メメント・モリ   作:阪本葵

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第59話 学年別タッグトーナメント開催

学年別タッグトーナメント当日。

学年毎にアリーナを分け、一週間という期間で行う行事である。

これには来賓客も招かれる。

それは各国の役人や、企業の責任者、開発者などさまざまで、主な目的は自国や他国、もしくは自社、他者の開発したISの性能チェック、生徒のIS適性チェックなどである。

そんな来賓客たちにはもう一つの目的がある。

それは、いま世界中の注目の的であるワールドエンブリオとの直の接触である。

前述しているが、ワールドエンブリオは各社、各国の提携や協力要請を悉く断っている、というか聞いていない。

そういった思惑の絡みや世界各国からの催促もあって、IS学園はワールドエンブリオに招待状を送ったのであるが、そんな面倒臭い場所にすき好んでいく人間などそうはいない。

例に漏れず束は面倒臭いという理由とISの開発で不参加、クロエもわざわざ疲れる場所に行きたくないと同じく不参加であったが、ただ一人だけ無理やり予定を空けワールドエンブリオ関係者として参加してきたのである。

 

「スコ~ル~!!」

 

スコールに泣きながら抱き付く女性。

彼女の名前はオータム・ハート。

イギリス出身の彼女は、スコールやマドカと同じく亡国機業に組していた人間だ。

そして、亡国機業が壊滅し三人で途方に暮れているところを束に拾われた。

彼女の主な仕事は、世界に散らばっている亡国機業の残党狩りや、各国の様々な情報を入手することである。

茶髪の長髪で若干ウェーブがかかっており、見た目は美人の部類に入る。

しかし恐ろしく短気で、マドカとたびたび衝突するほどの気性の荒さを持つ。

そんな女性が、スコールに抱き付き泣いているのだから、彼女を知る人間は目を丸くするしかない。

照秋と箒も、そんな驚く部類の方だった。

 

「会いたかったぜ~!!」

 

「あらあら、私も会いたかったわよ、オータム」

 

「おろろ~ん!! スコ~ル~!!」

 

美人も台無しな泣き方である。

呆れ顔のマドカは、はあ、とため息を付きオータムが泣き止むのを待った。

 

 

 

「しばらく仕事が空いたからな。そうなったらスコールに会いに来るしかないだろ!!」

 

泣き止んだオータムは、グッと拳を握り力説する。

どんだけスコールラブなのかと呆れ顔のマドカ。

まあ、恋人と言いながら仕事の都合でまったく会えていなかったのだから仕方のない事だろうが。

 

「どれくらい休暇をもらったの?」

 

「とりあえず7月いっぱいまでは休んでいていいと言われた」

 

「あら、社長にしては太っ腹ね」

 

スコールも驚く。

長期休暇とはいえ、2か月近く休みを言い渡すことが意外だったのである。

 

「まあ、種まきは既に終わったからな。あとは芽が出るのを待つのみってわけだ」

 

「何の話だ?」

 

オータムの言葉が気になったのか、照秋が首を傾げオータムに声をかける。

しかし、オータムはその質問に答えることなく、照秋を見るなりスコールに向ける恋する笑顔ではなく、ガキ大将のような豪快な笑顔で照秋の首をがっちりホールドする。

 

「おいおい照秋久しぶりだなあ! しばらく見ないうちにでかくなりやがって! おうおう、良い筋肉になってんじゃねーか!!」

 

「そういって尻を触らないでくれ」

 

「ふむ、束博士から照秋の尻は性的興奮を覚えるレベルだと聞いたが……たしかに美味そうだ……」

 

「うわっ!? 尻の穴に指を入れようとするな!」

 

「おい離れろ年中発情女!!」

 

「照秋に近付くな!!」

 

オータムの言葉と手つき、そして照秋の悲鳴に危機感を覚えたマドカと箒が照秋を引き離し抱きかかえる。

 

「なんだよ私が照秋を食うと思ってんのか? 安心しろマドカ、お前の大事な大事な『弟君』に手なんか出さねえよ」

 

やれやれと肩をすくめるオータムに、マドカは歯をむき出しにして威嚇する。

そんなやり取りの中、箒はオータムの言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「弟君?」

 

「おお、箒か! お前もいい女になったな! どうだ、今度スコールと3Pでも……」

 

「やかましい! 盛った猫かお前は!? そんなことを聞いてるんじゃない!!」

 

顔を真っ赤にして怒る箒に、冗談だと窘めるオータム。

 

「弟君のことだろ? まあ、マドカが照秋の事を弟みたいに可愛がってるからな、そういう意味で言ったんだよ」

 

「な、なるほど……そう言われると今までのマドカの態度が全て納得できる……」

 

