メメント・モリ   作:阪本葵

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第56話 天元突破ラウラさん

束との会話の後、疲れたのかラウラはすぐに寝てしまった。

しばらくして起きるとすでに夜も更けていたので、とりあえず門限は過ぎているが学園に帰ることにした。

ラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンは照秋との戦いで大破してしまったのと、VTシステムを取り除く作業、さらに大幅アップデートを行うためにワールドエンブリオに一時預かりとした。

また、帰る際一人で立つことも出来ないほど疲労していたラウラは、照秋に背負われてIS学園に帰ったのだが、その現場を箒とセシリアに目撃されてしまい一悶着あったり、門限を過ぎて帰ってきた生徒を叱ろうと待ち構えていた千冬が、照秋の背中で借りてきた猫のように大人しくしているラウラを見て驚いたりと、なかなか面白い一日の締めとなった。

そんな照秋とラウラのちょっとした事件の翌日、変化があった。

 

「織斑照秋、お前は私の好敵手、いわゆるラマンだ」

 

「ちょっと待て」

 

いきなり3組に現れたかと思ったら、わけのわからない事を口走るラウラ。

ラウラのラマン発言に、箒やクラスメイト達は固まった。

 

「普通、そこは好敵手と読んでライバルじゃないのか?」

 

「む? クラリッサは愛人(ラマン)だと言っていたが?」

 

「はっきり愛人って言った!?」

 

「クラリッサが言うにはこうだ。『嫁がダメなら愛人でいいじゃない!』とな!」

 

「それもう好敵手関係ないよね!? ていうかクラリッサさん何言っちゃってんの!?」

 

ラウラはクラリッサに事の顛末を報告した。

その時のラウラのテンションの高さにクラリッサは「あ、惚れたな」と判断した。

正確には本気で渡り合える相手を見つけた嬉しさからなのだが、ラウラが照秋に心を許したのだからこれは「あの計画」を発動するチャンスだと考えたのだ。

照秋の妻としてドイツからは自分が占めている。

IS委員会が提示した一夫多妻制度では一国一人という条件だから、

いくら敬愛する隊長であっても、照秋という大事な「嫁」を手放すわけにはいかない。

しかし方法はある。

「愛人」にすればいいのだ。

愛人は妻の頭数には入らない……はずだ。

それに、男は甲斐性だともいうし、英雄色を好むともいう。

そう、ラウラを愛人にして自分が妻になれば、いつまでも一緒にいられるしWIN-WINの関係ではないか!

そ、そうすれば……隊長と、自分と照秋が三人絡まってくんずほぐれつ……ぐふふ……!

……と、そんな薄汚れた欲望の元、クラリッサはラウラにワザと話違った知識を吹き込み、まんまと乗せられたのだった。

なんというトンでも理論、なんというチョロイ隊長。

大丈夫か、ドイツ軍。

 

「さあ織斑照秋、昨日のように私と熱く激しくぶつかり合い、互いの想いをぶちまけようではないか!!」

 

「誤解を招くからやめてー!! ていうかアンタいまISないだろう!?」

 

「照秋、ちょっと話をしようか」

 

「箒さん? なにそのどす黒い殺気! 待って! 説明したじゃん! 昨日説明したじゃん!!」

 

「ソッチではない! 愛人だと!? 結婚する前から浮気など許さんぞー!!」

 

「だから違うってー!!」

 

とまあ、騒がしい始まりがあったのだが、本来ならそれを止めるべき人間がいるのだが、今日はいない。

ストッパーであるマドカは、学校を休んだ。

理由は「会社の都合」という事になっている。

また時を同じくしてドイツの山奥にある施設が破壊され、その施設に居た人間も悉くが死んだ。

その事をドイツ政府は山火事とだけ報道し、事の真相を闇へと葬った。

ただ、その前後でドイツ政府とワールドエンブリオのやりとりがあり、政府役人が顔を真っ青にするような事を言われ、「我々はワールドエンブリオと良好な関係を続けたく、決して今回の事は我が国の総意ではない」という表向きの言葉と「篠ノ之束博士が絡んでるなんて知らなかったんスよー! いやーマジびっくりなんだけど! テヘペロ☆ だから、お願いしますから見捨てないで、仲良くしてね! あ、あとクロエの事は好きにしてくれて構わないんで、VTシステムの事は黙っててね!」という裏の言葉をクラリッサが上官から受け、それをラウラに伝えた。

