浄瑠璃婦人は語りたい   作:久本誠一

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祝・MDにもPUNK新規が上陸したぞ記念!
ということでまだ導入だけですが投稿します。

注意事項:ヴァリュアブルブックEX5で明かされた情報を経て、前回の話からは微妙に設定が変化しています。
具体的にはスパイダー=ライジング・スケール説が消滅し、またNo三姉妹の姉妹順も当初予想していたスケール>ディア>セアミンからディア>セアミン>スケールにアップデートしました。あの設定は読めんて……。
そんなわけで前回と照らし合わせて読むと矛盾する描写もありますが、無理に直そうとするとかえって話の構造に無理が出そうなのでそこはもう諦めました。まだ設定未判明時代に書いたんだなあとでも思っといてくださるとこちらとしては有り難いです。


春の海(上)

「……海、ですか?」

 

 それはある日の夕刻。凍え身を切る、少なくとも人間の身にとってはそうであったらしい冬を越え、桜がぱっと咲き誇って物悲しかった木の枝を彩ったかと思えばいつの間にやら青々とした若葉にその役目を譲り、白かった雪は解け空の青さにも深みが増し、次第に家の内でも窓を開け放す機会が増えてきつつあり廊下の定位置に掛けられたわらわの目にもそうした部屋の中の様子が見えるようになってきた時分のことだった。

この男には珍しいことに、非常に希少なことに困惑した様子を隠さずに、雅楽師はそう鸚鵡返しに繰り返す。実際、これは大変に珍しい事象である。普段から風貌穏やかで物腰も柔らかなこの男、わらわも……否、正確にいえば語る言葉もその口も、触れ合うために動かす筋肉のひとつも持たぬ人形であるわらわの、その主との付き合いも相応に長くぐるりぐるりと指折り数えた季節の巡りもそれなりの数に及びはするが、なにせその感情の機微に慣れるまでは傍から見れば読めない食えない底知れない、もひとつおまけに隙がないとないない尽くしなこの男が、いかに身内相手といえどもここまで感情の動きを表に出す機会はわらわの見てきた限りでもそうはなかった。

 

「うむ。海に行きたいぞ」

 

しかしそんな希少な、雅楽師のファンがこの様子を一目見る為ならばそれこそ一人いくらかの金を取ったとしてもなおずらりと行列ができるであろうほどに珍しい事象を前にしても、目の前の幼女はそれに何の関心も示さず自分の主張を繰り返す。実際には彼女とてそこまで年若いと強調するほどの年齢でもなく、なんなら製造された日をわらわの誕生日と仮定するならばわらわの方がよほど年若いくらいなのだが、これにはなにせ絵面の問題もある。雅楽師自体がすらり長身で足も長いことも要因のひとつではあるが、同年代の中でも発育はかなり悪めの部類にあるその少女は、ピンと立って背を伸ばしてなお作業机に自身の琴や小太鼓を置き、椅子に腰かけ手入れに勤しんでいた雅楽師よりもほんのわずかに目線が下の位置にあった。

そしてその手を止めた雅楽師が、くるり椅子を回転させてその少女へと向き直る。

 

「それ自体は別に構いませんが……どうしたんです、一体?次のライブも近いですよ」

 

 雅楽師の言葉は正しい。まだ多少の日はあるとはいえ、そろそろP.U.N.K.としての次の活動―――――といっても例によって無許可かつ不意打ちのゲリラライブ予定なのだが―――――の日程も月めくりカレンダーをめくり上げ覗き込むまでもなく見えてきた今日この頃、そろそろ普段の稽古や修練にも演目ごとに各自行う個人技のみならずチームとしての「合わせ」が混じり始める頃合いだ。言外に遊びに行くほどの暇はないとの釘を刺すような言葉に対し若干申し訳なさそうに表情を歪めつつ、しかし彼女は大真面目に頷いた。

 

「その……次のライブ、私のデビューライブでもあるだろう?」

「ええ、そうですね」

「それで、もともと今回のNo(ノウ)パートは最初、私もおねえちゃんたちと同じ演目の『フォクシー・チューン』か『オーガ・ナンバー』を軸にしていこうって話だった」

「ええ、その話は私も聞いていますよ。こちらもそれに合わせて、曲目を準備しています。まだ本決まりではないので、変えようと思えばいくらでも弄れますが」

 

 相変わらず腹の内で何を考えているのかとんと読めない、穏やかな表情と声色で肯定していく雅楽師。しかし否定的なことを一切口にせず落ち着いた様子で先を促していくその姿からは少女が何を考えてこんなことを言い出しているにせよ、ともかく最後まで話しやすいように聞き出せるようにとの気遣いが込められていることはわらわにも感じられた。

果たしてもう一方の当人はそれに気づいているのかいないのか、しかし少なくともその意図だけは雅楽師の狙い通りに伝わり多少なりとも勇気づけられたか、最初は自分が無茶を言っていることは重々承知しているのか歯切れの悪かった少女の弁に、次第に熱がこもり始める。

 

「でも、駄目なんだ!おねえちゃんたちはそんなことないって褒めてくれるけど、これまでの演目は全部1人用か2人用しかないから、私が入ると今までよりバランスが崩れて、それで、だから」

「既存の演目に今から手直しを入れるとなると、今度はそれを新しく覚えなおすセアミンたちに申し訳ない。だから、いっそ新しいものをやりたい、と。そういうことですかね?」

