これはフィクションですから。
それに、近未来ならこういったことも可能になるかもしれませんしね。
一連の話を聞いていた篠ノ之束とクロエは、翌日より嬉々としてデュノア社に攻撃を仕掛けると言い、マドカとスコールを交え作戦を練る。
その話をする時の四人の顔は、どす黒い笑みを浮かべたまさしく「悪人」のようだったと、後に照秋と箒は語る。
まず表ではワールドエンブリオの企業としてデュノア社の株を大量買収するように動き出した。
急遽の大量買収に一時デュノア社の株価が跳ね上がったが、全く気にせず買い続ける。
デュノア社はワールドエンブリオが自社株を大量買いし始めたことに危機感を覚え、他の自社株保有者に売らないように通達したが、それが逆効果だった。
ワールドエンブリオがデュノアの株を大量保有し続けているとマスコミに大々的に記事にされたのだ。
ハッキリ言って落ち目であるデュノア社の株を大量買い付けしているのがいま世界で最も急成長している有名IS企業がデュノア社の株を買い付ける目的は一つしかない。
それは、経営統合もしくは乗っ取りである。
投資家からすればどちらに期待するかといえば、後者であろう。
別にワールドエンブリオはデュノア社を乗っ取ると公言しているわけではないし、コメントもしていない。
企業が他社の株を保有し資産とするのはどこでも行っている行為である。
ただ、世間がそう解釈し勝手に盛り上がっているだけである。
そうしてワールドエンブリオは着々とデュノア社の株を買収し、短期間で5%の株を保有した。
5%以上の議決権を有する株主は、経営の一定の側面に関する報告を作成する専門家の選任を会社に求める権利を有する。
つまり、デュノア社の経営に口出しできるのだ。
しかしワールドエンブリオは株の買収を止めない。
そんなワールドエンブリオの動きに、デュノア社は楽観的だった。
何故なら、会社の3分の2以上の議決権を保有できる株はデュノア社社長のテオドールと、フランス政府が保有しているからである。
3分の2以上の議決権を保有する株主は、定款の変更、資本増加、合併または解散を決議することができる。
この防波堤さえ守れば、どれだけ株を買収されようがやりようはある。
しかも、ワールドエンブリオがデュノア社の株を保有していることにより、マスコミは「経営危機のデュノア社は不死鳥のごとき蘇る」と見出しに、勝手に良い風に解釈しさらに株価が上昇したのだ。
デュノア社にとって追い風が吹き、社内でもワールドエンブリオから技術提供の話が来て第三世代機が作れると勝手に良い解釈が広まっていた。
デュノア社の懸念としては、ワールドエンブリオが株式会社であるが株式上場をしておらず株保有できないという事と、ワールドエンブリオ側から一切の連絡などの接触が無いところなのだが、些末なことだと切って捨てた。
そんな裏では、ワールドエンブリオはフランス政府の政治家とズブズブの関係を裏を取り確保、更に全社員の個人情報すべてを網羅しスキャンダルだけをピックアップする。
さらに、脱税、不正経理、使途不明金の流出先、賄賂、下請けへの違法な圧力など、様々な黒い所業を確保していく。
そして、密かにシャルル・デュノアという架空の男性戸籍を抹消し、シャルロットの戸籍を新たに作成した。
現在の正式な戸籍はシャルロット・デュノアとして、テオドール・デュノアの実子として親子関係になっている物を、旧姓のロセルとして新たに作成、さらにテオドールとは戸籍上全く関係のない他人として経歴作成も徹底したのである。
そして、現在のシャルロット・デュノアの戸籍には、死亡扱いとされ除籍。
書類上ではシャルロット・デュノアはこの世には存在しない人間となったが、これをテオドールが知るのはしばらく後だった。
ここまでの流れが「シャルロットと一夏の美人局事件」から一週間の流れである。
あまりのスピードに、シャルロットは驚きを通り越し呆れてしまった。
「……フットワーク軽いね」
「攻撃の最大の武器はスピードだ。相手に気付かれず、防御させない速攻の攻撃、つまり先手必勝だな」
言う事はわかるが、それでも早すぎる。
しかも自分の戸籍までいつの間にか改竄され、姓もテオドールに引き取られる前のロセルに戻っているのだから驚くしかあるまい。
