メメント・モリ   作:阪本葵

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第75話 メメントモリの実力と白式の慈悲

突如起きた爆発に驚く千冬と真耶は何事かと外に出る。

すると、旅館の一部が破壊された跡があった。

何かの襲撃かと緊張が走る。

 

しかし、教師が千冬の元に走ってきて衝撃の事実を口にする。

その教師は、照秋を監視してた教師だった。

 

「織斑先生! 織斑照秋君が、ISを装備して飛び出して行きました!!」

 

「なんだと!?」

 

空を見上げると、黒いISのメメント・モリが飛びどんどん小さくなっていく姿が見えた。

 

千冬はギリッと歯ぎしりし、睨む。

 

「何をしている……馬鹿者がっ!」

 

千冬は急いで作戦司令室に戻り、通信機器を使い照秋と交信を試みた。

 

「織斑! 応答しろ織斑! 織斑っ!!」

 

しかし、まったく答えない照秋。

千冬は通信機器を畳に投げつける。

一体、照秋は何がしたいんだ!

一夏を攻撃し、次は無断で飛び出して行く。

どこに向かっているのか不明だが、命令違反は元より、ISの無断使用という違反を犯している。

そもそも、照秋のISは待機状態でこちらにあるはずだ。

そうして、ハッとする千冬。

そう、照秋は今どこに向かっているのだ?

千冬は真耶に、照秋がどこに向かっているのか予測させた。

すると、真耶は顔を真っ青にしていった。

 

「……銀の福音の元です」

 

それを聞いた千冬は、顔を青くさせる。

先の作戦でも、箒と二人でも攻めきれなかったのに、一人で向かったという事実に焦る。

もしかして、つい先ほど照秋を責めたことでヤケクソになって飛び出したのではないかという考えが浮かぶ。

自分のせいかという思いが、千冬を焦らせる。

 

なんとか照秋を止めないと! 

そう思い、千冬は何度も交信を試みる。

 

「照秋! 応答しろ照秋! 戻ってこい!!」

 

「無駄だよちーちゃん」

 

そこに、突如束がふすまを開け作戦司令室に乱入する。

後にはスコールとマドカや箒たちもいた。

千冬はスコールと束が揃っているのを見て、照秋にISを返したのはスコールであり、照秋が無断で出撃したのは束が何か唆したのだと理解した。

千冬は束を睨むと、再び通信機を握り交信を続けようとする。

 

「束とミューゼル先生には後で聞きたいことがあるが、今は構っている暇はない。それに後ろの者たちも、今は待機だと言ったはずだが」

 

「そうも言ってられない状況だから、こうやって連れてきたのよ」

 

スコールがマドカの肩をポンと叩き前に出る。

それに続き束がずんずん進み、機材を操作し始め、展開されるモニタを切り替える。

そこには、音速で移動する照秋が映る。

 

「衛星をハッキングして映したよ」

 

そう言い、束は千冬の持つ通信機器を奪い取り、交信を試みる。

 

「てるくん、聞こえる? 聞こえたら応答して」

 

返事はない。

 

「てるくん、通信を切ってるね」

 

やれやれと肩をすくめるようなジェスチャーをして通信機器を畳に放り投げる。

 

「もう、見守るしかないよ」

 

「何を無責任な事を!」

 

千冬は他人事のように話す束に怒り胸ぐらを掴む。

が、束はへらへらと笑うだけで抵抗しない。

 

「今! 福音に一人で向かっても照秋に勝ち目はない!! ただの無駄骨、下手すれば命に関わるんだぞ!!」

 

「大丈夫だよ」

 

「何を根拠に……」

 

「彼女なら勝てるよ」

 

まあ、見てなって、そう言い千冬の腕を振りほどき再び機材を操作する。

すると、モニタが複数展開され、銀の福音も映し出される。

 

「うん、やっぱり動いてないね」

 

「何故動いていないのかしら?」

 

映し出された銀の福音は、空中で膝を抱え蹲っているように見える。

つい先ほどまで音速軌道をしてアメリカから日本に来たのに、現在は全く進行する気配がない。

 

「たぶん、暴走したといっても最初の命令を守ろうとしてるんじゃないかな?」

 

