メメント・モリ   作:阪本葵

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第66話 臨海学校にて

臨海学校当日、生徒たちはバスで移動する。

各クラスに分かれて乗り込んだバスの中で、照秋は後方の座席に座り寝てしまっていた。

バスの揺れが心地よく、さらにあまり海に言ったことも遊んだ記憶も無い照秋は、若干興奮して前日あまり寝ることが出来なかったのだ。

窓側に座り出発するやすぐに寝てしまった照秋の隣には箒が当然のごとく陣取り、照秋が眠いことを察知するや自分の肩に寄りかかれと言い、眠い照秋はそれに素直に従い箒の肩にもたれかかって寝息を立てている。

箒は、ニコニコ笑顔を通り越しニヤニヤと照秋の寝顔を眺めている。

 

(ぐふふ……照秋の寝顔がこんなに至近距離で……あふん、寝息がかかる! ああ、普段は凛々しいのに、寝顔はあどけない少年のようだ……)

 

密かに照秋の手を握り、寝ている照秋は寝ながらも本能なのかそれを握り返す。

物を無意識に握るという仕草は、幼児にある行動らしいが、そんなことを知らない箒は握り返された手を見てキュンキュンするのだった。

そして、まあ当然と言えば当然なのだが、このクラス別のバス移動でセシリア、シャルロット、ラウラは何故自分たちは3組ではないのかと悔やみ、それを見た箒が慰めつつも心の中で凄いドヤ顔をしていたのは秘密だ。

マドカは一応護衛という名目上照秋の前の席を確保しているが、隣に座るタッグトーナメントでペアを組んだ倉敷さゆりや、周囲のクラスメイト達と談笑しながら菓子を食べており、まったく護衛をしている雰囲気が無かった。

 

「きたー! 海だー!」

 

窓に張り付き騒ぐクラスメイトにつられ、皆窓の外を見る。

窓越しに広がる青い海。

果てしなく広がる水平線が太陽光を反射し煌めく。

騒ぐ周囲に反応し目覚めた照秋は、釣られて窓の外に広がる景色を見て目を輝かせるのだった。

 

 

 

バスは目的地である旅館前に到着し、そして四台のバスからIS学園一年生が出て整列を始め、先頭に教師たちが出る。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月壮だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくおねがいしまーす』

 

織斑千冬の言葉の後に全員で挨拶をすると、着物姿の女将が生徒達に丁寧にお辞儀をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

この旅館は毎年夏の臨海学校に利用されているようで、女将もこのグローバルな生徒達を見ても動じないところを見るにかなり手馴れている。

生徒達を眺めると、女将は例年にはいない異端、男子二人である織斑一夏と照秋を見つけ少し驚いた表情をした。

 

「織斑先生、こちらの二人が噂の……?」

 

ふと、照秋と一夏を見た女将が千冬にそう尋ねる。 

 

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

千冬照秋と一夏を睨むと、一夏は慌て頭を下げ挨拶をする。

そして、照秋はピシッと背筋を伸ばし敬礼をした。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「織斑照秋です。よろしくお願いします」

 

照秋の敬礼に、少し驚いた表情をする女将と、隣で見ていた千冬。

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

そう言って清洲景子は二人に丁寧なお辞儀をする。

熟練の技と言わしめるような流れるような気品のあるお辞儀に照秋はほうと感心する。

一夏はポーッと見惚れているようだった。

昨今、こういった貞淑な雰囲気を醸し出す大人の女性というのは少ない。

大半が女尊男卑に染め上げられ増長した傲慢な女ばかりだからである。

 

「不出来の弟たちでご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。織斑先生ったら、弟さんには随分厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

ため息をつく千冬を見て、クスリと笑う清州は照秋を見ていう。

 

「あらあら、そうは言ってもこちらの弟さんは、かの『赫々剣将』なのでしょう?」

 

照秋の中学時代の二つ名を口にする清州景子に、驚く照秋と、首を傾げる一夏。

 

「わたしも剣術を嗜んでますので」

 

「どちらの流派でしょうか?」

 

照秋が喰い気味に清州に質問する。

 

「北辰一刀流を少々」

 

「おおっ……!」

 

目を輝かせる照秋は、早速清州景子に稽古をつけてもらえないか懇願したが、業務があるからと断られへこむのだった。

 

「うふふ、示現流を修めた剣士と戦うということは、つまり真剣勝負になりますから。業務に支障をきたすような試合は控えてますので」

 