現在シャルロットはあの事件以降、学園の授業を風邪と偽り休み、さらに一夏と部屋も別れマドカの部屋に居る。
事が収束するまで人前に出ない方がいいということで一組担任の千冬にも了承を得ている。
そして、今回の発端である美人局事件についても公にせず内々にしてしまおうということでワールドエンブリオ関係者、千冬達関係した教師と生徒会長、そして学園理事長の間で決着がついた。
いずれはシャルロットの事を正式に発表するが、その発端である事件に一夏が絡んでいることが不味い。
ハッキリ言って一夏の行いは犯罪であり警察に突き出すほどの事なのだが、世界で二人(シャルロットも入れると三人)のIS男性操縦者のスキャンダルは避けたい。
とはいえ、一夏に御咎めなしとはいかないので、一夏には今回の犯罪行為を見逃す代わりに一切の口外を禁ずるという契約を結び、さらに放課後千冬直々にISの訓練と称して一夏の性根を叩きなおすシゴキが毎日行われており、その所業たるや付いてきた鈴が涙目で震え「もうやめたげてえ!!」と叫ぶほどのものだったという。
そういうわけで、学園内でもこの事は広まっておらず、情報が外部に漏れることはない。
「でも、なんか表側でやってることが攻撃とは逆の様な……」
シャルロットの言い分も尤もである。
事実、シャルロットは提示報告をテオドールにするのだが、その時のテオドールの機嫌がすこぶるいいのだ。
報告内容はマドカ達に言われたように、なんとか技術提携出来ないか提案し良い感触だというウソの報告をしている。
実際にデュノア社の株を保有しようとワールドエンブリオが動いているし、それによって株価が上昇しているしで疑う余地などないのでその報告を鵜呑みにしているのだ。
「一ついい事を教えてやろう」
マドカはピッと人差し指を立てた。
「幸福な時間が長く、高ければ高いほど、その後訪れる絶望が際立つんだよ」
ニヤリと笑うマドカを見て、シャルロットはドン引きした。
そして、マドカの言うとおり、デュノア社が転げ落ちる時が来た。
急遽ワールドエンブリオが保有していたデュノア社の株を全て売却したのだ。
これによって急激な株の下落が発生したのだが、取引終了時間間際に行われたことで他の株主は混乱した。
さらに次の日、デュノア社はおろか、フランス全土を震撼させる報道がなされる。
デュノアの闇、フランス政府の闇、そしてズブズブの関係そのすべてが世界中のマスコミに流されたのである。
さらに国際刑事警察機構いわゆる[ICPO]にもリークされ信憑性のある情報と判断され、フランスに本部を置くICPOはフランス国家警察介入部隊[GIPN]にデュノア社幹部とリストに上がった議員たちを拘束するよう要請した。
しかし、そのリストの中に内務大臣と中央治安委員会までもが混じっており、GIPNは直轄である中央治安委員会から待機命令を出され動けなかった。
その内務大臣と中央治安委員会の行動をテロ行為とみなしたフランス首相は、即座に判断しフランス国家警察特別介入部隊[RAID]を投入、内務大臣や中央自治委員会はもとよりリストに上がった議員や関係者を悉く逮捕、拘束。
国外逃亡を図った者もいたが国際指名手配がなされ、すぐに捕まった。
デュノア社社長のテオドール・デュノアはこのリークがワールドエンブリオの仕業だと感じていた。
でなければ前日に株を全て売却するはずがないのだ。
慌ててデュノア社はワールドエンブリオに連絡を取る。
普段は受け付けの時点で門前払いされるが、今はそんなところで引いている場合じゃない。
だが、テレビ電話に出たのはいつもの受付ではなく、ワールドエンブリオ社長の
その顔は特段美人というわけでもない、ごく一般的な日本人顔で、”印象”にあまり残らないというのが”印象”の女性だ。
ちなみにこの鴫野アリスというのは架空の人物で、映像としてマスメディアに露出する際はCGや遠隔操作するアンドロイドを使用しているが、中身はクロエと篠ノ之束である。
『あら、何の御用かしら、デュノア社長』
にこやかに笑う鴫野アリスに、テオドールは怒りをあらわにする。
「何の用かだと!? ふざけるな!!」
大声で画面に詰め寄るテオドールに反し、鴫野アリスは未だ笑顔を崩さない。
