ユウキが1番かわいい!!
窓から差し込む朝日が部屋全体を照らす。早く起きろと言わんばかりの光に負けないよう布団を被ろうとするが、
今日がその日だということを思い出し、のそのそと体を起こす。
服に汚れがないかチェックし、少し埃がかかっていたヘアワックスの蓋を開ける。最近使い慣れた白い化粧ポーチから化粧品を取りだし、傷を隠す。
靴を履きドアを開けると、梅雨時の6月とは思えないほど空は晴れ渡っていた。
天気までもが彼女を祝福しているのだと思うと、つい頬が緩んでしまう。
朝の人が少ない電車に揺られると、目の前に横浜港北総合病院が見えてきた。ここに来ることもほとんど無くなるのだろうなと思うと、少しだけ寂しくなったが、普通は来ない方がいいものだと自分で笑ってしまう。
入口には俺が到着するのを待ちきれなかったのか、見慣れない私服に身を包み少し大きめのカバンを持った彼女がいた。
「遅いよー、
頬を膨らませ抗議をするようにこちらを見る木綿季。綺麗に揃えられたボブカットがサラサラと揺れ、頭には以前俺があげた仮想世界の彼女と同じ色のカチューシャをつけている。
「結構早めに出たと思ったんだけどな、悪い悪い。
それで、倉橋先生は?」
「さっき用事が出来て戻ったけど、そろそろ来ると思うよ」
そんな会話をしていると、入口の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ごめんごめん、少しバタバタしてしまって」
「いえ、全然大丈夫ですよ、むしろ木綿季が早すぎます」
「えー、そんなことないよ」
「楽しみなのは分かるし俺もだけど、外にずっと居たら危ないだろ?」
「大丈夫だよー、心配しすぎだって」
平気平気、と言いながら親指をこちらにグッと向ける。
本人としては今日からようやく自由になり、いても立ってもいられないのだと理解はしているが、どうも危ういところがあり心配してしまう。
「ははは、仕方ないよ照人くん。やっと今日から自由に外を歩けるんだ。」
「ですね、心配なので今日はずっと付きっきりで見てますよ」
「え、今日ずっといてくれるの!?
やったー、一緒に色んなところ行こうね、ボク甘いものが食べたいなー」
んーでもしょっぱいのもいいなーと頭を抱え真剣に悩み始める彼女。
その姿があまりに微笑ましく、つい笑みが溢れる。
笑っている俺がお気に召さなかったのか、不貞腐れた目でこちらを眺める。
「悪かったって、今日は奢るから許してくれ」
「ほんと?仕方ないなあ」
頬が上がり嬉しそうな表情とセリフが一致しないが、まあいいだろう。
「とりあえず、最初は家に行くですよね?荷物とか置かないとですし」
「そうだね、鍵は木綿季くんに渡してあるから自由に入ってもらって構わないよ」
木綿季には身寄りがなく、以前住んでいた家も既に立て替えられており病気が完治した後の問題が住まいだった。
そして、そんな木綿季に衣食住を提供してくれたのは倉橋先生だ。
彼女は家族のようなものだからね、とあっさりと言い放ち彼女を引き取る選択をしたあの光景を俺は一生忘れないだろう。
「そろそろ行こうよー、ボクずっと待ってたんだからね?」
「了解、じゃあそろそろ行くか」
その場で脚をバタバタさせながら、早く行きたいという感情を精一杯表現しているのを見て、さすがに待ちきれないよなと察する。
歩を進める前に、俺は倉橋先生に視線を戻し真っ直ぐと先生の目を見た。
「倉橋先生、改めて今まで木綿季を助けてくれてありがとうございました。
骨髄移植を掴むことが出来たのは、今までの先生の尽力があってこそでした。」
自分の精一杯を言葉に乗せ、頭を下げる。
少しして顔を上げると、倉橋先生の表情には喜びや無力感が滲んでいた。
「いや、僕は何もしてないよ。今回だって骨髄提供者がいなければ木綿季君に何もしてあげられなかったからね」
「そんなことないよ、先生がずっと支えてくれててボクすごく嬉しかった。家族ができたみたいだったよ」
「ばーか、何言ってんだ。もう家族だろ」
「そうだよ、木綿季君。僕たちは家族だ」
その言葉を咀嚼できないのか、ぽかんと口を開ける。
ゆっくりと飲み込んでいくにつれ、彼女の顔は穏やかなものになっていった。
「うん、そうだね。
ありがとう照人!倉橋先生も、これからもよろしくお願いします!」
「うん、よろしくお願いします。
ほら、みんなが準備してくれているんだろう?荷物もあるしそろそろ行った方がいいんじゃないのかな?」
今日は退院する木綿季のためにメンバーみんなでパーティーを準備している。場所はもちろんダイシーカフェだ。
今頃皆が木綿季に似合う明るいパーティーの準備をしてくれている。
時間にだいぶ余裕はあるが、早めに準備して損は無いだろう。
「そうだな、そろそろ行くか。
挨拶は済んだのか?」
「うん、病院のみんなにまた遊びに来てねって言われちゃった」
「それはなんとも言えない挨拶になったな」
「じゃあ、行ってくるね!倉橋先生!」
「ああ、行ってらっしゃい。照人くん、木綿季くんをよろしくね」
