銀の福音を操作している無人機、ドローンの動力源は核だった。
その衝撃発言は、アメリカ大統領も驚く内容だった。
ヴァーテックスロード社によるアメリカとイスラエル共同開発軍用IS[銀の福音]はあくまでISだ。
人間が操縦しなければ動かすことが出来ない、それが世界の常識であった。
過去、無人機ISの開発は各国で研究がなされていたが成果は芳しくない。
現在世界で無人機ISの開発を成功したという国の報告は無い。
だが、ヴァーテックスロード社はその無人機ISの開発に成功した。
それでも問題がある。
ISを動かすだけなら問題は無いのだが、ヴァーテックスロード社、アメリカが求めるのは戦争での実戦投入可能な品質である。
そうすると最も必要なのがISを十全に稼働させる出力である。
そこで、ヴァーテックスロード社は禁忌に手を出した。
核融合炉を小型化し、ドローンに搭載させる、というものである。
2025年、ロッキード・マーティン社が「出力100メガワットで、大型トラックの後部に入れられるサイズ」の核融合炉開発に成功、さらに小型化の研究が進み、ヴァーテックスロード社がさらに小型の2リットルのペットボトルサイズの開発に成功した。
これをドローンに搭載することで高出力の供給を可能にしたが、さらに問題が出た。
ドローンを稼働させ、さらにISのチェックや同期、核の冷却装置やもろもろの演算処理が追いつかないのである。
だが、ここでも打開案が出る。
ISのコアはブラックボックスではあるが、未知数の演算処理能力を有している。
そこで、ISコアに核融合炉の制御をさせるというのである。
結果、その目論見は成功した。
だがどうやってISコアに核融合炉の制御をさせているのか。
「……ナターシャ・ファイルスの遺伝子情報を電子化し、疑似認識させたのだ」
「つまり、ISコアは操縦者を守るためのバイタルサインチェックと核融合炉制御を誤認識させられているという事か」
美味いこと考えるもんだ、と感心するマドカ。
しかもナターシャ本人にはこの計画は知られておらず、現在彼女はアメリカ国家代表のイーリス・コーリングとともにイーストハンプトンで休暇中だという。
「で、ISコアを停止させられたら、核の制御が出来ず、暴走して
「い、いや、核融合反応の停止という安全な停止の可能性も……」
「元凶のアンタが希望的観測言ってんじゃねーよ。そもそも暴走するって言ったのはアンタだろうが」
マドカの一言にぐうの音も出ない長官。
というか、冷や汗を流し、顔色も青を通り越し真っ青になっている。
隣のモニタに映っている大統領も顔を真っ青にしているが、どうやら無人機の存在はおろか、核融合炉を搭載していることも知らなかったようだ。
そして、そんなやり取りを黙って聞いていた千冬は、顔を真っ青にしながらもこれからの計画を頭の中で組み立てる。
暴走したドローンIS、福音を止めるすべは現状ここにいるIS学園しかない。
これは最初アメリカ政府から要請されていた内容と結果変わらない。
だが、作戦の難易度が格段に跳ね上がった。
相手が核を積んだ無人機だとすると、下手に衝撃を与え、最悪破壊してしまえばそれこそメルトダウンしてしまう。
最悪放射能汚染を引き起こし、日本がとんでもないことになりアメリカが世界中からバッシングを受ける、なんて結末が待っている。
まあ、ドローンごと破壊してしまえば核爆発を起こしてしまうのは想像にに難くないがあえてそれは口にしない。
ISには絶対防御という操縦者を守る機能が備わっているが、それが無人機にも適用されるのか不明だ。
「……エネルギー切れを狙うわけにもいかない、か」
千冬はつぶやく。
核融合炉を搭載している無人機を無力化させる一番の安全策は無人機のエネルギー切れだ。
だが、それは望めないだろう。
「核融合炉だからな、半永久的に動き続けるだろうな」
マドカが千冬の呟きに補足を加える。
核をエネルギーとする利点は、高出力と強力で燃費時間の良いエネルギーである。
デメリットは核を燃料としている為放射能汚染の危険に常にさらされているため定期的な防護壁、コアシールドのメンテナンスが必要となることだが、今それは関係ないだろう。
「実際エネルギー切れするならいつになるんだ?」
マドカは束を見る。
