浄瑠璃婦人は語りたい   作:久本誠一

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注意点
・P.U.N.K.が全員ひとつ屋根の下での同居設定
・Mme.スパイダー(スパイダーの方)=ライジング・スケール説の採用

以上2点が解釈違い等の理由から無理な方はお互いのためにお引き取り願います。




冬の朝

 某月一日、早朝。

 わらわは人形である、名前はまだ―――――いや、通り名がないわけではない。その名で呼ばれると、ああ今あ奴らはわらわのことを話しておるのだろう、そう察する程度の便宜上の呼び名はある。わらわ自身はどうせ主の意思とその繰り糸に頼らねば動くこともできず、まして語ることなどもってのほかな身の上。特段頓着するつもりもないが、別にその名が嫌だ、ということもない。呼び名など、好きに呼べばいいだけのことである。

 ただ、わらわの主はその名を黙認こそすれど正式に採用してはいない節がある。ならば道具の身としては、その意思に従うのが筋というものだろうと思うたまでのことだ。もっぱらその名でわらわを呼ぶのは、わらわに負けず劣らず派手で、かつ下手をすればわらわよりも目立つようなおべべを好んで着用する浮世絵師。ある種ではわらわの同胞であり、また主の同士であり同志である男の方である。

 

「ふわぁあ……いようマダム、お早うさん」

 

 やうやう東の空に、薄明かりが灯り始めたか始めないかの刻。収容ケース内と舞台以外のわらわの定位置である縁側の廊下の端、人形掛けにセットされたわらわをちらりと見やりつつ、今朝もかの男は大あくびしつつも一番乗りの早起きで現れた。辺りがいまだ薄暗いこともありそのトレードマークのひとつでもあるV字型のサングラスは目元を隠しておらず、わらわも含め身内のみが知るその素顔……普段の言動や大胆不敵な作品に似合わず存外柔和で可愛らしい両の瞳はいまだ眠気の欠片を残したまましかし光を、時折舞台の上から演目前に見える観客たちの、疲れ切って濁りつつあるような眼とは明らかに異なる生き生きとした色を放っていた。

 いつものように返事もできぬわらわにも律義に挨拶を送った浮世絵師は、当然返らぬ返答にも何ら堪える様子なくそのままがらがらと中庭へ続くガラスの引き戸を開け放つ。瞬間吹きこんできた寒風に身を縮めながらも庭へと降りる様子を見るでもなく見つめながら、全く生者というものは大変だと改めて思う。先に入り込んだ寒風はそのまま廊下内を北風小僧の名の示す如くひゅるひゅると駆け巡りわらわの体にも容赦なく飛び掛かっては来たが、この冷たい鉄と木からなる歯車仕掛けの体は、寒さ熱さを苦痛とは感じない。

 

「よ、っと」

 

 下駄を履いて庭へと降りた浮世絵師がくるり反転して扉を閉めると、再び廊下は静寂に包まれる。いつもの通りガラス越しに眺めていると、これまた浮世絵師もいつも通りに、外界からは塀で仕切られた庭の中央に仁王立ちするとおもむろにその上半身を大きくはだけた。

 

「うーっ、今日はことさらに冷えるもんだなあ、おい」

 

 折よく吹いた再びの寒風にでも、その奇行を歓迎されたのか。白い息を吐きながら今度は庭の隅にいた雀へと話しかけ身震いするその体躯は岩山のような筋骨隆々、とまではいかぬものの、普段から身の丈ほどに大きな絵筆を振り回し……いや、あれは確か浮遊機能のおかげで見た目ほどの重量は感じさせないのだったか。とはいえそのことを差し引いても縦横無尽に浮世のビル街を天地六方四方八方駆けまわりて巨大な鯉に咲き誇る花々、果ては天をも穿つ登り龍に至るまでの様々な風俗画を一発描きで形にする浮世絵師の体は、わらわからでは背中しか見えないものの確かに存在する無駄のない筋肉によってがっしりと支えられている。

