学年別タッグトーナメントが近付き、周囲ではペアを作り練習をする姿が多く見れるようになってきた。
しかし、未だ照秋達のような、代表候補生、専用機持ち組はペアを作れないでいた。
ただ、簪だけはすぐにペアを作っていた。
相手は1組の布仏本音である。
「本音は私の従者だし、友達だから」
自身の専用機[甲斐姫]の調整を行う簪とマドカはそんな世間話をしながらも手を休めない。
「そうか……センパイの唯一の友達が従者か。4組でボッチだったから心配してたんだ。よかったな、従者でも友達認定してもらえて」
「ボッチじゃないし。本音は友達だし。従者はついでだし。だからその生暖かい目で私を見ないで結淵マドカ」
「よかったでちゅねー、お友達は大事にしまちょうねー」
簪をからかって楽しんでいるマドカの態度に眉がヒクヒク動く簪だったが、フフンと余裕の笑みを浮かべた。
「そういうあなたはペアを見つけたの? ああ、あなたも友達居なさそうだから当日の抽選にするのかしら?」
簪は知っている。
マドカも友達が少ないことを。
いつも照秋や箒の護衛として付いて回るため他の生徒との接触が少ないのである。
しかし、マドカは何でもないように言った。
「残念、すでに私は見つけて組んでる」
「なん……だと……!?」
驚愕の表情を浮かべる簪。
「……あのな、私は友達がいないんじゃない。自分で作らないだけで、やろうと思えばいつでもペアくらい見つけられる。アンタみたいなコミュ障の引きこもりじゃなんだ」
「コミュ障言うな。引きこもり言うな」
プリプリ怒る簪だが、端から見るとコミュ障認定されそうなほど無口だし、引きこもりと思われるほど部屋から出ないし、とにかくダメ人間まっしぐらだった。
そして夕食の時間となり、照秋たちはいつものメンバーで食事を採る。
「セシリアとシャルロットもペアを見つけたのか」
照秋がそう言うと、笑顔で頷く二人。
「ええ。まあ、別のクラスの同郷ですが」
「僕はクラスメイトの相川清香さんだよ」
「そうか、よかったな」
専用機持ちとペアを組みたがる人間は多くいる。
むしろ、ほとんどの人間はそうだ。
それは、トーナメントに勝ちたいという者から、専用機のデータを少しでも入手したいもの、代表候補生の実力を近くで知りたいものと、さまざまである。
そんな思惑を知りながらも、ペアを選定するのには骨が折れる。
そう言う理由からセシリアは同じイギリス出身の人間を選び、シャルロットは気の合う人間で害意の無いクラスメイトを選んだのである。
「私は当日の抽選に任せる」
ラウラはそう言うが、これにはれっきとした理由があるらしい。
「当日にペアを組むことにより互いの技量把握が出来ず、連携不足というハンデを自らに課すことにより、対戦ペアとの力量の差を埋めるのだ」
フフンと鼻を鳴らし自信満々に言うラウラ。
それを見て、ああ、と納得するセシリアたち。
ラウラは国家代表クラスの実力を持っていることを理解しているし、戦闘狂なところも知っているから何も言えないのである。
ようするに、強すぎる自分と相手との力量の差をなくすためにあえて自分に負荷をかけるというのだから呆れるしかない。
そもそも、代表候補生と国家代表の間にはどれほどの実力の開きがあるのだろうか?
