ウマ娘配達屋   作:配達ξ紳士

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18話:福利厚生、休日マラソン

俺たち『ウマ娘配達屋』は、もともと“走る”ことを大前提とした企業形態だ。

彼女たちウマ娘の脚力を活かし、どんな道でも素早く確実に荷物を届ける――そうした独自のビジネスであったはずなのだが……。

 

気づけば、飛行船や電波塔のインフラ整備にも手を広げている。

おかげさまで会社は急速に大きくなった。

 

しかし、それが思わぬ弊害を生んでいることに、俺は最近ようやく気づかされるはめになる――。

 

 

ξ

 

 

朝のオフィスを回っていたとき、俺はふと異様な光景に出くわした。

 

ずらりと並ぶデスク、そこに座り込んでいるのは、うちで働くウマ娘たち。

あの俊足を誇るはずの彼女たちが、まるで息絶え絶えの姿で書類にしがみついている。

 

「うう……書類が山のように……」

「今日も飛行船の荷受けが終わったら倉庫管理のチェックがあって、そのあとは新しく導入した在庫システムのテスト入力で一日終わっちゃう……」

 

いつもなら「おはようございます、中佐!」と元気いっぱいで挨拶してくれる彼女たちが、今では机に埋もれている。

俺は書類を抱えたままキョロキョロしながら、そっと声をかけてみた。

 

「おい、大丈夫か? そんなに忙殺されているのか……?」

 

すると、一番手前の机でうなだれていたウマ娘が、こちらを見上げて弱々しく笑った。

 

「中佐、おはようございます……いえ、忙しいのはありがたいんですけど。最近、走る時間がほとんどなくて……」

 

彼女だけでなく、周りにいたウマ娘たちもうんうんと大きく頷く。

 

「こんなに走れないなんて……正直、つらいです」

「足を動かしたいけど、業務が増えすぎて、脚力を活かすどころかオフィスに詰めきり状態……」

 

これには俺も、少なからずショックを受けた。

確かに、会社の規模が拡大するにつれ、業務形態は多様化した。

 

飛行船の運行に合わせた荷役作業、情報システムの導入で管理業務が増え、さらに取引先との連携調整など、オフィスワークが一挙に膨れ上がったのだ。

 

軍時代、彼女たちは最前線を走り抜ける“通信中隊”として獅子奮迅の働きを見せてくれた。

終戦後も、配達業務で全国を駆け巡り、その脚力で多くの荷を運んできた。

 

それが今や机に貼りついて、ペンを握ってばかりとは……。

 

「……なるほどな」

 

俺は大きく息をついた。

 

会社の成長は嬉しい。

でも、彼女たちが充実していないのは本末転倒だ。

走ることでこそ、彼女たちは生き生きするんじゃないのか。

 

「うむ、わかった。これは見過ごせない問題だな。よし、ちょっと策を考えよう」

 

そう言い残し、俺は急いで自分の執務室に戻った。

机の上の書類をドサッと置くと、思案に耽ける。

どうすれば彼女たちに再び“走る楽しみ”を味わわせてやれるだろうか。

 

そして、考えて考えて……考え抜いた末に。

 

「よし、決めたぞ」

 

――この会社に入ったのは、ただ書類仕事をするためじゃない。

そう自覚しているウマ娘たちに、晴れやかなステージを用意するんだ‼︎

 

 

 

次の日。

俺はオフィスの朝礼で声を張り上げた。

 

「皆、注目! 近頃、業務が増えすぎて走れないって嘆いているのを耳にした。そこでだ――今度の休日に“ウマ娘限定マラソン大会”を開催する!」

 

一瞬の静寂。だが、すぐにウマ娘たちから大きなどよめきが湧き上がる。

 

「マラソン大会……!?」

「久々に全力で走れるんですか!?」

「それって会社の行事なんですか……?」

 

 ざわざわとした空気の中、俺はニヤリと笑い、あえて胸を張った。

 

「福利厚生だよ。平日の業務がいくら忙しくても、走れないまま放置はよくない。休日を利用して、みんな思いっきり走ってくれ。コースは郊外の森に設定してあるから、自然の中で存分に脚を伸ばせるはずだ……もちろん、給料も出そう」