すると、束は空間投影コンソールをパパッと叩き、出てきた数字を言う。
「あのサイズで、試作と考えて、低く見積もって1年かな?」
「1年!?」
無茶苦茶だ! と千冬は叫ぶ。
たしかに核は理想のエネルギーだろう。
だが、運用方法がデリケートで放射能や廃棄物の問題から新規原子力発電所建造や核兵器の運用はタブーとされている。
そのタブーを犯したのだ。
「でも、ISのエネルギーは別だよね?」
束が覗き込むように長官の顔を見る。
朗らかな声だが、目は笑っていない。
気圧されたじろぐ長官は、ここで嘘や引き伸ばしをしてもすぐにばれると悟り、素直に頷く。
「福音自体のシールドエネルギーをゼロにしつつ、ドローンにはダメージを与えないようにする。まあなんとも無茶なミッションだな、オイ」
呆れるマドカ。
千冬とスコールも呆れた表情だ。
「むしろ、この事がばれなかったとして、福音が負けるとは考えなかったのですか?」
千冬の言うことはもっともで、何も知らず当初の通り作戦を遂行し、もし福音を捕獲した時、無人機にダメージを与えていたら核融合炉が暴走していた可能性もあったのだ。
そう考えると、ブルリと背筋に悪寒が走る。
「もし必要以上のダメージや状況不利と判断した場合は撤退する予定だったのだ。だが、現在無人機はオフラインになっておりこちらの命令を受け付けない状態だ」
「IS自体に停止信号を送れないのか?」
「無理だねー。あのドローン、ご丁寧にISコアのネットワークも遮断してるみたいだ」
どうやら束は先ほどから福音のコアに接触を試みていたようだが、コア自体がネットワークを遮断し受け付けない状態のようだ。
つまり。
「単純明快、つまり実力行使しかないわけだ」
結局は最初とやることは変わらない。
ただ、問題が山積みである。
「まあ、まずはやることがあるよな、大統領」
マドカが大統領を睨むと、大広間にいる人間全員が大統領を見る。
大統領は、俯きながら首を小さく振り、深くため息をついた。
「国防長官、君を更迭する」
「大統領!?」
驚く長官だが、すぐに長官のいる部屋に武装した人間が数名侵入し拘束する。
「君のしたことは重罪だ」
「ま、待ってください! 私は我がステイツのために!」
「ステイツのために他国に不完全な核兵器を持ち込み力を誇示しても許されると?」
「そ、それは……! しかしっ!」
「君とヴァーテックスロード社はどうやら黒い関係のようだ。それも深く究明しないとな」
「大統領!! 私は……」
叫ぶ長官だったが、途中でモニタがブツリと切れた。
静寂が支配し、やがて大統領は腰に手を当て再び深くため息をついた。
「申し訳ない。だが、正式にIS学園に依頼する。銀の福音を止めてくれ」
なんと、大統領が頭を下げた。
これにはマドカやスコールも驚く。
「各国の代表候補生への補償も確約するし、日本政府、IS学園、ワールドエンブリオへの謝罪、補償も負う」
「当然だな」
フン、と鼻を鳴らすマドカ。
「アメリカ軍も助力する。何でも言ってくれ」
大統領は疲れた表情で、しかし決意のこもった瞳で力強い声を放つのだった。
大統領との通信を切り、再び大広間で作戦会議を行う。
「現在の状況を整理しよう」
・福音は無人機である。
・無人機は暴走しており命令が効かない状態である。
・無人機の動力源は核である。
・下手な攻撃で無人機を損傷した場合核融合炉が暴走しメルトダウン、最悪放射能汚染を引き起こし核爆発もあり得る。
・福音のシールドエネルギーは無人機から供給されていない。
「つまり、シールドエネルギーをゼロにすれば福音は動かなくなり、無人機を捕縛しやすくなる」
普通のスポーツとしてのISの戦闘であれば、簡単な事だ。
なにせ、ISには絶対防御という操縦者を保護する機能がある。
これがあれば操縦者の命は保障されるし、大きなけが怪我の心配もない。
だが、福音は軍用であるし、なによりこれはスポーツではない。
実戦、もっと言うなら戦争である。
命のやり取りを行うのである。
果たして、そんな世界で絶対防御が働くだろうか。
それは逆にも言える。
果たして、任務に就いた自分たちのISの絶対防御が働くのか。
「……」
全員無言で中央のモニタを見つめる。
誰も、何も言わない。
