石堂シュウ「私が…初星学園のプロデューサー…?」 作:のーば
エタらないという決意を胸に続けていきます
──初星学園 プロデューサー室
「はい、どうぞ。コーヒーです」
「ありがと」
ついに清夏さんの本音を引き出すことに成功し、清夏さんの話を聞くことができる、のはいいが……実のところ、そこから先はノープランだ。我ながら、この学園に来てから勢い半分で行動することが増えた気がする。
「……Pっちはさ、あたしのこと、どこまで知ってるの?」
「どこまで、ですか。この学園に入る前のことは、経歴として世に出ているものであれば、大体は」
紫雲清夏という少女の経歴は、今も最低限しか把握できていない。幼少期からバレエをしていたこと、かつては世界的な活躍が期待されていたことは過去の記事や、初星学園の資料で把握しているが、経歴以上のことは何も知らないままだ。
「そっか。じゃあ、知ってるよね。バレエのこと」
「本当に少しだけ、ですが。あまり詳しくないものですから」
「ううん、あんまり詳しくない方があたしも楽だから」
……やはり、関連しているのは過去の出来事に起因するものなのだろうか。
「知ってるかわかんないけどさ……あたし、バレエ辞めた理由、怪我したからなんだ」
「……怪我、ですか」
確かに清夏さんがサボっていたのは、ダンスレッスンが多かった。周囲との関係が悪いようには見えなかったので、過去に起因する何かとは思っていたが……
「では、それがまだ完治していない?」
「ううん。怪我はもう治ってるんだ。医者にも完治してるって言われてるし、ほら、この試しに歌った時も大丈夫そうだったでしょ?」
「そう……ですね。怪我というには、それを隠したり、庇う様子はなかった」
「うん、実際、ホントに治ってるんだと思う。でも…」
「……もしや、トラウマのようなものですか」
「……さすがPっち。すぐ見抜いちゃうんだ」
トラウマ。何かの出来事が心に強い負担をかけてしまい、それが精神を蝕み続けるもの。自分にも覚えがある。
自分自身、その心理的な恐怖を利用されたことすらあるほど、トラウマというものはそれだけ本人の心に強烈な傷を残す。
「入学したばっかりのときは、そんなことなかったのに」
「今になってトラウマが?」
「うん。……最初はね、ちょっと違和感があるくらいだったんだ。怪我は治ってるし、後でストレッチとかしても痛むわけじゃなかったから。気のせいかなって思ってたら、日に日にその違和感が強くなって」
「違和感が、踊ることへの恐怖に繋がってしまった。そういうことですね」
「……今でも、夢に見るんだ。膝が、曲がっちゃいけない方向に曲がってる、そんな夢」
「……」
卑近な発想だが、自分も木内さんを目の前で失ったあの瞬間は、寝ても覚めても焼き付き続けていた。そしてそれは、かつてK-DAYで両親を喪ったユウマくんもそうだ。トラウマというのはそういうものだ。
「怖くなればなるほど、アイドルになりたいって夢から遠ざかっていく気がして。どうすればいいかわからなくなって」
「だから、表向きはやる気なくサボっている、というキャラクターを演じていたんですね」
「……笑っちゃうよね」
「いえ、むしろ自分で気づけなかったことが悔やまれるくらいです」
明らかに無理をしていた。気づくチャンスは何度もあった。しかし、自分で答えに辿り着くことができなかったことは、プロデューサーとして悔やまれる。
「本心では、夢を諦めたくない。しかし、トラウマに対して乗り越えられず鬱屈としている自分を許せずにいる。そんな状況に置かれている人間を笑うなど、とんでもない」
「Pっち…」
「私自身、本当の意味であなたには寄り添えないかもしれない。ですが」
今の自分にできること。それは──
「私は、あなたに今のままでいてほしいとは思えません」
今の自分は、防衛隊である前に彼女のプロデューサーだ。目の前で困っている人間に手を差し伸べるのは、例え防衛隊であろうと同じこと。
「……じゃあ、あたしはどうすればいいの?」
「具体的なプランはまだこれから考えましょう。見たところ、これを明かした今でも私が諦めるのを待っているようですし」
「……それは」
図星なようだ。どうしょうもない心の傷に寄り添うくらいなら、自分を切り捨ててほしい。
なんとなく、そう言っているような気がしただけなのだが……そんなことは絶対にしない。
「安心してください。私は、あなたを見込んでプロデュースさせて欲しいと言ったんです。それは、この話を聞いた今でも変わりません」
「……うん」
「そして、無理に頑張れ、とも言いません」
「……?どういうこと?頑張って欲しいのに?」
ここまで誰にも明かせずずっと抱えてきた傷が、誰かに話して、頑張ってみる。で解決するのなら、とっくに彼女は周囲を頼っているだろう。
「私としては、あなたに頑張って欲しい。しかし、それができるならあなたは今こうして燻っていない。だから、私は『支えます』とだけ、伝えておきます」
「なにそれ。結局はあたし次第ってこと?」
「それはもちろん」
「Pっち、意外とそういうとこドライだよね」
「そうでしょうか」
これでも、かなり踏み込んだ話をしているつもりなのだが…?
「でも、いいよ」
清夏さんは軽く深呼吸をする。
「Pっちの気持ちに乗っかってみるよ。やるって言ったからには、ね」
「ええ、そう言ってもらえて嬉しいです。無責任な言葉ですが、頑張りましょう」