束の仮説に首を傾げるスコール。

 

「最初の目的だよ。『メメント・モリと紅椿を倒し、力を誇示する』って命令がね」

 

「……つまり」

 

「待ってるんじゃないかな、彼女を」

 

そう言いモニタを見つめる束。

その表情は、未だ笑顔を張り付けたままだった。

 

そして、モニタに映る照秋を不安な表情で見守る箒たち。

本当なら今すぐ飛んで行って助けてやりたい気持ちだった。

それは、セシリアも、シャルロットも、ラウラも同じだった。

簪や趙も、手伝えることがあれば手伝ってやりたいと思っていたのだ。

だが、それは束に止められた。

 

「邪魔になる」

 

きっぱりそう言う表情は、箒たちを虚仮にしたものではなく、真剣そのものだった。

 

「大丈夫、全部解決して戻ってくるよ」

 

その言葉を信じ、箒たちは無事に帰ってくることを願い、祈ることしか出来ないのだった。

 

 

 

しばらく音速飛行を続け、照秋のハイパーセンサーに銀の福音を補足する。

照秋は速度を緩めることなく、そのまま蹲っている銀の福音に突撃した。

照秋と銀の福音が絡まったまま、海の中に落ちる。

20メートルほどの水柱が立ち、すぐ海から飛び出す照秋と銀の福音。

照秋はノワールを力任せに横なぎに振り、福音はそれを受け海面に打ち付けられる。

飛び石のように海面を数度跳ね、近くの島の海岸にある巨大な岩にぶつかる。

大きな破壊音と埃が舞い、銀の福音は飛び上がる。

大してダメージを受けたようには見えず、銀の福音は瞬時加速を使い照秋に接近する。

そしてそのスピードを維持したまま銀の鐘を展開する。

照秋は銀の鐘を避ける気配を見せない。

だが、照秋は両手を前に出し、見たこともない攻撃を繰り出す。

 

[ヴァルカン発動]

 

女性の電子音が鳴り、両手から無数の光の弾が飛び出す。

それらがまるで追跡するように銀の鐘とぶつかり爆発する。

 

銀の福音は予想外だったのか、すぐに軌道を変え距離を取ろうとする。

だが、照秋は逃がさない。

逆に瞬時加速を使い銀の福音に肉迫する。

そして、背中の羽が光り電気が走る。

 

[トニトルス発動]

 

巨大な電撃が走り、銀の福音に直撃する。

バチイッ! と巨大な音と、閃光の様な光と共に、煙を吹く銀の福音。

だが、銀の福音はまだ飛び続ける。

さらに速度を上げ、照秋との距離を取ることに成功した銀の福音は、再び銀の鐘を展開する。

照秋は、その銀の鐘によって放たれたエネルギー弾を全て避けるという離れ技を行い、いつの間にか手に持っていた黒い鎌を振り上げる。

 

『キアアアアアアア!!』

 

[ハルシオン]

 

福音が叫び声に似た電子音を鳴らしたが、同時にメメント・モリから電子音声が鳴ると共に、刃の部分が光り輝く。

そして、容赦なく振りおろし、銀の福音は再び海に叩きつけられるのだった。

 

 

 

「……な、なんなんだ、これは」

 

モニタ越しに展開される圧倒的戦いに、千冬は絶句する。

それは、先の戦闘を見ていなかったからこその驚きであると同時に、違和感を覚える戦いだったからだ。

今まで見てきた照秋の戦いとは、非常時以外では刀剣[ノワール]一本で戦ってきた姿しか知らない。

それが、純粋に照秋の力を十全に発揮できるスタイルだと思っていたからだ。

だが、今の戦い方は全く違う。

ISの機能を使いこなす、トリッキーなスタイルだ。

 

そして予想外の展開と照秋の容赦ない戦いに驚きを隠せない箒たち。

箒とマドカは銀の福音との戦いで、ドローン内にある核融合炉の暴走を気にしながら戦っていたのに、今の照秋は躊躇がない。

そう、まるで……

 

「銀の福音を破壊するつもりか?」

 

