メメント・モリ   作:阪本葵

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第5話 ワールドエンブリオの発表

IS学園新入生入学式一週間前。

入学式の準備や、寮の割り当て等忙しく作業する学園内で、職員や在校生全員が釘付けになった。

それは、世界中が驚く事件だった。

 

『ワールドエンブリオ社が新型IS・量産第三世代、試作第四世代の発表』

 

学園内の人間全員がテレビモニタに釘付けになった。

織斑千冬も新入生の担任になるため入学式の準備に追われていたのだが、ワールドエンブリオという因縁浅からぬ企業の名前が出たため、手を止めモニタを見つめる。

テレビでプレゼンを行う人物は、ワールドエンブリオの若き女社長、鴫野(しぎの)アリス(CGで、中身はクロエ)だ。容姿としては、特段美人というわけでもない、ごく一般的な日本人顔で、”印象”にあまり残らないというのが”印象”だった。

そんな彼女が一人、自社マークでもある卵にWの文字にヒビが入っている絵を背景に黒一色に統一した舞台のようなところでプレゼンを行う。

 

最初は自社の成り立ちや、IS事業参入理由、経緯を説明を行っていた。

そして前置きが終わり、ついに社長が発表したのが、自社が開発した『量産第三世代IS』と『第四世代IS』のお披露目である。

自社マークが映っていた背景モニタから変わり、映し出されたのは第三世代ISの名前は竜胆(りんどう)一号機・夏雪(なつゆき)

量産を目的とした竜胆は、藍色を基調としたカラーリングの機体に、両肩のアンロックユニットと背中に合わせて8枚ある西洋剣のような攻撃的な突起と、従来のISよりシャープなラインが特徴的なシルエットだ。

なんとそれらはすべてビット兵器で、ビットの名称は夏雪、ビーム特化の兵器だという。

イギリスが開発した第三世代機『ブルーティアーズ』にコンセプトが酷似しているが、竜胆はそのブルーティアーズより提示されたカタログスペックの数値が3割ほど高い。

さらに、ビット兵器『夏雪』操作には自動制御と自立学習型AIが搭載されビット兵器適性を必要とせず、操縦者の負担にはならないという。

むしろ、稼働時間が多いほどAI操縦者の癖などを学習し、より精密な射撃を行うことが出来るという代物だ。

拡張領域も多く、フランスのデュノア社が開発した第二世代機ラファール・リヴァイブの拡張領域より多く、他の武装も積めるという現在発表されている各国の第三世代ISとは一線を画す性能である。

 

そして世界が驚いたのは次に発表した第四世代ISである。

名前は紅椿・黎明(れいめい)

赤を基調としたカラーリングで、現行第三世代機を遥かに凌駕する機体性能・先に発表した竜胆よりも高く、それに加え即時万能対応機という現在机上の空論なはずの第四世代型のコンセプトを実現、全身のアーマーになっている『展開装甲』を稼動させることで攻撃・防御・機動のあらゆる状況に即応することが可能。

更にワールドエンブリオ社(束一人で)が独自開発した『無段階移行(シームレス・シフト)システム』が組み込まれており、蓄積経験値により性能強化やパーツ単位での自己開発が随時行われるという化け物ISだ。

竜胆は量産を目的として汎用性を追求、さらに量産第一号機と付け、紅椿は初の第四世代機ということで、ワンオーダー専用機、モノのはじまりという意味として『黎明』と名付け発表された。

現行、第四世代を量産化するにもこの機体は乗り手を選ぶため、とにかくデータ収集のための試作機だと説明。

むしろ、竜胆・夏雪の方が乗り手を選ばずビット兵器を扱えるという汎用性を誇る。

さらに驚くことに、このビット兵器『夏雪』は第三世代機の代名詞であるイメージインターフェースを用いた特殊兵器ではあるが、拡張領域を必要としないパッケージ換装が可能だという。

現在換装兵器は開発中であるということだが、順次発表していくとのこと。

両方が世界を震撼させる機体であるが、ワールドエンブリオ社長(CGイン・クロエ)はそんな世界を震撼させる事をさらっと発表をしたのだ。

世界が第三世代開発に躍起になり量産化の目途も立っていない状況の中、あざ笑うかのように、簡単に量産第三世代と第四世代を発表するワールドエンブリオに、千冬はある人物の存在が頭をよぎった。

それは、ISの生みの親、親友でもある篠ノ之束。

ここまで世間を虚仮にするISを事もなげに作り出せる人間を、千冬は一人しか知らない。

だが……まさか、な。

あいつが会社を立ち上げ、社員を養うなんてこと出来るハズがない、と否定する。

 

『それでは、量産第三世代機[竜胆一号機・夏雪]と第四世代機[紅椿・黎明]の勇姿をご覧ください』

 

