さて、学年別タッグトーナメント準決勝の第二試合、Cブロック勝者とDブロック勝者の対戦が始まる。
準決勝第一試合の照秋と箒の試合は国家代表が織り成す公式試合でもお目に掛かれないような激闘に観覧していた生徒や来賓たちは未だ興奮冷めやらぬといった雰囲気だ。
そして、次の準決勝も見ものである。
注目すべきはやはりマドカであろう。
マドカはクラス代表決定総当たり戦以外では公では一切戦いを行っていない。
だが、まことしやかに噂が流れていた。
噂好きの女子生徒たちにとって格好のネタであり、瞬く間に広まる。
学園最強の生徒会長、更識楯無と試合を行い、勝ったと。
最初この噂はマドカが負けたと言われていた。
皆も、その噂を信じた。
更識楯無はロシアの国家代表であり、実力は折り紙つきである。
そんな彼女につい最近日本の代表候補生に名を連ねたマドカが勝つなどと誰が信じるだろうか?
しかし、この噂の真意を更識に訪ねた生徒が、こう言った。
「生徒会長は確かに『完敗した』と言った」
マドカは聞かれてもその事に関して一切口を割らないし、教師に聞いても知らないとしか言われなかったが、しかし負けた更識が言うのだから真実なのだろうと結論付けた。
そして、この試合ではもう一人注目の生徒がいる。
それがマドカのパートナー、倉敷さゆりだ。
さゆりはこのトーナメントが始まるまで話題にも上らない影の薄い生徒だった。
小柄で細身の体格に、黒髪のショートボブ、白い肌、黒縁の瓶底の様な分厚い眼鏡といった、典型的な気弱な少女と言った風貌の彼女は、正しく気弱で人と話をするときはいつも怯えたようにオドオドしていた。
それに学園での成績も芳しくなく、入学試験もギリギリ合格であったと試験の採点をしていた教師が言っていたという。
実際、学園での学業においても小テストなどでの成績が芳しくない。
さゆりとて努力はしている。
それこそ、人一倍、寝る間も惜しまずに予習復習をしているのだが、授業に付いていくのに精一杯というのが現状である。
ISの実習でも他のクラスメイト達より物覚えが悪く満足にISを動かすことも出来ない。
そして、3組でもなかなか友達も作れず、一人でいることが多く孤立していたそうだ。
ただ、別にいじめに合っていたというわけではなく、クラスメイト達は彼女の事を気にかけ声をかけたりしていたのだが、人付き合いが上手くない彼女はそんな好意に応えることが出来ず孤立していった。
そんな彼女に、学年別トーナメントのペアにならないかと声をかけたのがマドカだ。
最初、さゆりは冗談かと思った。
マドカはクラスにいる代表候補生を圧倒するISの操縦技術を持ち、学業の成績も上位という優等生だ。
そんな優等生が、劣等生の自分をペアに選ぶとはとても思えなかった。
だが、マドカはこう言った。
「お前の努力は認める。が、方法が不味い。それじゃあ無意味だ」
衝撃を受ける。
今までの自分の努力を無意味と断じたのだ。
しかし、マドカはこう続ける。
「私がお前に合った勉強方法を叩きこんでやる」
――そうすれば、最低でも代表候補生くらいにはなれるさ、と。
何という豪語だろう。
国の一握りの、エリートの証でもある代表候補生を”最低ライン”基準にし、さらにそれ以上を目指せると暗に言っているのだから。
「さあ、行くぞ」
「え、あ、ちょっ……」
さゆりの返答を聞かずに手を引きどこかに連れていこうとするマドカ。
この日より劣等生”倉敷さゆり”は生まれ変わったのだった。
学年別タッグトーナメントの初戦からさゆりは大活躍した。
準決勝まで、さゆりは果敢に相手と戦い勝っていく。
全く注目されていなかったさゆりは、いつの間にか代表候補生や専用機持ち達に次ぐ有名人になっていた。
対戦相手であったラウラでさえ「なかなかいい動きをする」と評価を下すほど上達していたのである。
試合が始まる前、ピットではマドカが専用機の量産型第三世代機”竜胆・夏雪”を纏い腕を組み瞑想し、その横ではラファール・リヴァイブを纏ったさゆりが眼鏡を外し眼鏡ケースに収納する。
『それでは、両チーム出場してください』
アナウンスが流れ、マドカはゆっくりとまぶたを上げる。
「さて、行くか、さゆり」
「う、うん、頑張ろうね、マドカちゃん」
ふんすと鼻息荒くグッと拳を握るさゆりの表情は、すこし緊張した表情だ。
