メメント・モリ   作:阪本葵

55 / 77
第55話 VTシステム対照秋

「……なんだ?」

 

照秋は目の前で起こっている現象に眉を顰める。

戦っていたラウラが、突然脱力したように体の力を抜いたかと思ったら、ラウラの纏うシュヴァルツェア・レーゲンがドロドロと形状を変化させラウラを覆っていった。

グネグネと蠢くコールタールの様なISは、徐々に形態を安定させていく。

 

そして、変形が安定した姿を見て、照秋の直感が危険信号を送った。

 

”あれはヤバい”

 

変形したシュヴァルツェア・レーゲンは先ほどまでの形とは異なり、打鉄に似た形状に、右腕には一振りの剣。

ラウラを覆い尽くしたISは女性の姿を模しているが、その姿につぶやく。

 

「……千冬姉さん?」

 

『そのとーりだよテルくん!』

 

突如プライベートチャネルで束が声をかけてくる。

 

『そのISには過去のブリュンヒルデの戦闘データを模して再現実行できるシステムが入ってたんだよ。名前はVTシステム。ちなみに、その姿は第一回世界大会のときのちーちゃんだね!』

 

「なるほど。つまり模倣ですか」

 

特に驚くわけでもなく淡々と現状把握をする照秋。

戦法として強い人間の動きを模すというのは間違いではない。

ラウラはドイツ軍で千冬を師事していたのだから尊敬する人物の動きを真似るというのは自然な事である。

ただ、その戦法を今使う事が良作なのかは疑問だが。

 

『でもそのシステムは欠陥品で、操縦者は意識失うし、負担がハンパないんさー』

 

「具体的には?」

 

『そのまま放っといたら死んじゃうね』

 

死というキーワードに、照秋は即座に八双の構えを取り瞬時加速を駆使して変形したシュヴァルツェア・レーゲン――VTシステム――に接近しノワールを袈裟狩りに振り降ろす。

しかし、VTシステムは難なくその攻撃を剣で受けた。

 

「ちぇええええぇぇいっっ!!」

 

『彼女を助ける方法は、VTシステムを倒せばいいだけだから。遠慮なくやっちゃってー!』

 

束の言葉に、更に一気呵成とばかりに気合を入れノワールを抜刀の構えから神速で繰り出す照秋。

唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風と「八方萬字剣」を繰り出すが、悉くを防がれる。

超接近戦を強いる剣戟は無酸素運動で行われる。

そんな攻撃がそう長く続くわけもなく、照秋は一息入れるために距離を取ろうとバックステップするが、VTシステムはそれを待っていたかのように追い打ちをかける。

しかし、そんな追撃を予想していなかった照秋ではない。

バックステップしながらわずかな時間で息を整え、迎え撃つために地面に足を付け踏ん張る。

 

VTシステムは上段の構えから剣を振り降ろす。

振り降ろされた一撃を受ける照秋だったが、苦悶の表情に変わった。

 

(重い!)

 

振り降ろしは重力、体重なども加味される。

さらにISによるブーストもあるのだろう、照秋の足が地面に沈む。

照秋は重い一撃を防ぐのに精一杯で、次の攻撃に対処できなかった。

 

横っ腹にVTシステムから横蹴りを受け、吹き飛ばされる照秋。

地面に何度もぶつかり、そのまま壁に激突してしまった照秋は、土埃が舞い姿が見えなくたった。

しかしVTシステムはそんな照秋を追いかけるように瞬時加速を使い接近し、大きく剣を振りかぶる。

 

「だらあぁっ!!」

 

突如土埃を吹き飛ばし、照秋が飛び出す。

構えは蜻蛉。

二の太刀いらずの示現流奥義。

 

[雲耀の太刀]

 

「えええええぇぇぇぇいぃっっ!!」

 

気合い一閃、照秋はVTシステムの攻撃より先に攻撃を当てるという戦法に打って出た。

示現流の真骨頂、先手必勝ではあるが、ようするに当たったもの勝ちという博打のような戦法だ。

だが、VTシステムはここで致命的なミスを犯した。

照秋の行動が予想外だったのか、攻撃から一転し防御に回ってしまったのだ。

振り上げる剣を、即座に防護の姿勢で構えるVTシステムは、この攻撃を受け次の攻撃に懸けたのだ。

 

この思いの差が勝敗を生む。

 

先手必勝・一撃に懸ける思い

 

確実に相手を倒すため次の攻撃に懸ける行動

 

照秋はノワールを振り降ろした。

 

そして、VTシステムの剣をバターのように切り落とした。

予想外の事態に、VTシステムは急ぎ行動を修正、武器がなくなったVTシステムは照秋から距離を取ろうとした。

しかし、照秋の瞬時加速は未だ止まっておらず、そのままの速度で追いかけ、さらに振り降ろしたノワールの切っ先を切り返す。

そして、そのまま切り上げた。

 

