メメント・モリ   作:阪本葵

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第46話 シャルロット・デュノアという人間

シャルロット・デュノアは性別を偽りIS学園に転入した。

女なのに、男と偽って。

それは父の命令であり、シャルロットには父の命令に逆らうという選択肢はなかった。

 

そもそもシャルロットは母が死ぬまで父の存在を知らなかったし、デュノアという性も名乗ってはいなかった。

父親の顔を、名前を、存在をしらず、母と二人慎ましく暮らしていたが、それでもシャルロットは愛する母との生活に不満などなかった。

その母が病によって死んだ。

日頃からシャルロットを養うためにいくつもの仕事を掛け持ち、朝早く出かけ、夜遅く帰ってくるという過密な労働を繰り返した挙句、過労によって倒れ入院した。

その時の検査で癌が見つかったのだが、既に体中に転移し手の施しようがない状態だった。

母はそれから半年程して亡くなったが、その母には親族がいなかった。

絶縁したのか、天涯孤独なのかはわからないが、葬儀に親族など来ず、近所の住人が弔ってくれた。

そうしてシャルロットは天涯孤独の身になったのだが、しばらくして突如自分の父親だと名乗る人間が現れた。

それが、デュノア社の社長、テオドール・デュノアである。

第三者が見れば、確かに顔立ちが似ている二人は親子と言われると納得するだろう。

後日DNA検査をして血縁率が96%という結果が出て、嘘偽りない事が判明したが、そのことでシャルロットは素直に喜べなかった。

何故、今頃自分の前に現れたのか。

何故、母の葬儀にも顔を出さなかったのか。

シャルロットは問い詰めたが、テオドールは一切そのことについて口にしなかった。

それどころか、まともな会話すらしなかったのだ。

そんな人間に対し、家族の情が湧くかと言えばノーだろう。

シャルロットも、突然現れたテオドールを肉親とは思えなかったが、この日よりシャルロットの意思など無視してデュノアの性を名乗ることになる。

 

さらに連れて行かれた家はテオドールの住む本宅ではなく別宅で、まったく会う事をしなかった。

ある日、テオドールから本宅に来るよう言われ行くと、本妻がいて会うなり平手打ちを食らい「泥棒猫の娘」などとなじられる始末。

そこで初めて知ったことが、母とテオドールは愛人関係だったらしい。

同時期に、以前住んでいた家から母の日記が見つかり衝撃の事実を知る。

確かに母とテオドールは愛人関係であり、母はテオドールが妻帯者であることを承知で付き合っていたのだが、その関係はシャルロットを身ごもった時期に解消している。

母が妊娠したと知るや、テオドールから別れ話を持ち出し、わずかな手切れ金を渡し無理やり別れたのだと書かれていた。

その日記にはテオドールに対する愛情などを感じることのない、何かの報告書のように淡々と事柄が書かれていた。

そして、何故本妻がここまでシャルロットに怒りを向けるのかというと、デュノア夫妻には子供が出来なかった。

なのに、愛人である母はシャルロットを身籠った。

それが憎く、恨めしく、惨めに感じたのだろう。

そう考えると本妻もテオドールの被害者であるかもしれない。

更にいうと、デュノア夫妻の関係はこの子供が出来ないことやテオドールの浮気発覚により冷め切っており、ほぼ家庭内別居状態であるらしい。

そして、デュノア夫人はデュノア社の経営には一切関わっていない。

彼女個人で服飾関係の経営を行っているそうで、そちらはブランドとしてなかなか人気らしい。

それがまたテオドールの癇に障るのか、関係はギスギスするばかりである。

だからかはわからないが、この女尊男卑の世界ではなかなか珍しく、デュノア社は男主導の企業であった。

 

別宅で自分一人で生活している分には不自由な思いはしなかった。

以前の母との暮らしはお世辞にも裕福な家庭とは言えない生活だったが、ここでは何不自由ない暮らしを送ることが出来た。

ただ、広い別宅に一人で住み、外出を許されない籠の鳥の様な生活という息苦しさはあるが。

しばらくして、シャルロットはテオドールからデュノア社の本社に呼び出されISの適性検査を受けさせられた。

そこで優秀な適正値を叩きだしたシャルロットは、テオドールの命令でデュノア社のテストパイロットとしてISに関わるようになる。

この時期からデュノア社は傾きかけていた。

欧州連合での統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機の選定において、出遅れてしまっているのだ。

