翌日、昼休みの終わり頃、青山から「ちょっと来い」とメッセージが届いた。
昼休みに仕事の話かと思いながら部長室へ向かうと、青山はデスクに座り、窓の外を眺めていた。
「時生、何の話だ?」
赤松が入ると、青山はすぐに振り返り、じっと彼を見つめた。
「念冶、お前…最近、何か変わったことはないか?」
「え?」
唐突な質問に戸惑う赤松だったが、すぐに何を言いたいのか気づき、思わず視線をそらした。
「変わったことなんて、特に…」
「嘘つけ。」
青山の声が低くなった。
「昨日の飲み会のとき、俺は確信した。お前、何か隠してるだろ?」
赤松は動揺を隠せなかった。まさか気づかれていたとは…。
「…なんのことだよ?」
とぼけてみせるが、青山はため息をつきながら続けた。
「お前、昨日、グラスを取ろうとしたとき、触る前に少し浮かせただろ?」
赤松は心臓が跳ね上がるのを感じた。
(しまった…そんな細かいことまで見られてたのか…)
「それに、最近のお前の動きが少しおかしい。普通の人間じゃできない反応速度だった。」
「……。」
赤松は観念し、深く息を吐いた。
「…気づいてたのか。」
「まぁな。」
青山は腕を組みながら、赤松をじっと見つめた。そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「実はな、念冶。俺もなんだよ。」
「……え?」
赤松は思わず聞き返した。
「俺も、お前と同じように“力”に目覚めたんだ。」
冗談かと思ったが、青山の目は真剣そのものだった。
「どういうことだ?」
赤松が問い返すと、青山は静かに語り始めた。
「2か月前、大きな事故があっただろ?」
「ああ…確か高速道路の玉突き事故。あれに巻き込まれたのか?」
「そうだ。あのとき、俺は死にかけた。」
青山は当時のことを思い出すように、少し遠い目をした。
「車が完全に制御を失って、俺は衝突する寸前だった。でも、その瞬間、時間が…止まったんだ。」
「時間が…止まった?」
「正確には、俺の意識が時間の流れを操った。」
青山は拳を握りしめる。
「自分でも理解できなかった。でも、目の前の時間がスローモーションのように遅くなり、俺は車の衝突を回避できた。そして…それから何度か試すうちに、俺はこの能力を完全に自覚した。」
赤松は息を呑んだ。
「つまり、お前は…時間を操れるのか?」
「そういうことだ。」
青山はそう言って、指を鳴らした。
次の瞬間、赤松の視界がゆっくりと歪む。
「…!? なんだこれ…?」
まるで世界がスローモーションになったかのような感覚。周囲の音が低くなり、動きが遅くなる。
「俺は時間の流れをコントロールできる。」
青山がゆっくりと語る。
「ただし、完全に止めることはまだできない。でも、加速や減速は自由自在だ。」
そして再び指を鳴らすと、世界が元の速さに戻った。
「…すげぇ。」
赤松は思わず呟いた。
「お前の力も相当なものだろ?」
青山は意味ありげに笑う。
「俺とお前、どうやら普通の人間じゃなくなったみたいだな。」
赤松はゴクリと唾を飲み込んだ。
まさか、幼馴染であり、同期入社の青山も特殊能力を持っていたとは――。
「さて、これからどうする?」
青山は不敵に微笑みながら言った。
赤松念冶は、青山時生の話を聞きながら、自分が“覚醒”した瞬間を思い出していた。
「……俺がこの力に気づいたのは、3週間前だ。」
赤松はゆっくりと口を開いた。
「3週間前?」
青山が眉をひそめる。
「ああ。残業が長引いて、終電間際だった。駅からの帰り道、人通りの少ない路地を歩いてたら、いきなり後ろから肩を掴まれた。振り向く間もなく、拳が飛んできたんだ。」
青山の表情が険しくなる。
「……殴られたのか?」
赤松は静かに頷いた。
「一発目は顔面だった。それで倒れ込んだところを、何発も……。抵抗しようとしても、体が動かなかった。『このまま死ぬのか?』って、ぼんやり思ってた。」
あの時の恐怖が蘇る。
「そしたら……急に、全身に力がみなぎったんだ。頭のてっぺんが熱くなって……そこから何かが溢れてくる感じだった。」
「……!」
「気づいたら、強盗の体が勝手に動いてた。俺が何かしたわけじゃないのに、そいつの腕が後ろにねじれて、膝をついてたんだ。」
青山は黙って赤松の話を聞いている。
「俺はただ、目の前の光景に呆然としてた。でも、そいつはもっと混乱してた。叫びながらもがいて……でも、まるで見えない力に押さえつけられてるみたいだった。」
赤松は苦笑しながら続ける。
「そのまま俺は警察を呼んで、強盗は逮捕された。でも、翌日になっても信じられなかったよ。あれは夢だったんじゃないかってな。」
「……それで、青あざだらけで出社したのか。」
青山が思い出したように言った。
「ああ。お前にも『どうした?』って聞かれたよな。」
「お前は『転んだ』って言ってたけどな。」
青山が皮肉っぽく笑う。赤松は肩をすくめた。
「言えるわけないだろ。『昨日、強盗にボコボコにされて、でも無意識のうちに超能力でやり返しました』なんて。」
青山は小さく笑いながらも、真剣な表情で言った。
「……俺も似たようなもんだった。」
赤松が目を向けると、青山はゆっくりと語り始めた。
「俺が覚醒したのは、1ヶ月前の事故の時だ。」
赤松は驚いたように目を見開いた。
「事故?」
