『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン   作:食品サンプル

13 / 14
第13話 : 場に踏み入る者

 おれは人間をやめるぞ! ジョジョ──ッ!! 

 

 

 


 

 

 

 ──目の前にいるのは、赤黒い甲殻を纏う群れ。

 

 大きさは、一本角の兎三匹分。

 対をなす鋭利な棘を備えた六本の脚が、無機質な岩肌を這い回る。

 頭部から伸びる二本の触覚は絶え間なく震え、獲物の気配を探るように揺れている。

 狂気を宿したかのような赤黒い眼光が爛々と輝き、口から覗く断絶の鎌が、ガチガチと不快な音を響かせていた。

 

 群れの全てが、牙を剥く。

 

 遂に相まみえた、堅牢な甲殻を持つ敵。

 

 俺の牙はすでに鋭くなり、噛む力も増している。

 だが、目の前の獲物を噛み砕けるかといえば、確信が持てない。不安が残る。

 

 それを嘲笑うかのように、群れは一つ、また一つと増えていく。

 甲殻を擦り合わせる不快な音。鋭い鎌のような顎が鳴らす威嚇の音。

 こちらを包囲するように、じわじわと間合いを詰めてくる。

 

 だが、不安(そんなこと)など、今の俺にとって些細なことだった。

 

(……いい。これは、喰える)

 

 込み上げるのは飢え。尽きることのない食欲が、全身を熱く滾らせる。

 連戦に次ぐ連戦。絶え間なく続く戦闘の果てに、失った血と活力を取り戻すため、そしてさらなる成長へと手を伸ばすために、俺は喰らわなければならない。

 

 邪魔をするというのなら、それすらも──喰らい尽くすだけ。

 

 これは狩りではない。

 生存のための闘争ですらない。

 ただの、捕食だ。

 

 目の前に広がるのは、ただの『餌』。

 俺の内側で蠢く本能が、それを確信している。

 

 群れは獲物。

 倒し、喰らい、己の糧とする。

 それを繰り返し、より強くなる。そして、生き延びる。

 洞窟に生まれ落ちたその日から、俺はただ、そのために存在している。

 

 震えるのは恐怖ではない。

 昂ぶりだ。

 

(……始めるか)

 

 帯電した身体が小さく揺れる。

 火花が弾け、空気が震え、喉の奥が唸りを上げる。

 

 ──さあ、喰らい尽くせ。

 

 食事の始まりだ。

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

「──ギギィィィッッッ!!!」

 

 甲殻を擦り合わせ、耳障りな音を響かせる。

 号令と共に、数匹の蟻型モンスターが一斉に飛びかかってきた。

 

 初動は悪くない。だが──

 

(遅い)

 

 動きが単調すぎる。

 知能が足りない。ただ、群れの本能に従い、一直線に突進するだけ。

 読みやすい。だから──

 

 回避は容易い。

 

 半身に力を込め、しなやかに跳躍。

 瞬間、俺がいた場所に数匹の蟻型生物が突っ込み、互いに激突する。

 鈍い音と共に絡み合う甲殻。もがきながら立て直そうとする蟻たちを、俺は天井から見下ろしていた。

 

 次の動きは、すでに決まっている。

 

 天井を蹴る。

 電撃が弾ける。

 空を裂く軌跡を描きながら、一直線に急降下──

 

 首元に牙を突き立てた。

 

 だが──硬い。

 予想していたとはいえ、思った以上の強度だ。

 成長を遂げた俺の牙ですら、貫通には至らない。

 

(くそ……やっぱり甲殻が厄介か)

 

 噛み砕けない。奴らもただの餌ではない。

 獲物が捕食者に抵抗するのは当然。

 

 突如、蟻型生物の全身が激しく震えた。

 振り落とそうとするかのように、暴れて、暴れて、暴れる。

 その振動は予想以上に激しく、このまましがみついていれば、逆に地面に叩きつけられる。

 

(チッ……!)

 

 仕方なく、俺は蹴りを入れ、その場から跳躍して距離を取る。

 

 だが、息つく間もなく、別の個体が俺へと殺到していた。

 否──それは殺到ではない。

 

 狙いはすでに定まっていた。

 

 俺の動きを見越していたかのように、蟻型生物の大顎が異常なほどに開かれる。

 まるで闇に口を開ける奈落のように、不気味に。

 

(……何をする気だ?)

 

 一瞬の疑問。

 

 その答えは、すぐに理解することとなった。

 

「────ギシィッッッ!!!」

 

 次の瞬間──噴き出した。

 

 透明な液体が、霧散するように撒き散らされる。

 見えたのは一瞬。

 だが、俺の本能は即座に危険を察知した。

 

(まずい──ッ!!)

