ウマ娘配達屋 作:配達ξ紳士
万博の熱狂が去り、しばらくの喧騒が続いた後――。
ついに『ウマ娘配達屋』は長期休暇へと入った。
期間はおよそ二週間。
大きな屋敷兼オフィスにはいつもならウマ娘たちの笑い声や足音が響いていたが、今は静まり返っている。
長い戦争を経て、ようやく得られた平和。
それを祝うかのような万博も無事に大成功を収め、皆がそれぞれの故郷へ戻ったり、旅行に出かけたりして英気を養っていた。
そんな中、当の社長である俺だけが屋敷に残り、膨大な書類の整理や今後の計画をまとめるためにのんびりと仕事を進めている。
これは、戦場や商談の最前線を駆け回ってきた自分にとっては、ある意味で久々の“贅沢”でもあった。
朝食を軽く済ませ、執務室の机に山積みになった報告書類のホコリを払いつつ、小さく伸びをする。
外からは鳥のさえずりが聞こえ、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。
戸外の陽射しは心地よく、これまでの激務を思うと嘘のように穏やかな時間だ。
「ふむ……こんなに平和でいいのかと思うくらいだが……。まあ、こういう時期がないと身体ももたないからな」
笑みをこぼしながら、コーヒーを一口。
コクのある苦味が眠気を吹き飛ばしてくれる。
数日前までの喧騒が嘘のようだ。
万博だ、競馬場の新レースだ、飛行船だ……と目まぐるしく動いてきた反動で、今は何もかもがスローモーションに見えるほど落ち着いている。
ところが、午前のうちに片付けたいと目星をつけていた書類の山に手を伸ばした矢先、屋敷の玄関をノックする音が聞こえた。
こんな休暇中にわざわざ訪ねてくる者など珍しい。
俺は不意の来客に少しばかり驚きつつ、廊下を歩いてドアを開ける。
「……ヴァイオレット?」
ξ
そこに立っていたのはヴァイオレット・エヴァーガーデンだった。
金色の髪を丁寧に束ね、両腕に少し長めの手袋をしている。
その姿はいつも凛としているが、今はどこか儚さを同居させている。
彼女はセレスの顔を見て、そっと頭を下げた。
「……おはようございます、セレスさん。お忙しいところ恐れ入りますが、少しお時間をいただけますか?」
どことなく落ち着かない様子がうかがえる。
表情こそ大きく変わらないが、胸元で組んだ指先がわずかに震えているようにも見えた。
その仕草に、俺は何か事情があるのだろうと、すぐに彼女を屋敷の中へと通す。
「もちろん、いいとも。ちょうど休暇で皆も留守にしているが……私に話せることなら何でも聞くよ。さあ、上がってくれ」
そうして二人は執務室へ移動し、簡素なソファに向かい合って腰を下ろした。
俺は先ほどまで自分が飲んでいたコーヒーのカップを片付け、代わりに冷えたアイスティーを淹れてヴァイオレットに差し出す。
「ごめんね、アイスティーしかないんだけど……良いかな?」
「ありがとうございます」
ヴァイオレットがカップを受け取り、そっと口をつける。
しばしの沈黙。
けれど彼女は、やはりどこか言葉を選びあぐねている様子だ。
俺は焦らず、相手が切り出すのを待つ。
やがてヴァイオレットはアイスティーをテーブルに置くと、小さく息をついて口を開いた。
「……最近、少佐が。ギルベルト少佐が、妙に外出が多いのです。前まではそんなに出歩くことなんてなかったのに、ここ数日は決まった時間になると街に行って、帰りも遅い。帰宅したときには、どこか嬉しそうというか……機嫌が良いように見えるんです」
「ほう。それは珍しいな。あの少佐殿がそんなに頻繁に出かけるなんて」
俺は素直に感想を漏らす。
ギルベルト・ブーゲンビリア少佐といえば、かつては戦場に身を置きながら、ヴァイオレットを導いてきた軍人。
終戦後は一度行方不明になったものの、“奇跡的”に再会を果たしてからは、彼女の大切な想い人となったはずだ。
性格的には寡黙で慎重派。
そう頻繁に街へ繰り出すようなタイプでもないと思っていたが……。
「ええ。しかも、私に対して理由をはっきり言わないんです。『別に大したことじゃない』や『気にしなくてもいい』など。でも、周囲の人から変な噂を聞いてしまいまして……」
