メメント・モリ   作:阪本葵

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第47話 シャルロット・デュノアの想い

一夏は、自分には両親がおらず、デュノア社のシャルルの扱いに怒り、そんなシャルルの状況を改善しようと言ってきた。

しかしシャルルは、一夏のそんな言葉が薄っぺらく聞こえてしまう。

そんなにデュノアの家族の在り方で怒るが、自分はどうなのかと聞きたい。

一夏は、双子の弟である照秋に対し、父テオドールと同じ、いやそれ以上の扱いをしているじゃないか、と。

だが、シャルルは一夏に弱みを握られている手前、一夏の機嫌を損ねるような発言はできないと、素直に一夏の言うことに従った。

 

 

一夏はこのチャンスを待っていた。

そう、原作知識を持つ一夏はシャルルとのイベントの解決策を練ってたのだ。

その解決策が、照秋のいる企業「ワールドエンブリオ」のIS技術の譲渡、もしくはデータ徴収である。

一夏は早速計画を立てた。

照秋に、シャルルを襲っているような状況を作り出し、その場面を証拠写真として収め、それを脅迫材料としてワールドエンブリオからISデータを奪う、というものだ。

姑息というなかれ、一夏には大胆に実力行使できるほどの実力もないし、後ろ盾もない。

無理をすれば日本政府や姉の千冬が助けてくれなんとかなるだろうが、それでも不確定要素が多すぎる。

規律を重んじ曲がったことを嫌う千冬ならば、最悪助けてもくれない可能性もある。

そういったISの二次小説も読んだことを覚えているし、実際の千冬もかなりその辺りの事に関しては潔癖だった。

ならば、自分の出来る範囲で最も有効的な方法でシャルルを助けようと思ったのである。

さて、一夏の練った作戦の前提として、照秋が一人になったときに実行する。

箒やセシリアも注意すべきだが、何よりマドカが最大の障害となる。

あのISの操縦技術は元より、格闘スキルも高次元にあるマドカの隙をつくのは容易ではない。

だから、マドカがIS学園を離れ、到底照秋を助けることが出来ない状況になることが絶対条件だ。

なにやら美人局のような計画にシャルルは呆れたし、なにより何故そこまで照秋を貶めたいのかが理解できなかった。

照秋は、とても良い人間だ。

もしかしたら、シャルルが全てを包み隠さず話せば、協力してくれるかもしれない。

最初からそうすれば良かったのだが、やはりシャルルはそんな恥知らずなお願いを友人である照秋に持ちかけることができなかった。

それに、もう遅いのだ。

一夏に全てを知られ、一夏の計画に従うしかない。

 

(ごめん……ごめんなさい、照秋)

 

これから照秋に起こるであろう理不尽な計画に、シャルルは心の中で照秋に何度も謝った。

一夏はさらに綿密に計画を練り、万全の状態を作り出す。

照秋のスケジュールや、周囲を固めている箒、マドカ、セシリアのスケジュールも調べ上げ、計画決行の日取りを決める。

 

そしてついにその日が来た。

丁度都合よく(・・・・・・)箒が剣道部の部長に呼び出しをされ、そしてまた都合よく(・・・・・・)マドカがワールドエンブリオ社に赴く予定になっており、更にまたしても都合よく(・・・・・・・・・)セシリアもISの整備で整備室に貼り付け状態だった。

照秋の周囲に誰もいない、まさに絶好の日だ。

 

「シャル、今から実行に移すぞ」

 

一夏が真剣な表情で言うが、シャルルはやはりこの計画には抵抗がある。

シャルルは、意を決して一夏に言う。

 

「ね、ねえ、今からでも、照秋に素直に話して協力してもらえるようにお願いしようよ」

 

そう言った途端、一夏の表情が怒りに染まる。

 

「何言ってんだよ! あのクズを蹴落とす絶好のチャンスなんだぜ!? むざむざこの好機をのがしてたまるかよ!」

 