そう言うとモニタの画面が変わり、場面はIS学園にあるアリーナと似た作りの施設が映る。

そして、ピットから藍と紅の機体が現れた。

千冬はそのISパイロットを見て驚いた。

青いIS・竜胆には、あのいけ好かない小娘、マドカが搭乗していた。

さらに紅いIS・紅椿には、成長しているが昔の面影を残している親友の妹、篠ノ之箒が乗り込んでいるではないか。

千冬の驚きを他所に、竜胆と紅椿はデモンストレーションとして模擬戦を開始した。

先に仕掛けたのは竜胆だ。

竜胆から8機のビット[夏雪]が射出され、全てが凄まじい速度と読めない軌道で紅椿目掛けて飛び、ビームを発射し攻撃する。

しかし、紅椿は現存のISの常識を覆す、あり得ない速度でそれら全ての攻撃を避け、逆に竜胆に接近し両手に持つブレードで攻撃を仕掛けた。

竜胆にどんな近接戦闘武器が搭載されているのかわからないが、現在竜胆は両手に武器を装備していない、というか腕を組んで迎撃する気配がない。

あの速度で繰り出された攻撃に対抗出来る武器があるにしても、コールする時間もないだろうが、竜胆は未だコールする気配がない。

と、紅椿がブレードで切りつけた瞬間、竜胆と紅椿の間に突如壁が現れ、紅椿の攻撃を阻んだ。

何が起こったのか?

なんと、竜胆から射出されたビットが、いつのまにかビームシールドを展開し、防御したのだ。

紅椿の攻撃をはじいたビットはシールドを解除するとすぐに散開し、再び攻撃に転じる。

この間、竜胆は一歩も動かず、腕を組んでビットの攻撃を避け続ける紅椿を見るのみだ。

 

モニタに映し出される戦闘をみて、IS関係者は皆言葉を失った。

まず竜胆のビット攻撃だ。

あの8機すべてがまったく異なる軌道をとり、異常な速度で攻撃を繰り出し、転じてビームシールドとなり、攻防を目まぐるしく展開する。

ブルーティアーズのBT兵器では、まず行えない軌道だ。

また、竜胆の操縦者マドカの態度を見ていると、まったく負担にもならず余裕が見える。

そしてさらに目を見張るのはやはり第四世代機の紅椿だろう。

あの8機のビット攻撃を難なく避け、さらに攻撃に転じる機動性だ。

現行機の瞬時加速(イグニッションブースト)を遥かに凌ぐ速度を出しつつ、それを急制動・多角軌道変更を繰り返すところを見るに、ただの加速だということになる。

瞬時加速使用時に無理な急制動や軌道変更を行うと肉体に負担をかけ、最悪骨折等の重傷を負う恐れがある。

それを可能にする紅椿という異常機体。

世界中の人間はこの模擬戦にただただ驚愕するのみだろうが、千冬はこの模擬戦に違和感を感じた。

竜胆はビット兵器のみ。

紅椿は機動性のみしか見せていない。

いや、それだけでも脅威だはあるが、意図がわからない。

すると、突然操縦者の音声をオープンチャネルにして、二人の会話が流れた。

 

『さて、箒、体は温まったか?』

 

『……ああ、ようやく慣れてきたよ』

 

『では、準備運動は終わりだ』

 

『そうだな。今日こそ勝たせてもらうぞ、マドカ』

 

『ぬかせ。ヒヨッコにはまだ遅れは取らん』

 

そう言うや、紅椿の装甲が変化を始めた。

全身の部位が展開を始め、透明な刃のようなものが現れ粒子を放出し始めた。

そして金色に輝く機体。

竜胆も、8枚のビット兵器を一つの大きな武器へと変形させた。

それは、身の丈を遥かに超える全長5メートルの大きなブレードとなり、さらに刃の部分からビーム刃が形成され、7メートルを超える長大武器[神刀(じんとう)]へと変貌する。

なんと、互いに本気を出してはいないと取れる会話に、世界中が驚愕した。

その長大武器を軽々と片手で振り上げ、肩に担ぎ、空いた手でくいくいと手招きし挑発し始めた。

 

『来い』

 

『推して参る!』

 

瞬間、その場から消えアリーナ中央でぶつかり合い火花を散らす藍と紅。

あまりの超高速戦闘のため、肉眼では追えないレベルに達していた。

軌跡を残し交差する藍と紅。

その交差の瞬間、空で放たれる無数の打撃音と爆発音、そしてビームの雨。

見えぬ超高速戦闘に、世界の人々は何も言えず、沈黙した。

 

『そこまで』

 