無理もないだろう、マドカがパートナーとはいえ、まさか自分が学年別トーナメントで準決勝まで上り詰めたのだから。
マドカは、そんな気負っているさゆりの額にデコピンをする。
「あうっ」
可愛らしい悲鳴を上げ、痛みに涙目でマドカを睨むさゆりに、マドカはニヤリと笑い言った。
「頑張らなくていいんだよ」
「え?」
「頑張らなくてもいい。頑張って実力以上の力を出そうと気負うな。いつも言ってるだろうが、練習通り動けばいいんだ。必要以上の力を出そうとしなくてもいい」
だろ? と言うマドカに、ポカーンとしていたさゆりは、やがてニコリと笑った。
「うん、そうだね」
――練習は裏切らない。
「うし、さっさとシャルロット倒すぞ」
「うん」
そう言って、ピットのカタパルトから飛び出した。
「酷いよマドカ!!」
「もう機嫌直せよな」
涙目でプリプリ怒るシャルロットに対し、うんざりとした表情のマドカ。
それを照秋たちは苦笑して眺める。
ちなみに、マドカのペアであるさゆりはクラスメイト達にもみくちゃにされ連れて行かれた。
どうやら頑張ったさゆりを祝福したいようで、さゆり自身も顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに好意を受け止め付いて行った。
良い傾向だと、微笑んで見ていたマドカを目敏く見ていた照秋は、後でマドカにラリアットを食らったのはどうでもいいことだろう。
「なんだよドロップキックって! なんだよジャーマンスープレックスって!! なんだよシャイニングウィザードって!!! もっとISらしい戦いしてよ!!」
「うっせーなー。竜胆の駆動部分の耐久を調べたんじゃないか」
「そんな実験を試合でしないでよ!! コブラツイストでシールドエネルギーがゼロになるってなんだよ!!」
「逃げないお前が悪い」
「そもそものレベルが違うんだよ!! ちょっとは僕の戦闘スタイルに合わせてくれたっていいじゃないか!!」
「あーあー、すいませんでしたー。はんせーしてまーす」
手で耳を押さえ聞こえないふりをするマドカに、さらにギャーギャー喚き散らすシャルロット。
まあ、あの試合内容ならシャルロットが怒るのも無理はないと照秋たちは思った。
試合開始のブザーが鳴ると、まず驚いたのが倉敷さゆりがシャルロットに接近し攻撃を繰り出し始めたことだろう。
そしてマドカはシャルロットのパートナーである相川清香へと攻撃を仕掛けていた。
これには予想外だったシャルロットと相川は対応に遅れてしまった。
さらに驚いたのがさゆりのISの操縦技術の高さだ。
第二世代機のラファールリヴァイブであるにもかかわらず、第三世代機の竜胆を纏っているシャルロットに対し果敢に立ち向かい、接戦を繰り広げたのだから。
最後はシャルロット考案の特殊兵装、[盾殺し(シールドピアース)]の発展兵装、[串刺し公(ブラド・ツェペシェ)]によってトドメをさされ、結果さゆりは負けてしまったが、第二世代機のラファールリヴァイブで第三世代機である竜胆を纏ったシャルロットのシールドエネルギーの3分の1は削れていたのだから大健闘であろう。
そして、ここからシャルロットの地獄が始まる。
早々に相川を倒していたマドカは、さゆりを手助けすることなく二人の戦いが終わるのを待っていた。
そして、さゆりが負けると避難させ代わりにシャルロットの前に腕を組んで立ちはだかる。
「Oh! ガイナ立ちねー!!」とメイの声が観戦席からしたが無視だ。
シャルロットはマドカの動きを警戒するように距離を取り八機のビット兵器、夏雪を展開したが、マドカがそれを見越したように仕掛ける。
瞬時加速しながら夏雪のビーム攻撃を避けるという化け物のような動きで難なく近付いたマドカは、ドロップキックでシャルロットの顔を蹴る。
ズガンッと打撃音が響く。
『打点が高ーい!!』
などと声が聞こえたが、吹き飛ぶシャルロットを追従するべくマドカは接近。
シャルロットは突然の予想外の攻撃に面食らったが回避行動を取ろうと夏雪と重機関銃「デザート・フォックス」を両手に展開し同時攻撃による牽制をするが、マドカは超高等技術である
「ちょっと!?」
非難の声を上げるシャルロットは特技の
そして、ガシッとシャルロットの腰をしっかりと掴み――
「落っこちろ」