もう、一夏の言葉は目的がすり替わってしまって居た。

シャルルを助けるのではなく、照秋を嵌めるのが目的になってしまっている。

一夏は、ふう、と一息つきシャルルの肩に手をおき優しく諭しはじめる。

 

「シャル、演技とはいえあいつに押し倒されるのが嫌なのはわかる。俺もはらわた煮え繰り返る思いだけど、この計画を完遂して自由をつかむんだよ!」

 

勘違い甚だしい説得である。

一夏は、シャルが照秋に強姦まがいのことをされるのが嫌だから今更お願いなどと言い出したと思っているのだ。

一夏は、小型のインカムをシャルルに渡し連絡を取りやすいように、すぐに乗り込んで証拠写真を撮れるようにと準備を進める。

もう、一夏に何を言っても無駄だと悟り、なんとか照秋への被害を最小限にしようと思った。

 

そして、一夏の計画通り事が運び、照秋と部屋で二人きりになる。

……何故だろうか、鼓動が早くなる。

照秋と二人きりの空間ということを意識しだすと、余計に緊張する。

照秋は、本当に心配そうな顔でシャルルを見ている。

――これから、僕は君に酷いことをするんだよ――

そう思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。

照秋に見えないように髪でインカムを付けた耳を隠し一夏がシャルルと照秋の会話を聞き、指示を出す。

 

「まだ……まだだ……」

 

一夏の声が耳障りに感じる。

その時、照秋がシャルルの額に手を当てた。

心配して手で体温を測ってくれているようだ。

毎日の過酷な練習によって分厚く、硬くなった手のひらがシャルルの額に収まり、シャルルはテンパってしまった。

 

(ふわああぁぁ! て、照秋の手が僕の頭に!? す、すごく大きくて、硬くて……ああ、男の子の手だあ……)

 

一夏に体を触られても不快感しか湧かなかったのに、照秋が額に手を当てただけで高揚するシャルル。

それをインカム越しに聞いていた一夏は、悔しそうに呻き声をあげていた。

 

「ぐっ! この……クズヤローが……シャルルは俺の女なんだぞ……! 殺す……絶対殺す……!」

 

額に手を当て体温を確認しただけで殺されたら堪ったものではない。

幸いにも一夏のこの呪詛のような声は、テンパっていたシャルルには聞こえていなかった。

さらに照秋はシャルルの首の動脈部分に触れ測りはじめたのでシャルルはクラクラし始める。

 

(だ、ダメだよぅ……ぼ、僕……脳が沸騰しちゃうよぅ……)

 

なんだかヤバい状態になってきたシャルル。

だが、幸いなのか残念なのか、チャンスが来た。

照秋が立ち上がり、シャルルに背中を見せたのだ。

 

「今だ行けシャル!」

 

インカムから大声で指示され、ビクッと体を震わせながらも、計画通り照秋を背後から襲い一夏の要求するポーズに持っていくよう態勢を崩す。

が、照秋の体幹が優れていたのか、シャルルは照秋のバランスを崩すのに手間取った。

 

(なんて体幹と反射神経だ! まるで超重量のラグビータックルバッグにタックルしているような感覚だ!)

 

しかしなんとか不意をつき照秋のバランスを崩すことに成功し、あとは強姦されているように見えるポジションを取らなければならない。

だが、ここで予想外の事が起こる。

なんと、照秋自身がシャルルを抑え込むように空中で無理やり態勢を変え、ベッドに押し込んだのだ。

無理やり押し込むように力を入れたため、シャルルの制服の上着のボタンが外れ、さらにあらかじめすぐに外れるようにしていた胸を締め付けついるコルセットのファスナーも壊れた。

今まで圧迫されていたシャルルの胸元が解放され露わになる。

そして、抵抗出来ず押し倒されたシャルルの下腹部に照秋が陣取る。

いわゆるマウントポジションであるが、その見事な攻勢にシャルルは思わず魅入ってしまった。

 