セシリアはブルーティアーズが改修され、さらにIS学園に来てからそれまで以上の苛烈な訓練を毎日行ってきたから実力が格段に上がっている。
今イギリスの国家代表と戦えばそれなりにいい試合をするだろうが、それでも勝てないだろう。
シャルロットも、専用機を第二世代機のラファール・リヴァイブから第三世代機の竜胆に乗り換え格段に性能はアップしたが、フランスの国家代表には太刀打ちできないであろう。
そんな太刀打ちできないであろう実力を持つ人間が同学年にいるラウラである。
己の力量を図るためにもラウラのように強い人間と戦うのは良い事だろうが、しかしトーナメントには勝ちたいという気持ちもある。
だから、ラウラの自分に課したハンデに呆れつつも、勝機はあると内心ホッとしていたが、まだ問題がある。
あと、もう二人、国家代表クラスがいるのだ。
それは、照秋とマドカである。
照秋は実際にラウラと戦い勝っているので、実力は国家代表クラスと同等、もしくはそれ以上となる。
さらにマドカはその照秋以上の実力を持つし、ロシアの国家代表である更識楯無に圧倒的な実力差を見せつけている。
ハッキリ言って、こんな若年層で国家代表が3人もいることは異常なのだ。
ほとんどの国の国家代表は20代を超える、心身ともに成熟し完成された人物ばかりである。
しかし、今年のIS学園には国家代表、もしくは国家代表クラスが4人、そのうち1年生に3人いるのだから他の生徒は明確な目標が出来て喜ぶ半面、こういったイベントでは勝つ見込みが限りなく低いと嘆く羽目になる。
「私はクラスメイトの倉敷さゆりとペアを組むことにした」
「え!?」
マドカの一言に驚く箒と照秋。
3組のクラスメイトである倉敷さゆりとは、全ての成績がクラスで一番下の生徒である。
本人は努力しているのだが、それが成果に結びつかないのだ。
それに、人付き合いも苦手なのか無口でなかなかクラスに馴染めていない。
「あいつはな、努力の仕方を間違えている。だから、私がアイツに正しい知識と訓練を施す」
化けるぞ、アイツは。
そう言ってニヤリと笑うマドカに、セシリアをシャルロットはうわあ、と嫌そうな声を上げるのだった。
「それよりもだ。箒とテルはどうなんだ?」
マドカがそう振ると、箒と照秋は顔を見合わせ言った。
「俺たちは同じ剣道部の子と組むことにしたよ」
「ん? 3組に居る剣道部っていったら、日本かぶれのメイ・ブラックウェルだけだよな?」
メイ・ブラックウェルはアメリカ出身の生徒である。
IS学園に入学したい理由を「日本のサブカルに直に触れたかったから」と堂々とアメリカ政府にすら言いのけた人物である。
しかし本人はいたって真面目で、理由はともかく成績も良くISの適性もAであるため無事入学できた。
そして、IS学園に入学してからは部屋でアニメ三昧の至福の毎日を過ごしているという、ある意味成功者の道を歩んでいる。
「ああ、照秋はメイと組む。私は他のクラスの剣道部の伊達成実さんだ」
「ああ、ずんだ餅大好きの『出奔しげざね』か」
「おい、本人も気にしてるあだ名を言うな。それに『しげざね』じゃない『なるみ』だ」
伊達成実は仙台出身の女子である。
史実の伊達成実とは全く血縁関係は無い。
ただ、ある時出奔(簡単に言うと上司を見限って会社を辞めた)し、伊達家をわりと騒がせた人物である。
その理由は、①家中での席次を石川氏に次ぐ第二位とされた上、禄高も少なくされたことへの不満が原因であるとする説、
②秀次事件への政宗の連座を避けるために嫌疑の内容を自らが被って隠遁したとする説、
③軍記物においては、秘密工作実行のために政宗の命を受けて出奔した、
などと描くようなものなど様々あるが、一番くだらない理由が、
④好物のずんだ餅を政宗に食べられたから、
というものだ。
これはあまりにも可哀そうな理由である。
そもそもずんだ餅自体、発案したのは美食家の伊達政宗であるから、いろいろ矛盾が生じる。
とにかく、そんな逸話を持つ伊達成実と同名の
「わるかったよ。で、どうなんだ?」
降参のポーズを取るマドカは、箒と照秋に向かって聞く。