「まあ、見た目は姉と弟っていうより兄と妹だがな」

 

「おい聞こえてるぞオータム」

 

「反論したければ私くらいはナイスバディになることだな」

 

そういって自分の胸を下から持ち上げ色っぽいポーズをとるオータムに、悔しそうな顔をするマドカ。

 

「ちくしょう! 今に見てろよ!!」

 

行くぞ! と声を荒げ、照秋と箒の手を引きドスドス歩いていくマドカ。

それを見て、フッと笑うオータムに、スコールはおや、と思った。

 

「……人間、変わるもんだな、スコール」

 

「マドカの事かしら?」

 

遠くなるマドカの背中を見つめるスコールとオータム。

 

「亡国機業にいた時のマドカは余裕がなくて、いつも張りつめていて、他人と接触を取らない奴だった。そんなアイツが私は嫌いだった。それがどうだ!? 今のマドカはあんなにも表情豊かに人と接している!」

 

「そうね、束博士に拾われて一番変わったのはあの娘ね」

 

優しい眼差しで見つめるマドカの背中。

同じ亡国機業という秘密結社に組し、一番過酷な運命を背負っていた少女。

アメリカの禁忌によって生み出された織斑千冬のクローン。

成長促進処置を施され肉体は10代前半だが、実年齢としてはまだ一桁だ。

そんな彼女が亡国機業の実働部隊によって攫われ、機業の言いなりになるように戦闘員として教育され、自分の生い立ちを知り泣き叫び、世界を恨み、全てに絶望していた少女。

 

「それも、全ては照秋君のおかげよ」

 

スコールの言葉に、オータムはそうだな、と頷く。

しかし、二人の表情は暗い。

 

「これから照秋に待ち受ける過酷な運命を、私たちは見ているしかできない」

 

悔しそうな顔で俯くオータムに、スコールは肩を抱き引き寄せる。

何も言わず、オータムの頭を抱き寄せ自分の頬を摺り寄せ大きく息を吐き、晴れ渡る空を睨む。

 

「もし、神がいるのなら、私は一発ぶん殴ってやりたいわ」

 

「私もだ」

 

 

 

マドカ達と別れ、オータムはアリーナを一望できる、来賓たち専用の席に移動し、タッグマッチの開催を待つ。

しかし、そこでオータムを待ち受けていたのは世界各国の要人や企業からの必要な勧誘だった。

 

「御社の素晴らしい技術を我が国でさらに躍進させないか!?」

 

「いやいや、わが社の武装を使っていただければさらに良くなる!」

 

「我が国では御社の受け入れ準備が整っている。いつでも連絡を待っているよ!」

 

脂ぎったむさ苦しい中年男性や女尊男非思想に染まっていそうなひねくれた顔の中年女性達が大勢でオータムを囲み勧誘してくる。目の奥に欲望渦巻かせ笑顔を向けてくるが、オータムはフンと鼻を鳴らし面倒臭そうに顔を背け手でシッシッとどこかへ行けとジェスチャーする。

 

「私は今日は自社製品と自社パイロットを見に来たんだ。契約交渉に来たんじゃない。そういうのは会社に正式に申し込んでやってくれ」

 

「いや、御社はその申込みすら受けてくれないではないか!」

 

「そうだよ、だから察しろよ。お前ら低能と関わりたくないってことをよ」

 

バッサリ言い切るオータムに、顔を真っ赤にする他国や他社の要人達だったが、それを見て馬鹿にしたようにハンと鼻で笑うオータム。

 

「悔しかったら自分たちの力で第三世代機と第四世代機を作ってみろ。そうすれば対等の立場で取り合ってやるよ」

 

わかったら散れ、と再び去れとシッシッと手を振る。

悔しそうな顔、憤懣した顔様々な顔でオータムを睨みながら去っていく要人達。

やれやれ、と頬杖を付き再びアリーナへと目をやるが、再びオータムに近寄る人物が一人いた。

目線の端から近付いてくるのが見えたため、はあ、とため息を付き無視を決め込もうとしていたオータムだったが、近寄ってきた人物は意外な人物だった。

 

「失礼、私は倉持技研の篝火ヒカルノという者だ」

 

オータムは、その人物、篝火ヒカルノを見上げほう、と声を上げる。

グレーのスーツにタイトなスカートという無難なコーディネートながら、隠しきれない豊満な胸に目が行くが、それよりも彼女の瞳である。

朗らかに笑う表情とは逆に、切れ長な目元に、知性ある目で探るようにオータムを見つめる篝火ヒカルノ。

その瞳からは感情が窺えず、オータムは警戒度を上げ席から立ち上がり篝火ヒカルノと握手する。

 