「「「おおお!」」」

 

すると一人が手を挙げて、遠慮がちに質問してくる。

 

「でも、それってただ走るだけですか……?」

「いや、いい質問だな。実は給料以外にもちゃんと報酬を用意している。――優勝者には、俺とのデート券を贈呈する!」

 

一瞬、全員が「はあ……?」という表情を浮かべ。

次には「ああああああ!?」と大声で驚きの声をあげた。

 

「社長とのデート券……? それって……ご褒美になるんでしょうか!?」

「ちょ、ちょっと、意外すぎる報酬なんですけど!」

 

正直、俺だってこのアイデアはギャグ寄りだと思わないでもない。

でもウマ娘たちにとっては“案外悪くないらしい”、という確信があった。

 

何せ皆、軍時代から俺に親しみを感じてくれている。

指揮官ではあったが、今や社長でもある。

そして妙に慕ってくる娘も少なくないのだ。

 

「ど、どうだ? たまには仕事抜きで一緒に出かけるのもいいじゃないか」

 

そう口にした瞬間、ウマ娘の大半が心なしか色めき立っている。

中には「な、なんだか燃えてきたわ……!」と目を爛々と輝かせる者までいた。

 

中でも一際テンションを上げていたのがリヴェティーナ――通称ジョンソンくん。

彼女は漆黒の尻尾を高々と揺らし、「私が絶対優勝して中佐とのデートを勝ち取ります!」と宣言している。

 

「何よ、私だって負けないから!」

「そうだそうだー! 中佐とのデートは私のものだー!」

「……ふっ、中佐とのデート……ぐふふ」

 

皆がそれぞれ火花を散らしており、社内は一気に賑やかになった。

 

「よし、異論はないみたいだな。みんな、休日だけど気合を入れて頼むぞ!」

「「「はっ!」」」

 

ウマ娘たちはと答え、久々に覇気を取り戻した様子。

俺は内心でほっと胸を撫で下ろす。

 

これで彼女たちが少しでもストレスを解消できるなら大成功だ。

 

 

 

そしてマラソン大会当日がやってきた。

 

休日の朝とは思えないほど早い時間。

まだ陽が昇り切らない頃に。

郊外のスタート地点へとウマ娘たちは集合していた。

 

「うわ……気合入りまくりだな……」

 

見渡せば、数十名以上のウマ娘がずらりと並び、全員がスポーツウェア姿でしっかりと準備運動をしている。

そして、呼吸法や軽いストレッチをしている姿は、まるで軍時代の朝訓練を思い出させるほどの迫力だ。

 

しかも口々に「絶対優勝してみせる」「中佐とデートだし……!」「優勝したら、あれしてこれして……」と会話が飛び交うものだから……ちょっと不安になってきたかも。

 

「ははは……俺も一緒に走るが、まあ手加減は頼むぞ……」

 

そう言うと、リヴェティーナがすっと前に出てきて、ピシッと敬礼しながら宣言した。

 

「中佐! ここは遠慮なしです。私たちの全力の走りを見てください! それに、やはり勝負事ですから、手加減は失礼にあたります!」

「うっ……そう言われると、返す言葉もないな。うむ。全力でやろう」

 

実際、彼女たちが全力を出せば、俺がどれだけ努力しても追いつけやしないことはわかりきっている。

だが、こうして同じコースに立つ以上、俺もできる限り頑張りたい。

 

「じゃあ、一応、俺がスタートの合図をする。いいか? 今日は無理なく楽しむのが目的だ。だが……優勝を狙いたい奴は狙え! 皆とのデート、楽しみにしてるぞ!」

「「「はい‼︎」」」

 

スタートラインに整列した彼女たちの横で、俺も深呼吸をして気持ちを整えた。

こんな風に大人数のウマ娘と一緒に走るなんて、戦争が終わって以来だろうか。

 

「それじゃ……よーい、ドンッ!」

 

 

 

合図と同時に、凄まじい足音が郊外に響く。

ウマ娘たちのスタートダッシュは、予想をはるかに超える迫力だった。

 

