学年別タッグトーナメント決勝戦は、一つのアリーナで行われる。
順番は一年、二年、三年である。
毎年ならば即戦力となり世界各国がスカウトする三年生の試合が一番注目されるのだが、今年は違う。
それは、一年生の決勝戦である。
世界で最も注目されるワールドエンブリオ社の量産型第三世代機[竜胆・夏雪]を自由自在に扱い、さらに代表候補生という肩書ながらも、ドイツの代表候補生であるラウラに圧勝し、国家代表と遜色ない実力を発揮した結淵マドカ。
そして、こちらもワールドエンブリオが世界で初めて開発した第四世代機[紅椿・黎明]を纏い、準決勝では男性操縦者と死闘を繰り広げ勝ち進んだ篠ノ之箒。
こんな二人が決勝で戦うのだから、期待値は跳ね上がる。
だがしかし、このカードは実現しなかった。
篠ノ之箒ペアの棄権により結淵マドカペアの不戦勝
前日の照秋と死闘を繰り広げた箒の肉体的疲労が抜けきっていなかったこともあったが、それよりもISの損傷が酷かったである。
前日の準決勝で予想以上に照秋の攻撃を貰っていた紅椿は、ダメージレベルがCと判定され棄権を余儀なくされたのだ。
勿論箒はそんな状態の紅椿でも出ようとしたが、それは照秋とマドカ、スコールが止めた。
不戦敗などと受け入れることが難しい事であるが、これからの事を考えるとここで無理をするべきではないと説得、それに納得した。
マドカも当然覚醒した箒と大舞台で戦いたかったのだが、事情が事情であるため箒の説得に回ったのである。
しかし、これに不満を漏らしたのは世界各国の来賓である。
ワールドエンブリオという世界のトップに一躍君臨した企業の開発したISの戦闘を一回でも多く観戦し、研究して自国、または自社の資料として役立てたいと考えていたからだ。
そうして、今のワールドエンブリとが一社のみ勝ち組という縮図を打破したいと図っていたのである。
当然、IS学園側になんとか一年の決勝戦を開催しろと圧力をかけたりする国や企業もいたが、それは学園側がバッサリと拒否し切り捨てた。
それでも食い下がる国の要人には、一言こう言うと黙ってしまった。
無理をさせて、ワールドエンブリオを敵に回してもいいのか、と。
ただ、決勝戦が不戦勝であるというのはあまりにも味気ないので、準決勝まで残ったシャルロット・ロセルペアと織斑照秋ペアを繰り上げさせ決勝戦を開催しようという話も出たのだが、シャルロットはマドカとの再戦を頑なに拒否、そして照秋は専用機のメメント・モリのダメージレベルは軽微であったがメンテナンス中という事で出場は不可能であった。
そんななかで、二年の更識楯無が名乗りを上げたが、織斑千冬の「馬鹿者、お前は二年の決勝戦があるだろうが」と一蹴され、ぐぬぬと歯を食いしばり悔しがっていた。
そして、学園側もこれ以上対戦相手の選抜は無駄だと判断し、結果一年の決勝戦は幻となったのであった。
「さて、結果当然のように私が優勝したのだが」
学年別タッグトーナメントが終わり、現在食堂で夕食を採り終えまったりとした時間を過ごしていた中、マドカが言い放つ。
腰に手を当て胸を張り、フフンと鼻を鳴らすマドカのドヤ顔を見てげんなりする照秋達。
「お前ら、賭けは覚えてるよな?」
周囲を見渡すマドカの笑みは、三日月のように口角が上がり悪だくみを考えているように見えた。
そして、下を向くセシリア、箒、シャルロット、簪。
「女に二言はないぞ」
堂々と言い張るラウラ。
ラウラは今回のトーナメントで照秋とは戦えなかったが、照秋より強いマドカと全力で戦えたことに満足していたので、さほど賭けでのリスクを深く考えていない。
「マドカは今回の賭けに参加した人間全員に何させる気だ?」
照秋は非常識な事はやめろよ、と暗に言っているのだが、そんなことはマドカには関係ない。
「まず、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、センパイの五人だ」
ビクッと肩を震わせる四人と、首を傾げるラウラ。
「今から水着持って来い」