 そうして上半身を曝け出した浮世絵師が次いで取り出したのは、やはりそのトレードマークでもあるギガイタチの毛を撚り込んだサイバー絵筆ではなく、それよりもずっと小さい白の手ぬぐい。ぐっと両腕に力を込めてその両端を握りしめ、ぐるり背中に回しピンと張ったそれを自らの体へと一定のリズムで擦り付け始めた。

 聞くところによるとこの毎朝恒例の行為、乾布摩擦というらしい。生者の体は常に熱を放ち、言い換えれば常に熱が逃げていき、それをあの手この手で補わねば風邪をひくというから大変だ。わらわの体にそんな不便はないが、もっともわらわとてしばらく主に油を差してもらうタイミングが遅れればあからさまに稼働性が低下するので、それと似たようなものなのだろう。それでも冬の朝は寒いだろうに、どうして布団にいないのか―――――そう以前に舞の修練の最中、休憩中にとてとてと浮世絵師へと近寄って問うていたのはわらわの主の同胞にして下の妹、最も幼く幽玄たる能楽師だったか。それに対する返答は、確かこんなものだったと記憶している。

 

『俺の場合は絵ぇ描くのに邪魔だからこの服も袖取っ払っちまってるしなあ……UKIYOEってのはただ伝統をなぞっただけの浮世絵じゃねえ、描く最中の全てもひっくるめたアートなんだ。つまり、筆持って走り回る俺の姿も含めた刻一刻と移り変わる作品の一部なのさ。そんな時に寒いからって縮こまってたり、肝心の俺がひょろついたもやしみてえな体してたら興醒めだろ?そいつぁちょいと粋じゃねえってもんよ。だから乾布摩擦と筋トレは欠かせねえんだ』

 

 主による浄瑠璃の修練のため同じ場所にいたわらわの見立てではあの問い、隙間風が吹き込んで寒いからやめろという非難の意思がそれなりに強く込められていたように思えたが……この悪気ない返答の調子から何を言っても無駄と早々に損切りしたのか、常日頃の無表情の中にかすかな諦めの色を滲ませてまたとてとてと姉たちのいる方へと引き下がっていったどこか哀愁漂う後ろ姿はわらわの記憶にも新しい。

 ともあれそれきり浮世絵師の毎朝のこの奇行を咎めようとする者はおらず、今朝もこうしてあの男は誰にも邪魔されず元気に上半身裸で太陽が昇り切る前から白い息を吐いている、というわけだ。

 

「はーい、皆さん、朝ですよ!」

 

 そんな乾布摩擦を見つめているうちに気が付けば太陽は地平線の上にその全身を投げ出しており、庭も空もすっかり明るくなっていた。そしてそれを待ちわびていたかのようなタイミングで、母屋の方から鈴を鳴らすような元気な声が響く。ぱたぱたと軽い足音が近づいてきたかと思えば廊下に顔を出した本日の早起き二番乗りは、やはりいつもと同じ顔。ほぼ毎日のようにこうして日が昇り切ると同時にぱっちり目が覚めては皆を起こして回ることが日課となっている能楽姉妹の真ん中の妹、華やかにして絢爛たる彼女だった。

 

「……眠い」

 

 湯気の立つ湯飲みを乗せた漆塗りの盆を片手に、器用にバランスを保ちながらもう片手で妹の手を引き朝から元気に廊下を歩むその姿は学術的には確か二卵性双生児、と称すのだったろうか。末の妹とはその背丈も顔つきもわずかに異なるものの極めて酷似しており、舞台に上がり動きを目立たせるために少々その体躯よりも大きめの衣装に身を包ませ時に静かに、時に激しく舞う演舞の最中ではもはやどちらがどちらかまるでわからないという評判が観客から上がっていることはさもありなんと言える。わらわのような人形ならばほぼ同じ外見のものを量産することも決して不可能ではないが、血の通った生物で斯様に似通った造形が存在するのは極めて稀な事例であることは、幾度もの舞台を主と共に踏み数多の観客を見てきたわらわにはわかる。