マドカが呟く。

その言葉にギョッとするセシリアたち。

銀の福音の破壊、それはドローンをも破壊するという事になる。

それは、ドローン内にある核融合炉の暴走を意味するのだ。

 

「ちょ、ちょっと!? 照秋を止めないと!!」

 

シャルロットが焦る。

無理もない、核融合炉の暴走は最悪メルトダウンによって放射能汚染を起こす可能性もあるのだから。

 

「しかし、照秋が現在交戦中でこちらからの通信を受け付けない。連絡手段がない」

 

ラウラはそう言い、拳を握る。

簪や趙も固唾を飲んでいる。

 

「大丈夫」

 

そんな緊張した空気の中、束が言う。

 

「大丈夫だよ」

 

束はモニタを見つめる。

 

「彼女なら、大丈夫」

 

束の言葉を信じ、モニタを見つめる箒たち。

その時、誰も束の言葉に違和感を抱く者はいなかった。

 

 

 

照秋は海面を見つめ続ける。

そして、突如水柱が昇り、中から銀の福音が現れた。

だが、どうも様子が異なる。

破損していた装甲が修復され、ダメージが消えている。

背中のスラスターが翼のように変形し、枚数も増えている。

5対10枚の銀色の翼は、まるで天使のようだった。

 

『キアアアアアアア!!』

 

悲鳴のような電子音声を鳴らす銀の福音。

 

――第二形態移行――

 

銀の福音は、この土壇場で第二形態移行した。

銀の福音は翼をエネルギーで発行させ、そのエネルギーを弾丸に変え照秋に向け発射する。

先程までの銀の鐘とは比べ物にならない弾数が照秋を襲う。

しかし。

 

[ヴァルカン発動]

 

再び両手を突出し、無数の光の弾を発射。

それらすべてが、銀の福音が発射したエネルギー弾をすべて撃ち落した。

銀の福音は、光弾が落とされるのを見越していたのか、すぐに次の攻撃を用意する。

銀の福音は銀の翼を広げ、頭上を中心にエネルギーを集める。

先程の散弾式の光弾とは違い、今度の攻撃は一撃必殺を秘めた高圧縮エネルギーのようだ。

圧縮するエネルギーによって、空間が歪む。

こんなエネルギー弾当たれば、ひとたまりもないだろう。

 

銀の福音は、それを躊躇なく発射した。

 

轟音と共に迫りくる暴力。

 

しかし、照秋は焦ることなく、両手を前に広げた。

 

[コキュートス発動]

 

電子音声が鳴った瞬間、掌の前で小さな黒い球体らしきものが発生、と同時に放たれた高圧縮エネルギーは照秋の掌の前で消えた。

まるで、吸い込まれたように。

 

 

 

銀の福音が第二形態移行したことに驚いたが、そのパワーアップした攻撃を難なく躱し、さらに照秋が行った理解不能の防御に一同あんぐりと口を開ける。

 

「ビ、ビームが……消えた、だと!?」

 

流石のマドカも、とんでも理論に追いつけないようで頭を抱えている。

 

「まてまてまて! エネルギーを消滅させただと!? 弾いたんじゃないんだろ!? 消滅だろ!?」

 

「違う、あれは消滅じゃない。転移だね」

 

束はいつの間にか自身の手元に展開したコンソールを操作しモニタに数字の羅列が並ぶ。

 

「あれは別空間へのゲートを開いてエネルギーをその別空間へと移したんだよ」

 

「おい待て別空間だと!? どこだよそこ!!」

 

「たぶん、ビームによって被害が出ない空間につなげてビームを殺しただろうから……宇宙かな?」

 

興味津々な束とは対照的に、まったくついていけない箒たち。

マドカなど頭をかきむしり、常識無視してんじゃねーよと唸っている。

 

「ちょ、ちょっといいですか?」

 

我慢できず簪が手を上げる。

 

「はい何かな簪君!」

 

教師のように指さす束。

そして、おずおずと質問する。

 

「そもそも空間転移なんて技術、可能なんですか?」

 

「出来るよ」

 

まさかの可能発言に興味津々に食いつく簪。

それはつまり、もしかしたら地点と地点をくっつけて移動する瞬間移動という夢の移動方法の可能性も出てきたという事で、世界の移動手段の根本を覆すものだ。

だが束は、フフンと鼻を鳴らし、まずは、と前置きする。

 

