メメント・モリ   作:阪本葵

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第61話 トーナメント一日目終了

注目の第一試合は予想外にもあっけなく終わり、観戦していた生徒たちは様々な声を上げた。

 

「ねえ、一夏くん……お兄さんの方って、なんか弱くない?」

 

「なんかねー、最近は織斑先生と特訓していたみたいだけどそれまでは練習らしい練習してなかったらしいし」

 

「いやいや、弟君が強すぎるんだよ! だってあの最後の一撃なんて代表候補生でも避けきれないよ!」

 

「そうだね! 照秋君のあの肉体美は凄いからね!! 強いはずだよ!!」

 

「それは同意する」

 

「同じく」

 

「あのシックスパックでご飯三杯はイケるわ!」

 

「私はあの引き締まったヒップを推すわ!」

 

「おぬし……なかなか通よのう……」

 

試合の評価とは違う事で盛り上がりも見せる生徒達。

皆欲求不満のようだ。

 

来賓席でも、注目の第一試合の内容と結果にざわめいていた。

 

「なんというスキルの高さだ! 織斑照秋はもしかすると代表候補生ほどの実力を有しているのか!?」

 

「いや、そもそもあの最後の高速の一撃はなんなんだ!? もしや白式と同じく一次移行で単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が発現しているのではないだろうな!?」

 

「メメント・モリ……ワールドエンブリオはなんというISを作りだしたのだ!」

 

「すぐに織斑照秋の情報を仕入れろ! メメント・モリのスペックデータと照合し画像データも調べつくせ!!」

 

沸き立つ来賓たちを見て、優雅に足を組んで試合を見ていたオータムは頬杖を付きフンと鼻を鳴らした。

 

「あの程度で喚くなよ。照秋は実力の半分も出してないんだぞ」

 

「おや、それは本当ですかな」

 

気付けば、横には篝火が立ち興味深そうにオータムに聞く。

 

「もしその言葉が本当なら、彼は国家代表に匹敵する実力という事になりますな」

 

新しいおもちゃでも見つけたように目を輝かせる篝火を見て、ああ、コイツも篠ノ之束博士と同類かと納得する。

 

「まあ、いずれわかることだから隠す必要もないか。そうだ、照秋の実力は国家代表と同等、もしくはそれを上回る」

 

「ほほう!」

 

オータムの言葉にさらに目を輝かせる篝火は手に持っていたタブレット端末に素早く指を這わせる。

 

「IS適性が発覚して調べた事前情報では兄の織斑一夏に学習能力、身体能力の全てが劣ると言われていたのに、今はその兄を超える実力! 素晴らしい潜在能力と才能を持っていたんだな!!」

 

「おい」

 

興奮して早口に口走る篝火の言葉に、オータムは異議を唱える。

そう、潜在能力などというもので、才能なんて一言で片づけて良いものではない、完結してはいけないのだ。

 

「アイツはな、努力したんだ。血反吐を吐き、這いつくばり、傷だらけ泥まみれになって得たアイツの努力の成果なんだ。才能なんて言葉で片付けるな」

 

睨むオータムに意外と目を見開く篝火。

 

「才能と素質だけで代表候補生に上り詰めたあなたの言葉とは思えませんな」

 

「私が努力しなかったとでも? 才能と素質だけで国家代表を目指せると本気で思ってるのか?」

 

殺気を滲ませるオータムの視線に、篝火は降参と手を上げる。

 

「いや、申し訳ない。別にあなた達を馬鹿にしようという意図はなかったんだ」

 

白けたように、フンと鼻を鳴らしオータムは席を立ちあがり来賓室から出ていく。

 

「おや、どちらに?」

 

「照秋の労をねぎらいに行くんだよ」

 

じゃあな、と手を振って部屋を出ていくオータム。

その背中を見て、篝火は「どうやら嫌われたようだ」と呟き、やれやれと肩をすくめた。

 

 

 

