学年別タッグトーナメントも終盤に入り、観戦席のボルテージは上がる。
今からAブロック勝者対Bブロック勝者の試合が始まる。
Aブロック勝者は織斑照秋、メイ・ブラックウェルペア
Bブロック勝者は篠ノ之箒、伊達成実ペアである。
Aブロック決勝戦で、照秋ペアはセシリアペアと対戦したが、危なげなく勝利し、Bブロックでも箒は簪ペアと対戦し勝利している。
他の専用機持ちでは、マドカがCブロックで鈴に圧勝、さらにCブロック決勝戦でラウラと当たったがそれも完勝した。
Dブロックではシャルロットペアが趙雪蓮ぺアと対戦し勝利し上り詰めている。
つまり、照秋と箒の試合の後はマドカとシャルロットの試合が待っているのだが、待っている間シャルロットは顔を青くして俯き「無理……マドカと戦うなんて無理……死ぬ……」とブツブツ呟いていたという。
どれだけマドカに苦手意識を持っているのだろうか?
さて、場所はアリーナ中央で対峙する照秋、メイのペアと箒、伊達のペア。
奇しくも、全員が剣道部という繋がりを持ち、さらに照秋と箒は世界公認の婚約者。
こういった試合とは別の物語が観戦者たちをさらに沸かせる。
「剣道部って、こんなに強くなれるんだ。……私、剣道部入ろっかな?」
「止めといたほうがいいよ。練習がきつすぎて3日ともたないってさ」
「つまり、乗り切れば強くなれるんじゃないの?」
「人間止めるの?」
「……え、そんなに大事なことなの?」
「剣道部の別名『超人育成所』は本当だったんだ……」
……えらい言われようである。
しかも観戦席の生徒達の会話は照秋達にはバッチリ聞こえていたので、4人は試合前にもかかわらずテンションが急下降していた。
「私、人間止めた覚え無いんだけど……」
「剣道部がそんな風に見られてたなんてショック……」
「それもこれも自嘲しない照秋のせいだ」
「ごめんなさい」
そんな微妙な空気の中、試合は開始されたのだった。
4人の戦いは、ISの性能を利用した空中戦や重火器を使用した中長距離戦闘といったものとは全くの真逆のものだった。
PICでわずかに地面から浮いているものの、照秋は箒と、メイは伊達と対峙しそれぞれ近接ブレードのみで戦っていた。
メイと伊達は剣道の試合の様な、フェイントと駆け引きをする静かな戦いだったが、照秋と箒は違っていた。
互いに、足を止めて無数に繰り出す剣戟。
防御などせず、剣同士がぶつかり合う以外は避けることもせずISの装甲が削れ、破壊されていく。
照秋はノワールを、箒は雨月を両手で握り締め繰り出す。
飛び散る火花、鳴り響く金属音、獣のような咆哮。
互いの武器が太陽光を反射させ煌めきを放ち、それが二人の戦いを幻想的に魅せる。
「あああああぁぁぁぁっ!!」
「ちぇえええええぇぇぇぇぃっ!!」
剣風によって足元で舞う砂塵は二人を中心に渦巻く。
二人の織り成す剣戟は、武骨な力と力のぶつかり合いであり、だからこそ皆を魅了する。
どちらの剣が上なのか、どちらが強いのか。
ただの斬り合いではなく、高度な駆け引きも織り込まれた戦いは素人ながらでも見てとれ、そして理解する。
――なんなんだ、この戦いは。
――IS学園の生徒が行えるレベルの戦いなのか、と。
そんな思いが、歓声を上げていた観戦者たちをやがて無言にさせた。
手を握りしめ、固唾を飲む姿は、目の前で繰り広げられている高次元の剣戟を見逃すまいと、瞬きすらも惜しいと食い入るように見つめる者ばかりだった。
事実、招待された来賓客や学園の教師達は照秋と箒の戦いを生徒の戦いの次元を逸脱していると判断していた。
むしろ、ISの世界大会でもお目に掛かれないレベルの戦いと遜色ない。
絶え間なく続く剣戟は無酸素運動ながらも二人は休むことがない。
だが、ここでやはり自力の差が出てくる。
箒は所詮女であり、男の照秋とはそもそも体のつくりが違う。
いくら女尊男非であっても、いくら箒が鍛えていても、照秋の身体能力とは如何ともし難い差がある。
手数では互角だが、力が違う。
ISの出力では紅椿の方が上なのだが、そんなものではなく、照秋の気魄によって圧されていく。
無酸素運動の限界によって手数が減り、照秋の攻撃を受ける回数が増える。
照秋も無酸素運動での限界を感じたのか一旦攻撃を止め箒と距離を取る。
「――っぷはあっ! はあっ! はあっ!」
それに合わせて箒も空気を空になった肺に取り込み充填するが、そんな合間に照秋が再び箒に接近し剣戟を繰り出す。
(この、体力バカが!!)