突然アナウンスと終了ブザーが鳴り響き、先ほどまで超高速戦闘を行っていた藍と紅が停止する。

本格的な戦闘に入り、およそ1分ほどで終了となったが、永遠ともいえる1分であり、インパクトは抜群だ。

画面に映る二機を見るに、互いに目立った損傷は見られない。

あくまで製品のプレゼンなのだから当然といえば当然であるが。

操縦者の表情も疲れているようには見えない。

この模擬戦を見ていた全ての人が、あんな超高速戦闘を行ったにも関わらず未だ余裕のある二人に、底の見えぬポテンシャルに驚愕し、恐怖した。

画面は再びかわり、アリーナの中継からワールドエンブリオ社長が映る。

その表情は満足そうだった(CG)。

 

『ご覧いただいたように、わがワールドエンブリオ社は、自信を持ってこの竜胆と紅椿を世界に発表いたします』

 

すでに、現存するISがおもちゃのように思える戦闘に、千冬は戦慄した。

あの機体は世界のパワーバランスを崩す劇薬だ。

そして、その劇薬を御しえる二人の技術と才能に畏怖した。

 

『さて、それでは次の発表をしましょう』

 

あんな化け物ISを披露しておいて、まだ発表することがあるのかと驚く千冬。

発表する順番としては、おそらくこちらが本命なのだろう。

だが、あんな化け物ISの発表以上のインパクトある事など想像できない。

しかし、社長から発せられた言葉は、世界を、なにより千冬を驚かせた。

 

『世界でISは女性にしか扱えない、それがつい最近までは常識でした。しかし、それを覆した人物がいます。そう織斑一夏です』

 

社長はゆっくり舞台を歩き、淡々と話す。

そして、次の一言にまたもや世界は驚愕する。

 

『しかし、我々ワールドエンブリオ社は世界で二人目となる男性操縦者を発見、保護いたしました』

 

「なっ!?」

 

千冬は声を出して驚き、今までのワールドエンブリオの奇妙な行動がすべて一つに繋がったことを理解した。

彼女が保護した男性操縦者、それは……

 

『紹介しましょう。世界で二例目となる男性IS操縦者、織斑照秋君です』

 

再び画面が切り替わり、先ほど模擬戦が行われていたアリーナが映し出され、そこに一筋の藍く光る機体[竜胆]が現れる。

画面がアップされ、操縦者の顔が鮮明に映し出される。

たしかに、それは千冬のもう一人の弟照秋だった。

卒業式の日に見た、あの精悍な顔は変わらず、凛々しい。

制服を着ていた時には隠されていた鍛え上げられた肉体も、ISスーツを着ているためよりはっきりとわかる。

厚い胸板、盛り上がった肩、引き締まった腹筋はシックスパックとなり、決して筋肉が付き過ぎず、しかしやせ過ぎず、しなやかさと力強さを併せ持つ彫刻のような筋肉に、千冬の隣で同じくテレビを見ていた教師山田真耶は、「はふぅ……」とうっとりとした表情でため息をついていた。

照秋はデモンストレーションとしてアリーナを優雅に飛び回り、次に空中に射出されたターゲットに向かって、刀剣型武装を装備し撃墜していく。

 

「……すごい……」

 

誰かが呟いた。

量産第三世代機竜胆のスペックもあるが、それでもそれを操作できる技量、正確にターゲットを近接ブレード一本のみで破壊していくさまに、感嘆する。

 

自分から近いターゲットと、遠いターゲットを瞬時に確認し、全てを撃破するべく最適なルートを判断、実行する。

言うだけならば簡単だが、やるとなると話が変わる。

千冬は照秋の技量を見て眉をひそめた。

あの動き、一朝一夕でできるものではない。

それこそ、代表候補生並みにISを搭乗していないと出来ないだろう。

実際、照秋の技術は代表候補生となる技量ラインを越えていた。

そして、痛みに耐えるように表情を歪める。

 

ワールドエンブリオ社は、照秋がIS適性があると、知っていたのだ。

照秋が誘拐された一年前から。

そして、ワールドエンブリオ社が照秋を保護することを容認した日本政府も知っていた。

だから、あの誘拐後の面会時に照秋を自社で保護すると言い、卒業式でも照秋を家に帰そうとしなかったのだ。

ということは、照秋は少なくともこの一年はISと触れる機会があった。

だからこそのあれほどの技量だろう。

ワールドエンブリオが照秋を保護して、今になって公表したのは恐らく一夏が大々的に世界に発表されたからだ。

もし、一夏が世界で発表されなかったら、照秋はどうなっていたのだろうか?

人目につかず、モルモットのように日の目を見ず、人体実験を繰り返され非人道的な扱いを受け続けたかもしれない。

 

「……ワールドエンブリオ……」

 

ギリッと歯を食いしばり、地を這うような低い声でつぶやく因縁の相手。

女社長は未だ照秋についてなにやら説明をしているが、もう千冬の耳には何も入らなかった。

 

 


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