正論を言われ、さらにへこむ照秋に、箒やセシリア、ラウラ、シャルロット、マドカ、スコールなど照秋の性格を知る者たちは一様に思った。

 

(体力バカの練習バカもここまでくれば清々しいな)

 

そうこうしていると、清洲景子が生徒達を招きながら旅館についての説明をしており、女子一同が「はーい」と返事をしてすぐに旅館の中へと向かっていた。

皆、旅館内の施設や設備の説明を聞こえると割り当てられた部屋へと移動するが、照秋は自分の部屋がどこか知らなかった。

スコールに「照秋君は当日まで内緒よ」とか言われたからである。

さて、どうしたもんかと悩んでいると、スコールが照秋を呼び止める。

 

「私に付いてきなさい」

 

素直についていく照秋。

そして、何故か別の部屋を割り当てられているはずの箒、セシリア、ラウラ、シャルロット、マドカが付いてくる。

いつもならマドカは事前に情報を入手しているが今回は知らされていないようだ。

しばらく付いて歩くと、扉に『教員用』と書かれた紙が貼られた部屋の前に到着する。

 

「照秋君は私と同じ部屋になるわ」

 

「異議あり!!」

 

「テルの貞操の危機だ!!」

 

「え、どういう意味ですの?」

 

「奴は普段は気さくな金髪美人教師だが、夜になれば誰彼かまわず襲い食い散らかす野獣に変貌するんだ!」

 

「ええーーっ!?」

 

「それダメじゃん! それダメじゃん!!」

 

「……マドカ、アンタ覚えておきなさいよ」

 

箒とマドカが騒ぎ始め、セシリア、シャルロットは卒倒、ラウラはポカンとしている。

マドカのあまりな言いようにコメカミに青筋を浮かべ震えるスコールだったが、しかし想定の範囲内の抗議だったのだろう、スコールは反論し、それを聞いた箒たちは黙ってしまった。

 

「なら、織斑一夏と同室になるけど? そこには織斑先生も居るわよ」

 

「そ、それは……」

 

「あの男と同室は、テルさんが穢れますわ」

 

「うーん、穢れるかどうかはともかく、照秋が危ないのはわかるよ」

 

そもそも、照秋は当初兄弟だからという理由で一夏と同室、さらに他の女生徒達が寄り付かないようにするために千冬と同室にするという案が上がっていたのだ。

それを、スコールが自分のクラスの生徒は自分で見ると言い、これを機に照秋と離れてしまった心の距離を縮めようとして反論する千冬から、半ば強引に引き離し、自分と同じ部屋にしたのだという。

 

「ありがとうございます」

 

照秋はスコールに礼を述べ、気恥ずかしいのかスコールはポリポリと鼻を掻く。

未だ千冬や一夏と距離があり、それを縮めようとしない照秋であるが、それをとがめないスコール。

それほど照秋の受けた心の傷は深く、癒すのに時間がかかるのである。

千冬の逸る気持ちも理解できるが、しかし互いの歩み寄る気持ち以前に一夏が問題なのである。

一夏は美人局事件を失敗し、さらにタッグトーナメントでボコボコにされたにもかかわらず未だに照秋を目の敵にしている。

双子の兄弟としてではなく、他人の『敵』として見ているのだ。

そんな危険な状態の一夏と同部屋などさせるわけにはいかない。

――と、そう言った理由もあるが、本命は違う。

スコールは箒たちに見えないように照秋に小さな箱を手渡した。

何だと確認するや、照秋は驚き声を上げそうになるのをスコールに口を塞がれる。

渡された箱は、コンドームだった。

 

「わたしは基本この部屋に帰ってこないから」

 

ニヤリと笑い小声でそう言うスコール。

この部屋は教員用で他の生徒は近寄らないというだけでなく、防音完備であり、さらに部屋風呂まで完備されていると前置きし、とんでもないことを言いやがった。

 

「いいかげん男になりなさいな。で、あの娘たちも自分の女にしちゃいなさい」

 

ポンポンと照秋の肩を叩き、「今から自由時間だけど、羽目を外さないようにねー」と言いながら手をヒラヒラさせその場を後にするスコール。

照秋の部屋を確認でき満足した箒たちは早々に自分たちの部屋に戻り、照秋は唖然とした表情のまま手の中にある小さな箱を握りしめ佇むのだった。

 

 