「まず、別空間の座標と現座標を繋げるために安定した亜空間を見つけなきゃいけないけどねー」

 

「……それって、無理ってことなんじゃあ?」

 

「でも今目の前で出来てるしねー」

 

そもそも亜空間という概念自体がSFで、未だワープ理論や超高速移動の理論はあくまで理論であり、実証されていないのである。

束の言葉にうっと言葉を詰まらせる簪。

実証されていないはずの亜空間転移という理論が、目の前で実証されているという事実。

箒やセシリア、シャルロット、趙などは全く意味が分からずちんぷんかんぷんで首を傾げるばかりである。

ただ、ラウラは「ああ、あれね、うん、わかってるよ」と言う顔をしている。

恐らくクラリッサから教えられたSF漫画の知識だろうが。

 

そんな照秋の戦いを議論しながらも不安な気持ちで見ていた箒たちの背後で、突如息を切らして走ってくる教師が。

それは、一夏の容体を見ていた保険医だった。

 

「た、大変です!!」

 

顔を真っ青にしている保険医の後ろでは、同じく顔を青くしている鈴がいた。

 

「今度はなんだ!?」

 

苛立たしげに叫ぶ千冬。

現状を把握するのに労力を費やしているのに、今度はどんな問題を持ってきたのかと叫んだのである。

だが、鈴が泣きそうな顔でつぶやいた言葉に、千冬の表情は凍りつく。

 

「い、一夏が……白式を纏って……出て行きました」

 

 

 

時間は少し遡る。

 

ザザーン……

ザザーン……

 

ここは……どこだ?

砂浜に波打つ海……雲のない青い空……そして、枯れた倒木……

海には空が綺麗に反射しており、海と空が繋がり、まるで見渡す限り空しかないようだ。

 

……あれ?

どこだここ?

先程より意識がはっきりしてきた織斑一夏。

俺は……たしか……銀の福音捕獲作戦に参加して、不審船を発見して……

あっ!!

照秋に背中から斬られたんだ!!

あの野郎っ……!!

思い出し怒りをあらわにする一夏。

だが、よくよく考えると、照秋は背後から一夏を襲う卑怯者という事で箒たちが愛想を尽かす可能性がある。

よっしゃー!

原作ハーレム復活!

小躍りする一夏は、今更ながら、ハッとする。

もう一度周囲を見渡す。

……そうか、ここは……

そう考えていると目の前に一人の少女が居た。

白い服と白い帽子と白い肌。

少女は空を見上げており、一夏の存在に気付いていないようだ。

その少女を見て、一夏はニヤリとほくそ笑んだ。

やっぱりだ!

ここは白式の世界だ!

そう思っていると、少女は蹲り、しくしくと泣き始めた。

 

な、なんだ、どうしたんだ?

 

「おい、どうしたん……」

 

そう声をかけようとしたその時、世界は暗転する。

先程まで青い空と海の世界だったのに、今は真っ暗な空、そして、人を呑みこまんとしている漆黒の海。

足元に広がる砂浜は晒したものではなく、ヘドロのようにまとわりつく。

 

「な、何だこれ!? おい、何なんだよこれは!!」

 

一夏は泣き続ける少女に声をかけるが、少女は泣き止むことなく、やがてゆっくりと立ち上がり一夏に背を向け離れていく。

 

「おい!? 待てよ!!」

 

一夏が叫び呼びとめると、少女は歩みを止め、そしてゆっくりと一夏を見る。

そして、呟いた。

 

「……おまえのせいだ」

 

瞬間、一夏を襲う記憶の嵐。

それは、一夏が照秋に対し行ってきた暴力の数々。

小さい頃から躾と称して行ってきた、暴力。

 

泣き叫び蹲る照秋の腹を蹴る。

吐く照秋を見て嗤う。

止めてと懇願する照秋の頭を踏みにじり、唾を吐く。

泥と涙で顔がドロドロに汚れ泣く照秋を見て声を上げて嗤う一夏。

 

今の一夏は、昔の一夏を客観的にみて、吐きそうになった。

 

――だ、誰だ、これ?