そしてそれを聞いたラウラは、あまりにも情けない国の対応に、部屋にシャルロットがいるにもかかわらず大声で叫び暴れまわったという。

 

さて、数日後「会社の都合」で学園を休んでいたマドカは、若干疲れた顔で復帰した。

何をしていたのかは口にしなかったが、大変なことがあったのだろう。

そんなマドカの復帰初日の授業だが、担任のスコールから連絡事項として「学年別トーナメント」の注意事項とルール変更が言い渡された。

 

「今年から学年別トーナメントは二人一組のタッグマッチとなりました」

 

それを聞いてざわめく生徒達だったが、横で控えていたユーリの注意で鎮まる。

 

「ただし、タッグを組むのには条件があります」

 

○代表候補生同士で組まない事

○専用機持ち同士で組まない事

これは、少しでもペアの力量差を無くす処置である。

ただでさえ代表候補生と一般生徒ではISの操縦時間が違うし、専用機なら訓練機との差は歴然である。

 

「この二つを守ってもらえれば、後は自由よ」

 

そう言うや、クラスメイト達の視線が照秋、箒、マドカ、そして趙に集中した。

何故なら、この四人は3組で専用機を持つからである。

 

「それと、無理して当日までにペア組まなくても、抽選で決める方法もあるから。この場合は専用機持ちとか代表候補生同士とか関係ないから」

 

そう言い終わると、ユーリに代わり通常授業に入ったが、生徒たちは授業そっちのけで照秋、箒、マドカ、趙をガン見するのだった。

そして、休み時間になるや、クラスメイト達だけでなく他のクラスからも生徒が照秋たちに押し寄せた。

 

「織斑君! 私とペアになろう!」

 

「篠ノ之さん! ぜひ私と!」

 

「趙さん! 大穴のあなたに今のうちに妥協するわ!」

 

「マドカさん! 私をお姉ちゃんと呼んでもいいのよ! そしてこのダメなお姉ちゃんを踏んで罵って!!」

 

「なんか私の扱いがひどいよ!?」

 

「おい、最後の奴待て」

 

おもわずツッコミを入れる趙とマドカ。

波のように押し寄せる彼女たちに目を白黒させる照秋たち。

特に、照秋とマドカに押し寄せる人数が半端ではない。

 

いきなり教室の密度が上がり、また彼女たちの様々な香水の匂いが鼻を刺激し気持ち悪くなってきた照秋。

顔を青くし、小さい声で「ちょっと、抑えて…」というのが精いっぱいだった。

照秋が明らかに体調不良に陥ってることに気付き助けようとした箒だったが、自分も多くの生徒に囲まれ身動きできない。

そしてとうとうマドカがキレた。

 

「いい加減にしろお前ら!」

 

騒いでいた生徒たちがマドカの一喝で静まり返る。

 

「自分のペアは自分で決める! 今後言い寄って来ても相手にせんからそのつもりでいろ! さっさと散れ!!」

 

マドカに説教され、自分たちの浅慮な行いを反省したのか集まっていた生徒たちは教室を出ていきいつもの教室の密度に戻る。

 

「まったくっ!」

 

プリプリ怒るマドカだったが、そんなマドカを見てホンワカするクラスメイト達。

実はマドカは3組内ではISの操縦が恐ろしく上手く、強い、そして情報通という「完璧超人」といったイメージと、もう一つ「3組のマスコット」的な位置づけにされていた。

マドカは不遜な態度を取り若干クラス内でも浮いた存在で、苦手意識を持つ生徒もいたのだが、そんなマドカはクラス内では一番身長が低い。

さらに、体格も平均より幼く、細い。

そんな体に反し、切れ長の目で常に不機嫌そうに口をへの字にしている眼鏡をかけた美少女。

そして、いつも常に照秋の傍にいて護衛と称して甲斐甲斐しく世話をする姿。

クラスメイト達は、そんな態度のマドカを見てこう思った。

 

『背伸びしているおませな幼な妻、もしくはロリ姉』

 

そう思うと、苦手意識を持っていたマドカに無性に保護欲を掻き立てられるのだから不思議だ。

 