「は?」
「それが勝者の命令なのか?」
首を傾げる五人を見て、ニヤリと笑うマドカは、照秋の方を見る。
「そしてテル」
マドカのものすごい良い笑顔を張り付けた顔を見た照秋は直感で思った。
碌でもないことだと。
「実はな、今日大浴場が男子解禁になるんだ」
「おい待て、それ以上は……」
大浴場が解禁され広い風呂に入れいるというのは朗報だが、今それを言う意味を、そしてマドカが何を言わんとしているのか速攻で理解した照秋は止めようとしたが、逆にマドカに口を押えられた。
「私らと一緒に風呂に入ってもらうぞ」
「断る!!」
思った通りの言葉を言うので、口を塞いでいた手を無理やり除け、間髪入れず拒否する照秋。
しかし、箒たちは違う。
マドカに何故水着を用意しろと言われたのかを瞬時に理解し、さらに一緒に風呂に入るという一大イベントを目の前にして箒、セシリアはマドカの背後に回り照秋をけん制した。
「いいではないか、私たちは水着なんだから」
「そうですわ! ここは日本のしきたりに従って『裸の付き合い』に講じるのも一興ですわ!!」
照秋との関係を進展したいと願う肉食女子に変貌した二人は止められない。
二人のアグレッシブさに思わず引いてしまう照秋。
照秋自身、青少年であるから美少女達を水着とはいえ一緒に風呂に入るというシチュエーションに喜ばないはずがない。
むしろ、そんな男の夢、AVのような展開はバッチ来いである。
「いやいや、不味いって!? 仮に箒とセシリアは婚約者だから100歩譲っていいだろうけど、ラウラとシャルロットと簪はダメだろう!」
そう言う照秋だったが、ラウラとシャルロット、簪は何でもないといった顔だった。
「私は一向に構わんっ!」
腕を組んでフンと鼻を鳴らすラウラ。
「皆水着なんだから温水プールだと思えばどうってことないよ」
ニコリと笑いながら安心したという空気を醸すシャルロット。
「それくらいなら問題ない」
簪までもが容認した。
マドカの事だからもっととんでもないことを要求してくると思っていたので、この程度なら軽いものだと安心したのである。
そして、温水プールと言われてハッとした照秋。
「そうか、プールか。そうだな、皆水着だもんな。……いや待て、そもそも風呂だぞ? 学園の大浴場だぞ? そこを男子に開放したんだから女子が入るのは根本的に不味いんじゃないか?」
「そこは安心しろ、スコールには許可を取っている。私らが風呂に入っている間は清掃中の看板を出す」
「安心できるか!! 何やってんのスコール!? 教師だろあの人!!」
「つべこべ言うな! 敗者は勝者に逆らう事は許されないんだ! 負け犬は素直に従え!!」
未だぐちぐちごねる照秋に痺れを切らし、とうとうキレたマドカは照秋を怒鳴り、渋々従うのであった。
そうしてやってきた大浴場。
マドカや箒たちは時間をおいて来るらしいので、今は一人ぽつんと佇んでいる。
照秋は一人で大浴場を占領している事にほーとため息を漏らす。
広い。
とにかく広い。
洗い場だけでも数えて50はある。
どこぞのスーパー銭湯並みの広さだ。
しかも檜風呂にジャグジーやサウナまで設置されているのだから、本当にここは学園の銭湯かと疑いたくなるほどだ。
一応、何故か持っていた中学時代の海水パンツを穿いているが、成長しているためか少し小さく感じる。
中学校での海水パンツは、競泳用で、いわゆるブーメランパンツに近い。
男子校だったのでそんな競泳水着でも何とも思わなかったが、これから女性たちが入ってくることを考えると、トランクスタイプの水着でも用意しとけばよかったと思っていた。
まあ、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、事前に用意できるはずもないのだが。
とりあえずかけ湯をして、近場の湯船に浸かる。
温度は41℃ほどだろうか、丁度良い湯加減である。
「あ~~~~」
おもわず声が漏れる。
ゆっくり足を延ばして湯船に浸かるのはいつ以来だろうか?