ヴァイオレットが声を潜める。
続く言葉を口にするのが怖いのだろうか。
「噂? なんだそれは。」
「“花屋の女性といい雰囲気らしい”……と、そんな話があって……。」
普段は無表情な彼女が、ここまで不安そうに言葉を選ぶ姿は珍しい。
少し息を飲む。
確かに、ギルベルトが花屋に入り浸り、しかも女性と仲良くしているなんて話を聞いたら、ヴァイオレットが混乱するのも無理はない。
「浮気か……いや、まさか。少佐がそんな軽薄なことをするだろうか。まあ、彼にも色々と事情があるかもしれないが」
「はい。私も、少佐が裏切るような方だとは思いません。思いませんが……こうして噂を聞いてしまうと、心が落ち着かなくて……」
ヴァイオレットは困惑のまなざしを浮かべ、こちらに視線を向ける。
おそらく、真実を知りたい。
そして自分の中の不安をどうにかしたいのだろう。
俺は少し考え込むように顎に手を当てた。
「うーん……私自身、花屋の女と親しくしているなんて噂だけでは信じきれんが……分かった。もし君が心配なら調べよう。何しろ、ウマ娘配達屋は休暇中であるため今は暇だ。私ひとりでも少佐の足取りを追うくらいはできるだろう」
「セレスさん……いいのですか?」
「もちろん。ヴァイオレット、君が安心して日常を過ごせるようにしてやりたいしな。本人に直接聞く方法もあるが、あの不器用な少佐殿のことだから、うまく話してくれない可能性がある。ならばこちらが先に実態をつかんでおこう」
ヴァイオレットは小さく首を縦に振る。
寡黙ながら、目には確かな信頼の色が宿っていた。
かくして俺は、長期休暇の平和な時間を削って、ギルベルトの行動をひそかに調べることを決意するのであった――。
翌日。
朝も早いうちから、俺は一人で街へ出た。
ウマ娘の仲間たちは皆バカンスや里帰りに出ており、屋敷にはほとんど人がいないので、今回は自力の足や公共の馬車を使うしかない。
ちょっとした骨休めには良いだろう、この探偵ごっこは。
ギルベルトが通っているらしい街は、首都からさほど遠くない商業地区だ。
整備された石畳の道や、おしゃれなカフェ、雑貨店が並び、女性客が多いのも特徴的。
まだ開店前の静かな時間帯に、セレスは目的の場所を探すべくゆっくりと通りを歩く。
「さて、噂では“ライデン三番地の花屋”と聞いたが……どこにあるんだ?」
看板をひとつひとつ確認しながら進むと、道の先に可愛らしい外観をした店を見つける。
古い建物だが、入口に花のポットがいくつも並べられ、軒先には“ライデンフラワーショップ”というプレートが。
場所も三番地に違いない、他に花屋は見当たらない。
どうやら、ここで間違いなさそうだ。
しかし開店準備中らしく、扉が開け放たれているものの、店内に客らしき姿はない。
俺は道ゆく人々にさりげなく話を振ってみることにした。
軽い世間話を織り交ぜながら、この花屋に最近出入りする男性について情報を集めるのだ。
「ここ最近、このお店に来ている軍人風の男を見かけなかったかな?」
「ああ、いますよ。ちょっと前髪が長い感じの落ち着いた人でしょう? 確かによく見かけます。花屋の女性とよく話しているし、何か仲良さげですよね」
笑顔で答える通行人の軽い調子に、セレスは少し肩をすくめる。
やはりそれなりに“いい雰囲気”に見えるらしいのだ。
別の人にも尋ねてみても、返ってくる答えは同様である――「いつも花屋の店員と楽しそうにやりとりしている」「最初は花を買う様子だったけど、この頃は会話が弾んでいるようだ」などなど。
「……なるほど、これが“浮気の噂”の元か。確かに、これだけ目撃談があれば、周りも勘違いするかもしれない。」
俺は心中で溜息をつく。
ギルベルトが浮気をするとは考えづらいが、こうも状況証拠が揃うと、誤解を解くのも一苦労だ。
店内を覗き込もうにも、開店前の準備に忙しそうな店員の姿がちらりと見えるだけ。
ここで無闇に入っていっても怪しまれるだけかもしれない。
一方で「まだ断定はできないけど、やはり花屋の女性と何か関係があるらしい」という事実が浮き彫りになる。