「大丈夫かテル」

 

マドカはすぐに照秋の元へ向かう。

箒も続き、照秋の体調を確認する。

先程より顔色は良くなっているが、それでも表情は優れない。

 

「……いろんな匂いが混じって気持ち悪い……」

 

今までの中学校では汗と泥の匂いしか嗅がなかった照秋にとって、人工的に作られたフレグランスの匂いは免疫がなくきついようだ。

窓を開け換気しながら深呼吸する照秋の姿に、クラスメイト達はあまりキツイ香水は止めようと誓ったのだった。

 

 

 

昼休みになり、照秋たちはいつものメンバーと、趙、ラウラ、簪を交えた大所帯で昼食を採るのだが、皆が一様に不満を漏らしていた。

 

「まったく、皆さんもう少し腰を据えてほしいものですわ」

 

ため息を漏らしながらサンドイッチを口に運ぶセシリア。

 

「ペアになると伝達した途端だからねえ」

 

シャルロットも苦笑しフォークにパスタを絡める。

 

「私にまで言い寄ってきたからな。まあ、勝利への執念は買うが」

 

ラウラはサンドイッチを目の前に置き腕を組んでフンと息を漏らす。

 

「……私の専用機も、トーナメントまでに完成するってクラスメイトに言った途端すごい言い寄られた」

 

はあ、と大きくため息を漏らし箸をおく簪。

 

「私も、国から専用機授受してまだそんなに日数経ってないのに……まあ、なんか大穴狙いとか言われたけど。言われたけど!」

 

趙は憤懣冷めやらぬのか、ザクザクとフォークをチキン南蛮に刺す。

 

「まあ、あの勢いにはびっくりしたな」

 

箒は綺麗にサバの身と骨を分けながら呟く。

 

「調子いい奴らばっかりだ。話もしたことが無い他のクラスの奴が頼み込んできて受けてもらえると思ってるのか? まったく! まったく!」

 

マドカには珍しく未だに怒りが収まっておらず、バリバリとキャベツを食べる。

女子たちの愚痴を聞きながら、黙々とソバをすする照秋。

こういうときは無言で聞き手に回った方がいいと勉強した照秋は、彼女たちの会話に口を挟まない。

実際照秋もいきなり大多数で言い寄ってきたことに不満を持っているのだ。

しかし、学年別トーナメントではペアを組まなければならず、それは代表候補生と専用機持ちを除外される。

ふと、照秋は考えた。

自分の知り合いに代表候補生と専用機持ち以外がいるだろうか、と。

 

……いなかった。

 

というか、今一緒に昼食を採っている人間以外と親しい人間がいなかった。

そうなれば、少しでも接点のある生徒と組む方が気持ち的にも楽になる。

 

「……クラスメイトの誰かと組むのが得策かなぁ?」

 

そうポツリとつぶやく照秋の言葉を聞き逃す箒たちではない。

 

「誰と組むんだ!?」

 

「まさか、次の妻候補を選定したのですか!?」

 

「興味あるなあ。僕、すごく気になるなあ」

 

「ふむ、もう次に手を出すか。豪胆だな織斑照秋」

 

「……野獣」

 

「うわー、織斑君て肉食系なんだー」

 

上から箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、趙である。

散々な言われようだ。

ちなみにラウラだが、先日の愛人宣言を撤回するつもりはないらしく、毎日3組に来ては笑顔で「さあ、今日も激しくヤリ合おうではないか!」と叫びクラスからキャーッと歓声やら悲鳴やらが巻き起こる。

ヤリ合うとは、今はまだシュヴァルツェア・レーゲンが届いていないので、行うのはいつもの訓練であって決して夜戦ではない。

予定では、今日ワールドエンブリオから改良を加えたシュヴァルツェア・レーゲンが届くので、ラウラはいつも以上にテンションが高かった。

 

「まあ、私も手伝ってやるから落ち込むな」

 

マドカがポンポンと照秋の背中を叩く。

そんな優しさが沁みた照秋は、マドカの手を取り感謝する。

 

「ほんとにマドカっていい奴だな! 俺、自分が女だったら絶対マドカに惚れてた」

 

「……私は女だ」

 

「……あっ」

 