それは、ペアとの相性である。
いくら同じ剣道部で互いの事をある程度知っているとはいえ、長くコンビを組むとなると様々な問題が出てくるものだ。
「今のところ問題はないよ」
「そうだな」
照秋と箒はそう言うが、マドカは心配で仕方ない。
特に照秋だ。
「メイはなあ……日本かぶれというより、真正のオタクだからなあ……クロエといい、クラリッサといい、なんでお前の周囲にはオタクが集まるんだか……」
やれやれと首を振るマドカに、んなもん知るかという照秋。
「まあ、日本の剣術漫画に感銘を受けてIS学園で剣道部に入るくらいだからな」
入部した時の一言で「九頭龍閃をマスターしたい」と言ったのはIS学園剣道部の伝説に残る迷言である。
「しかも、運動部の中では一番練習がきついと言われ、あまりの練習のキツさに辞める生徒もいるのに、その剣道部を辞めず練習にも付いてきて、さらに実力も付けてきのだからオタクも馬鹿に出来んぞ」
照秋と箒はメイ・ブラックウェルを好意的に捉えている。
この温度差に、頭を抱えるマドカに、苦笑するセシリアとシャルロット、そしてよくわからず首を傾げるラウラだった。
翌日から照秋と箒、マドカの三人はそれぞれのペアと練習をすることにした。
一応皆が対戦相手になるので一緒に練習するのはよくないと箒が言い出したので、別々に練習をする。
とはいえ、1年生の代表候補生や専用機持ちではない生徒は、つい最近授業でISを初めて纏い、歩く練習を始めたばかりであり正直ISの連携や作戦を練るといった段階ではない。
照秋のペアであるメイ・ブラックウェルも例に漏れずISの操縦は全く経験が無いので、まずはPICを切断し歩く練習から始めた。
「……お……重い……」
苦しそうに足を上げ歩くメイ。
その額には玉のような汗が浮き上がっている。
メイ・ブラックウェルはブラウンの髪をショートにまとめた活発そうな少女である。
細身の体ながら長身で、身長は170cm、白い肌にそばかすがより活発なイメージを強くさせるが、彼女はどちらかというとインドア派である。
休日はもっぱら寮室で日本のアニメを見まくっている、典型的なオタクだ。
ISの代名詞であるPICを切断するという事は、操縦者の負担を補助する機能がなくなったという事で、その負担は操縦者にダイレクトに来る。
つまり、機械そのものの重みが圧し掛かるのである。
とはいえ、パワーアシストは機能しているのである程度の負荷は軽減されているのだが。
「補助を切ってるからな、とりあえずPICを切った状態でアリーナをダッシュで一周できるくらいなれたら飛ぶ練習をしよう」
「走る!? こんな重いものを纏ってアリーナ一周!? 倒れないようにバランスを保つのに苦労してるの……きゃあっ!」
照秋の非情なメニューを聞かされ非難の声を上げるメイだったが、集中力が切れたのかバランスを崩し横に倒れた。
照秋は倒れたメイを助けることなく、自力で立てと言い放った。
「それも練習のうちだ」
「……剣道部の練習のときから思ってたけど、織斑君って自分にも他人にもメチャクチャ厳しいね」
「この苦しみが自分の血肉となって、経験となる。今はカッコ悪く足掻くんだ。ほら、立ち上がるのも練習練習。」
「そうやって心身共にボロボロになったところで私にエロいことするつもりね! 同人誌みたいに!!」
「そういうネタはいいから、早く立って歩く」
「ア、ハイ」
こと練習、訓練、特訓など自分を鍛えることに関して妥協することを許さない照秋は、冗談も通じないスパルタ人間に変貌する。
メイは、今更ながら照秋とペアを組んだことを後悔し始めたのだった。
結局、照秋の超スパルタ指導とIS適性Aという操縦センスでメイはその日一日でPICを切ってアリーナを走れるようになったのだった。
その日の練習が終わり、メイと照秋は他愛ない話をしていたのだが、そこでメイがふと思い出したように話を振る。
「そういえば、ナターシャ・ファイルスとどうなってるの?」
アメリカで第三世代機のテストパイロットをしているナターシャ・ファイルスはアメリカ国内でも有名人であった。