(……上手い)

 

絶妙なポジショニングによって、シャルルは立ち上がるどころか、体に力を入れることが出来ない。

 

(すごい……)

 

素直に感嘆するシャルルだが、やがて照秋はシャルルの変化に気付き怒りの表情を驚きに変える。

 

そして、その時一夏が部屋に飛び込み、カメラのシャッターを押すのだった。

 

 

 

その後、一夏は勝ち誇ったように照秋に脅迫する。

照秋は、そんな一夏と、一夏の背中に隠れるシャルルを睨む。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

シャルルは繰り返し謝り続ける。

照秋と一夏は言い合いを続ける。

まるで修羅場のような現場で一夏は大声で相手を萎縮させるように脅し、照秋は静かにしかしハッキリと抵抗の言葉を紡ぐ。

そして、業を煮やしたのか、一夏は突然照秋を蹴り上げる。

その衝撃に照秋はベッドから転げ落ちるが、一夏はそれを追従しさらにストンピングのように照秋を蹴る。

シャルルが止めても一夏は止めず、蹴り続ける。

勝ち誇ったように、照秋を詰り、貶し、罵倒する。

そこで、シャルルは自分の大きな過ちに気付いた。

そう、してはならないこと。

一夏の口車に乗せられ従ったこと。

そして、照秋を裏切ったこと。

 

シャルルは身を呈して照秋を守ろうとしたその時、救いの声が聞こえた。

部屋の入り口には、スコールと織斑千冬、そしてIS学園にいないはずのマドカがいた。

 

 

 

それからはまさに地獄だった。

一夏は自分の計画が上手くいっていると錯覚し、スコールとマドカに強気に出たが、なんとこの一部始終が監視カメラと盗聴マイクによって監視されていたという事実を叩きつける。

一転して一夏は顔を真っ青にしガタガタ震えだした。

千冬は一夏やシャルルを見ようともせず照秋の応急手当てを続ける。

 

シャルルは、ふと冷静になっている自分がいることに驚いた。

そして、この結末が因果応報であり、自業自得だと思うと妙に可笑しくなった。

そうだ、これは、身から出た錆であり、責任は自分にある。

――もう、疲れた――

――もう、どうでもいい――

チラリと照秋を見ると、頭から血を流し、白い制服を真っ赤に染めた痛々しい姿に心から謝る。

――本当に、ごめんね、照秋――

シャルルは意を決して声を張り上げる言った。

 

「違います! 今回の事は、全て僕が計画したことなんです!!」

 

「シャル……お前……」

 

驚いた表情でシャルルを見る一夏が何かを言おうとして、止めた。

シャルルが一夏を庇い、一夏はそれを否定しようとしたが自分が犯罪者になると思うと声が出なくなる。

結局、シャルルを助けるとか言いながらも自分がピンチになれば切り捨てる、そんな小さな男なのだ。

なんて情けない奴。

シャルルは心の中で悪態をつきながらも、一夏を見ずにマドカとスコールに言う。

 

「一夏は関係ありません。全て、僕が計画し、実行しました」

 

シャルルは自棄になっていた。

もう、自分がどうなろうがどうでもいいと。

でも、せめて被害を最小限にして、照秋に謝罪したい。

それだけを願った。

 

すると、スコールとマドカは大きくため息をついた。

 

「はあ……織斑先生、織斑一夏を反省室へ連れて行ってくれないかしら?」

 

スコールは一夏のクラスの担任である千冬に一夏を連行しろと言ったが、千冬は動くのを渋った。

 

「し、しかしまだ照秋の治療が……」

 

なにやら泣きそうな声を出す千冬にシャルルは驚いたが、そんな千冬にスコールはさらに言う。

 

「あなた、優先順位を間違えてないかしら? 照秋君のケガは、血が派手に出てるけど大したことないわよ。後は私たちが手当するから心配いらないわ。それより、あなたは一組の担任として責務を果たしなさいな」