ヴァイオレットにどう報告すべきか……。
俺は微妙な胸中を抱えたまま、その日は一旦屋敷へ戻ることにした。
午後。
屋敷ではヴァイオレットがセレスの帰りを待っていた。
その姿を見た瞬間、俺は“なるべく刺激しないよう気を使わなければ”と思う。
どこか落ち着かなげに廊下を行ったり来たりしていたようだ。
「セレスさん、どうでしたか? 何か……分かりました?」
彼女の瞳は真剣そのもの。セレスは少し言葉を選びながら、聞き込みの結果を伝えた。
「うむ……確かに、ギルベルトがよく通っている花屋があるらしい。周囲の噂じゃ、そこの女性店員と親しそうにしているとか。もちろん、それが浮気と言い切れる証拠はないが、何とも言えない状況だな」
その一言にヴァイオレットの表情が曇る。
もしかしたら最悪の事態を想像しているのだろうか。
「やはり……。そうですか……。」
「ま、落ち着け。実際、花屋でどんな会話がなされているのかは分からんし、ここから先はもう少し慎重に調べる必要がある。もしかすると、ただの知り合いかもしれない」
フォローになっているか微妙ではあったが、“まだ決めつけるな”というのが結論だ。
しかし逆に、ヴァイオレットの不安はぐんと高まってしまったようだ。
「……私、どうすればいいのでしょう。もし本当にあの女性と……」
うつむいたままのヴァイオレットは、珍しく動揺を隠せない。
普段、軍人さながらに凛としている彼女がここまで取り乱すのは、“愛する人”を想うがゆえだろう。
眉をひそめつつも、俺はあえて冷静を装う。
「まあ、今はただの噂だ。少佐のことを信じるなら信じて待つ、あるいは直接聞くのが一番手っ取り早い……ただ、あの男も不器用だから、すぐには話してくれないかもしれない」
そう言うと、ヴァイオレットは一瞬顔を上げて口を開く。
「……ならば、私が花屋に行きます。」
「え……?」
「直接、その女性と話をします」
「つ、つまり?」
「少佐とどういう関係なのか……私の目で確かめたいのです」
まさかの強気な提案に、俺は言葉を失う。
確かに、花屋で実際に“何があったのか”を聞ければ手っ取り早い。
しかし、ここで彼女が相手に詰め寄れば、かえって騒動を大きくする恐れもある。
「おいおい、それはさすがに……。万が一、何でもない相手だったとしたら、相手の女性も驚くだろう?」
「でも、私はもう待っていられません。考えずにはいられないのです……どうして少佐は私に何も言ってくれないのか。その理由をはっきりさせないと、このままでは自分を保てそうにありません‼︎」
ヴァイオレットは珍しく強い意志を示している。
手袋をはめた義手がかすかに震えているのが見えた。
普段なら控えめな彼女だが、ギルベルトが絡むと感情が大きく揺さぶられるようだ。
「……分かった、ならばオレも同行しよう。君が一人で突撃したら、店員さんもびっくりするかもしれんしな」
俺がそう言い置くと、ヴァイオレットは小さく頷いた。
「申し訳ありません、セレスさん」
と、呟く彼女の姿を見て、俺は心中で「これはもう止められないな」と確信する。
――こうして、二人は翌日に花屋へ直接向かう段取りを整えることになったのであった。
ξ
そして次の日の夕方。
街の商業地区はそろそろ店じまいの空気が漂い始める頃合いだ。
俺とヴァイオレットは連れ立って、例の花屋へと向かう。
石畳を踏みしめるたび、ヴァイオレットの決意が伝わってくるようだ。
「静かですね……もうお店を閉める時間でしょうか」
「まだ完全には閉まってないはずだ。もしかしたら彼女、店の中で片付けをしているかもしれない」
やがて二人は花屋の前に到着する。
夕暮れの赤い光が店先に射し込む中。
店員らしき女性が鉢植えを店内に運んでいる姿が見えた。
長い髪を一つに結い、エプロンを身につけた若い女性だ。
ヴァイオレットは深呼吸をひとつ。表情はどこか硬い。
俺は「無理しないように」と視線で促すが、彼女の決意は揺るがないようだった。
花屋の軒先で作業中の店員に、ヴァイオレットは勇気を振り絞って声をかける。
「すみません。こちらの花屋はもう閉店でしょうか。」
店員は驚いた様子で振り返った。
