ウマ娘配達屋   作:配達ξ紳士

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10話:二つの運搬任務(下)

夕暮れに染まりはじめた空を背に、宝石チームは予定通り峠道の手前にたどり着いた。

 

休憩をとった集落で補給を済ませたおかげで体力は十分。

幸いなことに、予報されていた雨はまだ降らず。

雲が厚めに覆っている程度で落ち着いている。

 

「夜になったら暗視担当が先頭ね。私たち短距離組は疲労しないように適宜交代していきましょう」

「了解! もし盗賊が出ても、前に中佐が言ってた通り無理には戦わず、一気に駆け抜けますよ!」

 

鞄の中に入っている宝石と書簡は、公爵家にとって極めて重要な品だ。

万が一落としたら大損害――それどころか外交問題に発展しかねない。

だからこそ、全員が普段よりも慎重に状況を見極めている。

 

「でも正直、夜の峠越えってわくわくしませんか? 戦争中は恐怖しかなかったけど、今は平和だし、走るだけなら気楽ですよね」

「わかる! 夜の空気はひんやりして好きだなあ……。よし、次の休憩は峠の頂上あたりにする?」

 

かつての戦場の記憶を思えば、峠道を夜通し走るなど恐ろしい行為だったかもしれない。

だが今は民間企業としての業務――命を落とす危険性はぐっと下がっているし、何より彼女たちが「走れる」喜びを感じられるのが大きい。

 

「それじゃ、ひとまず峠の入り口までは短距離組が先導。暗くなったら夜間班に交代ね。間に合えば夜明け前には公爵家の近くまで行けるわ。行くよ、みんな!」

 

仲間たちが一斉に「おー!」と声を上げ、峠道へ突入していく。

その足音は力強く、まるで急勾配をも苦にしないかのようだ。

 

斜面を駆け上がる彼女たちの背中には“絶対に荷物を届ける”という鋼の意志が宿っている。

 

 

 

ようやく必要な梱包材と工具が揃い、車運搬チームもオフィスを後にした。

日はだいぶ傾きかけているが、山間の宿場町まではさほど遠くない。

 

そこで一泊し、翌朝から本格的に悪路を進む予定だ。

 

「それにしても、この車……前から見ても横から見ても、迫力ありますね」

「スタインさんいわく、まだ改良の余地は山ほどあるそうだ。重さも音もまだ大きいとか」

 

試作品の車体は何重にも梱包材が巻かれ、ウマ娘たちが側面と後方で支える形だ。

坂道に差しかかったときには、馬が踏ん張ってくれるにせよ、安定性はウマ娘側のサポートが鍵となる。

 

「うぐっ……結構重いわね。さっそくだけど押し上げる準備、いい?」

「おう、やるしかないでしょ。ほらそっち、しっかり車輪を固定して!」

 

声をかけ合いつつ、複数名が力を合わせて少しずつ荷台を押し上げていく。

 

スタインは「すみません……」と恐縮しきりだが、ウマ娘たちは「これが私たちの仕事ですから!」と笑って応える。

 

かつて大砲や物資を運び込んだ経験がある彼女たちにとっては、多少の重量物もそう大きな苦痛ではないのだ。

 

「まあ、今日の目標は宿場町までだから焦らなくていい。夜道を無理に進んで転倒したら目も当てられないしな」

「そうですね。安全第一で行きましょう!」

 

このチームの出発こそ遅れはしたものの、順調に目的地を目指せそうだ。

車の普及という未来の波を運ぶ彼女たちの背中にも、“新時代を担う物流”という誇りが滲んでいた。

 

 

 

月明かりが峠の岩肌を淡く照らす中、宝石チームは着実に標高を上げていた。

ここまで無事故・無遭遇――つまり盗賊にも野生生物にも出くわさず、順調そのもの。

 

とはいえ峠の斜度はかなり急で。

標高が上がるにつれて空気が冷え込み、呼吸も荒くなっていく。

 