子供の一夏が声変わりしていない甲高い声で笑い、それが耳に残る。

耳障りだ……!

やめろ……!

一夏は手で耳を押さえるが、直接脳に響くので意味がなく、鈍痛のように頭が重くなる。

 

「なぜ耳と閉じるの?」

 

耳元でさ囁く子供の声。

顔を上げると、そこには笑みを浮かべる子供の一夏がいた。

 

「全部自分がしてきたことじゃないか」

 

「う、うるさいっ……!」

 

「否定するの? こんなに楽しかったのに」

 

「だまれっ……!」

 

一夏は頭を抱え、子供の一夏の言葉を拒否する。

だが、子供の一夏は三日月のように口を歪め、さらに言い放つ。

 

「いいじゃないか、イレギュラーなんだから。殺しても」

 

一夏はハッとして顔を上げる。

そこには子供の一夏はいなかった。

周囲を見渡し探す。

そのとき、足をガシッと掴まれる感覚に、ドッと冷や汗が流れ、ゆっくりと顔を足元に向ける。

そして、そこには。

 

ヘドロの中から三日月の様な歪んだ笑みをさらにいびつに、裂けるような口元と眼球が真っ黒になった子供の一夏の顔があった。

 

「イレギュラーって、誰だろうね」

 

「う、うわあああぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

一夏は恐怖で叫ぶ。

子供の一夏の言葉など頭に反らない。

ただ、頭の中が恐怖で支配され、本能で逃げようとする。

だが、足は子供の一夏に掴まれて動かない。

やがてバランスを崩し、尻餅をつく一夏。

 

そこに、ヘドロの中なら這い上がる子供の一夏。

眼球が真っ黒で、瞳孔すらわからない。

眼球があるのか、空洞なのか、何も見えない。

ヘドロでどろどろの子供の一夏はゆっくりと這いより、一夏の顔の前で止まり見つめる。

 

一夏はヒッと悲鳴を上げる。

ヘドロで汚れた子供の一夏は、何も映さない真っ黒な瞳で一夏を見つめ続ける。

 

「ねえ、なんで彼を邪魔者扱いするの?」

 

無邪気な、子供の声。

今のホラーな見た目とのギャップに、一夏は間抜けに口を半開きにしていた。

 

「彼が何かした? 邪魔した?」

 

全く邪気のない、しかしズケズケと質問してくる子供の一夏に、苛立ちを覚え始める。

……邪魔をしたか、だと?

 

「アイツの存在が邪魔なんだよ。織斑照秋だと? そんな奴原作に出てきてないだろうが」

 

「じゃあ、君が今まで出会った人間は全て原作に登場したの? 小学校のクラスメイトは? 中学での友達は? 近所の人たちは? IS学園の他のクラスや上級生たちは?」

 

「そ、それは……」

 

言葉に詰まる一夏。

だが、子供の一夏は一夏の答えを待つことなく言葉を続ける。

 

「それに、原作って何?」

 

「……え?」

 

何故か、ドキリと心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

「ここは、この世界はインフィニットストラトスという原作のある世界……だと本当に思ってるの?」

 

真っ黒な瞳の子供の一夏が、子供らしく首を傾げる。

が、そのとき足元のヘドロが子供の一夏に這いずり上がってくる。

小さな虫が集団で寝食してくるような様に、一夏は怖気立つ。

 

「ああ、タイムリミットか。仕方ないね」

 

やれやれ、とため息をつく子供の一夏。

 

「――これは最期通告だよ」

 

子供の一夏にビクッと震える一夏。

そこまで言って、子供の一夏はヘドロに飲まれ、形が維持できなくなり溶けるように地面に消えた。

そして、真っ暗な世界に亀裂が入り、ガラスが割れるように新たな世界が現れる。

黒い破片が飛び散り、一夏は目を閉じ怪我しないように頭を抱える。

やがて、ゆっくりと目を開けるとあたりは夕方のようにオレンジ色に染まっていた。

 

「……なんなんだ、一体……」

 