湯船に浸かるという行為は、様々な効果が得られる。
まず一つ目に、温熱による血管拡張作用で血行が促進される。
それに加えて、内臓や筋肉への酸素や栄養分の補給が増し、腎臓や肺からの老廃物の排泄も促されるのである。
二つ目に、肩まで体を湯の中に沈めた場合、湯の水圧は500キロにもなり、胸囲が2~3cm、ウエストが3~5cmも引き締まる。
この水圧は血管やリンパ管を圧迫して、血行やリンパ液の循環をよくし、全身の代謝を活発にさせる効果がある。
とくに下半身にある腎臓の血流もよくなるので、排尿量が増えて「むくみ」や「冷え」の緩和につながる。
三つ目に、入浴して体温が上昇してくると、皮脂腺からは皮脂が分泌され、汗腺からの汗と混ざって皮脂腺をつくり、肌に潤いをもたらす。
四つ目に、お風呂に体を沈めると、体重は10分の1以下になるため、足腰の筋肉をはじめ、体の関節などが重圧から一時的に解放されるので、心身のストレス解消になる。
五つ目に、心地よい温度のお湯の中に入ると、βエンドルフィンなどのリラックス系ホルモンが分泌され心身ともにゆったりと過ごすことができる。
六つ目に、白血球の働きが温熱効果やリラックス効果、血行促進効果によって高められ、あらゆる病気の予防や改善に役立つ。
最後に、入浴の温熱効果により、血栓を溶かすために備わっているプラスミンという酵素が増えるので、脳梗塞や心筋梗塞の予防に役立つ。
つまり、いいこと尽くめなもだが、長湯は体に悪いし、間違った入浴方法では意味がないので、何事もほどほどが重要である。
ばしゃっと湯を顔にかけ、大きく息を吐き天井を見る。
湯気がたち込める浴場に、ちゃぷちゃぷと湯が音を立てる音や流れる水の音のみが響く。
こんなに静かな時間を過ごすのはいつ以来だろうか……?
IS学園に入学してからは常にマドカや箒が傍にいた。
そして、騒がしくも楽しいクラスメイト達や、担任であり、自分の教導官であったスコール。
そして、なぜそうなったのか、婚約者のセシリアと、愛人宣言をするラウラ。
色々あったが友達として気安いシャルロット。
毎日が退屈することなく、あっという間に過ぎていく一日。
ならば、その前は?