一瞬にして数メートル先を駆けていく彼女たちに、俺は思わず「あ、待て!」と叫ぶが、声などまるで届かない。

 

「け、結局こうなるのか……」

 

それでも、ここでへこたれるわけにはいかない。

俺も腕を振り、彼女たちの背中を追う。地面を踏み締める感覚は心地いいが、ウマ娘のトップ集団とは速度が違いすぎる。

 

前を見ると、リヴェティーナが先頭争いのグループに加わっているのが見えた。

尻尾をしなやかに振りながら、一歩ずつ着実にペースを上げている。

 

スタート直後から全開の娘も多い中、彼女は息を合わせて走り、わずかな体力の消耗を最小限に抑えているようだ。

さすが通信中隊の副官として経験を積んだだけのことはある。

 

「っと……私も急がねばなっ!」

 

脚を久々に思いっきり使い、地面を蹴り上げた――。

 

 

 

レース中盤、俺はもう脚が重く、息も絶え絶え。

周りを見れば、ウマ娘たちはそれぞれの作戦で走っていた。

 

たとえば序盤から全開ダッシュした娘は、今になってバテてペースダウン。

呼吸が荒くなり、路肩で「はぁ、はぁ…やっちゃった…!」と肩を落としている。

 

一方、始めは抑えて中盤から徐々に追い上げる娘もいる。

呼吸を整えながら一定のペースを保ち、バテた競合を一人ずつ抜き去っていく。

 

また、数名で固まって走るグループは、順番に先頭を交代しながら体力を温存する省エネ走法を実践。

互いに声をかけ合い、完走を最優先にしている。

 

そしてリヴェティーナのように、相手の疲れを見計らって一気に加速する戦略派もいる。スタートで無理せず、中盤以降にじわじわペースを上げていくのだ。

 

こうして見ると、ウマ娘にもそれぞれの走り方やペース管理があって、みんなまるで戦術を駆使する兵士のようだ。

彼女たちの多彩なスタイルを横目にしながら、俺は膝を笑わせつつ懸命についていく。

 

いつか彼女たちに追いつける日は来るのだろうか――いや、現状では夢のまた夢だ。

 

 

 

ゴール地点が近づくにつれ、レースは熾烈を極めたらしい。

 

森の小道を抜けると見えてくるテントの前で、既にトップ集団のウマ娘同士がラストスパートをかけていた。

数名が抜きつ抜かれつのデッドヒート。

 

その中にはリヴェティーナの姿がある。

 

「あと少し、負けない……!」

 

彼女は額に汗を浮かべ、必死の形相で地面を蹴る。

その姿は、まるでかつて敵陣の通信線を切り裂きに飛び込んだあの戦場での突撃を思い出させるほどの迫力。

 

「走るのって、こんなに楽しかったんだ……!」と笑みをこぼす娘もいるが、リヴェティーナは笑う余裕もなさそうだ。

優勝への執念が滲み出ている。

 

そして、ラストの数十メートル。

 

トップを走っていた別のウマ娘が、さすがに脚が重くなったのかスピードを落とし始める。

そこを見逃さなかったリヴェティーナが、一気に内側から追い抜いた。

 

「そんな⁉︎ 抜かれたッ!」

「ハッ……ハッ……‼︎」

 

ゴールライン目前――。

競り合う相手をさらに一歩リードし――。

そのままフィニッシュ――。

 

周りのウマ娘たちから「うわああっ!」「やったじゃないか!」と、悲鳴とも完成ともいえない声が響き渡りっていた。

 

見事に一位でゴールしたリヴェティーナ。

 

「や、やった……中佐とのデート……私のもの……!」

 

ニヤリとも、涙目ともつかない表情で、優勝の喜びを噛み締めていた……らしい。

 

 

 

一方の俺はというと、かなり遅れてゴールラインを通過した。

必死に走ってきたつもりだが、とても他のウマ娘たちには追いつけなかった。

 

「ふう……久しぶりに全力で走ったから、これはもう……筋肉痛確定だな……」

 

呼吸を整えながら、あたりを見回せば、そこには汗だくのウマ娘たちがテントの周りで大の字になっていたり、仲間同士でハイタッチをしたりしている姿が。

 