 

ピシャリと言われ、千冬は渋々腰を上げ一夏の制服の襟首を乱暴に掴み引きずるように連れ出して行った。

千冬と一夏が出て行った後、マドカが照秋に近寄り上着を脱がせる。

さらにシャツも剥ぎ取り、上半身裸になる照秋。

シャルルは顔を赤くして手で見ないように隠すが、コッソリ指の間から照秋の体を見る。

ところどころに蹴られた痣が痛々しく、シャルルは顔をわずかに歪めるが、それを吹き飛ばしてしまう照秋の肉体に思わず見惚れてしまった。

大きく盛り上がった肩と背中、そして引き締まった胸と綺麗に六つに割れた腹筋。

まさに芸術作品だ。

その鍛え上げられたミケランジェロの彫刻のような肉体美に、シャルルは小さくため息をついた。

 

(すごい……セクシーだ……)

 

マドカは照秋の体を触診し負傷箇所を探す。

所々アザができているが、骨には異常がないことを確認するとホッと息を吐いた。

 

「まったく、頑丈な体だな。アレだけ力任せに蹴られて打撲程度とはな」

 

「日頃の練習の賜物だ」

 

「……まあ、否定はしない」

 

照秋とマドカは軽い口調で会話する。

照秋は思ったほどダメージが無かったようで、ホッとするシャルル。

マドカは冷凍庫から氷を取り出し、その氷を袋に入れ照秋の打撲箇所に当てる。

 

「制服は私が洗濯しといてやる。ちょっと氷持っとけ、頭見るから。…ちっ、あのバカ女、下手くそな包帯の巻き方しやがって、こりゃやり直しだな。じっとしてろよ、傷口の確認するから」

 

言われた通り身じろぎしない照秋は、静かに目を閉じ待つ。

そして甲斐甲斐しく照秋の世話をするマドカを見て、シャルルは不謹慎ながらも嫉妬してしまった。

 

(なんだよ照秋ったら、あんなに嬉しそうにしてさ……)

 

乙女フィルターがかかるとなんでもおかしく見えるものだ。

スコールは、そんなシャルルの心情を敏感に察知したのか、ニヤリと笑った。

しかし、今はそんなことより決着をつけなければならないことがある。

 

「シャルロット・デュノアさん」

 

本名を呼ばれ、ビクッと肩を震わせるシャルル。

その小鹿のように震える姿を見て、小さくため息をつくスコール。

 

「……何故かしら……つい最近似たような状況があったわね」

 

「……中国か……」

 

マドカも思い出したのか、嫌そうに眉を顰める。

 

「中国といいいデュノアといい、上が無能だと苦労するのは下だということを何故理解できないのかしら?」

 

やれやれ、と肩をすくめるスコール。

しかし次の瞬間、スコールの表情は獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な笑みへと変貌していた。

チロリと舌を出し唇をなめる様が似合うと思いながらも、ゾクリと背筋が凍るようなその笑みに思わず顔をそらすシャルルだったが、そのそらした先にマドカの顔があり、硬直してしまった。

マドカは、口が裂けるのかと思うほどの歪んだ笑みを浮かべ、まるで新しいおもちゃを見つけたような子供の様な無邪気で、心底楽しそうな、そして残忍な笑みを張り付けていたのだから。

 

「さあ、狩りの始まりよ」

 

「そうだな」

 

その言葉は今から訊問を受ける自分に向けられたものなのか、それとも事の発端であるデュノア社に向けられたものなのか。

これから何が始まるというのだろうか?

シャルルにはわからないが、しかし決してただでは済まないだろうと、とんでもない重大事故になるだろうということは容易に想像できた。

 

「おーい、いつまでジッとしてればいいんだ?」

 

「あ、悪い悪い。忘れてた」

 

ただ、そんななかで全く空気を読まない照秋の発言が完全に浮いていたのだった。

 


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