「はぁ、はぁ……あと少しで頂上……!」

「うん、暗視班の子たちが前を行ってくれてるから道は見失わない。後ろの短距離組は荷物OK?」

「大丈夫、大丈夫。縄も緩んでないし、宝石もしっかり固定済み!」

 

全員が声をかけ合い、頂上に向けてあと数十メートルほど駆け上がる。

疲労こそあるが、彼女たちには“いつまでも走り続けられる”という自信がある。

 

そして――。

一番先頭を走る暗視班のウマ娘が「見えた!」と叫ぶと、視界の先に峠の頂がうっすらと広がった。

 

そこには小さな祠があり、風除けのための岩陰もある。

夜明け前の澄んだ空気の中、彼女たちの耳には風の音がやけに大きく響いた。

 

「よーし、頂上だぁ……! ここで少しだけ水分補給して体勢を整えよう!」

「宝石の箱も一応点検しときましょうね。転がって傷でもついたら大問題だし」

 

皆がほっと息をつく。

息が白くなるほど冷え込んでいるが、顔には達成感からくる火照りが残っている。

 

一人が鞄を静かに下ろし、ロープの結び目を確かめる。

宝石の入った箱は衝撃吸収材とともにしっかり固定されており、この急勾配で問題が起きなかったのは幸いだ。

 

「よかった……このまま行ければ、夜明け前には峠を下りきって平地に出られる。そこから公爵家まではもうひと走りだね」

「うん! 夜を通して走った甲斐があった。よし、みんな――もうひと踏ん張り!」

 

暗視班が再度前に立ち、短距離組があとに続く形で、今度は下り道へと足を進める。

彼女たちは夜闇にも動じず、頂上からの急な下りを器用に駆け抜けていった。

 

夜明けが近づく頃には、峠を越えた平坦な道がウマ娘たちの視界に広がっていた。

遠くにうっすらと見えるのは、威厳ある屋敷――この地域を治める公爵家の邸宅だ。

 

空が白み始めると同時に、彼女たちはさらに速度を上げ、まるでゴールラインに向かうランナーのように一直線に駆ける。

 

「見えてきた! あれが公爵家の門よ!」

「よーし、ラストスパートだー!」

 

砂埃をあげながら全員が駆け込み、門番に「C.H郵便社より依頼を受けた“ウマ娘配達屋”です!」と告げる。

 

警戒心を見せていた門番も、事前に伝えられていたらしく。

すぐに開門の手続きをしてくれた。

 

「まさか一晩でここまで……凄い脚力ですね……」

「まぁ、慣れてますので!」

 

軽く笑みを浮かべて門を潜り抜けると、中庭へ案内される。

 

そこにはこの邸宅の執事や秘書と思われる人物が待っており、宝石と書簡の受領手続きを手際よく進めた。

 

ウマ娘たちは革鞄のロープをほどき、厳重に梱包していた箱を丁寧に渡した。

 

中から取り出された宝石は、朝日に煌めき、書簡は封蝋がしっかりされたまま無傷であることを確認される。

 

「ありがとうございます。いやはや、本当に今日中に届くとは……公爵様もお喜びになられるでしょう。ご苦労さまでした」

「無事にお届けできて何よりです! もし何かあればまたご用命を!」

 

こうして、宝石チームの任務は無事に完了となった。

夜を徹して走った彼女たちはさすがに疲労が募っているものの、依頼を見事にやり遂げた達成感からか、皆どこか晴れやかな笑顔だ。

 

礼金の支払いも済み、「一休みしていかれては?」という公爵家側の申し出に甘えるかたちで、当面は屋敷の一室を借りて少し休息を取ることになった。

 

晴れて、初日のうちに仕事を無事達成である――。

 

 

 

一方、車運搬チームは宿場町にて夜を明かし、朝日とともに再び山道へと繰り出していた。

 

昨夜はぬかるんだ道に苦戦したが、宿場町の職人から助言をもらい、車輪に木製の板をかませたりロープの固定を見直したりと万全を期している。

 

