ウマ娘配達屋   作:配達ξ紳士

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9話:二つの運搬任務(中)

「さて、同時に二つの大仕事が動き出すが……うちの人数は大丈夫か?」

 

俺はオフィスの一角で地図を広げつつ、つぶやいた。

片側では宝石と書簡を運ぶチームの最終調整が行われ、もう片側では車の試作品を運ぶロジスティクス班が準備を進めている。

 

見渡すだけでも、なかなかの騒がしさだ。

 

宝石チームと車運搬チーム、それぞれ最低限の頭数は揃えてもらっているが、もしどちらかにアクシデントが起きれば、すぐ応援を送り込まなければならない。

戦時中とは違い、こちらは“民間企業”――無闇に血を流すわけにはいかないし、物品の破損や紛失もあってはならない。 

 

「まあ、うちは元・ウマ娘通信中隊ですからね、中佐!」 

 

そう朗らかに告げたのは、副官格のウマ娘。

茶髪を短くまとめた彼女は、軍時代は暗視や夜襲が得意な特殊兵として前線を支え、今は“参謀”として連絡・バックアップなどの内勤を担っている。

彼女の声はどこか弾んでいて、戦争の重苦しさが消えた今を心から楽しんでいる様子だ。 

 

「命令があれば、残ったメンバーですぐ動けますよ。もし片方がトラブったら、すぐにチームを組んで駆けつけます。通信網もあるから安心してください」

「なるほど、用意周到だな。でも油断は禁物だ。よろしく頼む」

「任せてください!」

 

そう言いながら彼女は小さく敬礼し、にこりと微笑む。

軍隊時代の習慣が抜けきらないものの、その表情は戦場にいた頃よりはるかに柔らかい。

 

平和っていいな!

 

 

 

昼近くになったころ、宝石と書簡を届けるチームがオフィス前に集結した。

 

革製の鞄の中に頑丈な箱を収め、ロープを幾重にも巻いて固定してある。

最前線で活躍した短距離班が中心となり、夜間対応に長けた者も二名ほど加わっている。

 

「私が先導します! 道中、何かあったら即座に合図を送るんで、後方は適宜ついてきてくださいね」

「了解了解。街道を抜けた辺りで隊列を少し変えよう。夜になったら暗視に強いメンバーが先頭に出ればいい」

 

彼女たちはまるで軍隊さながらの手際で、装備や体調をチェックしていく。

足首のサポーターや、靴底に当たる部分の検査まで念入りだ。

さすが“通信中隊”の流れを汲んでいるだけはある。

 

「では、セレス中佐、行ってまいります!」

 

最後にリヴェティーナがきびきびと敬礼してみせる。

背筋はまっすぐ伸び、漆黒の尻尾もピンと立っている。

 

俺は軽く手を挙げて応える。

 

「頼むぞ。道中はくれぐれも慎重にな。変な連中に絡まれても相手にするなよ。宝石を無事届けてくれればいいんだ」

「了解です! 絶対にこの宝石と手紙を守ってみせます!」

 

掛け声とともに、彼女たちは一斉に駆け出す。

 

かなりの速さで通りを走り抜け、やがて街道の向こうへ消えていく様子は、軍の騎馬隊を思わせる迫力がある。

遠巻きにそれを見守っていた仲間たちが「行ってらっしゃーい!」と手を振り、彼女たちの健闘を祈る。

 

日が暮れる頃には国境沿いの峠に取りかかり、翌朝には公爵家へ到着する予定だ。

果たしてどうなるやら――。

 

 

 

一方で、宝石チームが出発して間もない頃、オフィス前には奇妙な荷台が到着した。

 

牽引しているのは普通の馬だが、その荷台の上には金属製の塊……見たこともない“車”が乗せられている。

前方にはラジエーターのような部分、煙突らしき部品が突き出ており、いかにも試作品という趣だ。

 

「うわ……これがスタイン氏の新型か。ずいぶんゴツいな」

「いや、何かかっこいいですよ! エンジン、どうなってんだろう?」

 

ロジスティクス班のウマ娘たちが目を輝かせる中、痩身の男がすっと前に出て頭を下げる。

彼こそ、この試作品の開発者・スタインだ。

 

「初めまして。戦後に独立してこうした車両を作っております。これは蒸気とガスを併用する新型エンジンでして、長距離走行を想定しているのですが……何分、道の状態が悪いところだとトラブルが多くて」

「それで、ウマ娘配達屋に運搬を頼もうというわけですね」

「はい。もし見本市で評価を得られれば、投資家を募って改良資金を確保できるかもしれないんです。どうか力を貸してください!」

 