気を取り直し、荷物を部屋に置き、水着など必要なものを持って男子用に設けられた更衣室へ向かう途中、一夏とばったり会った。

何やら中庭をキョロキョロと見回し探し物をしているような一夏だったが、照秋を見つける眉間に皺を寄せチッと舌打ちする。

そんな一夏を見て、照秋は呆れてしまい突っ掛る気すら起きず相手にせず更衣室に入った。

 

マドカが選んでくれたサーフパンツに、ビーチサンダルを履き更衣室からでると、目の前には煌めく白い砂浜と青く澄んだ海が広がる。

眩しそうに目を細め海を眺めていると、周囲にいた女子生徒たちが騒ぎ始めた。

 

「あ、織斑君だ!」

 

「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫よね!?」

 

「わ、わ~。体の筋肉すご~い。鍛えてるね~」

 

「彫刻じゃん! もう彫刻じゃんその体!!」

 

「織斑君の体凄いね。やっぱり剣道部の練習のせい?」

 

「腹筋が綺麗に六つに分かれてる! ね、ねえ触ってもいいかな?」

 

わらわらと集まり始める女子たちに戸惑う照秋。

終いには照秋の体をベタベタ触りはじめ恍惚とした表情を浮かべる。

 

「ちょっと見てこの三角筋、すごい盛り上がってる」

 

「いやいや、この引き締まった上腕二頭筋と三頭筋は芸術よ! それに引き替え私の弛んだ二の腕は……」

 

「ねえねえ、ボディビルダーみたいに大胸筋ピクピク動かせる?」

 

「みんな、上半身ばかり見てないで、この大腿筋見なさいよ! ぱっくり割れてるわ!」

 

「いやいや、この盛り上がったふくらはぎこそ至高!」

 

「背中の僧帽筋から広背筋の筋肉の川も見逃せないわね!!」

 

女子たちの筋肉を見る目が怖い。

照秋はドン引きだ。

なんか涎垂らしてる子もいるし、照秋は恐ろしくなってきたため、走ってその場を離れるのだった。

 

 

 

しばらく岩場の影で隠れていた照秋は、箒たちが揃って歩いている姿を見つけ駆け寄ろうとし、立ち止まった。

皆の扇情的な姿に、踏みとどまってしまったのである。

 

箒の普段は制服で隠されていた豊満な胸が惜しげもなく見せつけるような白いビキニ。

セシリアの、メリハリのある均整のとれたボディにブルーティアーズを思わせる蒼いビキニに腰には色を合わせたパレオ。

シャルロットの、引き締まりながらも出るところは出た体にオレンジ色のビキニ。

マドカの細く小柄な体に藍色のビキニに、ショートパンツ。

ラウラのフリルのついた黒いビキニ。

しかも全員が美少女という、近寄りがたいオーラを醸し出しているように錯覚してしまう。

基本的に女性への免疫が低い照秋は、普段慣れた箒たち(婚約者・護衛・愛人)でも水着姿でハードルが一気に跳ね上がってしまうのである。

何というヘタレであろうか。

そんなだから箒たちに手も出せないチキンなのだ。

 

箒たちに近寄るのを躊躇していた照秋を見つけた箒たちが、逆に近寄ってくる。

ああ、走るな! 揺れてる! スゲー揺れてるよ!!

照秋は心の中で絶叫する。

青少年には刺激が強すぎるようだ。 

照秋は箒たちを直視できず顔をそらしてしまった。

 

そんなシャイな照秋の性格を知るマドカはニヤリと笑い、飛びつくように首に腕を回す。

 

「おいおい、男なら言う事あるだろう」

 

ん? とニヤニヤ笑みを向けるマドカに、ぶん殴りたい衝動を覚える照秋。

だが、マドカが水着で上半身裸の照秋に密着するから、互いの体温がダイレクトに伝わりそれが恥ずかしさへと変わりまた顔をそらす。

巨乳好きの照秋でも、こんなに無防備に接触してくるぺったんこのマドカにドキドキしてしまうのは仕方のない事なのだ。

 

「おいおいおい~、思春期妄想満開のシャイボーイ君、早く何か言いたまえよ~」

 

(……殴りてえ……)

 

殺意を覚える照秋だったが、返り討ちに遭うのが目に見えているため踏みとどまり、深呼吸して皆を見た。

 

「なんで岩場に一人でいたんだ?」

 

箒が首を傾げて聞いてくる。

屈まないでくれ、胸の谷間が……谷間が……

 

「いや、皆が俺の体をベタベタ触ってくるし、目つきが怖かったんだ」

 

