ウマ娘配達屋   作:配達ξ紳士

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5話:ヴァイオレット(前編)

俺――ルナ・セレスは、転生時に得たこのウマ娘としての身体を活かし、同じ部隊の仲間を守るため“ウマ娘配達屋”なる民間企業を立ち上げることを決断した。

 

軍籍を離れ、元兵士たちが集う配達屋――奇妙な肩書ではあるが、戦火で培った脚力とチームワークを武器に、今では全国の配送依頼を請け負っている。

 

それもこれも、旧友であり元同僚のクラウディア・ホッジンズ(退役後は「社長」になった)が経営するC.H郵便社との業務提携があればこそだ。

そのおかげで、少しずつ仕事が舞い込み、ウマ娘配達屋もなんとか軌道に乗り始めている。

 

――そんな時期のこと。

ホッジンズから呼び出しを受けた俺は、一人でC.H郵便社の建物へ足を運んでいた。

 

 

 

薄明の空気が平和を告げる。

玄関をくぐると、見慣れた制服姿の社員たちが行き交っていた。

 

「セレスさん、おはようございます」

「社長なら奥にいますよ」

 

彼女らに挨拶代わりに手を挙げ、そのまま社長室へと流れるままに赴く。

扉を開けると、奥のデスクに腰掛けているホッジンズが、いつになく真剣な表情を浮かべてこちらを見てきた。

 

「よく来たな、セレス」

「どうしたんだ? いつもより硬い顔をしているが」

 

ホッジンズは少し困ったように笑うと、机上にある書類の束をトントンと揃える。

 

「いや、ちょっとな。軍から預かった“ある子”の対応をしていたんだ。お前にも紹介しようかと思って」

「軍から預かった子……?」

 

俺は首をかしげる。

軍と関わりがある人材がここC.H郵便社へ来るケースは珍しくない。

退役した兵士が配達員に転身することだってあるし、極めて普通だろう。

 

だが、わざわざ俺を呼んで紹介したいというのは、それ相応の理由があるはずだ。

 

「ちょうどいい。彼女も今、こっちに来るところだ。……ああ、来たかな?」

 

室外から足音が聞こえ、ホッジンズが視線をやった先から、そっと扉が開く。

 

そこに立っていたのは――背筋をまっすぐ伸ばした金髪の少女。

両腕が手袋に覆われているが、所作は妙に軍人然としていて、表情は静か。

まるで機械人形のような整然さだ。

 

「……失礼いたします。ホッジンズ社長、先ほどの書類のご確認をお願いいたします」

 

低めの声、丁寧な言葉遣い。

俺はちらりと彼女の瞳を覗く。

澄んだ青い瞳で、感情の奥行きがどこか読めない。

 

「これが、さっき話してた“ある子”だ。名前をヴァイオレット・エヴァーガーデンと言う。軍にいたころの経緯は俺も詳しくは知らないんだけど……わけあって両腕を大怪我して、それで義手をつけている」

「ふむ……どこかで聞いたような名前だ」

 

俺は内心でそう思いつつ、会釈をする。

 

「初めまして、私はルナ・セレスだ。今は“ウマ娘配達屋”をやっている。……君は、ここの“ドール”か何かか?」

 

ヴァイオレットと呼ばれた少女は、すっと姿勢を正し、微かに首をかしげる。

 

「……はい、私は“自動手記人形”としての業務を任ぜられました。社長から命じられ、ここで働くようになったばかりです」

 

まるで軍人のような所作だ。

ホッジンズが横から補足する。

 

「昨日はちょっとゴタゴタしててな。この娘をどう扱うか、軍の連中から色々口出しがあったんだ。まあ結局、ヴァイオレットちゃんは“普通の社員として雇う“という形で落ち着いたってわけよ」

「そうか。よろしく頼むよ、ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

 

なんとなく硬い空気が流れる。

俺は目の前の少女が、まるで剣を収めたまま睨み合っている戦士に見えて仕方なかった。

 

――すると、ヴァイオレットが急に俺の胸元に視線を向ける。

いや、正確には俺の“ウマ娘服”に付いている小さなバッジを見つめているらしい。

 

「その徽章……ライデンシャフトリヒ陸軍の、通信兵のものですか?」

 

バッジには古い軍隊時代の名残りがあり、俺が元中佐で、ウマ娘通信中隊という特殊部隊に所属していた証が刻まれている。

 

「ほう、よく知っているね。俺はかつてここにいたんだ。――ん? 君も同じ軍の出身か?」

「はい。“少佐”の部下として……」

 

ヴァイオレットが呟いた瞬間、ホッジンズが「ヴァイオレットちゃん、それは……」と少し焦った様子を見せる。

どうやら、この少女の“少佐”という人物については触れてはいけない話題のようだった。

 

しかし、当のヴァイオレット本人はまっすぐ俺を見ている。

 

「その……もしや、ギルベルト少佐をご存知ですか?」

「――――」

 

一瞬、胸がどくんと高鳴る。

 

ギルベルト・ブーゲンビリア。

懐かしい名だ。

 

俺がウマ娘通信中隊として前線を駆けていた頃、彼とは何度か作戦で顔を合わせた。

彼は優しくも厳しく、そしてどこか儚げな雰囲気を纏う男だった。

当時、俺は“転生者”であることを隠しつつ軍に従事し、ギルベルト少佐が指揮する部隊と合流したことがある。――あれは激戦の夜だったはず。

 