ハリウッド女優顔負けの美貌、均整のとれたボディ、流れるブロンドに、白磁陶器のようなシミの無い肌。
そうしてつけられた名が『
さらに彼女は世に蔓延する女尊男卑思想を公の場できっぱり非難し、男性を差別しないというスタンスを取っているのも人気の一つであろう。
結果、彼女は老若男女問わずのスターとなり、近々ハリウッドで映画化も企画されているらしい。
そんな様々なメディアに引っ張りだこで大人気な彼女が、織斑照秋の心を射止めたというニュースは全米を震撼させた。
一時期はアメリカ国内で織斑照秋へのバッシングがすごいことになったのだが、それを沈めたのはナターシャ本人であった。
『私も一人の女性として、一人の男性を愛したい。だから、温かく見守ってほしい』
そう言われると、ナターシャの幸せを願う人々は黙るしかない。
これに大いに安心したのはアメリカ政府である。
政府としてはナターシャの人気でよってアメリカ軍への志願兵が年々増えてありがたいし、世界でいち早く第三世代機を量産化したワールドエンブリオに所属する織斑照秋と繋がりを持つことはアメリカ側としてもメリットが大きかった。
しかし、ナターシャの国内人気も理解している政府は、織斑照秋のバッシングを止めることも出来なかった。
というより止めなかったのである。
アメリカは世界的にも珍しく女尊男卑思想を打ちださなかったのだが、しかし政府内では少なからず女尊男卑思想がある。
少数派の女尊男卑思想の議員、つまり女性議員だが、IS委員会が発表した『織斑一夏・照秋の一夫多妻認可法』を快く思っていなかった。
しかし、大多数の議員や軍関係者、大統領はワールドエンブリオの技術力は欲しい。
過去に何度もワールドエンブリオに対しラブコールを送っていたのだが、それをすべて断っていた。
そこに織斑照秋からナターシャへのアプローチである。
なんとか渡りをつけ、ワールドエンブリオの技術力を手に入れたい政府はナターシャ人気に気を使い内密に話を進めていたのだが、それをリークしたのが女尊男卑思想の議員である。
そして織斑照秋バッシングを裏で操っていたのも女尊男卑思想の議員であった。
女尊男卑思想の議員には思惑があった。
このリークによってナターシャの人気はアメリカ国内でも落ちるだろう。
そして軍への志願兵も減ると推測される。
そうすれば訴訟大国で有名なアメリカ思想によって、国の損害を受けたと、被害を被ったと難癖をつけワールドエンブリオを訴え、アメリカ政府に有利な判決に無理やり持っていけばいいと計画していたのだ。
だが、その思惑にナターシャの心を勘定していなかったため、計画は崩れてしまったわけだが。
なんと、ナターシャは日本の島国の15歳の若僧と真剣に将来を考えていたのだから。
いまだ一度も出会いデートすらしたこともない年下の異国の男に、そこまで思いを向けていたことは誤算だっただろう。
だから、ナターシャの先の発言は皆の心を打ち、この騒動は終息したのだった。
「ナターシャさんは最近テストパイロットの仕事が大変だって愚痴ってるな」
「へえ、あの『天使のナタル』が愚痴る! これは良いネタね!!」
常に笑顔で、不満や悪口などの負の感情を表に出さないナターシャにとっては愚痴ですら珍しいものだった。
「そうか? 結構愚痴とか悪口言ってるぞ? ああ、あとはお勧めの店とか、自分がグラビア撮影した雑誌の宣伝とかだな」
「へ~」
おもしろそうに照秋の言葉を聞くメイ。
実際、照秋の口から出るナターシャ像は、自分が知る『天使のナタル』像からかけ離れ、一人の女性であったから。
「それに、スコール先生を異常に怖がってる」
「ああ、そういえばスコール先生って昔アメリカの代表候補生だったんだっけ? 私は知らなかったけど結構有名人だったらしいわね」
「黄昏の魔女って異名があったらしい」
「やだ、厨二病を患った感じがカッコいい!」
「それ、スコール先生の前で言うなよ」
「わかってるわよ、私も死にたくないしね」
こうして、照秋とメイはコンビとして着々と信頼関係を築き実力も上げて行くのだった。