「我が社の株をすべて売却した翌日に政府と我が社の不利益になる情報が流れた! タイミングが良すぎる!!」
何故こんな真似をする!! とテオドールは叫んだ。
しかし、鴫野アリスは淡々とした口調で言い返す。
『我が社が行ったという証拠は?』
そう言われると言葉が出なくなるテオドール。
そう、情報源を探ったが、全て見事に足跡一つ残していないのだ。
情報提供に使用した情報端末の種類から、場所、日時、回線、IPアドレス、全てが綺麗に残っていないのである。
それでもICPOやRAIDが動くほど信憑性のある、裏付けのとられた情報だということだ。
『まあ、丁度いいタイミングで売却できて、儲けさせてもらいましたよ』
皮肉に聞こえた言葉に、テオドールは歯を食いしばる。
そして、鴫野アリスは笑顔のままこう言った。
『因果応報という言葉をご存じかしら』
「……なに?」
『仏教の言葉で、人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという言葉よ。行為の善悪に応じてその報いがあることを言って、良いことをすると善因善果、悪い行いをすると悪因悪果と言われているわ』
「それがどうしたというんだ!」
テオドールは痺れを切らし再び大声を出す。
しかし、次の瞬間、顔を青ざめさせる。
『自分の娘を使って我が社のISのデータを盗みだしそうとするから、その報いが来たのよ』
テオドールは口をパクパクと開き声が出ない。
まさか、ばれている!?
そう思っていても、認めると状況がさらに悪化する。
「我が社は再三貴社と技術提携したいと申し込んでいる。それを断ってきたのは貴社ではないか!」
『そもそも、デュノア社のノウハウだとか、ラファール・リヴァイヴの生産ラインを使えだとか、わが社にまったくメリットのない提携内容を持ち込んで、それが通じると思って? 要するに竜胆や赤椿のデータだけを寄こせっていう事でしょう?』
「そんなことはない! 我々デュノア社の作ったラファール・リヴァイヴで培ったノウハウは貴社に役立つはずだ!!」
『いいえ、ゴミにもならないわ』
「なっ……!?」
バッサリ言う鴫野アリスに声も出ないテオドール。
確かに、デュノア社が求める竜胆や赤椿のデータに対し、ラファール・リヴァイヴの生産ラインという取引材料では釣り合わないことは承知してたが、それでも企業としてはデュノア社の方が上であるし、自分たちならば竜胆や赤椿のデータをより有効に活用できると思っていたからだ。
『どちらの立場が上なのか理解してないから自分の現状の変化にも気付かないのよアナタは』
「なんだと?」
『まあ、これから自分を見つめなおす時間はたっぷりあるのだから、じっくり考えなさい。獄中でね』
そう鴫野アリスが言ったと同時に、テオドールの背後にあるドアが開かれた。
そこには、数人の武装したRAIDがなだれ込み、テオドールを囲む。
「デュノア社社長テオドール・デュノア、貴様を逮捕する」
テオドールは舌打ちし、素直に従い拘束された。
結局テオドールはワールドエンブリがこの騒動に関わっているという証拠を得ることが出来なかったが、それでもまだ逆転の手段はあると思っていた。
それはIS学園に送り込んだ娘のシャルロットである。
従順になるように教育し、学園内でも命令通り動いている。
その娘にワールドエンブリオのスキャンダルなり黒い噂なりを見つけさせ、逆に脅迫し乗っ取ってやろうと思ったのだ。
自身の処遇に関しても政府に金を握らせれば済むと考えていた。
しかし、そうはならなかった。
まず、IS学園のシャルロットと連絡が取れなくなった。
しかたなく政府を通じて連絡を取ろうとしたが、ここで話がおかしくなってきた。
「シャルル・デュノアという人間は存在しない」
何を言っているのかわからなかったが、その政府役人は続ける。
「今回のデュノア社の事件においてデュノア社に関すること全てを調べたが、シャルル・デュノアという人物の戸籍が見つからなかった」
何を馬鹿な、とテオドールは思った。
テオドールデュノアの息子というシャルル・デュノアの架空戸籍を作成し、戸籍管理をしているホストコンピュータに侵入して登録させたのだ。
後日ちゃんと登録されているか確認もしている。