その事でフランス政府から叱責を食らい、更には第三世代機を開発できなければ政府からの支援を打ち切るとまで言われていた。

進退窮まりかけたデュノア社だが、それからしばらくして世間を騒がせたのが世界で初のIS男性操縦者『織斑一夏』の発見だ。

これには世界中が騒いだが、それ以上に世界各国の政府や軍関係者、IS開発企業が度肝を抜いたのがワールドエンブリオ社の量産型第三世代機[竜胆・パッケージ夏雪]と第四世代機[赤椿・黎明]の発表である。

今までISのプログラミング請負を細々と行っていた中小企業のワールドエンブリオが、一躍世界のトップに仲間入りした。

当然、世界はワールドエンブリオに注目し、会社の情報を得ようと躍起になる。

さらに、そのワールドエンブリオは第二のIS男性操縦者をも確保してるという報道に、世界各国の政府やIS企業がこぞってワールドエンブリオとコンタクトを取ろうとした。

自国もしくは自社と提携、共同企業設立など、なんとかワールドエンブリオの技術を手に入れようとしたのである。

だが、ワールドエンブリオは一切そういった接触を断った。

というか、まったく相手にしなかった。

当然デュノア社もなんとか第三世代機と第四世代機の開発データが欲しくて接触を試みたが門前払いを受けた。

だが、量産型第三世代機[竜胆・パッケージ夏雪]の注文は受け付けるというわけのわからない対応を取っていた。

世界各国は第三世代機の研究のためにこぞって竜胆を注文し研究した。

だが、特殊な金属や解析不明のプログラム、多くのブラックボックスが存在しまったく解析できないという状況だった。

デュノア社も竜胆を取り寄せ解析したが、研究チームは全く理解できずお手上げ状態だった。

そもそも、重要な駆動部分で使用している金属が希少金属で、さらに精製方法が不明なのである。

だからもし竜胆が故障しても自社、自国では替えの部品を作ることが出来ず全てワールドエンブリオに取り寄せしなければならない。

ウハウハな商売である。

研究チームのふがいなさに荒れ狂うテオドールだが、それだけ今まで培った第二世代機のノウハウに対し、第三世代機の最新技術は一線を画しているということだろう。

そして、さらにデュノア社を追い込む事態が起こる。

あれほど外との接触を絶っていたワールドエンブリオが、なんとイギリスの第三世代機[ブルーティアーズ]に対し技術協力したのだ。

これによりブルーティアーズは今までBT兵器の適性が必要であるというネックを解消し、さらに基本スペックまでも3割上昇させるという化け物の様なバージョンアップを遂げた。

イグニッションプランにおいて、イギリスに圧倒的リードを許してしまい、フランス政府から早く第三世代機を開発、発表しろとせっつかれる毎日。

当然テオドールは焦る。

日に日にデュノア社の株は下がり、マスコミからは倒産が危ぶまれる企業とまで言われる始末。

 

そんなある日の5月初旬、IS委員会はある条例を打ち出した。

 

『織斑一夏、織斑照秋二名の男性IS操縦者の世界的一夫多妻認可法』である。

 