「お前今胸見て言ったな? そうだな? よし、今日の訓練メニューは久々に地獄級で行こうか」

 

「ばっちこい」

 

「ダメだ、コイツにはご褒美だったか!」

 

他の女子たちを余所に、照秋とマドカはまるで恋人のようにじゃれ始めた。

そんな光景を見て、疑惑の目を向ける箒たち。

 

「……本当に恋愛感情が無いのですわよね?」

 

「……たぶん……」

 

セシリアの疑問の声に、箒は自身なさげに応えるしかできなかった。

 

 

 

放課後になり、昼食を一緒に採った、ワールドエンブリオに関わった人間たちがアリーナに集まる。

メンバーは照秋、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、趙、マドカである。

 

照秋と箒、セシリアはいつも通りの練習に入ろうとしたのだが、マドカが待ったをかけた。

 

「今日はお前らも教える側にまわれ」

 

どういう事かと首を傾げる照秋だったが、メンツを見て納得した。

まず、趙は量産第三世代機竜胆・夏雪を渡されて間もなく、操縦に慣れていない。

シャルロットも竜胆を自分専用にチューンしたばかりでまだ細かい調整が出来ていない。

ラウラも、シュヴァルツェア・レーゲンを改良したばかり。

さらに簪は自身が考えただ三世代機兵装マルチロックオンシステム[薊(アザミ)]の試験が済んでいない。

 

「わかった。じゃあ、俺はラウラを相手しよう」

 

そう言うや、ぱあっと目をキラキラさせ笑顔になるラウラ。

 

「セシリアは趙を頼む。夏雪のレクチャーをしてやってくれ」

 

「わかりましたわ」

 

「箒はシャルロットだな。アイツと模擬戦して竜胆の癖を叩きこんでやってくれ」

 

「了解した」

 

「センパイは私と薊の最終チェックと[甲斐姫]との同期テストだ」

 

「ん」

 

各自が分かれ、訓練が始まる。

セシリアはブルーティアーズを展開しながら、趙に夏雪の操作方法や特徴などを説明

箒はシャルロットの竜胆の操作に慣れてもらうための軽い模擬戦を行う

マドカと簪はアリーナからピットに移りプログラムのデバッグと起動チェックを行い、早ければ今日中に起動試験を行う

そんなメンバーの中で一番激しかったのが照秋とラウラである。

 

「はっはあぁっ!! 楽しいなあ好敵手(ライバル)!!」

 

「都合いい時だけライバルって言わないでくれますかね!」

 

ラウラが笑い声を上げながらワイヤーブレードを照秋に放ち、それを難なく避ける。

すでに左目の眼帯は外しヴォーダンオージェを発動している。

一応模擬戦であるためワイヤーブレードの先にはむやみにISに傷をつけないように処理しているし、レールカノンも出力を下げている。

照秋のメメント・モリもノワールの刃を変更し斬れないようにしている。

 

「すばらしいぞこの動き! まさかここまで性能が上がるとは思わなかった!!」

 

実際初期のカタログスペックより実稼働率30%もアップしたのだから、ラウラのテンションが上がるのも無理はない。

 

「ふははははっ!! たぎる、たぎるぞぉっ!」

 

「今回は改良後の稼働チェックなんだから、もう少しトーン落とそうよ!」

 

「だが断る!!」

 

「何言ってんのこの隊長様は!?」

 

照秋の窘めに聞く耳を持たないラウラ。

もはや原形をとどめないほどテンションアゲアゲのラウラに、ドン引きの面々。

 

「……なにかクスリでもキメてんのかあいつ」

 

「それ、シャレにならないから」

 

マドカの苦言に冷静に突っ込む簪。

しかし、ラウラも照秋も高次元のIS戦闘を行っているのでキーボードを叩く手を止め釘付けだ。

 

だがこの後、アリーナで大規模な模擬戦を行っていることが教師の耳に入り、照秋とラウラはこっぴどく怒られたのだった。

当然だろう、アリーナでは照秋たち以外の生徒も訓練機を借りて練習を行っているのだから、下手して流れ弾などの被害が及ばないとも限らないのだ。

 

結果、ラウラは担任の千冬にこっぴどく叱られへこみ、照秋もスコールから注意を受ける羽目になったのだった。

とんだとばっちりである。

 

 


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