ウマ娘配達屋 作:配達ξ紳士
ウマ娘配達屋への道中、そして微かな暖かみ
会社を出ると、外は穏やかな朝日が差し込んでいた。
「……セレスさんは、その……軍ではどのような任務を?」
ヴァイオレットが声をかけてきた。
まだ慣れないのか、少し戸惑いが混じった口調だ。
「さっきもちょっと言ったかもしれないけど……私は“ウマ娘通信中隊”という部隊の中佐だった。ウマ娘ってのは、こう見えて生物学的にも運動能力が高くてな。戦場では電信を張ったり突撃したり、何でもやらされたよ」
「ウマ娘通信中隊……聞いたことがあります。嵐の中でも隊列を乱さず走り、敵の拠点を短時間で破壊する。……その身体能力は上官たちも高く評価していたと」
「そうか、鼻が高いね。――ヴァイオレット、君はどんなふうに戦場を?」
そう尋ねると、ヴァイオレットはほんの少し眉を寄せる。
「私は、少佐の命令に従って……戦う“道具”として働いておりました」
「“道具”、か……」
引っかかる表現だが、それ以上言及するのも酷だろう。
「少佐のことは……俺も何度かすれ違った程度で深くは知らん。だが、彼は優しかったという噂はよく聞いた」
「はい。――とても、優しい方でした……」
そう言って彼女は虚空を見つめる。
その横顔には切なさが漂い、俺は言葉を失う。
それから少し沈黙した後、彼女は急に思い出したように俺を見つめ、頭を下げる。
「先ほどは失礼いたしました。『少佐をご存じなのか』などと急に詰め寄るようなことをしてしまって……」
「気にするな。君にとって、大事な人なんだろう? だったら当然の反応だ」
「……はい。ですが、失礼だったことは事実です。申し訳ありません」
敬礼しそうな勢いで頭を下げるヴァイオレットに、俺は苦笑する。
戦争が終わっても、彼女の中の軍人気質は抜けないらしい。
馬車はそのまま市街地を抜け、郊外の広い道を進んでいく。
数十分ほど揺られたころ、目的地である「ウマ娘配達屋」の社屋――というか俺の屋敷兼オフィスが見えてきた。
「あ、中佐、おかえりなさいま――あれ?」
扉を開けるやいなや。
中で雑務をしていたウマ娘の一人がヴァイオレットを見て目を丸くする。
「あら、可愛らしいお客さん」
「え、もしかして中佐の子供?」
など、興味津々な声が飛び交う。俺は苦笑しつつ、ヴァイオレットを一歩前に促す。
「紹介する。この娘はC.H郵便社の“自動手記人形”、ヴァイオレット・エヴァーガーデンさんだ。これからうちの仕事を一部手伝ってもらう可能性がある」
ヴァイオレットは慣れた仕草で一礼する。
「はじめまして。ヴァイオレット・エヴァーガーデンと申します。今後、皆さまにお目にかかる機会があるかと存じます。何卒よろしくお願いいたします。」
そんな礼儀の染みついた様子に。
ウマ娘たちは思い思いに声をかけ始めた。
「ドールさんって、あの手紙を代筆してくれる人?」
「すごい美人!」
「それ、義手なんですか?」
皆は俺の連れてきた少女にそれぞれ興味津々である。
最初はたじろぎそうだったヴァイオレットだが、淡々と彼女たちの質問に答えている。
俺としては、こういう和やかな雰囲気で打ち解けてくれるのはありがたい。
「と、いうわけで。皆の衆、この娘の面倒をよろしく頼むぞ」
しばらくして、ひとしきり説明を終えたところで、オフィスの玄関ベルが鳴る。
どうやら急ぎの依頼人がやって来たらしい。
「セレス社長、すみません! C.H郵便社の方から電報が届いてて、“緊急の手紙配送”をお願いしたいそうです! 向こうに依頼人が待っています!」
ウマ娘の受付係が、慌てた口調で知らせてくる。
「おいおい、ホッジンズめ。早速仕事を回してきたのか? ……よし、わかった。手配をする。場所はどこだ?」
「えっと……この地図によると、郊外の病院です。そこの患者さんがどうしても“ドール”に伝えたいことがあるらしく、現地に来てほしいそうで……」
俺はすぐにヴァイオレットへ目をやる。本人も状況を察したようだ。