「うん……おねえちゃんたちは3人揃ってセッションできるならそれでもいいって言ってくれたけど、私も今までの演目は好きだし、ずっと見てきておねえちゃんたちがすごい頑張ってきたのも知ってて、だから……」

 

 ついに興奮が極度に達したのか半べそすらかき始めた少女……今でこそ彼女の本領はその影すら見えないが、本来は最も幼く辛辣たる能楽師の頭をよしよしと手を伸ばして撫でてやりながら、ふうむと小さく唸る雅楽師。いかに距離があるとはいえ人形たるわらわですら辛うじて聞きとれたほどの声量だ、色白の肌が興奮で赤く染まるほどに気持ちの入った能楽師の耳には到底届いていまい。

 そのまましばらくして能楽師の肌から色が抜け、目元の涙もごしごしと乱暴に拭って多少落ち着いたころ合いを見計らい、雅楽師が穏やかに話を再開する。

 

「それで。新しい演目を作る為に、海を見てそのヒントにしたい……ということですね?」

「……うむ。水属性をテーマにするのは決めたんだけど、どうしても自分の目で直接見ないと、イメージが固まらないんだ」

 

 確認の問いかけに頷く能楽師。それに何か答えかけたところで、突然に作業部屋の扉が勢いよく開いた。いや開いただけでなく、勢いよく顔が飛び出した。そこにいたのはその柔和で明るい目つきや身長、そして全体的な発育の良さこそ多少異なる紛れもない別人ではあるものの、それでも道行く人間十人が十人その血の繋がりを一目で確信するであろう程度にはほぼ能楽師と同じ顔。

彼女にとっては上の姉、華やかにして絢爛たる能楽師だ。

 

「ワゴンさーん、こっちに妹来て……あ、やっぱり先に来てた!お願いする時はおねえちゃんも一緒に行くからね、って言ったじゃん!」

 

 ぷんすこと怒ったふりをしてみせる自らの姉に対し最も幼い能楽師は、極めて嫌そうに露骨に表情を強張らせる。何か言われる前にさっと雅楽師の袖を引き、姉からは見えぬようパクパクと口を動かす……角度の関係上廊下からそれを見ていたわらわの目にもその口元の動きは目に入ったのでどうにか唇の動きを読み取ると、ええと、『泣いたのは内緒にして』、か。一子相伝の技術と最新テクノロジーを駆使して構築されたハンドメイドの一品物たるわらわには親族どころか同型の人形すらもいないから姉や妹となる立場の気持ちは到底理解が及びはしないが、あれはどちらかというと弱いところや恥ずかしい部分を知られたくないという人間特有の感情だろう。

そしてそれを汲み取ってかこれまたあちらからは見えない程度に小さく頷き返した雅楽師が、もはやほぼ割れているその用件を一応問いてみる。

 

「……それで、ディア。貴女も同じ用件ですか?」

「うんうん、私からもお願いしますワゴンさん、いえ、大将!せっかくのこの子のデビューライブ、姉としてできるだけ悔いのない様にやらせてあげたいので!」

「わ、私が頼んでいたのに!……頼む、一日でいいから皆の時間を分けてくれ!」

「お願いします!いよっ、スケジュール選定大将!妹のために、この通りですっ!」

 

 かたや大仰に拝むようにして両手を合わせつつ大きく頭を下げ、かたやなんだかんだ言ってもすこぶる真摯で妹想いなその姉の、後からやってきたかと思えばあっという間に先を越されたその様子を見て慌てて深々と頭を下げる。

そうして姉妹から同時に頭を下げられ困った様子に眉をひそめる雅楽師のもとに、息つく間もなく次なる来客が現れた。

 

「あ、もうやってる。ワゴン、遅れたけど私からもお願い……駄目?」

 

 とてとてとやってきて開きっぱなしのドアから場の状況を一目で把握したのは能楽三姉妹最後のひとり、舞に愛されし幽玄たる彼女。そのまま当然のような顔で姉と妹の後ろに並び、ぺこりと同じく頭を下げる。

 

「まったく……待って下さいよ貴女たち。そもそも私は最初から、駄目だなんて一言も言ってはいないですからね?」

「え、でも泣いた跡……むぐっ!?」

「……おねえちゃんは、デリカシーが、無い。じゃあ、ワゴン。いいってこと?」

 

 二卵性双生児、顔のパーツだけで見ればまさしく瓜二つだが性格はまるで異なる姉の口を少々手遅れなりにそれでも素早く塞ぎ平坦な口調でばっさりと言い切った幽玄たる能楽師が、むーむーとくぐもった声で唸り逃れようと暴れる姉と、ついでに隠していたはずの涙の跡がいかに血を分けた姉妹といえどもあまりにあっさりと看破されていたことへの屈辱と恥辱にぷるぷる震える妹のことは完全に無視して確実に言質を取りに行く。ある意味ではいつも通りともいえるこの姉妹たちの関係性にいささか苦笑しながらも、雅楽師は改めて頷いた。

 

「ええ、レンタカーを手配しておきましょう。まだ多少の余裕はありますからね、明日は春の海ですよ」




ほんとに導入だけなので短いです。なにせ取り急ぎで書けたのがここまでなのと、話の流れ的にもここで切るのがスッキリしそうだったし……。
海に行く話そのものは鋭意執筆中。これの投稿でもはや退路は断ったので、なるべく早めに頑張ります。
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