中学時代は、剣道のみに生きていた。
部活の先輩や同年代、後輩全員が人が良く、全国で有数の剣道強豪校だけあり厳しい練習ではあったが、充実した学生生活を送っていた。
特に剣道部顧問の新風三太夫先生には一番世話になった。
彼がいなければ、今の照秋は無いだろう程に全てにおいて影響を与えた人物である。
「降らば降れ つもらばつもれ そのままに 雪の染めたる 松の葉も無し」
周囲の変化に惑わされず、確固たる自分を持つことが重要であるという事を詠んだ歌を新風先生は照秋に言った。
新風先生は、中学に入る前の家庭環境や学校での境遇の事を調べ知っていた。
それこそ、一夏から陰で受けていた躾という名の暴力も調べつくしていた。
だからこそ、新風先生は照秋に言ったのだ。
「相手の行う事にいちいち心を動かされず、ただ、己の積んだ稽古を信じて動くのみ。君にはそれを体現した流派、示現流を与えよう」
周りに合わせる必要はない。
自分の進む道は、自分で切り開け。
そうすれば、変わっているのは自分だけでなく、周囲も変わっているはずだから。
そうして、照秋は変わった。
もともと剣の才能はあった照秋は、新風先生の指導の元、才能の目を開花させ、中学時代、全国大会で個人優勝、団体優勝を成し遂げたのである。
(新風先生はお元気にしているだろうか……いや、あの人のことだからご健在だろう)
元気に生徒の尻を叩き雷を落としている姿を想像し、クスリと笑う。
(久しぶりに、会いたいなあ……)
一人になるとセンチメンタルになるのか、無性に人に会いたくなる。
そんな、感傷に浸っていると、ガラガラと扉が開く音と共に女性の声が浴場に響く。
「おーい、待ったかー?」
元気よく手を上げるマドカは、黒のチェック柄で面積の大きいビキニで、下はホットパンツタイプの水着を着ている。
後では箒が赤を基調としたビキニを、セシリアは青いビキニを着ている。
シャルロットは白のビキニで、ラウラと簪は学校指定のスクール水着だ。
そんな美少女の手段水着姿を見て口をポカンと開ける照秋。
普段制服で隠れているボディラインを目の当たりにし、改めて箒の豊かな胸を再認識し、均整のとれた身体と白い肌のセシリアに赤面し、シャルロットは恥ずかしそうに体を腕で隠そうとしているが、それがまた可愛らしく見え、ラウラは堂々と胸を張っているのが何だか幼く見えてしまい、簪は何も考えていないようにボーッと突っ立っていた。
照秋が自分たちを見て鼻の下を伸ばしているのに気付いたマドカは、ニヤニヤと笑い湯船に浸かっている照秋を見下ろす。
「おいおい青少年よ、言いたいことがあれば素直に言いたまえ」
(殴りてえ……)
ニヤニヤ笑みを浮かべるマドカに殺意を覚える照秋だったが、しかし見惚れていたのは確かである。
以前、スコールに言われたことを思い出す。
褒められて嫌な思いをする女はいないから、バンバン褒めなさい。
女生とは、褒めて伸びるタイプなのだというスコールの教えに従い、コホンと咳を一つ、箒たちを見てその魅力的な水着と素晴らしいボディラインを自分の持ちうるボキャブラリを駆使し褒めちぎり、皆が嬉しさと恥ずかしさから顔を真っ赤にするのだった。
照秋と一緒に風呂に入る(水着着用)という高難度なイベントをこなしふうと一息つき湯船に浸かるシャルロット。
洗い場では、照秋の背中を誰が洗うのかと、箒とセシリア、ラウラがタオルを握り睨みあっている。
簪は一人サウナに入って行った。
マイペースな子である。
(人気者だね、照秋は)
クスリと笑い、照秋達から目線を外し天井を見る。
「どうしたシャルロット」
隣には、いつの間にかいたマドカがシャルロットの顔を覗き込んでいた。
「別に、僕も大浴場に入るのは初めてだから大きさに驚いていたんだよ」
そう言うシャルロット。
海外では毎日風呂に入るという習慣が無い国が多い。
さらに言うと、浴槽に湯を張って浸かるという税択な水の使い方をする国も少ない。
もひとつ更に言うと、シャワーですら数日に一回という国が多数である。