「これはこれは、私はワールドエンブリオ所属のオータム・ハート」

 

篝火ヒカルノは、握手しながらオータムの名前を聞き驚いた。

 

「なんと、あなたはイギリスの元代表候補生『野生馬(マスタング)ハート』か」

 

「そのあだ名はやめてくれ。忌々しい」

 

「おっと、失礼」

 

苦笑しながら、嫌そうに顔を歪めるオータムを見る篝火ヒカルノ。

オータムは亡国機業に所属する前はイギリスにISの代表候補生として所属していた。

代表候補生時代のオータムは、今以上に攻撃的で手の付けられないほどチンピラのような人間だったが、操縦技術はトップクラスでイギリスの国家代表になれるほどの実力を持っていた。

しかし、その気性の荒さが災いして国家代表の候補にはなっても誰も推薦はしなかったのである。

そんな彼女の事を周囲の人間は「じゃじゃ馬すら生ぬるい、まるで人間を嫌う野生馬だ」と揶揄し、周囲からマスタングと呼ばれるのであったが、オータムとて女、野生馬なんてあだ名を付けられて喜ぶはずがない。

このあだ名はオータムにとって黒歴史の一つであった。

 

「で、倉持技研の所長が私に何の用だ?」

 

「おや、私を知っているのですか?」

 

意外そうな顔の篝火。

 

「ふん、第三世代機の白式を制作したところだからな。一応把握しているさ」

 

「世界で最も有名なワールドエンブリオのスタッフに覚えてもらえてるとは光栄ですな」

 

にこやかに笑う篝火に、オータムは胡散臭そうな顔をした。

 

「で、わざわざそんな社交辞令をしにきたのかい? それとも、日本でのIS製作の地位を蹴落とされた恨みを言いに来たのかい?」

 

「おや、手厳しいですな」

 

苦笑する篝火だったが、事実倉持技研は現状日本政府から見放された状態である。

それは、第三世代機の作成においてワールドエンブリオが世界最速で量産体制を確立し、さらにどこも成し遂げていない第四世代機を制作したという、日本政府の世界での立場を確固たるものにした実績がある。

対して倉持技研は第二世代機の打鉄を作成し世界での評価を確立し、さらに織斑千冬が乗り込みIS世界大会で優勝した機体[暮桜]も篠ノ之束主導の元、製作やバックアップに携わっていたという実績を持つ。

だが、いま世界中が求めるのは過去の実績ではなく、未来への技術である。

倉持技研は優秀なスタッフに恵まれなかった。

だから、織斑一夏の専用機である白式一機作成するだけで一杯一杯で、更識簪の専用機作成を見送る羽目になった。

そして出来上がった白式も、政府には言っていないがいつの間にか何者かの手によって(篠ノ之束がこっそり)手を加えられ完成したという謎の機体であり、機体性能も竜胆と比べると見劣りしてしまうものだった。

これでは政府に見放されるのも無理はない。

最近の倉持技研は第三世代機の白式に変わる新たな第三世代機製作に躍起になっているというが、状況は芳しくない。

 

「まあ、実力がモノを言う世界ですから、技術力が無かった我々が蹴落とされるのは必然であり納得してますよ」

 

「ほう、それは殊勝なことだな」

 

殊勝な態度の篝火に、感心する態度を取るオータムだが、正直負け犬とバカにしているようなものだ。

 

「今回声をかけたのは決意表明をしに来たのですよ」

 

「決意表明?」

 

切れ長の目がさらにキツくなり、睨むように見る篝火を、オータムは真正面から受け止める。

 

「私たちは這い上がる。そして、『貴女』を上回るISを作りだして見せる。そう『篠ノ之束』に伝えてください」

 

瞬間、オータムの空気が変わる。

 

(こいつ、ワールドエンブリオが篠ノ之束の会社だと気付いてる。政府から漏えいしたか? いや、それはない。ならば、勘か?)

 

瞬時に警戒レベルを上げ、最悪実力行使に出ることも考えていたオータムだったが、当の篝火は睨むような目を止めフッと力を抜き笑った。

 

「私と篠ノ之束、織斑千冬は同級生だったのですよ。だから、彼女のクセや特徴をよく理解している」

 

竜胆と紅椿を見てすぐにわかりましたよ、と睨むオータムに対し朗らかに笑い言う篝火。

呆れながら頭をガシガシかくオータムは、しょうがないとため息を付く。

 

「わかったよ、伝えておく」

 

そういうオータムに、満足そうに頷いた篝火は、ぺこりと会釈をして去って行った。

その姿を眺めながら、オータムは束にどう説明しようか悩むのだった。

 


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