そのままシャルロットの天地を逆転し頭を膝の間で挟み掴んだまま頭から地面へと激突した。
『超落下パイルドライバーだーーっ!!』
ドゴンッ! という衝撃音と共に、地面に頭を突き刺し八ツ墓村の様な状態のシャルロット。
「いえーーい!」
そう言って左手を腰に当て右手を高々を上げ人差し指を点に突き刺すマドカ。
唖然とする生徒達と、ワーッと歓声を上げる来賓という二極化が出来た。
来賓たちは年齢層が高い男が多く、プロレスなどの格闘技が好きなようで、逆にIS学園の生徒たちはプロレスに興味がないようだ。
そして始まるプロレスショー。
突き刺さった頭を引っこ抜き起き上るシャルロットの背後に回り込みジャーマンスープレックス。
ズズンと地響きと共に地面にヒビが入る。
『芸術の様なブリッジだーーっ!!』
膝をつき疲労困憊のシャルロットに見舞うシャイニングウィザード。
『綺麗に入ったーーっ!! まさに閃光魔術だーーっ!!』
倒れるシャルロットを背に、両手の指をキツネのように作り投げキッスのように両手を広げる。
「いえーーいっ!!」
『出た――っ プロレスLOVE!! プロレスLOVE!!』
最後にフラフラと立ち上がるシャルロットを掴み、コブラツイストを仕掛け、シャルロットのシールドエネルギーがゼロになると共に気を失うのだった。
『キタ――!! 伝家の宝刀! コーブーラーツーイースートーッッ!!!』
そして、試合終了のブザーが鳴る代わりになぜかアリーナに鳴り響くゴングの音。
シャルロットは、[串刺し公]を使う暇も与えられず、一方的に攻撃を受けいい所なしという結果に終わってしまった。
置いてけぼりを食らったような生徒たちは、何が何だかわからないと言った顔で、泡を吹いて気絶するシャルロットを憐れむように見、興奮して歓声を上げる来賓たちは未だ騒いでいた。
「――うん、思い出すだけで可哀そうになってくるな」
照秋の呟きにうんうんと頷く周囲。
そして、泣きながら抱き付いてくるシャルロット。
抱き付いてきた拍子にシャルロットの胸が照秋に押し付けられるように当たり、気持ち良い感触が照秋を襲うが、それを顔に出さず心頭滅却する。
そうしないと隣で般若のように顔を歪めている箒とセシリアが何をするかわからないからだ。
「そうだよね! マドカが酷いよね! 僕が弱いわけじゃないよね!?」
どうやら精神的にかなりやばい状態になっているようだ。
そんなシャルロットに照秋は優しく言う。
「逆に考えるんだシャルロット。ああいった攻撃をしないとシャルロットに勝てなかったんだって」
子供の用に泣きつくシャルロットの頭を撫でながら諭すように言う照秋の言葉に、シャルロットはハッとした。
「……そうか、正攻法では不利だと考えて、奇策に出たんだ……」
そっか、そうなんだ……
そうブツブツ呟くシャルロットの表情は、徐々に笑顔に変わっていく。
「お前がそう思うんならそうだろうな。お前の中ではな」
そうつぶやくマドカに、もう余計なこと言うなとチョップを見舞う照秋だった。
とはいえ、マドカの戦い方もあながち間違った戦いではない。
ISとは、世間一般ではスポーツ扱いであり、エンターテインメントである。
だから、真剣勝負だけでなく、魅せる戦いという者も大事になってくるのだ。
そういう意味ではプロレスというショーをリスペクトしたマドカの戦い方も一つの選択であるといえる。
まあ、相手との力量の差があるか、互いの意思相通があって合わせるかしかないのだが。
ちなみに、試合中マドカが技を繰り出す度に興奮気味に解説るアナウンスが誰だったのかというと、一組の副担任の山田先生だった。
実は格闘技が大好きだそうで、興奮しておもわず管制室のマイクを奪い取り叫んでしまったらしい。
しかしその後織斑千冬にこっぴどく怒られたらしく、それを聞いた面々は無言で合掌した。
部屋に帰り、寝る準備をする照秋と箒。
流石に疲れたのか、箒はすでに眠そうだ。
無理もない、今日の試合は今までの自分の力の限界を超えた新たな次元の開放だったのだから。
そして、箒と照秋は試合後、一切試合の事を口にしていない。
互いに話すこともないだろうと思っていることもあったが、それよりも箒が未だ夢だったのかと錯覚しているような感覚で高揚感が抜けていないからである。
照秋に勝てたのは嬉しいが、自分がはたして照秋に勝てる力を持っているのだろうか?