スタインもウマ娘たちも、朝食で英気を養い、互いに「今日こそ山道を越えるぞ!」とやる気十分だ。

 

「さあ、今度は昨日みたいに立ち往生しないよう、注意しながら進みましょう」

「荷台の左右と後ろを私たちが固めるから、スタインさんは車体の具合を見ながら指示を出してくれればOK!」

 

宿場町の外れを抜けると、再び未舗装の山道が続く。

ところどころに石が転がり、雨水でできた窪みもあるが、ウマ娘たちはロープを巧みに操りながら車体を持ち上げたり引いたりしつつ、着実に前進する。

 

「う、うわぁ……すごい衝撃。車輪がバウンドしてる!」

「踏ん張って、踏ん張って! こっちも支えるから……よし、抜けた!」

 

チームリーダーの声掛けと、複数名のウマ娘が要所をがっちり支える連携プレーは見事なもの。

戦場で培った“突破力”と“結束”がここに活きているのだ。

スタインは彼女たちの働きに目を丸くしっぱなしである。

 

「こんなに厳しい道を、まるで大砲でも運ぶみたいに……本当にありがとうございます。おかげで、車が壊れずに済みそうだ」

「気にしないで。私たちも“車”を運ぶのは初めてで、ちょっと面白いからね」

 

そして、山道を乗り越えてしばらく走った昼下がり――。

遥か彼方に見本市の会場が見えてきた。

広々とした平地にテントや屋外ステージが設けられ、各地から商人や技術者が集まっている様子だ。

 

「あれが会場ですよ……!」

 

スタインがと感動混じりに呟くと、ウマ娘たちも自然と足取りが速まる。

 

「よし、ゴールは間近! 最後に気を抜かないようにね!」

「了解! 丁寧に運ぶのがウマ娘配達屋の流儀だからね!」

 

平坦な道に入ってからは比較的スムーズに進めるため、彼女たちは焦らず安定した速度を保つ。

大きな荷台が会場の端に到着すると、待ち構えていたスタッフが「おお、来た来た!」と迎えてくれた。

 

スタインは「やった……間に合った!」と胸を撫で下ろしてから、すぐにスタッフに挨拶を済ませ、車を展示ブースへ移す作業に入る。

 

「皆さん、本当にありがとうございました! 開発者の私だけでは絶対に運べなかった。お礼は必ず……」

「大丈夫ですよ、依頼を受けた以上、きちんとやり遂げるのが私たちの仕事です。投資家や商人に見てもらって、車を広めていってくださいね」

 

ウマ娘たちは頬を紅潮させながらも、どこか誇らしげだ。

山道の苦労を乗り越えた先に、こうして“技術の未来”を担う試作品を無事届けられたのだから。

 

ほどなくして車体がブースに陳列され、スタインが動力や仕組みを説明する準備を始める。

 

彼女たちは横から「この子たちが運んでくれたんですよ!」とスタッフに紹介され、少し照れ笑いを浮かべていた。

 

「いやぁ、いい仕事しましたね。全部無事だ」

「ほんとに! これでまた、ウマ娘配達屋の評判が上がるといいな」

 

皆が苦労をねぎらい合う。依頼完了の報酬も受領できそうで、一同はほっと安心する。

 

かくして目標を果たし、任務達成だ――。

 

 

ξ

 

 

同じ頃――ウマ娘配達屋のオフィスでは。

 

残っていた仲間たちが「どうだったかな……」と心配しつつ待っている。

 

が、まもなく電信での連絡が入り、それぞれの成功伝える一報が届いた――。

 

 

 

こうして数日後。

相次いでチームが帰ってくると、オフィスは大いに賑わったのであった。

 

俺は、この後払われるであろう報酬を想像して……。

 

「中佐、顔が歪んでいますよ」

 

んんっ!

 

「――ふむ、次の仕事は何だろうかな?」

 

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