テントには簡単な軽食が用意してあって、ウマ娘たちは「お腹すいた〜!」と一斉に群がっていた。

走った直後の空腹は凄まじく、サンドイッチや果物があっという間になくなっていく。

 

「あはは、すまん。もうちょっと量を用意すべきだったか?」

 

俺が苦笑する傍らで、「いえいえ、十分に美味しいです!」と満足そうに食べる娘たち。

こういう何気ない時間こそ、彼女たちにとって大事なのだろうと思う。

走りも好きだが、食事も好き……実にウマ娘らしい。

 

 

 

――さて、そんな賑わいの中、俺は声を張り上げる。

 

「それでは、今回のマラソン大会、優勝者の表彰を行う!」

 

拍手が起こり、皆が一斉にリヴェティーナを振り返る。

彼女はバツが悪そうに頬をかきながら前へ進み出た。

 

「リヴェティーナ、見事な走りだった。おめでとう!」

「はっ!」

「そして――これが俺との“デート券”だ」

 

手渡したのは、小さなカード。

俺が“デート券”と書き込んでおいたものだ。

正直、お遊び感満載だが、彼女たちにはこれで十分通じる。

 

「ありがとうございます、中佐……本当に、私がもらっちゃっていいんですか?」

 

リヴェティーナが少し頬を赤らめて問う。

 

「もお〜ずるい」

「次こそ負けないんだから!」

「中佐とのデート、楽しんできてね!」

 

周囲のウマ娘たちが口々に茶化す中、俺は大きく頷いて見せた。

 

「もちろんだ。全力で走り抜いた君が胸を張って受け取ればいい。他のみんなも頑張っていたし、それぞれ完走できて素晴らしかったぞ。だが今回は、リヴェティーナが一番だ」

 

すると彼女は大きく深呼吸し、まるで軍隊の敬礼のようにピシッと背筋を伸ばす。

 

「はい! 不肖、リヴェティーナ。今度、中佐と一緒に出かけさせていただきます。……本当に楽しみです!」

「「「ひゅっ〜」」」

 

最後に、俺はテントの中央で改めてみんなに呼びかけた。

 

「よく聞け。走るのは君たちの真骨頂だ。会社が忙しくなろうと、それは変わらない。仕事も大事だが、今後もこういう機会を定期的に作るようにしよう。――ウマ娘が走れないなんて、もったいないからな!」

 

ウマ娘たちは一斉に「はいっ!」と声を合わせる。

朝の会議室が嘘のように、みんなの目は活力に満ちている。

 

今日は休日だというのに、わざわざこんな早朝から集まって走った。

その結果、“本来の姿”を取り戻したように笑う彼女たちを見て、俺は満足する。

 

と同時に、猛烈な疲労が全身を襲ってきた。

 

……うん、俺も老体ではないが、ウマ娘相手に走るのはさすがに骨が折れる。

筋肉痛が明日以降、容赦なく来るだろうな。

 

「しかし……はあ、はあ……思いきり走るって最高だな。ちょっと足がもげそうだけど」

「ふふ、中佐、お疲れさまです。あまり無理しないでくださいね」

 

隣で微笑むリヴェティーナ。

彼女の視線は、しっかり“デート券”を握っている手元を確認しながら、次はどこに行こうかと思案しているのかもしれない。

 

「よし、じゃあ今日は解散! ゆっくり休んで、また次の仕事に備えてくれ。もちろん、走り足りないならこの森をもう一周してもいいぞ?」

 

俺がそう冗談交じりに言うと、「ええ? もうやりませんよ〜!」と皆が笑う。

結局、このあと何人かは軽くクールダウンしつつ、テントの周りで柔軟体操を続けていた。

 

かくして、ウマ娘配達屋が初めて企画した『休日マラソン大会』は盛会のうちに幕を下ろしたのであった――。

 

 

ξ

 

 

翌週。

足を引きずる俺の姿を見て、ウマ娘たちに苦笑されていた。

 

……うん、これからはしっかりと身体を動かそう……。

 

そう、こっそりと心に決めた。

 




たまにはこんな日常があってもいいですね
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