照秋の容赦のない攻撃と、底の知れない体力に悪態をつきながらも箒は笑顔だった。
(さすが照秋だ! 強い!)
箒は照秋には剣の腕では太刀打ちできないと自覚している。
勝てるとしたらISの性能だけである。
第四世代機は伊達ではない。
事実スペック的には照秋のメメント・モリより高い。
しかし過去照秋と行った模擬戦において一度も照秋に勝ったことが無い。
それは、箒が紅椿の機体性能を扱い切れていないためである。
高性能ゆえに振り回され、満足に力を出し切れていなかったのだ。
だが、箒は成長した。
少しでも照秋に近付くために、照秋を守れるために。
最初こそ、家族をバラバラにした原因である姉の束、そしてその姉が開発した元凶のISには良い感情を抱いていなかったが、今はそんなものは一切ない。
強くなりたい。
そんな純粋な願いを抱き、日々少しずつだが紅椿を使いこなせるように努力した。
そのたゆまぬ努力に、赤椿も応えるように箒のクセや成長度合いを学習し箒の体の一部として成長していった。
そして、紅椿は箒の純粋な願いを叶えるため、覚醒した。
箒の努力と、紅椿の信頼が花開いた瞬間だった。
剣戟を繰り出す紅椿の展開装甲から金色の粒子が吹き出し輝きだす。
突然な事に照秋は距離を取り箒の動向を窺う。
箒の目の前に表示される文字は『絢爛舞踏』。
紅椿の単一仕様能力はエネルギー増幅能力である。
燃費効率が非常に悪い赤椿は、機体がすぐにエネルギー切れを起こしてしまうものの、この絢爛舞踏が発動することによって無尽蔵のエネルギーが供給されることとなる。
本来は他のISへのエネルギー供給も可能であるが今回は行っていない。
照秋の剣戟によって負い、減ったシールドエネルギーが満タンになり、更に表示される数字が『∞』となった。
紅椿は箒の願いを叶えるために、箒は紅椿に応えるために吼える。
「これが、私と紅椿の力だ!!」
箒はもう一振りの武装、空裂を展開し黄金の粒子を纏い照秋に接近した。
箒の雨月と照秋のノワールがぶつかる。
すると、照秋の握っていたノワールが弾かれてしまった。
これには照秋も驚きの表情を隠せない。
先程まで力で押し負けていなかったのに、箒が絢爛舞踏を発動した途端負けてしまった。
だが照秋は驚きながらも冷静に次の手を考える。
(ならば、手数を増やせばいい)
照秋は静かに正眼の構えを取り、一息に唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風と「八方萬字剣」を繰り出す。
メイの「Oh! 九頭龍閃ねー!!」という叫びが聞こえたが無視だ。
八方萬字剣は正確には九頭龍閃ではない。
八方萬字剣は神夢想林崎流が伝えている抜き打ち(抜刀術)のただの太刀筋である。
まあ、本来その一つ一つを抜刀術で行うところを一気に全て繰り出すのだから、メイが思わずそう言ってしまうのも仕方がないだろうが。
正確な神速の抜刀術の連撃は同時発射したように錯覚してしまう。
事実箒も照秋の連続発射八方萬字剣が見えていなかった。
だが、箒は持ち前のセンスと勘でその全てを円を描くように雨月と空裂で防ぐ。