ラウラやマドカにすれば戦場に何度も出ているので、死と隣り合わせという状況が分かっている。
だが他の人間は違う。
照秋や箒、セシリアも以前無人機IS8機と戦ったことはあったが、今回とはプレッシャーの度合いが違う。
誰も何も言わず、沈黙だけだ続くなか、徐に照秋が束を見た。
その背筋を伸ばし正座した姿は、荘厳で、神秘的だった。
「束さん、メメント・モリのメンテナンスを中断できますか?」
「照秋!?」
隣にいた箒が悲痛な叫びに似た声を上げる。
束は、照秋の顔をじっと見つめる。
何の迷いもない、まっすぐな瞳。
心拍数も上がっていない。
発汗もない。
「出来るよ」
「姉さん!?」
箒は思わず束の肩を掴んだ。
だが、その手を優しく握り返す束。
「大丈夫。てるくんは死にに行くわけじゃないよ。私も全力でサポートする」
真剣な表情の束。
それを見て、束は絶対に照秋を助けてくれると確信した。
だが、照秋が帰ってくるのを待っているだけなんて、箒の性分ではない。
「姉さん、紅椿のメンテナンスも中断してください」
全く迷いのない箒の言葉。
束は、その箒の顔を見て、ニコリと笑う。
「言うと思ったよ、箒ちゃん」
そう言うと、束は空間投影モニタ、コンソールを展開し、凄まじい速度でタイピングする。
「10分待って。そうしたら二機とも高速使用に変更できるから」
束の作業をじっと見つめる箒と、瞑想するように微動だにせずに正座している照秋。
たまらず、セシリアが手をあげ立ち上がる。
「織斑先生! わたくしも出撃します!!」
「僕も!!」
「教官、経験から私が適任です」
セシリアに続きシャルロットとラウラも立ち上がる。
無言だが、簪も千冬を見つめる。
趙は自分の力量がこの任務を完遂できる域に達していないと理解しているので俯き悔しそうに拳を握りしめる。
鈴も、福音のスペックから役に立たないと理解し、悔しそうな表情だ。
そんな彼女たちを見渡し、小さく息を吐く千冬。
「ダメだ」
短く言い渡された言葉に、しかし反論せず悔しそうに俯くセシリアたち。
理由はわかっている。
今回の作戦において、第一として長距離高速移動できるISが前提となる。
ブルーティアーズも、シュヴァルツェア・レーゲンも高速機動が出来ないのだ。
ブルーティアーズについては高速起動パッケージはあるが、現在束が預かり改修中である。
シャルロットにおいては、高速機動は可能だが竜胆の操作に完全には慣れていない。
だが、手を上げずにはいられなかったのだ。
照秋を見ていると、助けなくてはいけないと本能で思ってしまったのだ。
あの、死地へ向かう人間のように澄み切った瞳を見ると、波の立たない湖の様な堂々とした態度を見ると、不安になってしまうのだ。
――もしかしたら、帰ってこないかもしれないーー
「お前らはココの防衛だな」
マドカが立ち上がり伸びをする。
コキコキと首を鳴らし、千冬とスコールを見た。
「前衛はテルと箒、後衛は私が行う」
千冬とスコールは無言で頷く。
「博士」
マドカが束を呼ぶと、束はマドカを見ず未だコンソールを叩き続ける。
「わかってるよ。まーちゃんの竜胆もリミッターを解除しておくよ」
「頼む」
あれよあれよと進んでいく事態に、蚊帳の外だった一夏は危機感を覚えた。
福音が暴走するのは原作通りだ。
無人機ということは、アニメの設定なのだろう。
だが、その経緯と危険度が全く違う。
動力源が核?
破壊してはいけない?
最悪核爆発?
なんなんだ、それは。
なんだ、そのややこしい事態は?
こんなに入り組んだ事情が入り込んで来るなんて予想外にもほどがある。
さらにアメリカの大統領が出張ってきて、国防長官が更迭されたというコメディの様な事態すら呑みこめないのに、任務が命を懸けたものになっているのだ。
だが、
だがしかし、だ。
このイベントは一夏にとって、白式にとって重要なものだ。
白式は二次移行する大事なイベントだ。
そして、ここで勇敢な姿を見せれば、照秋になびいている箒やセシリア、シャルロット、ラウラの目を覚ますことが出来るかもしれない。
そう、この世界の主人公は、俺なんだ、と。
ヒロインは、主人公に惚れるべきなんだ、と。
大まかな事件は原作通りだが、不安要素が多すぎる。
果たして、福音と戦っていいのか?