その発表と同時に、照秋に対し日本の篠ノ之箒とイギリスのセシリア・オルコットが婚約者として大々的に発表し、数日後一夏には中国の凰鈴音が婚約者として発表された。

一夫多妻認可法は色々な条件があるが、これを好機と見たテオドールは早速シャルロットをワールドエンブリオに所属する織斑照秋に対し嫁候補として紹介した。

シャルロットは見た目は素朴な少女といった感じだが、美少女と言う分類には入るくらい目鼻立ちが整っている。

そんな彼女を煌びやかに、目立つように魅せるためにスタジオを貸切りプロのカメラマンを起用して写真撮影を行い、完璧なお見合い写真を完成させた。

織斑一夏も[白式]という第三世代機の専用機を持っているが、ワールドエンブリオは第三世代機の量産を確立しているし、何より世界で唯一の第四世代機までも有している。

一夏と照秋を天秤にかけると、どうしても一夏の魅力が小さくなってしまうのは仕方がないだろう。

そんな一夏は、各国から推薦された女性に対し片っ端から会うという剛腕を振るったが、逆に照秋は慎重に選定し、最低限の人数しか会わないというスタンスを取った。

そして厳選した女性の中に、シャルロットは選ばれなかった。

しかも、よりにもよって同じくイグニッションプランで競い合う国でもあるドイツから一人照秋と会う機会を得たというのだから腹立たしい。

もう形振り構ってられないデュノア社は、最悪の選択をした。

ワールドエンブリオの技術を盗むという選択を。

参考にするのではない、文字通りブラックボックスになっている部分や未知の金属の生成方法など企業秘密な部分を盗むのである。

この任務に白羽の矢が立ったのがシャルロットである。

さらに、デュノア社のイメージアップの材料としてシャルロットを男と性別を偽り「シャルル・デュノア」という架空の人間を作りだし、広告塔として祭り上げた。

フランス政府の一部の政治家、つまりデュノア社とズブズブの関係を持つ政治家はその偽りの男性操縦者の真実を知っていたが、デュノア社から金を貰い黙認。

様々な検査やプロフィールを改竄し報告し、それを無理やり通した。

こうしてシャルロットはフランス政府内で公認の男性操縦者となったが、しかし大々的な公表は行わなかった。

これは、デュノア社が政府に対し「第三世代機がほぼ形になったが、まだ少し時間がかかる。その時にフランス初の男性操縦者と同時に発表したい」言ったためである。

勿論、第三世代機の開発に目処など立っていない。

これは、シャルルがワールドエンブリオからデータを盗み出し首尾よく事が進むという前提の計画、まさに取らぬ狸の皮算用である。

だがデュノア社は言葉巧みにフランスのイメージが格段に上がるし、イグニッションプランでも挽回できると説明し、政府はデュノア社の言うとおりに、シャルロット、いやシャルル・デュノアの存在を極秘とした。

さらに、シャルロットには性別を偽っていることがばれた場合、最終手段として自分の肉体を使って籠絡しろとハニートラップの命令も出していたのである。

その間にシャルロットはデュノア社において徹底して男としての振る舞いを叩きこまれ、IS学園転入の手続きを進めていた。

 

そして6月に入り、シャルロット・デュノアはシャルル・デュノアとしてIS学園に転入した。

だがここで誤算が生じる。

なんと、シャルルの編入されたクラスが織斑照秋ではなく、織斑一夏と同じクラスになったことである。

これは仕方のない部分もある。

いくら政府やデュノア社が3組に入れろと言っても、クラスの定員数や、寮の部屋割りなど様々な要因が絡んでくる。

転入という途中参加者のために現状で安定しているシステムを変えるなど出来ないのだ。

こうなってしまっては照秋と接触する機会が少なくなる。

さらに誤算なのは、織斑一夏が何かとシャルルに対し一緒にいようと過剰に接触してくるのである。

あまりにも構ってくるため照秋との接触時間が減ってくる。

初日になんとか一夏の目をかいくぐり照秋と接触したが、それ以降なかなか会えないでいる。

一夏と照秋の兄弟仲が悪いというのは調べがついているので、一夏の波風を立てないように照秋と会うことが難しい。

デュノア社としては、あわよくば[白式]のデータも取得したいと計画していたのである。

だが、まずはワールドエンブリオの[竜胆]及び[赤椿]、そして照秋専用の[メメント・モリ]のデータである。

 

シャルルはIS学園に転入し比較的平和な学生生活を送っていたが、ある問題に悩んでいた。

それは同じクラスであり、寮でも同部屋である織斑一夏の存在である。

数少ない男性操縦者同士、仲良くしたいのかやたら構ってくるのだが、その方法が少々過剰なのである。

やたらと肩を組んだり、抱き付いたりしてくるし、たまにねっとりとした視線を向けてくるのだ。

シャルルはそのねっとりした不愉快な視線に覚えがあった。

それは、デュノア社でテストパイロットとして訓練を行っていた時の男性の研究者が向けてくる視線である。

シャルルの下半身から徐々に舐めるように見上げる視線は、気持ちいいものではない。

明らかに性的な興奮を持って見ているのである。

そんな視線と同じような不愉快さを一夏から感じてしまい、シャルルは一夏に若干苦手意識を持ってしまう。

もしかして、一夏は自分が性別を偽っていることを知っているんじゃないのか?