もしかしたら、コレは夢なのではないのか?
もし、今勝利の事を口にしたら、夢が醒めてしまうのではないか。
本当は興奮して勝利を口にしたいが、してしまうと指から水が流れるように零れ落ちてしまうのではないかと思っていた。
そう思うと、寝ることも怖くなってしまう。
ベッドに入り、潜り込むが、寝てしまうと……
「箒」
突如照秋に名前を呼ばれビクッと肩を揺らす。
「なんだ?」
努めて平静を装う箒は、起き上り照秋の方を向く。
すると、照秋はニコリと笑いこう言った。
「決勝進出おめでとう。強くなったな」
途端、箒は照秋へと飛びかかるように抱き付いた。
「夢じゃないんだな。夢じゃないんだな!」
「ああ、箒は強かった。完全に負けたよ」
ぐりぐりと顔を照秋の胸に押し付け甘えるような箒に、照秋は優しく頭を撫でる。
「でも、ノワールが折れなければ私が負けていた」
「ああなるまで気付かず攻撃を繰り返した俺のミスだよ。むしろ箒はそれを狙っていたんじゃないのか?」
「そこまで考えてないぞ! あの時はその場の対処で必死だった! 今でも細部の事は覚えていない程興奮状態だった」
「そっか、それは注意しないとね」
「うん」
ポンポンと箒の背中を叩く照秋に、箒はふと顔を上げ照秋を見上げる。
「なあ、照秋」
ん? 返す照秋は、子供の用うに目をキラキラさせる箒を見た。
やっと実感が出てきたのだろうと箒をあやすように頭を撫でる。
「私は照秋に勝ったんだから、照秋にご褒美をもらいたい」
「んん?」
何を言っているのかわからない照秋。
未だ興奮状態の箒は、そのまま言葉を続ける。
「私と一緒に寝てくれ!」
「えー、と。それはまずいんじゃ……主に俺の心が」
困った風な顔をした照秋に対し、箒はめげることなくとんでもないことを言った。
照秋が箒に気を使っていることを知っているし、遅々として進まない関係にヤキモキしていたから、ここは自分が大胆行動に出て照秋の行動を促そうという計画もあった。
試合の勝利にテンションが上がり、さらに恋する暴走機関車の二つが合わさり、暴走モードへと突入した箒。
「いいから! 敗者は勝者の言う事に絶対だ!!」
「ちょっと!?」
結果、箒に押し倒されるようにベッドに寝転ぶ二人。
仕方ないなあ、とため息をつき嬉しそうな顔の箒を見て苦笑するのだった。
その夜、照秋と箒は一つのベッドで寝た。
箒は照秋に抱き付きながら幸せそうにすやすやと寝て、照秋は箒の柔らかな感触に悶絶しながら寝つけるはずもなく、欲望と戦う羽目になる。
「胸くらいは触ってもいいぞ」
そう言われて、眠るまでしっかりじっくり箒の胸を触り堪能した照秋は正しく年相応の青少年だった。