一年生のタッグトーナメントが行われているアリーナの管制室では、千冬と真耶たち一年生の担任達がいる。

管制室でアリーナの安全管理、トーナメントの進行するタイムキーパー、来賓の管理、様々な事を行っている。

スコールとユーリアも管制室で各々仕事を行っていた。

スコールはIS学園外部からの攻撃や侵入者の監視、ユーリアは来賓たちの行動把握である。

そんな中、管制室で総監督に就いている千冬は、第一試合が映し出されるモニタを見て絶句していた。

一組の副担任真耶も作業の手を止め、さらに他の教師もアリーナを映し出すモニタに釘付けだった。

一組のクラス代表である織斑一夏が、あっけなく弟の照秋に負けたのだ。

 

「あ……あんな、あっさり……」

 

真耶の呟きは他の教師達の代弁だったようで、誰も声を上げない。

天然のユーリアでさえ唖然としていた。

ただ、スコールはクスリと笑っている。

 

「……あの実力……まさかこれほど差があるとは……」

 

流石の千冬も、一夏と照秋の力量の差の開きに驚いていた。

短期間とはいえ千冬は一夏に手ほどきを施していたから、それなりに力を付けたと思っていた。

そんな一夏と照秋の試合は、それなりにいい勝負をするだろうと思っていたのだが、蓋を開けてみれば実にあっけなく、圧倒的な力量差を見せつけ終わるという結果だった。

これは、照秋の実力の伸び方が千冬の予想をはるかに上回っていたという誤算である。

 

「織斑一夏君もかなり実力をつけてきたのに、それをあんな……」

 

そう、一夏の繰り出した猛攻は、以前のクラス代表戦で凰鈴音との戦いで見せた温い戦闘と違い、確実に力を付けた事をうかがわせるものだった。

代表候補生に届かないながらも、まったくISと関わらなかった生活からわずか二か月ほどで急速に力を付けてきた一夏を、千冬から手ほどきを受けているという事から、他の教師達は目をかけていた。

ただ、千冬を含む教師達は今回のトーナメントにおいて一夏が照秋と当たった場合、負けるだろうと踏んでいた。

その理由は、照秋がIS学園内で見せた技量の高さにある。

三組のクラス代表決定総当たり戦でのマドカとの高次元の戦闘、そしてクラス対抗マッチで侵入してきた8体の無人機を箒、セシリア等と共に危なげなく無力化し、さらには非公式だが凰鈴音と試合をして勝利したという実績があるからだ。

この実績により、照秋はワールドエンブリオという企業に所属しながらも実力は代表候補生以上だと判断していた。

そう、彼女たちは照秋の実力を見誤っていた。

照秋が、今までの試合で披露した力が全力であったを錯覚していたのだ。

代表候補生と勝負して勝てる実力という低く見積もった見立ては、女尊男非の風潮が一因でもある。

ISにおいて、男が女にそうそう勝てるものではない。

まして代表候補生ほどの実力者ならば、せいぜい実力は拮抗しているくらいだ、と。

 

そんな見誤った分析で見ていた一夏と照秋の試合は、事実として一夏が負けたのだが、その過程が予想に反していた。

千冬の予想では負けるにしても、接近戦ではそれなりに食らいつき接戦になると予想していたのだ。

だが結果は照秋に一撃も当てることなく無様に気絶する一夏の姿。

一夏は担架で保健室に運ばれた。

絶対防御が発動し打撲などがあったが命の危険はないという事でさほど心配はしなかったが、それよりも気になるのは一夏をそんな状態に持って行った照秋の一撃だろう。

 

「示現流奥義の雲耀の太刀。一撃必殺を旨とする流派の到達点を修めるか……」

 

マドカや凰との試合でも使用していた「雲耀の太刀」は、一撃必殺の示現流の奥義である。

しかも雲耀の太刀は照秋の扱う技であって、ISの能力ではないのだ。

15という若さで示現流奥義に到達する照秋の才能に驚くが、同時に誇りに思う千冬。

同時に、そこの知れない実力に恐ろしさも感じた。

しかし、逆にふがいない試合をした一夏に眉を顰めてしまう。

 

「……無様な戦いをしおって……自分の力量も把握できん馬鹿もんが」

 

千冬の悪態の呟きは誰にも聞こえず、管制室は第一試合の余韻を消し、第二試合の準備を進めるのだった。

 