呟く一夏。

何が起きているんだ? そう思ったとき、背後に気配がした。

ジャリッと砂浜を踏みしめる音。

恐る恐る振り向くと……太陽を背にした一人の女性が見えた。

アレはISだろうか……堂々としたその佇まいと白い甲冑の様な姿は、まるで騎士の様で……と考えてハッとする一夏。

そう、あれは白騎士だ。

つまり、次に起こることは――

 

『力を……欲しますか?』

 

一夏は白騎士にそう尋ねられる。

途中わけのわからないハプニングがあったが、ここで白式を第二形態移行にできればいい。

 

『貴方は力を欲しますか?』

 

その白い騎士は聞いてくる。

“力”はいるかと。

一夏は考える。

その言葉の意味はそのままの意味だろう。

力。

今自分は昏睡状態であるから外の世界はわからないが、おそらく鈴や箒たちが銀の福音に対してリベンジを行っているだろうと推測する。

そうなれば、一夏は助けに行かなければならない。

そのためには力がいる。

今以上の、”力”を。

そしてソレが欲しいかと、目の前に佇む白騎士は問う。

その声色は、何の抑揚もなく、淡々と事務をこなすような、そんな声。

 

「俺は……」

 

そんな問いに対して一夏は、言った。

 

「力が、欲しい」

 

白騎士は目元が確認できなかったが、悲しそうな表情をした。

 

『何故、力が必要なのですか?』

 

「何故って……」

 

そりゃあ、と建前として原作通りの「大切な人を守りたい」とか「守られるだけじゃいやだ」といった言葉を紡ごうとした。

が、口から出た言葉は全く異なるものだった。

 

「当然だろう。俺がこの世界の主人公だからだ」

 

――あれ!?

なんで違う言葉が出てくるんだ!?

焦る一夏。

だが、白騎士はその答えが予想通りだったのか、落胆のため息を吐く。

 

『それが答えですか』

 

――ち、違うんだ!

そうじゃないんだ!!

そう叫びたい一夏だったが、またもや別の言葉が飛び出す。

 

「当然だろうが、おれはこの世界の主人公、織斑一夏だぞ」

 

冷や汗が流れる一夏。

――なんで言おうとしている言葉と全然違う言葉が出てくるんだ!?

体は自分の意思で動くのに、言葉だけが全く言う事をきかない。

 

『やはり、あなたは真のマスターではないようだ』

 

「ちょっ、待ってくれ!!」

 

やっと思った言葉が喋れたが、時すでに遅し。

白騎士は踵を返し、一夏から離れようとする。

 

それを必死に呼び止める一夏。

ここを逃せば、二次形態移行のチャンスが遠のく、いや、いつ来るかわからないのだ。

その時、いつの間にか白騎士の足元に最初いた白い服の少女がいて、白騎士を引き留める。

 

『ちゃんすをあげようよ』

 

幼い声で白騎士に声をかける少女は、しかし一夏を見るや露骨に嫌そうな顔をする。

 

『[あのひと]もいってたよ。[さいごつうこく]って』

 

『……わかった』

 

白騎士はため息をつき、一夏の方を振り向く。

 

『これは慈悲だ』

 

厳しい声で、一夏に言う。

緊張が走る一夏は、身構える。

 

『だが覚えておけ。お前はいつも見られているという事を』

 

そう言って再び踵を返し、歩きはじめる白騎士。

その足元にいる少女は、一夏を睨み、ベーっと舌を出して走り出した。

 

やがて、周囲の景色が白くなり、一夏の意識も遠くなる。

 

 

一夏は目を覚ました。

目に入ったのは、旅館の天井。

そして自分の体を確認する。

無数の管が体に繋がっており、大仰な機材が並べられている。

夢の中の出来事を、一夏は全く覚えていなかった。

だが、起き上るや、体の傷が塞がり回復しているのを確認するとニヤリと笑い、体中に繋がっている管を引き抜き、立ち上がる。

その時丁度、部屋を留守にしていた保険医と鈴がふすまを開け入ってきた。

立ち上がり健常者そのものの一夏を見て、驚く保険医と鈴。

しかしそんな二人を見ることなく、一夏は白式を纏い、部屋の窓を開け飛び立って行くのだった。

 




良いお年を

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