これは日本と海外の水道事情の違いからくるものである。
海外では水道代が高いため、あまり多くの水を使えない。
日本のように湯船に湯を張るなんて贅沢は一般家庭ではまずしないし、するとしても病人だけである。
もっというなら、こう言った大浴場もあまりなく、さらに裸で大勢と風呂に入るという習慣すらない国がほとんどである。
古代ローマでは大衆浴場などが存在したが、あれは近くに水源が確保できたからそう言った贅沢が出来たからであって、現在の事情とは異なるのである。
だから、大浴場を開放しているといっても海外の生徒はあまり利用せず、しても水着着用がほとんどである。
中には「郷に入りては郷に従え」とばかりに裸で入浴する者もいるが、それでも日本の入浴マナーを知らないものがほとんどであるためしばしば日本人の生徒とトラブルになっているらしい。
そんなわけでIS学園では入学の手引の中に大浴場の入浴マナーの手引も記されている。
事実、シャルロットは勿論、セシリアとラウラも大浴場に入るのは初めてで、様々な浴槽や広い大浴場に少しテンションが高い。
「贅沢にお湯を使って、足を伸ばすって気持ちいいんだね」
んー、手を上げ背伸びをするシャルロット。
「風呂は入り方さえ間違えなければいいこと尽くめだからな。疲労回復、美肌効果、ストレス発散等々だ」
「へー」
感心するシャルロットはそれきり無言になる。
しばらく会話をせず湯を楽しんでいる二人の間に、マドカはふとこう言った。
「……自分の気持ちがわからない、か?」
ピクリと肩を震わせるシャルロット。
突然何を言い出すのか、とは言わない。
その言葉だけで何を言わんとしているのかが分かったシャルロット。
「想いを寄せてる男だから、一緒に風呂に入るのも良しとしたんだろう?」
「それは、マドカが勝者の命令だからって……」
「言っとくが、私はこんなお遊びで本当に人が嫌がることはしない。嫌なら嫌と言えば代案を出したさ」
私を理由にするな、そうマドカは言う。
湯船に口元まで浸かり、眉を顰めるシャルロット。
シャルロットは照秋とは友達というフランクな関係でいる。
箒やセシリアなどの婚約者とは違う、友情で結ばれた関係。
気さくに話せて、気安い相手、それが照秋にとってのシャルロットであり、そういうポジションを築き上げたのだ。
だがそれは全て偽りの関係だ。
シャルロットも、自分の気持ちを理解しているのだ。
私は照秋が一人の男性として好意を抱いている、と。
だが、それはダメだと別の自分が抑制する。
照秋には相当迷惑をかけた。
それこそ頭から血を流させるくらいの怪我を負わせてしまったし、その後で実父に犯罪行為を強要されていた自分を助け、自由になるために尽力してくれた。
感謝してもしきれない、まさに命の恩人である。
そんな命の恩人に対して、シャルロットはとんでもない仕打ちをした。
謝って済む問題ではない。
そしてシャルロットは思ったのだ。
照秋を好きになってはいけない、と。
あくまで友達という立ち位置で近くにいるだけで満足だ。
本来ならばそれすら許されないことを自分はしたのだが、これくらいは許してほしい。
そう、自分の心の内をポツリポツリとつぶやくシャルロットに対し、マドカはため息をついた。
「前から思ってたけど、お前、面倒臭い性格してんだな」
あんまりな言いように、シャルロットはマドカを睨む。
「誰がお前を責めた? 誰がお前がテルを好きになるなと言った?」
「だから、それは……」
「お前はそうやって悲劇のヒロインぶって不幸な自分に酔ってるだけだ」
思わず立ち上がるシャルロットを、冷めた目で見るマドカ。
しかし怒りの顔を向けるだけで、口をもごもごとするだけで声を出さないシャルロット。
自分でも気づいていたのだ。
そうやって言い訳を作って、照秋とつかず離れずの関係を築いて満足して。
ああ、私ってなんてかわいそうな女なんだろうか!
報われない想いを抱いても、それを表に出さず友達として付き合う自分はなんて不幸なの!