そのデータが消滅しているという。
では今IS学園に居るシャルル・デュノアはなんなんだと問い詰めると、役人は無言だった。
ならば、実子のシャルロット・デュノアと連絡を取りたいというと、役人はとんでもないことを言った。
「娘のシャルロット・デュノアは2年前に事故で亡くなってるはずでは?」
「なっ……!?」
この事件の後、フランス政府は首相指導の元、徹底的にテオドールの経歴を調べた。
当然家族構成も調べる。
その時に発覚したのが、実子のシャルロット・デュノアの死亡である。
2年前にモナコへ家族旅行に行った際、シャルロットは一人で港で遊んでいた時不注意で海に落ちてしまい溺死した。
そのため、デュノアの戸籍から除籍していると。
つまり、シャルロット・デュノアもこの世にはいないと言っているのである。
「そんな馬鹿な……」
役人は、テオドールが疲れて夢と現実の区別がつかないと判断し、もうテオドールが何を言っても取り合わなかった。
「待て! 待ってくれ!! そんな筈はない! シャルロットは生きている!! IS学園にいるんだ!!」
遠ざかる役人の背中に叫び訴える。
「シャルル・デュノアはシャルロットが男装してIS学園に居るはずだ!! 連絡を! 連絡を取らせてくれ!!」
テオドールの叫びは空しく拘置所に木霊するのだった。
さて、その後の後始末として、シャルロットの件である。
フランスの大統領にワールドエンブリオが接触し、シャルロットの身の保証を確約させた。
今回の一連の騒ぎについて、リークしたのはワールドエンブリオであることを告白しつつ、シャルロットの置かれている立場も説明した。
その事情を全て知り理解した大統領は、首相と相談しワールドエンブリオが用意したシナリオで世論に発表することを決定した。
○「シャルロット・デュノア」という人間は存在しない。
○「シャルロット・ロセル」が二年前母が死に生活に逼迫したときデュノア社社長に拾われ、ISのテストパイロットとして活動、その後社長の命令で男性と偽ってIS学園に転入。
彼女たちの間に肉親の関係はない。
○目的は経営危機であるデュノア社の広告塔であり、また政府の一部議員とデュノア社が秘密裏に画策したものであり、責任追及は行う。
しかし世間を騙している事に心を痛めたシャルロットがワールドエンブリオに保護を求め、その後フランス政府に報告、政府はしかるべき処置を行った。
○これに関して、デュノア社のスキャンダルや政府高官や政治家の大量逮捕は関係ない。
○シャルロット・ロセルのフランス代表候補資格を剥奪、専用機没収
◯今後の身柄に関してはワールドエンブリオに一任する。
◯しかしシャルロット・ロセルも命令とはいえ人を騙した事には違いないので、フランス国内にて奉仕活動をすること。
ここで重要なのはシャルロットの転入目的がスパイではないこと、そしてワールドエンブリオもフランスの混乱には関与していないということである。
さらに、この騒ぎに関してフランス政府が尻拭いしろというのだ。
だが交換条件として、ワールドエンブリオはデュノア社の後釜としてフランスに支店を置きフランス防衛のISに関して竜胆を提供し、現在世界に販売しているラファールリヴァイブのケアは引き継ぐとする。
ただしイグニッションプランには参加しないという条件付きだが。
この条件には大統領も首相も歓喜した。
いま国内はデュノア社と一部議員のせいでガタガタであり、世界中からバッシングを受ける大変な時期に、さらに第三世代機開発で他国から遅れているフランスが、他国の企業とはいえ世界最高峰の技術を有するワールドエンブリオがフランスに協力すると明言したのだから。
これは体の良い飴と鞭なのだが、首相も大統領も何も言わなかった。
これは世界でのマイナスイメージを幾分か挽回できると思ったからだ。
事実このワールドエンブリオフランス支店については世界各国が嫉妬したほどだ。
ただイグニッションプランを辞退しなければならないのは惜しいが、それでも競い合う理由がなくなったので問題はない。
こうして、シャルロットとデュノア社、ワールドエンブリオを巻き込んだ一連の事件は一応の終息を見た。
すべて、ワールドエンブリオの主導で行われ、真実は闇へと葬られるのだった。