 

 

そうして初日のタッグトーナメントは滞りなく終了し、初日に出場した専用機持ちペアではセシリアのペア、簪のペアは問題なく勝ち抜いたのだった。

そんな初日、照秋と一夏の試合に続き沸いたのが簪の試合だった。

もちろん、観戦者たちは照秋達と行った日々の練習によってIS学園入学前よりも格段に上達した技術のセシリアに感嘆したが、ISの注目度が違っていた。

簪は公式試合に初めて専用機で出場する。

しかも、ワールドエンブリオ協力の元、基本ベースを竜胆に自身が考案した第三世代武装を装備させた世界初の試みを施したISである。

名を[甲斐姫]と名付けた。

甲斐姫とは美しさと武芸の才能を兼ねそろえた人物とされ、忍城の戦いにおいて継母らと共に籠城軍を指揮した説話を持つ戦国時代に実在した女傑である。

そんな勇猛な女傑の名を付けたISは、その名の通り手には甲斐姫の代名詞、薙刀が握られている。

近接武器超振動薙刀[立菫(タチスミレ)]

刃が超振動し相手の武装をバターのように切り裂く武装である。

そして、簪は試合でその存在感を強烈にアピールした。

元々更識家で教育を受けていたので武芸は嗜んでおり、特に剣術槍術棒術は得意だったこともあり立菫をまるで舞うように扱い、対戦相手を圧倒。

さらに自身の考案した第三世代機武装、マルチロックオンシステム[(アザミ)]を使用しその性能を観戦者たちに見せつけ勝利したのだった。

このとき、ペアの布仏本音は全く活躍せず、ぽつりと「わたしいらないこだね~」と呟いたという。

 

 

 

夕方になり、照秋たちはいつものメンバーで集まり夕食を採る。

そこに、今日はシャルロットがペアを組んだ相川清香を、簪は布仏本音を、さらに照秋はメイ・ブラックウェルを連れてきて一緒に食事を採るのだから、もう大所帯である。

 

「一年一組相川清香です! よろしく!」

 

「初めまして、よろしく」

 

シャルロットのペアである相川は元気よく照秋に挨拶し握手する。

裏表の無さそうな元気な相川の笑顔に釣られて照秋も笑顔になる。

 

「はじめましてー、かんちゃんとはルームメイトでペアを組んだ布仏本音でーす」

 

「はじめまして、織斑照秋です。よろしくお願いします」

 

「よろしくー、てるるん」

 

「……てるるん?」

 

「そー、てるるん。かわいいでしょー」

 

「……どうだろうか?」

 

黄色いネズミをモチーフにした着ぐるみかと思うようなパジャマを着こなし、長い袖をブンブン振る布仏本音。

そんなマイペースに話す布仏本音の空気に付いていけない照秋は微妙な顔をする。

 

「本音は基本こんなペースだから」

 

簪は、ようするに慣れろと言っているのだが、照秋はどうも慣れそうにない。

そんな感じで照秋は初対面の娘たちとコミュニケーションを取っている間、メイは箒とセシリアに尋問を受けていた。

 

「本当に何にもなかったんだな?」

 

「何にもないってばー。心配性だな箒ちゃんは」

 

「ですが、あんなハイタッチをするほど親密になられると心配になりますわ」

 

「あんなの軽いスキンシップじゃん。え、もしかして二人ともそれすら照秋君としてないの?」

 

「……いや、ある……ような……うう、ん……」

 

「……わたくし、結構スキンシップを仕掛けてるのですけど……テルさんが……その、あまり触れてくれなくて……」

 

メイを問い詰めていた二人だが、ダンダン声のトーンが下がっていく。

箒とセシリアは世界公認で照秋の婚約者であるが、現状進展具合は芳しくない。

なぜなら、照秋が二人に対し積極的に距離を縮めようとしないからである。

キスはする。

おはようからお休みまで、人の見ていないところで、挨拶には軽く唇が触れ合う程度のキスはする。

しかしそれ以上進まない。

これは以前照秋が箒の胸を触ったとき箒がびっくりして離れたのを気にして、それ以上の行為を行う事に恐怖を抱いているのではないかと二人は分析していた。

正直に言うと、箒もセシリアも、性には興味があるし、好きな人に体を求められることは恥ずかしいながらも嬉しくもあるのだ。

だから、もっと触れてほしいと思っている。

だからこそ、それを払しょくしようと二人で積極的に腕をからめたり、わざと胸を押し付けたりしているのだが、何故かそういう行為を行うと照秋が嫌がるそぶりをするのである。

