を整えさせ痛む身体を労わりながら動かしベッドに座らせる。

頭を踏みつけられたからか、照秋の額から血がダクダクと流れ白い制服を赤く汚していた。

千冬は急いで持っているハンカチで傷口を押さえ、近くに落ちていた救急箱から応急処置出来るものを探す。

甲斐甲斐しく照秋の手当てをする千冬を尻目に、スコールとマドカは一夏とシャルルを睨んだ。

 

「いったい、どういう理由で照秋君があんなケガを負う状況になるのかしら?」

 

スコールは冷たい眼差しで一夏を見る。

背筋がヒヤリと寒くなるような錯覚を覚えた一夏だが、こちらには決定的証拠があるからと、強気に言い放つ。

 

「このクズが、シャルルを襲ったんだ」

 

「へえ」

 

特に驚くこともなく、素っ気ない相槌を打つスコールにイラっとする一夏は、さらに吐き出す。

 

「コイツは、シャルルが女だと知っていてそれを脅しの材料にして襲ったんだ!」

 

証拠もある!!

 

一夏は、どうだ! といわんばかりの態度で先ほど撮った写真を見せつける。

それを見たスコールとマドカは、フンと小さく鼻を鳴らし笑った。

 

「言いたいことはそれだけかしら」

 

「はあ?」

 

一夏はスコールの言っている意味がわからなかった。

 

「言いたいことがあれば、もっと言っていいのよ?」

 

ニコリと笑うスコールだが、一夏はその笑顔を見て声を荒げた。

 

「あんたら状況理解してんのか? コイツが強姦魔で、その証拠を押さえてるって言ってんだよ! この写真ばら撒けば、コイツの人生終わりなんだよ! 俺がコイツの生殺与奪権を握ってんだよ! わかってんのか、ああ!?」

 

もはや、チンピラのような脅しである。

そんな一夏の態度が滑稽で、哀れで、スコールはため息をついた。

 

「あなた、バカね」

 

「ああ!? 何言ってんだコラ!」

 

あくまで主導権を握っているのは自分だと思っている一夏は、教師であるスコールに掴みかからん勢いで歩み寄る。

しかし、次の言葉で一夏は凍りついた。

 

「この部屋には、あらかじめ監視カメラと盗聴マイクが設置されているのに気付かなかったの?」

 

「……え?」

 

一夏は、スコールの言葉を理解するのに時間をかけ、ゆっくり考えた。

 

そして、理解すると、ドッと冷や汗を流し、顔を真っ青にした。

そう、理解したのだ。

今まで自分が強気に出て脅していたことも、照秋に暴行を働くキッカケも、照秋とシャルルが何故そんな押し倒すような態勢になったのかも。

それら全てが、見られていた、聞かれていた。

全て知っていたうえで一夏に言いたいことを言わせたのだ。

 

「よくもまあ、こんな美人局(つつもたせ)みたいな計画考えたわね」

 

スコールはため息交じりに一夏を非難する。

一夏は、ガタガタと体を震わせスコール、マドカの顔を見る。

スコールは、三日月のように口角を歪に吊り上げ、瞳孔の開いた瞳で一夏を見て嗤う。

マドカは、逆に光の灯らない、冷え切った瞳で、無表情に見つめる。

そんな眼差しが恐ろしくなり、一夏は千冬を見るが、未だ甲斐甲斐しく照秋の治療をしており、一夏を見ようとしない。

すがるように背後にいるシャルルを見ると、シャルルも顔を真っ青にして震えていた。

 

「貴様の浅はかな計画なんぞお見通しだ。そしてシャルロット・デュノア、お前のことも調べはついている」

 

マドカが冷たく言い放ち、一夏は焦る。

言い逃れ出来ない。

しかし、なんとかシャルルを助けたい一夏は突破口を探す。

 

「し、調べはついているって言ったか? ……じゃあ、シャルの置かれている状況を理解してるってことなんだな?」

 

「当然だ。デュノア社の経営危機も、スパイとして男装しIS学園に転入してきた事も、すべて把握している」

 

「なら! なんでシャルを助けるためにISのデータを渡してあげないんだよ!?」

 

「それがビジネスだ。 それに我々がシャルロット・デュノアを助ける理由も義理もない」

 

冷たく言い放つマドカの言葉に衝撃を受ける一夏。

 

「確かに前々からデュノア社から技術提携の打診はあったが、その内容がふざけいていた。デュノア社はワールドエンブリオよりIS事業に一日の長がある。だから自分たちにまかせてその技術を提供しろ。これの意味が分かるか」

 

マドカの言葉を聞いて、流石の一夏もデュノア社の言う事が馬鹿げていることは理解できた。

つまりは、技術だけ渡せと言っているのだ。

だが、一夏はわかっていながらもこう言い返すしかなかった。

 

「……仲良くやろうってことだろう」

 

それを聞いたマドカは、ハッと鼻で笑った。

デュノア社は危機感が足りない。

IS企業としてのメンツを前面に押し出し、新参者のワールドエンブリオから技術だけを搾取しようとするその姑息な対応。

ノーリスク・ハイリターンを求めようと自分たちの現状をまったく理解していない対応。

 

「だから、断った。そうしたら今度はスパイを使って盗み出す、か。さすが世界のシェア第三位の企業様はやることが違うよ」

 

なあ、そう思わないか?

マドカは一夏にそう言うが、一夏は応えることが出来なかった。

一夏の後ろで震えるシャルルも、まさかデュノア社がそんな厚顔無恥な対応をしていたことを聞いていなかったのか驚いている。

マドカは侮蔑の眼差しで無言の二人を見遣り、フンと鼻を鳴らす。

 

「いいか、貴様のやった行為は、恐喝、暴行、さらにスパイ幇助だ。立派な犯罪だな、ええ、おい?」

 

「自分の会社で第三世代機が開発出来ないから、他者のデータを盗んで活用する。これは立派な犯罪よ」

 

犯罪、という言葉にビクッと肩を震わせる一夏。

それを見て呆れるマドカとスコール。

 

「……おまえ、犯罪者になる覚悟もなくこんな幼稚な計画立てたのか」

 

「あきれ果てて、もう笑えないわ」

 

容赦ない言葉が一夏に突き刺さる。

 

 

 

一夏は、シャルルを助けるために照秋を犠牲にしようとした。

前々から目障りだった照秋を陥れ、さらにシャルルが助かるのだから一石二鳥だと、計画を立てたのだ。

それこそ、綿密に計画を立てた。

照秋の部屋で二人きりにさせ、シャルルがなんとか照秋を押し倒しあたかも侵されそうになっているという風な構図を人為的に作り出しそれを決定的証拠として写真に収め弱みを握り、従わせる。

照秋にシャルルと密着させるなんてムカつくが、ついでにボコボコにしてやればいいし、シャルルにも嫌な思いをさせるが、我慢してもらい、後で慰めてやればいい。

そして、誰にも邪魔されなくなり落ち着いたら婚約者として堂々と迎えればいいのだ。

そういう計画だった。

 

だが、まさか照秋の部屋にカメラとマイクを設置していたなんて、そんなプライバシーを無視するようなこと予想もしていなかった。

 

「お前の幼稚な計画なんぞハナから御見通しなんだよ。わざと泳がせてたんだ」

 

つまり、こうなることを見越してカメラやマイクを設置したということだ。

一夏は震えが止まらず、ガクガクと震える足で踏ん張る力さえなくしガクリと跪く。

 

終わった……

 

そう思ったとき。

 

「ち、違います! 今回の事は、全て僕が計画した事なんです!!」

 

一夏の背中に隠れていたシャルルが叫んだ。

 

 


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