今までの原作から剥離した物語が、ここでも起こったらどうする?
もし、俺がへまをしたら……
そう考えていた一夏だったが、気付けば手を上げていた。
「お、俺も行く!!」
勇気ある行動だと思うだろうか?
答えは否である。
「却下だ」
マドカが即拒否する。
「こ、今回の作戦では俺の力が必要なはずだ!」
「ほう」
マドカは一夏の見解に感心する。
一夏の力が必要という言葉は、福音に対する戦い方を表している。
福音は高速移動を行っている。
その高速移動中に攻撃を仕掛ける回数は限られる。
つまり、一撃で無力化する必要があるのだ。
そして、客観的に見ても、一撃の出力がもっとも大きいのは白式のワンオフアビリティ[零落白夜]だ。
ただ、問題もある。
「だが、白式の[零落白夜]は出力が大きすぎる。最悪、無人機にもダメージを通す代物だぞ」
そう、零落白夜は自身のエネルギーも攻撃に転換し相手に多大なダメージを与える一撃必殺の攻撃である。
だが、威力が高すぎるが故、全力で攻撃するとISの武装を通り越し操縦者にまでダメージを与えてしまうのだ。
そうなれば、ドローンを攻撃することになり、核融合炉にダメージを与えることになる。
「それなら心配ない! 零落白夜の出力調整をすればいいんだ」
一夏とて馬鹿ではない。
原作でも全力を出せないと愚痴り扱いに困る代物を、何もしないままにする筈がない。
一夏は零落白夜の仕組みについて調べ、出力調整できるようになったのだ。
一夏の計算では、操縦者を傷つけず一撃でシールドエネルギーをゼロにするには出力80%で足りる筈である。
一夏が自分は役に立てると力説し、マドカは考え込む。
もうひと押しだと、一夏は畳みかけようとしたが、横やりが入る。
「お前は待機だ、一夏」
千冬が冷たく言い放つ。
「なんでだよ千冬姉!!」
怒る一夏。
だが、千冬はその怒りを受け止めつつも突きつける。
非情な現実を。
「お前の練度では足手まといだ」
「……っ!?」
千冬の言う練度とは、つまりレベルのことである。
マドカは元より、照秋と箒も国家代表クラスの実力を持っているし、毎日のように一緒に訓練を行っている。
連携などお手の物だろう。
だが一夏は違う。
一夏の実力は同贔屓目に見ても代表候補生には足りず、さらに照秋達と連携が出来る程信頼関係も築いていない。
ハッキリ言って、足手まといだ。
むしろ、一夏が参加することによって任務の難易度が上がる可能性もある。
バッサリと事実を突き付けられ、歯を食いしばり俯く一夏。
千冬は、そんな姿を見て何と思っただろう。
なんとか役に立ちたいと足掻く弟、と見えただろうか。
自分の非力さに嘆く未熟な弟、と見えただろうか。
そんな一夏に救いの手を差し伸べる一言が飛ぶ。
「いーんじゃないのー? 行きたいんならさー」
間延びした、やる気の無さそうな声の主は、束だった。
援護射撃してくれた束に感激する一夏だったが、当の束は一夏を見ることなくモニタに集中している。
「どうせ後衛になるんだし、経験積ませる意味でも連れて行ってもいいんじゃなーい?」
ね? とマドカに振る束だが、マドカは心底嫌そうな顔で一夏を見る。
「私がお守りかよ」
何やら束の賛成で一夏が参加する流れになってきているので、千冬が危機感を覚え待ったをかけようとした。
いくらなんでも束の言葉は容認できない。
この作戦において零落白夜は確かに切り札になりえるだろう。
だが、その威力は諸刃の剣に成り得る。
しかしそんなものよりも根本的に一夏が邪魔になると言っているのだ。
千冬は一夏を見る。
一夏は、やる気に満ちた表情で千冬に訴える。
大丈夫だと。
俺ならやれると。
眉間に皺を寄せ、苦悩し、千冬は一夏の作戦参加を容認するのだった。