「了解です、任せてください」
倉橋先生の家は俺の家から徒歩圏内にあり、病院からは電車を使って通うことになっている。病院は駅から近く、2人でその道を歩く。
「ほら、バック持つから」
「いいよいいよ、このくらい自分で持つって」
俺の言葉に驚いたのか、目を見開いて首を振りバックを脇に抱える。
これは意地でも渡さない気だな。
「俺が持たないとアスナやリズに怒られるんだよな。
あーあ、木綿季が渡してくれればなー」
「むむむむむ」
俺の建前を分かっているが、普段の2人から俺がタコ殴り似合う未来が想定できたのであろう。
「はぁー、分かった。じゃあよろしくね」
「おう、ありがとう」
観念した木綿季からバックを受け取る。受け取ったバックは引越し用とは思えないほどに軽い。
「リズとアスナを出すのはずるいよ。ボク本当に照人がやられるところ想像できちゃった」
「少し前に実際にあったしな。
あれはクエスト中にふざけすぎた」
「顔が凹んでたよね、前が見えねえってなってた」
「なんで初期のクレヨンしんちゃん分かるんだよ」
切符を買い、電車に乗る。ただこれだけの事がやはり木綿季には新鮮らしく、タッチパネルを操作するのも楽しそうだ。今度ICカードを買ってやろうか。
電車に乗ると、窓に縁どられ次々と流れていく街並みを眺めていた。
軽い冷房が付けられた室内は少し肌寒さを感じるが、そんなことを気にせずに昔の記憶と現在の街のズレを修正しているようだった。
「カメラでも見たけどやっぱり色々変わってるんだね」
「そうだな、パーティーの時間までまだあるし、家で荷解きが終わったら軽くそこら辺を歩いてみるか」
「うんうん、色んなところ見てみたいな」
電車をおりて倉橋先生の家へ向かう。周囲の景色が朝の記憶と合致する部分が多く、本当に自宅から近いのだとわかる。
「先生の家って照人の家と近いんだよね?」
「そうだな、聞いてた感じだと10分くらいか」
その言葉を聞くと口角を上げ、満足そうな顔でこちらを見る。
「それならいっぱい遊べるね」
「呼んでくれればいつでも行くよ」
「えー、呼ばないときてくれないの?」
「普段はアスナたちがいるだろ?」
「そうだけど、照人とも一緒に遊びたいよ」
口を尖らせ不満ですと暗に示す。俺と遊びたい。子供がたくさんの友達と遊びたいと思う様なありふれた感情だと分かっているが、自分の名前が出されたことに心がざわついてしまう。
「そうだな、俺からも誘うよ」
「やった!約束だよ?」
そう言い自らの左手の小指を俺の小指に触れさせる。触れ合った指は彼女の心をそのまま表したかのように暖かく、それを意識した瞬間俺の心臓が鼓動を早める。
「はいはい、約束な」
指を離すと彼女を触れていた部分は僅かに熱が残り、感触や暖かさを忘れることを拒んでいるようだった。
「うんうん、楽しみにしてる」
「それはいいけど、今みたいなことは異性にはやめておけよ」
「どうして?」
「触れられたやつが勘違いするかもしれないだろ」
「もしかしてー、照人も勘違いしちゃった?」
目を細めこちらをからかうような声色で尋ねる木綿季。
あまり普段相手をからかうようなキャラでは無いからか、たまのタイミングは逃さないという意志を感じる。仮にも年上をなめるなよ。
「ああ、木綿季のことが大好きになっちまったよ」
「あはは、ごめんなさい」
「嫌われすぎだろ」
俺が決意を固め好意を伝えた後の刹那、用意していたかのように頭を下げ拒否のニュアンスを告げられた。
「俺の初の告白が2秒で終わっちまったよ」
「嘘ついてそういうこと言うのが悪いんだよ?」
「俺の負けだ」
両手を胸の前にあげ、降参を示す。あの速度で言われたら勝てねえわ。
年上の威厳?そんなものは犬にでも食わせておけ。
「ボクの勝ちだね」
「そうだな、景品として新しく住む家を見せるよ。ほら、目の前だ」
くだらない会話をしていて気づくのが遅くなったが、既に目の前には倉橋先生の家が見えてきていた。
先生の几帳面さを表すような汚れひとつない白い建物。庭の草木は丁寧に手入れがされており、寝転んだら気持ちよさそうだ。
「ここがボクの家なんだね…」
家を前に立ちどまり穴が空くほどに見つめている。その肩と声は微かに震え、彼女の今までの羨望を表していた。
俺は玄関の前に立ち声をかける。
「おかえり、木綿季」
それを聞き、不思議そうな目でこちらを見つめる木綿季と顔を合わせる。その後ゆっくりと彼女に言葉が染み渡り、自分の帰るところができたのだということを理解した。
ずっと諦めていたものを手に入れたことで彼女のせきが切れ、なだれ込んでくる感情が彼女の双眸から雫となって溢れ足元を黒く濡らす。
ゆっくりと時間が流れ、袖で瞼を擦った彼女は次いで花が咲いた様な笑顔に変わる。
「ただいまっ!」
どんなに辛い状況でも、暗闇の中にある一筋の光を見つめ歩んできた彼女。
そんな彼女が見せた心からの笑顔を、まるで向日葵のようだと思った。
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