「ああ。大きな玉突き事故だった。俺は運転してて、目の前のトラックが急ブレーキをかけたんだ。」
青山は少し遠くを見るような目をした。
「間に合わない、って思った瞬間……時間が止まった。」
「……!」
「いや、正確には、俺の感覚だけが異常に速くなったのかもしれない。でも、確かに俺の視界の中で、すべてがスローモーションになった。」
赤松は息を呑む。
「その間にハンドルを切って……なんとか回避した。でも、正直、ありえないタイミングだった。もし普通の速度で動いてたら、確実にぶつかってた。」
青山は赤松を見つめる。
「お前と同じだよ。極限状態で、突然目覚めた。」
「……。」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
「俺は殴られて、死ぬかもしれないって思った時。」
「俺は事故で、終わりだって思った時。」
赤松は静かに言った。
「こんな偶然、あるか?」
青山は首を横に振った。
「ないな。」
「ってことは、何か理由がある?」
「……かもしれない。」
二人は無言のまま、互いを見つめた。
「この力……いったい何なんだろうな。」
赤松がぼそっと呟くと、青山は静かに笑いながら言った。
「それをこれから探るんだろ?」
「……そういうことか。」
赤松は苦笑しながら、青山と視線を交わした。
青山はグラスを持ち上げ、軽く傾けながら言った。
「こうして話してみると、やっぱり偶然とは思えないな。」
赤松も自分のグラスを見つめる。氷がカランと音を立てた。
「極限状態で覚醒……それに、俺たち二人ともってのが引っかかる。」
「だよな。しかも同期で、同じ会社で働いてて、幼馴染みで……こんな確率、あり得るか?」
二人はしばらく黙り込んだ。
「……整理しようぜ。」
赤松がゆっくりと言った。
「まず、俺が覚醒したのは強盗に襲われた時だ。恐怖と絶望の中で死を覚悟した瞬間、昔の記憶が蘇って……次の瞬間、あの力が発動した。」
青山は頷く。
青山は静かに語り始めた。
「出張の帰り道だった。高速道路で渋滞に巻き込まれてさ……その時、前のトラックが急にバランスを崩したんだ。何台もの車を巻き込んで、すぐ目の前で玉突き事故が起きた。
赤松は息をのんだ。
「俺はハンドルを切ったけど、間に合わなかった。正面からぶつかるってわかった瞬間……時間が止まったんだ。」」
青山はグラスを置き、ゆっくりと拳を握りしめた。
「あの時、俺は確かに見たんだ。周りのすべてが静止して、俺だけが動ける世界を。」
「それで?」
「その間に車の軌道を変える方法を考えて……気がついたら、時間が動き出してた。そして、俺の車はギリギリで接触せずに済んだんだ。」
赤松は驚きながらも、自分の経験と重なる部分に気づく。
「俺たち二人とも、死を覚悟した瞬間に能力が目覚めたんだな。」
「そういうことになる。」
「それに……」
赤松は言葉を詰まらせた後、意を決したように言った。
「覚醒した時、俺は夢を見た。」
青山が鋭く反応する。
「どんな夢だ?」
「幼少期の記憶だ。お前を含めた4人の子供たちに囲まれて、昔の公園で遊んでいた。あの頃のことを思い出した……っていうより、あの夢の中に引き込まれた感じだった。」
青山はじっと赤松を見つめていたが、やがて静かに言った。
「……俺もだ。」
赤松は息をのんだ。
「お前も……?」
「覚醒した直後、俺も夢を見た。あの公園で、お前たちと遊んでいた夢を。」
二人はしばらく沈黙した。
「なあ、時生。」
赤松はふと青山の名前を呼んだ。
「ん?」
「これ、他にもいると思うか?」
青山はしばらく考え込んでから、ゆっくりとうなずいた。
「いる可能性は高いな。もし俺たち二人が覚醒してるなら、他にも同じようなやつがいるかもしれない。」
赤松も同じ考えだった。自分たちが特別なのか、それとも何かの“流れ”の中にいるのか。
「でも、そうだとしたら……何か原因があるはずだよな。」
青山が低い声で言った。
「そうだな……。」
赤松はふと、子供の頃のことを思い出した。
「なあ、時生。昔の話なんだけどさ。」
「なんだ?」
「俺たちが小学生の頃……変な夢、見たことないか?」
青山は意外そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「夢?」
「そう。何か……すごく現実感がある夢。でも、起きると内容を思い出せない……そんな感じのやつ。」
青山はグラスを置き、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「……ある。」
赤松は息をのんだ。
「お前もか。」
「確かに、子供の頃、何度も同じような夢を見た気がする。でも、何を見たのか思い出せない……。」
「その夢をここ最近また見るようになったんだよ。」
「俺もだ。」
二人の間に沈黙が落ちる。
「もしかして……あの夢が関係してるのか?」
青山が静かに呟いた。
赤松は喉を鳴らした。
「……それを確かめる方法があるとしたら?」
青山は少し考えてから、不敵に笑った。
「試してみるか?」
赤松も、つられるように笑った。
「やるしかねぇな。」
二人は静かにグラスを合わせた。
この力の真相を探る旅が、今、始まろうとしていた――。
最後までお読みいただきありがとうございました。