あまりベタベタくっつき過ぎるとしつこいと思われるし、過剰に接触したら慎みが無いと思われそうで、なかなかその塩梅が難しく歯がゆい思いをしているのだ。

そんな話を聞いていたメイは、ぽつりとつぶやいた。

 

「それってさ、二人を『女』だと意識してるからじゃない?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「いや、だからね、二人を『女』と意識してるから、あまり触れられると我慢できなくなるからとか、そんな感じじゃない? ほら、照秋君てその辺奥手そうじゃない? そういう人って一旦タガが外れたらとんでもない行動に出るっていうし、自制してるんじゃないかな?」

 

「おおっ……!」

 

「なるほど……!」

 

メイのありがたい分析力に目からうろこの二人。

そう考えると照秋の一歩引いた態度にも納得できると同時に、女と意識してもらえていることに嬉しく感じる二人。

そして二人よりも照秋の事を理解しているメイは、続けてこう言う。

 

「私はたぶん『友達』っていう認識なんだよ。だから二人より気兼ねなくハイタッチとかできるんじゃないかな?」

 

「……おまえ天才か!」

 

「私たちよりテルさんを理解しているなんて……」

 

「だから、私は二人と違って愛情っていうフィルターがかかってないから冷静に照秋君を見れるんだよ」

 

「お前すごいな!」

 

「その分析力、感服ですわ!」

 

こうしてメイは二人の「照秋とイチャイチャしたいがどうすればいいか」という議題の相談役として確固たる地位を手に入れた。

 

ワイワイと会話をしながら食事をしている中で、無言でキャベツをもしゃもしゃと食べていたマドカが照秋にこう言った。

 

「なあテル、賭けをしないか?」

 

「賭け?」

 

「ああ、このトーナメントで優勝したら、優勝者の言う事を何でもひとつ聞くってのはどうだ?」

 

これを聞いたセシリアと箒、ラウラはキュピーンと目を光らせた。

 

「それ、俺とマドカの二人でやるのか?」

 

照秋は眉を顰める。

照秋は自身の実力を過大評価しているわけではないが、この学年では強い部類に入ると思っている。

しかし、勝負というのはどんなことが起こるかわからないものだ。

照秋にしても、次の試合で負けてしまう可能性もある。

だから常に気を抜かず全力で戦うのだが、マドカはいいや、と言いこう続ける。

 

「だから、このテーブルにいる奴全員で勝負するんだよ」

 

 

マドカがニヤリと笑いテーブルを見渡すと、鼻息を荒くしている者が数名いた。

 

「その勝負のった!」

 

「受けて立ちますわ!」

 

「よかろう、これで勝たなければならない理由が出来たな」

 

体を乗り出し手を上げる箒とセシリアに、腕を組み頷くラウラ。

簪やシャルロットも、無言ではあったが乗り気のようだ。

 

しかし、照秋はあまり乗り気ではないのか微妙な表情をしている。

あまり勝負に賭け事を持ち込むのはよろしくないと、真面目な考えを持っているからである。

そこで、マドカは照秋にこう言い放った。

 

「なんだ、怖いのか?」

 

挑発的な表情でマドカは照秋を見る。

そんなことで乗せられる照秋ではないが、すでにやる気満々の数名を見てため息をつく。

 

「この中に優勝者がいなかったら?」

 

「その時は一番上まで上り詰めた奴だな」

 

まあ安心しろ、この中の誰かが必ず優勝するさ、とマドカは付け加える。

照秋は、渋々頷いた。

 

「わかったよ。でも無茶な命令はなしだぞ。金とかISとか」

 

「わかってるわかってる」

 

契約成立だと手をパンと叩くマドカは、ニヤリと笑った。

 

 


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