「現地へ行って、その人の手紙を代筆する――という依頼ですね?」
「そうみたいだな。ホッジンズが“ドールを連れて行け”って伝えてきたなら、もしかすると君あての依頼なんだろう。……どうする?」
ヴァイオレットは迷いなく答える。
「行きます。すぐに準備をします」
「じゃあうちから数名出す。馬車で乗り付ければ、町中ならすぐだ」
こうして、予想外に早くもヴァイオレットが配達屋の出番に巻き込まれることになった。
俺たちはウマ娘を二人ほど連れて馬車を出し、街の中心部にある病院へ急いだ。
依頼人は重い病を患っているらしく、外出が難しいために「ドールに来てもらいたい」との要望があったのだという。
病院の一室に通されると、そこにはベッドに横たわる初老の女性がいた。
傍らには医師らしき人物がいて、「なるべく早く手紙を済ませてあげてくれ」と申し訳なさそうに頭を下げる。
ヴァイオレットが椅子を引き寄せ、タイプライターを取り出すと。
そっとカーテシーの姿勢を取る。
「お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
初老の女性はやつれた顔ながら、驚いた様子でヴァイオレットのことを見つめた。
「そんなに若い娘さんが……義手なのね」
「ええ……私は義手ですが、文字を打つことはできます。お手伝いさせてください」
ヴァイオレットは女性からの言葉を一字一句漏らさぬよう耳を傾ける。
時に細やかな質問をしながら文章へと書き起こしていく。
涙ぐみながら話す女性の声は震えつつも、それを受け取るヴァイオレットの表情は真剣そのもの。
「――この手紙は、遠くにいる息子と娘へ……あと、もう一つは昔の友人へ……。私、戦争で連絡が途絶えてしまって……」
そう言う女性の瞳に、戦時中の苦難が宿っているように感じる。
ヴァイオレットは丁寧に相槌を打ち、その言葉の通り文字にしていく。
まるで彼女自身もまた“書き手”の感情を探しているかのようだ。
やがて1時間ほどで代筆が完了した。
女性は泣き笑いしながらお礼を言う。
「ありがとうね、お嬢ちゃん。これで思い残すことはないわ……」
その想いを知ってか、知らずか。
ヴァイオレットは一礼して、手紙を封筒に収めた。
「こちらを、ご家族とご友人に確実にお届けします。ウマ娘配達屋の方が、速やかに郵送してくださるはずですから」
そう言いながら、彼女はそっと俺の方を振り返る。
俺は小さく頷き、ウマ娘の一人が受け取った手紙を大事に胸にしまい込む。
「確かに、受け取りました。明朝までには先方に届くよう段取りしましょう。ご安心を」
そう応じると、女性は安堵のため息をつく。
部屋を出る頃、俺はふとヴァイオレットが小さく震えているのに気づいた。
「ふむ、疲れたか? 顔色が悪いぞ」
「いえ……大丈夫です。ただ、こうして人の想いを文字にするのは、慣れているようで、まだ慣れません。……それでも、これが私の任務ですから」
俺は努めて柔らかく言葉をかける。
「君は十分しっかりやれている、自信を持て。……ところで、手紙を届ける先はこちらが引き受けるが、もし相手が遠方なら、ヴァイオレット自身が足を運ぶこともあるのか?」
ヴァイオレットはわずかに息をのむ。
「……はい、依頼内容によっては、自動手記人形自ら届ける場合もあります。とても大切な手紙なら、一刻も早く相手に渡さなければなりませんから」
「そういうときは、ぜひうちのウマ娘配達屋を使うといい。私たちが走れば、どんな山奥でもどんな国境でも、あっという間だ」
「はい……ありがとうございます。……その、セレスさん」
彼女はそこで言いよどむ。
何かを聞きたいのだろうか。
俺が促すと、小さく唇を震わせて言葉を紡ぐ。
「先ほどのお話……ギルベルト少佐のこと……。もし、思い出したことがあれば……その……私にお知らせくださいますか?」
「……うむ、わかった。約束する」
その言葉に、ヴァイオレットは微かに微笑んだように見えた――。