IS学園入学式はつつがなく終わり、新入生はそれぞれのクラスに向かい、割り当てられた机に座る。
ちなみに、入学式中はやはり世界で二人しか確認されていない男性適合者の織斑一夏と照秋に視線が集中した。
一夏はその多くの視線に戸惑い固まっていたが、照秋は剣道大会等で注目されることに慣れているため、多少視線の色が違うが戸惑うほどでもなくドッシリと構えていたということを記載しておこう。
さて、照秋は生徒達の混乱を避けるため他の新入生たちとは別に時間をおいて移動することになっていた。
しばらく体育館で待機し生徒の移動が落ち着いてから教室へ向かう。
照秋は1年3組なので、3組の教室へ向かい自分に指定された席を探す。
「照秋、ここだ」
教室入口に張り出された席順を見て探していると、教室内からニコニコしながら箒が手招きしている。
照秋は、見知った顔の箒が同じクラスであることにホッとした。
いくら視線に慣れているとはいえ、女性ばかりの中に男一人というのはやはり居心地が悪い。
それに、全員が香水をしているのか、甘い匂いやらさわやかな匂いやらが混ざって気持ち悪くなり、頭も痛い。
箒に手招きされた席は、前列の窓側だった。
日差しがぽかぽかして授業中寝てしまいそうだなと、結構のんきなことを考える照秋だった。
「私の席は隣だぞ」
ふふん、と胸を張る箒。
「よかったよ。箒が近くにいてくれて」
「はぅ……そ、そうか?わ……私も……うれしいぞ……」
顔を赤くし後半の言葉はごにょごにょと呟く程度だったが、照秋はバッチリ聞こえているため、ニコリと箒に微笑み、それを見た箒がますます顔を赤くするのだった。
「おい、朝っぱらからなにストロベリーしてる。はっきり言ってお前らイタいぞ」
「なっ!? イタいとはどういう意味だマドカ!!」
呆れたような表情で二人の空間を作り出す箒と照秋に的確にツッコむマドカ。
マドカも照秋と同じクラスだった。
そういえばマドカは自分の護衛を担うとか言っていたから、当然といえば当然かと考えていた照秋。
マドカは箒をからかい、適当なところで切り上げ照秋を見る。
「テル、必要ないと思うが、私がお前を守ってやる。お前は安心して学生生活を謳歌しろ」
パチッとウィンクするマドカに苦笑する照秋。
テルとはマドカが照秋に対するあだ名だ。
箒はマドカを見てムッとしたが、二人に恋愛感情が無いのは知っているので、ただムッとするだけだった。
(マドカめ……いいなあ……私もテルなんて言ってみたいなあ……)
どうやら羨ましかっただけのようだ。
そんな三人のやり取りを、周囲にいるクラスメイト達は興味津々といった表情で見ていた。
(すごく仲がいいわねあの三人)
(やっぱりワールドエンブリオで同じ会社のパイロットをしてるからかな?)
(もしかして三角関係……いや、織斑君が二人と付き合ってる!?)
(3P!?)
(私たちはスタート地点にすら立てなかったのか……!)
様々な思いが渦巻くクラスだった。
「はーい、席についてくだーい」
そんな、なかなかカオスなクラスに、大きな声が聞こえた。
輝くプラチナブロンドの髪をショートボブに、真っ白な肌、淡い緑色の瞳、筋の通った高い鼻、抜群のスタイルに、ピシッと黒のスーツを着こなした美女としか言えない女性が教室入口にいた。
その人は教室に入るとツカツカと歩き教壇へ向かい、生徒が皆座ったのを確認するとにこやかにほほ笑む。
「皆さん、IS学園入学おめでとうございます。私は1年3組の副担任のユーリヤ・アレクサンドロヴナ・ジュガーノフです。一年間よろしくお願いします」
副担任のユーリヤは生徒の顔を見渡し、皆がポカーンとしているのを見て首をかしげる。
生徒たちはユーリヤの美貌に、同性ながらも見惚れてしまい、反応できなかったのだ。
ちなみに、照秋もユーリヤのあまりの美貌にポカーンと口を開けてみていた。
だがこのユーリヤ、結構な天然で、無反応な生徒をみてこう思った。
(やだ、もしかしてどこかおかしいところがあったのかしら!? 日本語はバッチリのハズ……ハッ、髪型!? もしかしてこのスーツが地味だった!?)