 

 

――ラウラは夢を見ていた。

それは、一人の少年の日常。

しかし、その日常はラウラが見ていても吐き気を催す内容だった。

周囲から心無い言葉を投げられ、身内である兄からも暴力を受け、姉はそれに気づかない。

少年の心と体はボロボロだった。

精神が崩壊してもおかしくない日常のある日に、救いの手はあった。

 

少年は姉や兄と同じく剣道場に通っていた。

そして、毎日稽古が終わると道場から離れた更地で一人黙々と竹刀を振り降ろす。

毎日、毎日、稽古で出来た体の痣の痛みに顔を歪めながらも、汗だくになりながら竹刀を振る。

ラウラから見ても、とても才能があるようには見えない太刀筋だった。

そこへ、一人の女性が声をかける。

 

『ねえ、君は何でそんな意味のないことを毎日するの?』

 

女性は、夕日を背にして問いかけてくるので表情はわからないが、声音はどこか悲しいような、怯えたような感じに思えた。

少年は、竹刀を降ろし女性に言った。

 

『僕は、愚図で無能です』

 

『そう言われてるね』

 

『でも、僕はこれしか出来ないんです』

 

『竹刀を振ることが?』

 

『いえ、覚えるまで何回もこうするしかできません』

 

『……なんで、そこまでするの?』

 

少年は女性の言う意味が分からなかった。

なんで、と言われても、そうするしか考え付かなかったからのだから、質問の意図がわからない。

 

『そんなことしても、君は強くならないし、■■ちゃんは見てくれないよ。それにもし強くなっても■■くんがまた怒るよ』

 

名前の部分にノイズが走ったように聞き取れなかったラウラだったが、少年はああなんだ、そんなことか、と納得し笑った。

 

『でも、■■お姉ちゃんは前に僕にこう言いましたよ』

 

――努力には必ず結果が伴う。それは報われるとは限らないが、それでも自分の在り方を否定するものではない――

――前を見ろ。その時の景色は確かに変わっているはずだから――

 

『――そっか』

 

女性は、肩を震わせ俯いた。

 

『そっか……希望は、捨てちゃダメなんだね……』

 

震える声で、しかし、先ほどとは違い声音には明るさが混じっていた。

 

そんな光景を見て、ラウラの意識は薄れ始め目の前が白くなっていった――

 

 

 

――次に目を開けると、目の前にはISスーツのみを纏った照秋がいた。

ああ、とラウラは納得した。

 

『あれはお前の記憶か』

 

『なんのことだ?』

 

照秋はラウラが垣間見た光景がわからないようで首を傾げる。

わからないならいい、とラウラは苦笑し改めて照秋を見る。

引き締まった肉体は、しなやかさと力強さを併せ持った理想的な体格で、絶妙なバランスに感嘆の息を漏らしてしまう。

そう、無能と罵られた少年は、ここまで素晴らしい男になったのだ。

 

『織斑照秋、お前は強いな』

 

素直に賛辞するラウラ。

しかし、照秋は眉を顰めその言葉を否定した。

 

『俺は弱い』

 

『なぜだ? そこまで力があれば、間違いなく国家代表になれるだろうに』

 

『腕力じゃないよ。俺は守ってもらってばかりなんだ。心が弱いから、マドカや箒たちがいつもそばにいて俺を助けてくれる。そんな弱い自分が嫌いだから、もっと強くなりたい』

 

心も、体も、という照秋を、眩しいものを見るように目を細めるラウラ。

 

『強くなってどうする?』

 

『守るんだ。大切な人たちを』

 

なるほど、とラウラは笑った。

そうか、それがお前の強さの根源か。

努力は裏切らない。

それは、今は見えなくてもいつか結果として芽が出る。

その芽が大きな花を咲かせるのか、小さな花のかはわからない。

しかし、照秋は疑わない。

自分の努力を信じて進む。

それが、姉に言われた言葉だから――

 

 

 

斬られたVTシステムは、血しぶきのようにドロドロの黒い装甲をまき散らし、徐々に形状が維持できなくなり中から意識を失っているラウラが現れた。

ずるりと滑り落ちるラウラをしっかりと受け止め、安らかに寝息を立てるラウラを見てホッと一息つく照秋。

一瞬意識がどこか別空間に飛んだ気がしたが、ラウラの体の状態を見て異常がない事確認すると、訓練施設内に駆け寄ってきたマドカやシャルロット、クロエ達の元へ向かうのだった。

 

 

 

「――ここ、は?」

 