まだ買い物客が来るとは思っていなかったのだろう。
「え、ええと……もう少しで閉めるところですが、どうなさいましたか? もし花をお求めなら早めに……」
ヴァイオレットはその言葉を遮るように、しかしなるべく丁寧に問いかける。
「あなたが……ギルベルト少佐と親しくされている“花屋の女性”なのですね?」
「……えっ?」
店員は目を丸くする。
「少佐は、最近ここへよく通っているそうですね。私は……貴方と、少佐との関係を教えていただきたいのです。いったいどのような関係で……?」
まくし立てるというほど激しい調子ではない。
しかし、ヴァイオレットの瞳には明らかな焦燥が見える。
それに圧倒されたのか、店員は困惑の色を隠せず、言葉に詰まってしまう。
「ちょ、ちょっと……急に言われても……私はただ、お客さまにお花を販売していただけなんです。本当に、それだけで……!」
「では、“浮気”という噂は」
ヴァイオレットが一歩踏み込もうとした。
――そのときだ。
店の奥からバタバタと足音が響き、誰かが店員に声をかけた。
「あの、花の包装は……」
姿を現したのはギルベルト少佐、本人であった。
手には華やかな赤紫色の花をまとめた花束を抱えている。
「少佐……!」
ヴァイオレットは思わず声を上げる。
ギルベルトは彼女の姿を見つけ、一瞬ギクリとした表情を浮かべるが、すぐに渋い顔をして店員に言葉をかける。
「店員さん、すみません……。今の話、あとは私が説明します。花束の勘定はもう済ませましたから」
「え、ええ。わかりました……」
店員はまだ驚きが解けぬまま、ペコリと頭を下げ、そそくさと奥に引っ込んでいく。
残されたのは俺とヴァイオレット、そして花束を抱えたギルベルトだけ。
日が沈む店先には微妙な空気が漂う。
ヴァイオレットは不安と怒りとが入り混じった視線をギルベルトに向ける。
そこには「どうして黙っていたのか」「本当に浮気なのか」という様々な想いがこもっているはずだ。
一方、ギルベルトはうろたえたようにまばたきを繰り返し、言い訳もせず、ただ花束を胸元に抱いて黙りこむ。
俺は居たたまれず口を開いた。
「少佐殿、君……なんでこんなややこしい状況になるまで何も言わなかったんだ。ヴァイオレットはずいぶん君のことを心配しているんだぞ」
その問いにギルベルトは唸るように息を吐いて、しばし視線を彷徨わせる。
そして、思い切ったようにヴァイオレットへと向き直った。
「……悪かった、ヴァイオレット。君に勘違いをさせるようなことをしてしまって。でも勘違いしないでほしいんだ。私は決して、君のことを裏切ったりなどしていない」
「で、でも……」
ヴァイオレットが消え入りそうな声を出す。
ギルベルトは抱えた花束を見つめながら、続けざまに説明を始めた。
「単に、私はこれを……“ブーゲンビリア”の花を、ヴァイオレットに渡したかっただけだ。花屋の彼女とは、そのために色々と相談していただけさ。どうやって渡せばいいか、どんな花束が似合うか……私は不器用だからな。」
「……え……?」
ヴァイオレットの動きが止まる。
ギルベルトが手にしている花をよく見ると、深い赤紫の花弁が夕暮れに映えている。
ブーゲンビリア――そう、ギルベルトの家名“ブーゲンビリア”にも通じる特別な花だ。
何故これを? と思わず言葉を失うヴァイオレットに、ギルベルトは少しだけ顔を赤らめつつ、声を落として打ち明ける。
「名前が同じだから、というのもある。お前にも見せたいという気持ちがずっとあった。けど、私はどうやってそういう物を贈ったらいいのか分からなくて……その花屋の店員に、ラッピングやら、渡し方のアドバイスやらを聞いていたんだ。下手な渡し方をしたら、君が困惑するんじゃないかって……」
重たい沈黙。
だがそれは決して嫌な類ではなく、胸が詰まるような温かさを孕んでいた。
ヴァイオレットは瞳を大きく見開いたまま、ようやく理解する――ギルベルトは浮気どころか、彼女を喜ばせるために必死になっていたのだ、と。
「少佐……そんな、どうして、隠して……?」