そう酔いしれていた自分がどこかにあったかもしれない。
それでも、自分の気持ちに素直になることはできない。
「……僕は、照秋に酷い事をしたんだ。……だから、僕は照秋に嫌われこそすれ、好かれることはない」
自分の気持ちに素直になって告白したとしても、断られるのは目に見えている。
ならば、今の友達というポジションで近くにいることがシャルロットにとって一番ベターであるのだ。
それ以上は望むまいと誓ったのだ。
「お前、テルに告白しても断られると思ってるだろう?」
「……そりゃあそうだよ。僕は、それだけひどいことを照秋にしたんだから」
「あれは
あれとは、一夏が仕組んだ美人局事件のことである。
男装して生活していた時、一夏に女であることがバレ、それを出汁にシャルロットを共犯に仕立て上げ照秋を貶めようとしたのだ。
あまりにもお粗末な計画に、マドカとスコール、千冬が介入し一夏に制裁を加え事なきを得た事件だ。
「そもそもアレはお前も被害者だろうが。テルに負い目を感じる必要はないんだよ」
「でも、僕は……」
力なく肩を落とし、俯くシャルロットに、マドカは白けたようにフンと鼻を鳴らした。
「ほんと、面倒臭い性格してんな。ウジウジ考えるなよ」
ガシッとシャルロットの肩を掴み引き寄せるマドカは、顔を近付け見も元でささやくように言う。
「テルのことなんか気にするな。ようするにお前を好きになるように、振り向かせるように自分で行動すればいいんだよ」
アグレッシブになれとシャルロットに囁く。
それは、悪魔のささやきのようで、シャルロットの弱気な心をくすぐる。
「一夫多妻制度でのテルの嫁の空き枠は実質残り一人だし、フランスから今のところは馬鹿の方にもテルの方にもアクションは無い。むしろお前がテルと結ばれたらフランスは大喜びだろうさ。ほれ見ろ、お前がテルを攻める条件が揃ってるぞ?」
「うう……」
悩むシャルロット。
頭を抱え唸る姿を見て、マドカは、もうひと押しかとトドメの言葉をシャルロットに囁いた。
「実はな、あれからテルはたまにお前のお見合い写真を眺めてるんだ」
これがどういう意味かわかるだろ? ん?
ゾクゾクと背中に走る痺れの様な感覚に、シャルロットはのぼせてもいないのに顔を真っ赤にした。
「今まで自分の意志で動くことを許されないような環境を父親に強要されていたし、まだまだ問題が山積みで難しいだろうが、恋心くらいは素直になれよ」
ーー命短し恋せよ乙女って言うだろう?
ニカッと歯を見せるような、ガキ大将の様な笑顔を向けるマドカはバンバンとシャルロットの背中を叩く。
そんな豪快な態度のマドカに、シャルロットは驚いた。
この子はこんな顔も出来るのか、とマドカ新たな一面を知ったシャルロット。
なぜマドカがここまでけしかけるのか、なぜここまで世話を焼くのかはわからない。
――でも。
――うん。
――少しくらい、勇気を出して、素直になっても――
「――いいよね」
シャルロットは立ち上がり湯船から出て、未だ照秋の背中を誰が洗うかと言い争っている三人を余所に照秋に近付く。
「皆言い争ってるばかりで体が冷えたでしょ? 僕が背中を洗ってあげるよ」
そう言ってタオルにボディソープを付け泡立てはじめると、先ほどまで争っていた三人が目敏くシャルロットに詰め寄る。
「おい! 何抜け駆けしようとしてるんだ!」
「順番を守りなさいな!」
「お前は本当にいいとこどりの天才だな!!」
「それには激しく同意する」
「箒とセシリアの言う事はわかるけど最後のラウラの言葉は何!? あとサウナから出てきて何サラッと僕の悪口に同意してるんだよ簪!」
「クラリッサが言っていたのだ! シャルロットのようなタイプはメインヒロインを食い人気一位となった、かの水星の美少女戦士の様なタイプだとな!!」
「ぶふっ。水でも被って反省しなさい。うけるでござる」
「うわあああっ!? なんて具体的な例え!! あと簪が変な笑いして気持ち悪い!!」
五人の美少女が姦しく、いつになったら背中を洗ってくれるのか待ち続ける照秋。
いい加減体が冷えてきたので風呂に入りなおすことにし、未だにギャーギャー言い合っている五人を見て、自然と口元が綻んだ。
「ああ、やっぱり騒がしいくらいがちょうどいいな」