ラウラは目を覚ました。

見知らぬ白い天井をボーっと眺め、自分の状態を確認する。

簡易ベッドに寝かされているが、体中の筋肉が悲鳴を上げるように痛い。

そのため顔しか動かせず周囲を見回す。

 

「気付きましたか」

 

声がした方を見ると、そこにはクロエがパイプ椅子に座り端末を操作していた。

 

「ここは研究所内の医療施設です。模擬戦の記憶はありますか?」

 

「……途中から意識がなくなって……」

 

「そうですか。ではこれを見なさい」

 

そう言ってクロエはラウラに端末のモニタを見せた。

そこにはラウラが意識を無くしてからの戦闘記録が映し出されていた。

そして、自分の変わり果てた姿に絶句する。

 

「こ、これは……」

 

ヘドロのようにまとわりつくIS、そして変わり果てた姿は自分が目指していた人物。

 

「あなたのIS、シュヴァルツェア・レーゲンにはVTシステムが積まれていました」

 

ラウラでなくとも、ISに携わる人間ならばそのシステムがどれほど危険なものであるか知っている。

操縦者の意思を無視し、ブリュンヒルデの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するそのシステムは、操縦者への負担が多大なものになる。

最悪操縦者は死んでしまうほどの危険な装置で、現在あらゆる企業・国家での開発が禁止されている。

VTシステムを発動し照秋と戦う姿を見て、ラウラは苦悶の表情を浮かべる。

 

「……私が、もっと戦いたいと、望んだからか」

 

「そうだねー」

 

突如、束が現れ落ち込むラウラの言葉を肯定する。

その表情はいつものように笑顔だ。

 

「今回の事を全部説明するよ。聞くかい?」

 

嫌なら聞かなくていい、そう言う束だが、ラウラは無言で頷いた。

 

束が言ったことはこうだ。

そもそもラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが積まれている疑惑は持っていたが確証がなかった。

だから、ラウラと照秋を戦わせVTシステムを発動させる状況に追い込み証拠をつかむことにした。

これが束が最初に言っていた確証を得るための行動だったのである。

そしてもう一つ、照秋の踏み台になってもらうという事も説明した。

照秋に、模造品ではあるが千冬と戦い勝って自信をつけてもらいたかったからだという。

ラウラがVTシステムを発動すれば、過去のブリュンヒルデのデータから千冬のデータを使用するのは確信していた。

だから戦わせ、追い込み、さらに照秋の成長のために犠牲になってもらったのだとも言った。

 

思うところはあったが、結果はご覧のとおりである。

 

「恨むんなら、私を恨んでいいよ。でもテルくんはこの事を知らないから」

 

「いえ、恨むなんてとんでもない」

 

突然殊勝な態度を取る束に驚くラウラは反射的に首を横に振る。

しかし、事実ラウラは束や照秋を恨むなんて微塵も思っていない。

束はクロエの命の恩人だし、初めて見つけた照秋は好敵手だし、感謝こそすれ憎悪を抱くなんてありえない。

 

「そう、ありがとう。それと、ごめんね」

 

「あ、いえ……」

 

世間一般で知られる束の人物像は、唯我独尊で扱いづらい人間である。

だが今目の前にいるのは、ちゃんとした礼節を持つ一人の女性であり、現代の倫理観もしっかり持っている。

やはり日本のことわざである「百聞は一見にしかず」とはこの事だろう。

 

「それと、ここから先は私たちに任せてくれるかな」

 

「私たち……ワールドエンブリオとして、ですか?」

 

「うん、ここから先は、ドイツ政府も絡んでくる。国と企業の話になるからね」

 

束の言う事は、つまりドイツ国やラウラにとって辛い選択を迫られることになるという事だ。

そうなると軍に属するラウラにとって見たくない事が起こる。

 

ラウラはゆっくり頷き、それを見た束は満足そうに笑顔を向ける。

そして、もう話はないとばかりに振り返り部屋を後にする束に、ラウラは思い出したかのように声をかけた。

 

「そういえば、あなたは織斑照秋にどんな希望を見たのですか?」

 

歩みを止め、ピクリと体を震わせる束は、しかし振り向くことなく佇む。

 

「……そっか、相互意識干渉(クロッシング・アクセス)が起こってテルくんの過去を見たんだね」

 

納得したようにひとり呟く束だったが、その声音は少しトーンを落としたものだった。

ラウラが見た映像では、照秋に話しかけていた女性は夕日を背にしていて顔はわからなかったが、篠ノ之束であることは声でわかった。

だから聞いてみたかったのだ。

ただ、無意味な素振りをする少年の照秋に、どんな希望を見たのか、と。

 

「そうだねー」

 

んー、と考えるそぶりをする束は、くるりと振り返り笑顔でこう言った。

 

「人類はまだやり直せる――かな?」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。