それを聞いて、ああ、と納得する箒たち。

 

「たしかに、テルさんのその彫刻の様な美しい筋肉美を見れば納得ですわ」

 

「ISスーツで見慣れてるとはいえ、やっぱり裸とスーツ越しじゃあ雲泥の差だもんね」

 

「ふむ、無駄のない筋肉だな! 特に腹直筋と三角筋がすばらしい」

 

セシリア、シャルロット、ラウラと照秋の肉体を褒めちぎる。

褒められて嫌な気分にはならないが、別に見せるために鍛えたわけではないのでくすぐったい感覚になる照秋。

すると、マドカが照秋の脇腹を肘で小突く。

目で訴えていた。

 

(早く褒めてやれ)

 

女は褒めて褒めて褒めちぎれ、スコールから教え込まれた言葉である。

 

「みんな似合ってる。綺麗だよ」

 

「バカか、まとめて言うな。個別に褒めろ」

 

褒めるって難しい。

心の底からそう思いつつ、照秋はひとりずつ褒めることに専念し精神力を大量消費していくのだった。

 

 

 

照秋の賛美に気を良くし、ニコニコ笑顔の箒たちだったがなにやら照秋がいない間に取り決めをしていたようで、セシリアが照秋の手を引いてシートとパラソルの設置している場所へ連れて行く。

 

「バスの移動では一緒にいられなかったのですから、少しくらいわたくしたちのわがままを聞いていただいても良いのではなくて?」

 

そう言ってシートにうつ伏せになるセシリア。

 

「オイルを塗ってくださいな」

 

手渡されたサンオイルを珍しそうに見る照秋。

 

「これは日焼け止めか?」

 

「ええ、わたくし肌が弱くて強い日差しの日焼けは避けたいのですわ」

 

紫外線を受けてシミになるのが嫌だとか、日焼けをして肌がヒリヒリ痛むのが嫌だとかつらつら言っていたが、とにかく照秋にオイルを塗れと言いたいのだ。

女子の肌に直接触るという高難易度なミッションを言い渡され戸惑う照秋だったが、セシリアは渋る照秋を見て、最初こそ体の隅々をと思っていたが妥協に妥協を重ね背中だけでいいと言ってくれたのでなんとか助かった。

……いや、若干残念か?

手にオイルを揉みこみ、丹念にセシリアの背中に塗り込む照秋の手つきは、いやらしさが無く、むしろマッサージをしているような感覚だった。

実際オイルの塗り方なんぞ知らない照秋は、中学時代剣道部の先輩に毎日のように行っていたマッサージの要領で掌全体で背中中心から外側へ押すように滑らせる。

これは、血液の循環を良くし新陳代謝促進を促す方法である。

血液というのは古い血液が心臓に向かい流れ、新しい血液が心臓から出て体に循環する。

それを促すように手で筋肉をほぐすように力を入れず内側から外側へ行う事で人間に備わっている無理せず自己回復力を促進させ次の日に筋肉痛やその他モロモロのダメージを残さないようにするのである。

この方法がオイルを塗るという行為に会っているのかは甚だ疑問だが、当のセシリアは体がぽかぽかし始め気持ちよさそうにしている。

 

「女の子っていろいろ大変なんだな」

 

「他人事のようにおっしゃってますけど、男性も同じですわよ。肌のケアは怠ると年を取ってから後悔しますわ」

 

なんか力説するセシリアに感心する照秋。

足元に置かれているサンオイルのボトルを眺め、やって損はないならと、つい呟いた。

 

「ふーん……じゃあ、俺も後で塗ろうかな」

 

そう言うや、うつぶせていたセシリア、オイルを持って順番待ちをしていた箒、シャルロット、ラウラの目が光る。

 

「そ、それでしたらわたくしが隅々まで塗って差し上げますわ!」

 

「いやいや、僕が塗ってあげるよ!」

 

「何を言う、それは第一夫人の私の役目だろう!」

 

「いや、それなら愛人の私の方が……」

 

「お前らも大概だな」

 

鼻息荒く欲望に忠実な女子たちに、呆れるマドカだった。

 

 

その後、照秋の体の隅々までみんなでオイルを塗りたくり満足した箒たちは、照秋が海に入り遠泳しそうなのを止めたり、砂浜の走り込みをしそうなのを止めたりと何かとすぐにトレーニングにつなげようとする照秋を止めつつ、箒たちと海辺で遊び、クラスメイト達とも遊ぶのだった。


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