防がれると予想していた照秋は、箒に追撃の隙を与えないようにさらに連撃を繰り出す。
しかし、その猛攻を箒は悉くを捌いたのだ。
これには照秋も驚くが、しかし手を止めることなく照秋はさらにギアを上げる。
更に剣速の上がった猛撃で今度はワザと変則的な剣筋を繰り出す。
今まで慣れた剣筋とは違う軌跡と、上がった速度によって箒の対応を鈍らせようというのだ。
それでも、箒はギアを上げた照秋の猛攻をすべて一撃も漏らすことなく捌き対処してしまう。
しかも、先ほどから比べると剣捌きに無駄な力や動きが少なくなってきたのに気付き始めた照秋は、ニヤリと口を歪めた。
「――目覚めたな」
照秋の呟きなど聞こえていないのか、箒は照秋との剣戟を繰り返す。
その表情は必死であり、汗をまき散らすほどだ。
この試合を見ていたマドカは、素直に驚いていた。
正直、試合前の箒がここまでやるとは思ってもいなかったのである。
そして、マドカはある仮定を立てた。
もともと箒にはISの操縦技術も、剣術の才能もあった。
しかも箒の持つISは世界で唯一の第四世代機である。
なのに、箒は練習での模擬戦ではマドカはもちろん、照秋にも勝てなかった。
それは、マドカが箒以上のISの操縦技術を持つこともあったし、第四世代機という高スペックのISに振り回されてはいたが、それ以上に箒の心の問題が大きかった。
箒は、過去にいろいろあって姉の束の事を嫌っていたが和解した。
そして束はそんな最愛の妹に第四世代機という最強のプレゼントを贈った。
箒は束の好意を素直に喜んだし受け取り研鑽を積んだ。
だが、心根のどこかではまだ束に対する思いや、ISへの想いが燻っていたのであろう、箒のISの操縦技術向上は芳しくなかった。
不信感を抱くISに対し、ISは操縦者の想いに応えるかというと、答えはノーである。
ISには心がある。
表面上は上手く付き合っているかのように見えるが、深層心理にまで干渉する術を持つISには箒の想いなど筒抜けなのである。
だが、何かのきっかけで覚醒するとマドカと照秋は思っていた。
「なんとまあ、都合よく覚醒するもんだな。物語の主人公かよ」
フンと鼻を鳴らしながらも、マドカは笑顔で照秋と箒の試合を見つめるのだった。
管制室で試合を見ていた千冬達教師陣も、二人の戦いに唖然とするしかなかった。
もはやこの試合はIS学園の生徒は行える内容を逸脱しすぎている。
二人の技量が明らかに代表候補生の域を超えているのである。
照秋と箒に直接関わっていない教師たちは慄く。
生徒に太刀打ちできないほどの実量差を見せつけられ、教師として、女尊男卑思想のプライドが踏みにじられ苦い顔をする。
そんな教師達を横目にフンと鼻で笑いながらも、スコールはニコリと微笑みながら二人の成長した姿を眺める。
そして、千冬は血が沸き立つような感覚に奮えた。
(ここまでの実力とは! なんという強さ!)
今までの戦いは正しく実力の半分も出していなかったのだと痛感する。
だがしかし、今目の前で繰り広げられている戦いは正しく互いの全力をぶつけた真剣勝負。
自然と口角が上がり、目がギラギラと輝く。
(戦いたい! 照秋と、篠ノ之と戦いたい!)