ホッジンズは咳払いをして言った。

 

「ヴァイオレットちゃん、その“アイツ”の話は、もう……。俺が伝えただろう……行方不明だって」

「はい。それは承知しております。ですが……いずれ見つかるかもしれません! 情報があるのなら、少しでも多く知りたいのです」

 

彼女の眼差しは硬く揺るぎなく、まるで軍令を待つ兵士のように鋭い。

 

「そうだなあ……ギルベルトのことか」

 

そう呟いた俺に、――ヴァイオレットが一気に詰め寄る。

 

「少佐のことをご存知なのですか⁉︎」

 

俺は予想以上の熱量に面食らうが、何とか言葉を返す。

 

「……まあ、少しな。戦場で何度か、作戦を共にしたことがある。だが……」

 

遠い記憶が蘇る。

俺がまだ中佐として前線を走っていた頃、ギルベルトの部隊にとある“少女兵”の姿を見かけたのを薄っすら覚えている。

もしやこのヴァイオレット・エヴァーガーデンが、かの“戦乙女”なのだろうか。

 

「うちの通信中隊が少佐殿の部隊へ合流したのは、たしか二度ほど……。うん、私の知っている情報なんて、その程度だ」

 

それを聞くや否や、ヴァイオレットの表情が少しだけ揺れたように見える。

 

「少佐は……その後も生きておられますか。何かご存じないのですか……?」

「……悪いが、私の知る限りじゃ、その後のことはわからない。戦争末期のあの激戦で、行方不明になったと聞いた。俺自身、終戦後の混乱で部隊もバラバラになりかけて……」

「そう……ですか」

 

ヴァイオレットは俯き、ぎゅっと拳を握りしめる。

その仕草からはわずかな悲痛がにじみ、彼女がどれほどその“少佐”を大切に思っているかが伝わってくる。

 

「でも、少佐は必ずどこかで生きていると、私は……信じています。ですから、いつか……いつか会えると……」

「…………」

 

ホッジンズが気まずそうに視線をそらす。

その空気に耐えられなくなったのか、「まあまあ、ヴァイオレットちゃん、セレスも困っているだろう」と俺をフォロー(?)する。

 

だが、ヴァイオレットはまだ俺を見つめている。

声を荒げるわけではないが、意志の強い瞳だ。

 

「もし、何か思い出したら、教えていただけないでしょうか。少佐に関することなら、どんな些細な情報でも……」

「……そうだな。わかった。思い出したら協力する」

 

――そうとしか言えなかった。

 

 

 

その後、ホッジンズは「実はヴァイオレットを“自動手記人形”として社員登録するにあたり、多少面倒な書類が必要で……」と説明を始めた。

 

軍の引き渡し文書だとか、彼女が大怪我を負った際の医療補償についての細かい調整があるらしい。

やれ俺も役所仕事は嫌いだが、彼も苦労しているようだ。

 

「まあ、その手続きが終われば、彼女は晴れてドールとして本格的に仕事を始める。ついでに、お前のウマ娘配達屋とも連携してほしいんだが……」

「連携?」

 

俺が問い返すと、ホッジンズは頷く。

 

「ああ。うちの郵便社はいわば“手紙を全国へ流通させる”のが主だが、どうしても遠方や急ぎの場合は、お前らみたいな迅速な脚力が欲しい。で、ドールとしての依頼が発生したとき、もし相手が山奥や国境地帯に住んでいるとなれば、ウマ娘配達屋の出番だろう?」

 

試すような笑みをこちらに浮かべて。

 

「なるほど……。つまり、彼女自身が現地へ赴く際に付き添う……といった形か?」

「そうそう。それができると助かる。戦争が終わったと言っても、国によってはまだ荒廃が残っているし、治安も万全じゃない。その道を一人で行かせるわけにいかないだろう?」

 

俺はチラリとヴァイオレットを見やる。

彼女は「戦場慣れ」している雰囲気があるが、いくら義手の力があっても一人で危険地帯を突き進むのはリスクが高い。

 

「了承した。今後、うちの配達屋がサポートに回ることにしよう。……うちの連中にも、ちゃんと紹介しておくか」

「それがいい。それで、さっそくなんだが……」

 

彼が言うには、ちょうど今日か明日にでも「遠方のお得意様」から急ぎの依頼が来る見込みがあるという。

もしかすると“ドールを現地に派遣してほしい”という要望になるかもらしい。

 

「まだ正式な依頼状は届いてないが、じきに届くだろう。できればヴァイオレットちゃんを連れて、セレス、君のウマ娘配達屋を見学させて貰ってきてほしいんだが……」

「なるほど、構わん。では、その“見学”だけ済ませるか。……ヴァイオレット、君はどうだ? いきなり騒がしい連中ばかりだが、平気か?」

「はい。私にできることなら、何でもいたします」

 

ヴァイオレットの返事は淡々としたものだが、その言葉には迷いが感じられない。

 

「わかった。じゃあ今から一緒に来るか。途中、軍の話をもう少しだけ……いや、あまり期待しないでほしいが、何か思い出すかもしれんからな」

 

そう言うと、少女は一瞬だけパッと表情を明るくし深く頭を下げた。

 

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