表面上は涼しい顔を繕いながらも、内心とても焦っていた。
そして、ある答えに行きついた。
(そうか! コミュニケーションが足りないんだ! そうよね、初めての国、慣れない生活、ストレスが溜まっているはず。だからこそ、人生の先輩である私が歩み寄らないと!!)
ユーリヤはニコリと笑った。
「私の事は、ユーリ先生って呼んでね!」
パチリとウィンクするユーリ。
生徒たちは全員こう思った。
(か……かわいい……)
ユーリヤの勘違いから始まったが、その後は生徒の自己紹介を行うことになり、まずはユーリヤ本人から自己紹介を行った。
「私はユーリヤ・アレクサンドロヴナ・ジュガーノフ、ロシアのマスクヴァー(モスクワ)出身です。IS学園では数学を担当しますが、IS操縦経験もありますよー。こう見えてロシアの元代表候補生なんですよー」
代表候補生という単語がでて、生徒たちからホーと声が漏れた。
「趣味は朝の散歩ですかねー。涼しく澄んだ空気の中、歩くのが気持ちいいんですよ~」
自己紹介をしていくにつれ、なんだか口調が間延びしだし雰囲気もぽわぽわしだしたユーリヤに生徒たちは、ああこれが「素」なんだなと、なんだかほっこりした気分になる。
そして、森を歩くユーリヤに小鳥が飛んできて肩にとまる姿を想像した。
「先生、もしかして散歩してたら鳥とか近寄ってきますかー?」
何か質問有りますか、ということで、冗談だったのだろうが生徒は手を上げ質問する。
だが、ユーリヤの答えは斜め上をいった。
「ええ、鳥だけでなく、リスやウサギ、キツネなんかも来ますよー。この辺りの動物は人懐っこいですから~」
ぽわぽわニコニコ言うユーリヤに、その生徒は何も言えず、無言で座った。
「さて、私の自己紹介はこれくらいにして、皆さんの自己紹介をしてもらいましょうかー」
キタ、と照秋や箒マドカたち以外の生徒は思った。
自己紹介は日本のしきたり(?)に従い、あいうえお順で行くはず。
と思ったが、ユーリヤは席順で行うことにした。
とすれば、だれが一番か。
「では窓側の席から、織斑君からお願いします~」
「はい」
照秋が立ち上がり後ろを向く。
バッ
一斉に周囲から視線が照秋に向けられる。
あまりにも整然とした動きだったので、照秋の隣に座っている箒や照秋の後ろの席にいるマドカが思わずビクッとした。
「織斑照秋です。世界で二例目のIS男性操縦者です。現在ワールドエンブリオ社にてテストパイロットをしています。いまだ未熟の身ではありますが、皆さんと切磋琢磨し頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします」
ゆっくりと礼をした時、箒とマドカは満足そうにウンウンと頷き、他の生徒たちはキャーっと騒ごうとした。
その時、パチパチと一人の拍手は教室に鳴り響いた。
「素晴らしい紹介です織斑君」
それは長身で豊かな金髪を持ち、シミのない白い肌、紺のスーツで隠しきれないスタイル、そして抜群の美貌を誇る女性、スコール・ミューゼルであった。
パチパチと拍手をしながら教壇に向かうスコール。
またもや現れた絶世の美女に生徒は絶句する。
「続けて」
スコールがそう促すので、ユーリヤが頷き照秋の次の生徒を指名し、クラスメイトの自己紹介が続けられた。
その間、1組の方から悲鳴のようなものが聞こえたが、三組は粛々と自己紹介を進めるのだった。
そうして生徒の自己紹介が終わり、最後にスコール自身が自己紹介を始めた。
「遅れたけど、私がこのクラスの担任、スコール・ミューゼルよ。ISの基本理論や実習を担当します。生まれはアメリカのカリフォルニア。以前はアメリカの代表候補生も務めたけど、まあ昔の肩書は関係ないわね。とにかく、一年間よろしくね」
ニコリと微笑むスコールに、生徒全員がポーッと顔を赤くした。