剣士としての血が、IS世界大会優勝者としての血が沸き、教師としての責務を忘れてしまうほど試合を食い入るように見るのだった。
「はあああああぁぁぁぁっ!!」
箒の気合いと共に両手に持つ雨月と空裂で照秋を攻める。
照秋は防ぐことしかできなかった。
それほどの猛攻であり、隙がなかった。
そして、徐々に照秋のIS、メメント・モリの装甲に当たり始める。
徐々に削られていく装甲とシールドエネルギーに、照秋は若干の焦りを覚えた。
目の前に表示されるシールドエネルギーの残量が減っていき、ダメージ箇所が着々と増えていく。
対して箒は全身金色の粒子を纏いシールドエネルギーが∞である。
(このままじゃあ負ける)
長期戦に持ち込まれたらエネルギーの削り合いになり確実に負けると判断した照秋は、一撃に懸ける選択をした。
力任せに箒の猛攻を振り払い、一気にバックステップ、すぐに八双の構えを取る。
そして、気合い一閃、瞬時加速によって箒に接近し神速の一撃『雲耀の太刀』を箒に振り降ろした。
「ちぇええええええいいぃぃっ!!」
照秋の気合いと共に振り降ろされる一撃を、箒は避けることなく雨月と空裂を前面で交差し受けた。
照秋は、受け止められると予想していたが、そのまま振り切ろうとする。
二の太刀要らずの示現流は、一撃を強引に決めるという意味もある。
つまり、無理やり一撃で相手をねじ伏せる程の力を持って攻撃をするのだ。
流石に正面から受け止めた箒には照秋の力に勝てるはずもなく、そのまま照秋の一撃を食らい斬り伏せられる――かと思われた。
――だが、勝負とは、拮抗した実力同士の戦いでは想いの強さによって決まる。
より強い想いを持っていたのは――箒だった。
パキンッ
受け止められた一撃を強引にねじ込もうとした照秋の持つブレード『ノワール』が、パキンと音を立てて折れたのだ。
照秋と箒の間で放物線を描き浮き上がる折れたノワールが、ゆっくりと回転する。
二人の時間がスローになったような感覚、そしてあまりにも予想外の出来事に、照秋は唖然とし、同時に箒も驚いた。
そして、箒はバイザーで目元が隠れている照秋の口元がポカンと空いているのを見て集中力が切れたと瞬時に判断した。
そして、ショックを受けた照秋よりも早く気持ちを切り替えることができた箒は、隙だらけの照秋の胴へと渾身の一撃を当て、照秋のシールドエネルギーがゼロになり勝敗が決したのだった。
結果、照秋は箒に負けたことによりパートナーのメイが伊達と箒の二人を相手する羽目になり、あえなく負けてしまい、篠ノ之箒、伊達成実ペアの勝利を宣言するアナウンスが流れるのだった。
「いやはや、なんとも番狂わせだったな」
試合終了後、更衣室に入ろうとした照秋にタオルを投げつけ、苦笑しながら声をかけるマドカ。
対して照秋はなんともすっきりした表情で受け取ったタオルで汗を拭く。
「なんだ、負けて悔しそうな顔してると思ったんだが」
意外そうな顔のマドカに、照秋は苦笑する。
「まあ、負けたのは悔しいけど、それよりも箒が強くなってたのが嬉しくてな」
マドカは、照秋が勝つと思っていたが、まさかの箒の覚醒でその予想が外れてしまった。
照秋も箒の実力を知っているが故に、負けることはないだろうとは思っていた。
だが、それは覆され負けた。
しかし負けて悔しいという思いより、箒が強くなってくれたという事が、箒の今までの努力が実を結んだという事の方が嬉しかった。
箒を一番近くで見ていた照秋は、気付いていた。
顔には、態度には出さないが伸び悩みに苦しんでいた箒の心情を。
だからこそ、努力が花開いたことに素直に喜び祝福する。
「お前がそれでいいんなら、まあそれでいいが……しかし決勝戦の相手が箒か」
フフフと不穏な笑みを浮かべるマドカ。
「おい、まだ決勝戦に行けるとは限らないだろう。シャルロットとはまだ戦っていないんだし」
「勝つさ。せいぜい代表候補生程度の実力の器用貧乏だからな」
えらい言いようである。
そして、和やかな空気で話していると、ふと人は近付いてきた。
それはマドカのパートナーである倉敷さゆりである。
細く小柄な体格に黒髪のショートボブ、色白な肌、黒縁の瓶底の様な分厚い眼鏡で少しオドオドとした態度でマドカの方を見る。
「あ、あの、マ、マドカ……ちゃん、そろそろ……私たちの試合の時間……だよ」
マドカは腕時計を見る。
「おっと、もうそんな時間か」
じゃあな、と軽く手を振るマドカと、照秋にぺこりと会釈をしてマドカの後を付いていく倉敷さゆり。
しばらく二人の背中を眺め、やがて見えなくなると、照秋は更衣室に入り制服に着替えるのだった。