「その……言えるわけないだろう。『君に花を贈りたいから相談してる』なんて、何だか情けなくて。だから黙ってたんだ。しかしまさか噂になるとは、少々想定外だった……」
その言葉に、ヴァイオレットは唇を震わせて表情を崩した。
頬にはうっすら涙が浮かぶ。
彼女は急いでそれを拭おうとするが、抑えきれずにぽろりと流れてしまう。
「……少佐、私……ごめんなさい。勝手に疑って……」
「いや、いいさ。隠していた私も悪かった。でも、もう誤解は解けただろう?」
ギルベルトはぎこちなく微笑み、花束を差し出す。
濃い赤紫色の花弁が艶やかで、独特の甘い香りがふわりと漂う。
ヴァイオレットはそれを両手で受け取り、胸に抱きしめながら顔を伏せる。
「はい……嬉しい……私、この花……すごく好きです。」
「……そうか。それなら、よかった。」
俺は一部始終を見守りながら、ホッと胸を撫でおろす。浮気なんてとんでもない。ギルベルトはただ彼なりの不器用な方法で、ヴァイオレットを想っていただけだったのだ。
店員とも親しげに話していたのは、贈り方を相談するためであり、特別な感情ではない。
それが真相だ。
「まったく、大騒ぎしてしまったな。花屋の彼女にも悪いことをした」
俺が花束越しに二人へ声をかけると、ギルベルトは少し目をそらしつつも頷く。
「ええ、私からもきちんと謝っておきます」
「……本当に、すみませんでした。」
ヴァイオレットは店員に頭を下げたい気持ちを覗かせながら、花束を見つめている。
目元から涙が一筋こぼれて、それが赤紫の花弁に落ちた。
ギルベルトはそんな彼女をそっと見守り、「ほら、泣くな」とあやすように言葉をかける。
夕暮れの光が二人のシルエットを映す。
花屋の軒先で行われる小さな“愛の告白”に、周囲の空気までが優しくなるようだった。
(……でも本当、お似合いだな。)
万博や大忙しの配達業務に追われていたときとは正反対の、静かな夕暮れのドラマ。
騒動は少々ややこしかったが、結末はこれ以上ないほど穏やかで温かい。
それから、店先で互いの気持ちを確かめ合った二人は、一通り誤解を解いたあと、店員にお詫びをしてから花屋を後にする。
店員は「いえいえ、私こそ驚かせてしますみませんでした」と恐縮しながら笑っていた。
誰も不快な思いを残さずに済んだことが何よりの救いである。
夜の帳が下り始めた商店街を並んで歩く。
ヴァイオレットは愛しそうに花束を抱えていて、その横でギルベルトが少しだけ気まずそうに口を開く。
「……こんな誤解を生むとは、思ってなかった。悪かった」
「いえ、少佐が心配してくださっていたのは、分かりましたから……」
ヴァイオレットは恥じらいを帯びた笑みを浮かべながら返す。
やがて屋敷に戻る道の分かれ目に差し掛かる頃。
ヴァイオレットはもう一度花束を見つめて、「本当にきれいです……」と小さく呟いた。
その隣でギルベルトも少しだけ体を寄せて、二人の距離が縮まったように見えた。
「私がこの花を大切に育てます。一輪一輪が……少佐との思い出になるように。」
「……ああ。そうしてくれると嬉しい」
そのやり取りがなんとも微笑ましく、俺は一歩後ろを歩いて見守る。
二人を遠巻きに眺めながら。
長い休暇中の騒ぎもこうして一件落着だと胸をなで下ろすのであった――。
ξ
翌朝、俺は執務室の机に向かいながら、昨夜の出来事を思い返していた。
「休暇中にこんな事件に巻き込まれるとは思わなかったが……まあ、悪くないイベントだったな。」
誰に言うでもなく独り、にやりと笑う。
二週間のうち、残りの日々はどう使おうか。
書類整理もほどほどにして、俺も少しは街へ出て散歩でもしてみるか――あるいは、適度に身体を動かさなければ鈍ってしまうかもしれない。
いずれにせよ、心は穏やかだ。
ウマ娘たちが戻ってきたら、また配達屋の活動は忙しくなるだろう。
飛行船を使った大陸横断配送、競馬場のさらなる発展計画、あるいは新技術の試験運用……やるべきことは山積みだ。
だが今は、ほんの束の間の静寂を楽しもうと思う。
「……よし、今度こそ残りの休暇はちゃんと休むぞ。」
そう言いながら、俺は残りの書類の山に手を伸ばし、新たな一ページを開いた――。