そんな生徒の反応にまたフッと笑うと、キッと表情をきつく変えた。
「私たち教師の役目は、あなた達新米を世間に出しても恥ずかしくない『人間』にまで鍛え上げること。でも、それは技術だけじゃない。私たちはあなた達の『心』も鍛え上げる」
スコールは一拍置いて、さらに続ける。
「ISとは兵器である」
クラスの空気が変わった。
それは生徒たちからの緊張、そして教師たちの厳しい視線。
先程までぽわぽわとした雰囲気を醸し出していたユーリヤでさえ張りつめた空気を纏っていた。
「ISは女性にしか扱えない。……ああ、現在の男性二例は除いてだけど、いうなれば、強大な兵器は女性のみ扱うということ」
スコールは言う。
現在ISは『IS運用協定』、いわゆる『アラスカ条約』において軍事転用が可能になったISの取引、運用などを規制すると同時に、IS発表当初の技術を独占的に保有していた日本への情報開示とその共有を定めた協定が定められている。
つまりISの軍事転用を規制しているのだが、それを守っている国は無い。
ドイツ、アメリカ、ロシア、中国等の強大国家は平然とISを軍事転用しているのだ。
それは、他国がISで攻撃を仕掛けてきたときの、あくまで防衛手段として、抑止力という建前で。
もし、他国がIS、もしくはそれに準ずる兵器で自国を攻めてきた場合、まずIS操縦者が駆り出される。
「そうなればいずれ君たちが戦場に立ち、戦争をしなければならない。つまり――」
人を殺さなければならない――
生徒たちが凍りつく。
「各国が大人しくアラスカ条約を守るという幻想を抱いているなら、この場で捨てなさい」
人間は愚かである。
そもそも、発表当初ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツである。
だが、その後『白騎士事件』によってISは本来の運用目的から大きくずれた。
それが軍事利用だ。
現状、ISに勝る兵器は存在しない。
巷ではこう言われている。
女性がISで戦争を仕掛けたら三日で勝つと。
だが、逆に聞きたい。
「君たちIS適性者は人を殺せますか?」
息を呑む――
「私たちはISをファッションと捉えつつある風潮を嘆いている。だからこそ、今言う。覚悟無ない者は今すぐこの学園を去りなさい」
厳しい言葉だろう。
だが、先ほどまでポワポワしていたユーリヤも真剣な表情でスコールの言葉を聞いていた。
「私たちは、人の命を簡単に握りつぶせる兵器を扱える。だからこそ、心を鍛えなければならない。命の重さを、武器の重さを、暴力の意味を」
世間は女尊男卑だと言って女性が我が物顔で闊歩し、いわれのない男性の犯罪、いわゆる冤罪事件が多発している。
企業も女性優先に社員を採用、男性の就職率が下がる一方で、とある国ではデモまで起こっている。
宗教によって女尊男卑が浸透しない国もあるが、それでも国内が混乱するし、それに乗じて内紛は起こった国もある。
「女尊男卑などという考えは、人の命を摘む覚悟がある人間だけ行いなさい」
スコールの話に生徒たちの表情が変わった。
先程まで、生徒たちはISをファッションと捉えていたのだろう。
ISは一種のステータスだと、ただ、就職に有利な材料でくいっぱぐれないための手段だと。
しかし、スコールの言葉に、ガツンと頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
改めて考え直さなければならない。
ISという力をどう制御するかを。
生徒たちの表情が、先ほどまでの浮ついたものから覚悟したものへと変わったのを見たスコールとユーリヤは、満足そうに頷き再び微笑んだ。
「厳しいことを言ったけど、すぐに変わらなくていい。学園生活は三年あるんだからね」
「そうですよ皆さん!」
スコールとユーリヤが笑顔で両手を広げ言った。
「ようこそ、IS学園へ!」