 これも本当はひとたび舞台から離してしまえば、今の対照的な様子からも見て取れる通り酷似しているのはその外面だけで中身はこれで存外違う存在なのだとわかるのだが。わらわたちのいわゆるオフの瞬間―――――もっとも、わらわの『オフ』などとは文字通り糸の切れた人形として定位置に掛けられているくらいしかやることがないが―――――における対外への露出は少なくもっぱらそれを表に発信する気のある者もおらぬがゆえに、この調子では観客からこの姉妹の区別が付けられるようになる日は遠いであろう。

 そんな姉妹はぺこり、と揃って廊下の端にいるわらわへ頭を下げて挨拶し、相も変わらず返事のできぬわらわのことは気にした風もなく末妹の手を放して中庭へのガラス戸を引き開ける。相も変わらず律儀というか行儀がいいというか、毎日のこととはいえこんな時ばかりは主の意思なければ自力で動けも話せもできないこの体がほんの少しだけ恨めしくもなる。

 

「いよっ、今日も精が出ますね!あったかいお茶、淹れてきましたよ!」

「おっ、悪ぃなディア。それと、今日はセアミンもか。2人ともお早うさん」

「ええ、お早うございます」

「……もう少し寝たかった。お早う、娑楽斎」

 

 そのまま外に首だけ出した能楽師の声に反応し、浮世絵師もくるり振り返って気さくに笑う。いつの間にかほんのり汗ばんですらいた体を手早く拭いてはだけていた服を羽織り直し、差し出されたお盆の上の湯飲みをひょいと手に取って中身を口元へと運び。

 

「……っ!」

 

 豪快に中身を飲み干そうとして流石に熱かったのか即座に口を離して涙目になりながら舌を出し外気で冷まそうとするその姿は、およそいい年をした大人とは思えないほどに子供らしく。普段のあの浮世絵師の性格を知るわらわたちにとってはどうということもないまた何かやらかしたのか、で済むような話だが、巷にはいるという一筆入魂中の額に汗浮かべ本気で全身を使い絵に取り組む彼の姿しか知らないそのファンが見たらさぞかし目を丸くするだろう。

 それでも何度かに分けてどうにか中身を飲み干すと、タイミングを見計らいすっと差し出されたお盆の上へと空になった湯飲みを素直に返す。

 

「あったまったわ、ありがとな」

「どういたしまして。じゃあ今日の朝ごはん当番はおねえちゃんとワゴンさんですから、準備のお手伝いしにいきましょう!私とセアミンはお皿並べて待ってますから、娑楽斎さんは畑行ってお味噌汁用の大根抜いてきてください!」

「おう!……ん?待てやこんにゃろ、寒い外作業俺1人に押し付けようったってそうはいかねえぞ!?」

 

 体が内から外からすっかり温まった勢いで頷きかけてようやく妙に親切だった能楽師の真意に勘付くも、時すでに遅く。

 

「じゃ、お願いしまーす!いよっ、マスター!大根マスター!」

「大根マスター、お願い」

 

 そう言い残すや否やすぐさまガラス戸の内側に引っ込んで、姉妹揃ってきゃいきゃいと楽しそうに走って逃げていく。慌てて引き留めようと伸ばした手もとうに届かなくなったところで、残された浮世絵師はため息ひとつその手でやれやれと頭を掻く。嵐のように姉妹が去っていくと、この場に残ったのはまたこの浮世絵師とわらわのみ。

 

「……騒がしいもんだよなあ、マダム?お前さんとは大違いだ、なあ?」

 

 同意を求められても当然何も返せないのだが、こうやってわらわに話しかけることがこの浮世絵師なりのお決まりの冗句なのはわかっている。実際、別段会話の相手を求めているわけではないのだろう。

 その証拠に、ほれ。呆れたような言葉とは裏腹に、その口元は楽しげに綻んでいた。




様子見がてらとりあえず短編で投げましたが、一応続けるかどうか不明とはいえ構想だけは全3話あります。
2名ほど極端に出番がないのは大体そのせい。
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