スタインの瞳には緊張が宿っている。

軍需工廠に属していた頃なら予算や人員も潤沢だったのだろうが、今は何もかもゼロからのスタート。

 

車の普及がまだ進んでいない以上、試作品の成功は彼の未来を左右する。

 

「よし、わかった。運搬の陣頭指揮はうちのロジ班リーダーに任せる。何かあれば遠慮なく言ってくれ」

「恐縮です……。どうぞよろしくお願いします!」

 

彼の礼儀正しい態度に、ウマ娘たちも悪い気はしないらしく、すぐに打ち解けていく。

こうして車運搬チームは、夕刻前には荷台を引き連れ、凹凸の多い街道へと踏み出した。

 

 

 

正午を迎える前にオフィスを出発した宝石チームは、みるみるうちに街道を抜け、市外の田園地帯へと差しかかっていた。

 

短距離班が先頭を走り、夜間走行に備えたメンバーが後方をフォローする隊列だ。

 

街道はそこそこ整備されているものの、やがて峠道へ近づくほどに起伏が増えていく。

彼女たちは「暗くなる前に山のふもとまでは行きたいね」と、ペース配分を考えながら進んでいた。

 

「先頭、どう? 行けそう?」

「まだまだ余裕ですよ! でも、風が少し強くなってきました。峠のほう、雨が降るかもしれませんね」

 

先導役のウマ娘が振り返りつつ言う。

小柄なウマ娘が地図を片手にすばやく風向きを確認し、ほかのメンバーに指示を出した。

 

宝石と書簡の入った革鞄は、頑丈なロープで背に固定されている。

走っている間に揺れないように工夫されており、仮に盗賊に襲われても簡単には奪われないよう配慮がしてあった。

 

「もし雨が本降りになったら、いったん雨宿りかしら? でも依頼主の希望は“即日”ですし、なるべく走り続けたいですよね」

「そうだね。無理はしないけど、できる限り峠を夜中のうちに越えたいな」

 

戦場上がりの彼女たちにとって、少しの悪天候や暗闇は大した障害ではない。

とはいえ大事な荷物を抱えている以上、落下や破損は絶対に避けたい。

そこで「状況に応じて臨機応変に動く」という、かつて培った柔軟性が役立っているのだ。

 

「よし、まずはあの丘を越えた先の集落で小休止しよう。そこで軽く食事と水分補給、そしてもし雨雲が来るなら備えを固めるわよ!」

 

威勢よい掛け声とともに、宝石チームはさらに速度を上げていく。

周囲の農村の人々が驚いた顔で手を振り返してくれるが、ウマ娘たちは笑顔で「あいさつは帰りにでも!」と合図するだけで先へ先へと駆けていった。

 

 

 

一方そのころ、“車両”を運ぶロジスティクス班は、アルフレッド・スタイン本人を交えて出発の最終調整をしていた。

 

大きな荷台に例の試作車が鎮座し、ウマ娘たちがあちこちからロープを張り直したり、荷台下の車輪を点検したりと大忙しである。

 

「やっぱりこの車、ずいぶん重そうだな……ほんとに馬一頭で引けるのか?」

「坂道がきつい場所では、わたしたちが横から押したり引いたりしてサポートします。今のうちにロープの強度を確認しときましょう」

 

鋳鉄製のエンジン部分、細かい配管、煙突のような排気装置……そのどれもが重量をかさんでいる原因だ。

 

スタインは苦笑しながら、「本当はここまで重くしたくなかったんですが、まだ開発途上でして……」と申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「まあ、私たちは力仕事に慣れてるんでね。戦場で物資や大砲を運んだこともある。車を運ぶぐらい、何とかなるさ」

「そ、そうなんですね……! 心強い! ああ、なんだか希望が見えてきました!」

 

スタインの顔に安堵の色が広がる。

ひとまずこのチームは夕方を目処に出発し、山間の途中で一泊。その後、翌日には見本市の開催地に到着できる算段だ。

 

俺としては、すぐにでも出てしまってもいいのだが、チームメンバーの一人が「いま簡易的な工具と梱包材をもう少し用意します!」と倉庫へ駆け込んでいったため、もうしばしの待機を余儀なくされていた。

 

「中佐、スタインさんの話、面白いですよ。どうやら蒸気とガスを混合して動力を得るとか」

「ふむ、そんな機構があるのか……もしうまくいったら、この国の交通事情も一変しそうだな。まあ、だからこそ守って運ぶ価値があるってわけだ」

 

そうつぶやきながら、俺は試作車のボディに手を置いてみる。

冷えた金属の感触が指先に伝わり、妙に新鮮だった。

 

かつての戦場では“馬や人力”が当たり前だったが、平和の時代にはこうした新技術が台頭してきてもおかしくないわけだ。

 

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