そうであればあの不愉快な視線も納得がいく。

もしくは、一夏が男色であるという可能性だが、見るからに女好きで軽薄な雰囲気の男であるからそれはありえないだろう。

とにかく警戒するに越したことはない。

 

数日して、シャルルはなんとか数回照秋と接触することが出来た。

まず驚いたのが、照秋はシャルルを見ても全く動じることがなかった。

つまり、お見合い写真の事を全く覚えていないのである。

さすがに、これにはシャルルも頬をひきつらせた。

そんな感情を抱いたファーストコンタクトだったが、トータルしてあまり話が出来なかったが、印象は一言でいうと好青年である。

体を壊しかねない練習を、毎日欠かすことなく行うハングリー精神に、口数が少ないながらも初めて話すシャルルに対し謙虚な姿勢をとる紳士さ。

どうして双子なのに一夏とこうも違うのか考えてしまう。

一夏からは照秋の事に関しては悪口しか聞かない。

やれ、愚図で人より理解するのが遅いだとか、根暗だとか、小さい頃は人の顔色を窺うようにびくびくしていただとか、今は専用機を貰って天狗になってるだとか。

あげくに、照秋に近付くなとまで言ってきた。

さらに、俺が守ってやるだとか勘違い甚だしいことまで言う始末。

ハッキリ言って、シャルルはISのテストパイロットをこなすうえで格闘技の手ほどきも受けているから、一般人から抜け出せない素人の一夏に守られる程弱くはない。

冗談じゃない、とシャルルは心の中で一夏に悪態をつく。

IS学園に来た目的は照秋との接触、ISのデータ奪取なのだから、余計や事をしないでほしい。

こうして最近まで接触は上々であったが、それ以降なかなか二人きりで会うことが出来なかった。

何故なら、常に照秋の周りにマドカや箒、セシリアが陣取っているからである。

さらに三人のシャルルを見る目若干が厳しい。

セシリアという欧州連合の競争相手がいるからその辺りの事情を勘ぐって警戒してるのだろう。

事実そうなのだから、強引に出るわけにもいかない。

シャルルはそんな監視の中でなんとか時間を作り、コミュニケーションを図る。

そうして会い、話を重ねて行くうちに照秋という人間の魅力を理解していった。

一夏の言っていた照秋の人物像は、悪意のある言い方だった。

愚図ではなく、完璧に理解し自分のものにするために反復練習を繰り返す強固な精神。

根暗ではなく、ただ多くを語らない大人しく成熟した性格。

人の顔色を伺いビクビクしているのではなく、常に周囲に気を配ることの出来る紳士的な態度。

ああ、正直に言おう。

シャルルは、照秋の魅力を理解し、異性として意識してしまった。

そんなある日、照秋に聞いて見た。

お見合いの選定基準はなんだったのか、と。

もし照秋がシャルルのお見合い写真を選んでくれたらこんな苦労をしなくて済んだのに、という愚痴を込めて思い切って聞いたのだが、意外な答えが返って来た。

なんと、皆のお見合い写真が気合いが入り過ぎ、逆に引いたという。

そして、どれも同じような写真に見えてしまった中に、履歴書に貼り付けるような簡素な写真を送ってきたドイツのクラリッサ・ハルフォーフが異彩を放ち目にとまっらしい。

逆の発想だったのかー! と脳内で悔しがるシャルルは、表情こそ笑顔を貼り付け照秋の話を聞いていた。

さらに、アメリカのナターシャ・ファイルスに関しては、ただ単にスコールの知り合いだからという答えに、呆れるのだった。

 

そうしてなんとか照秋とコミュニケーションを取り信頼関係を築いている途中の最中、一夏に自分が女だとバレてしまった。

普段はしっかり鍵をかけているのに、その日に限って不注意にシャワールームの鍵をかけ忘れてしまい、ボディソープの換えを持った一夏がシャワールームに乗り込んできたのである。

終わった、と思った。

デュノア社は潰れ、自分の人生も終わったと。

シャルルは自棄になり自分の身の上や、デュノア社の現状、IS学園に来た目的を一夏に説明すると、一夏から予想外の答えが返って来た。

 

「俺も手伝うよ」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかったが、一夏はシャルルの目的であるワールドエンブリオの所有するISデータを盗み出す手伝いをすると言い出したのである。

その申し出は好都合だが、一夏の目的がわからない。

 

「シャル、お前はここに居ていいんだ。俺がまもってやる」

 

力強くそう言う一夏に、シャルルは何故か心動かされず、逆に疑念を持ち始めた。

 


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