 

 反射的に跳躍。

 直後、俺がいた場所に降り注いだ液体が、床をぐずぐずと溶かし始める。

 そこから立ち上る刺激臭が鼻を突き、無いはずの目が焼けるような錯覚すら覚える。

 

 酸だ。

 

 しかも、その威力は洒落にならない。

 洞窟の岩肌ですら融解させるこの液体に、俺が触れたらどうなるか──考えるまでもない。

 

 即死。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 だが、蟻型生物の方も様子を窺うように、動きを止めていた。

 

 互いに睨み合う。

 一瞬の膠着状態。

 しかし、この沈黙が長く続くことはない。

 

(どうする……?)

 

 考えろ。どうすれば、あの堅牢な甲殻を貫ける? 

 策はある。

 だが、それが通じるかどうかはわからない。

 

 ──しかし、迷っている暇はなかった。

 

「ギギィィィッッ!!」

 

 前方の蟻が、鋭い鳴き声を上げながら突進してくる。

 速度はある。だが、それだけだ。

 

(試すか……!)

 

 俺は瞬時に尾を地面へ突き刺し、そこから電撃を這わせる。

 閃光の如き雷撃が走り、前方へと広がった。

 

「──ギッッッッ!!!?」

 

 突進してきた蟻が、逃げる間もなく電流を浴びる。

 瞬間、甲殻の表面で火花が弾け、体が痙攣する。

 

 ──だが、止まらない。

 

 麻痺している。確実にダメージは通っている。

 それでも、ヤモリや兎の時とは違い、完全に動きを止めることはできない。

 

(やはり……あの外殻が邪魔か)

 

 雷撃すら弾く、まるで鉄壁の鎧。

 しかし、完璧な防御など存在しない。

 ならば──攻め方を変える。

 

 俺は、迷いなく噛みついた。

 

 ──だが、ただの噛み付きではない。

 

 先程のように牙を押し当てるだけでは、また跳ね返される。

 だからこそ、俺は口内に溜まる涎を意図的に増やし、胃液と混ぜる。

 まるで、目の前の蟻のように。

 

 疑問だった。

 俺はこれまで、数多の獲物を喰らい、消化してきた。

 その中には強固な骨や角を持つものもいた。

 だが、食い破り、腹の中で溶かし、栄養に変えてきた。

 ならば、俺の胃液はどれほどの強度を持っている? 

 

 確かめるまでもなく、答えはすぐに現れた。

 

「ギィッッ!!?」

 

 ──酸に濡れた牙が、蟻の甲殻を侵食する。

 

 僅かに、だが確実に装甲が崩れた瞬間。

 俺は一気に顎へ力を込める。

 

(────ッッ!!)

 

 堅牢だったはずの足の一本が、根元から砕ける。

 噛み砕かれた肢節が転がり、紫色の体液が地に飛び散った。

 

「──ギギィィィィィッッ!!!?」

 

 甲高い悲鳴が響く。

 

 足を失ったことでバランスを崩し、よろめく蟻。

 当然、その隙を見逃すはずがない。

 

 素早く、うねる四肢、その一本を突き出す。

 狙うは、甲殻の隙間から露出する柔らかい肉。

 

「────~~~~!!!?」

 

 突き刺さる。

 蟻が断末魔を上げ、悶え苦しむ。

 

 その瞬間、別の個体が反応する。

 仲間を救おうとしてか、それともただの本能か。

 大顎を開き、粘性の高い液体を噴き出す。

 

 ──だが、遅い。

 

 俺の四肢を通して電流が駆け巡る。

 一瞬にして蟻の体内を焼き尽くし、甲殻の内側から爆発的に炸裂する。

 

「────────!!」

 

 閃光と共に、肉片が弾け飛び、焦げた肉の匂いが鼻をつく。

 

 だが、それで終わりではない。

 

 上空から降り注ぐ酸。

 無差別に空間を蝕む、腐食の雨。

 

 ──読めている。

 

 瞬時に全身に雷を巡らせる。

 帯電した電撃が、俺の周囲を円状に駆け巡る。

 

 落ちてきた酸液は触れる前に蒸発し、毒霧となって散る。

 焦げる異臭が辺りに立ち込めるが、そんなことはどうでもいい。

 

 時間こそかかったが、殺し方は分かった。

 次はもっと手早く、確実に仕留める。

 

 ゆっくりと、俺は新たな標的へ大口を向ける。

 

「ギィィ……!」

 

 周囲の個体が反応する。

 怯えつつも、戦意を示すかのように甲殻を擦り合わせ、不快な音を響かせる。

 

 いいぞ。

 戦意を見せるのなら、それを折るまでだ。

 

 瞬間、跳躍。

 壁を蹴り、天井を駆けるように疾走する。

 奴らの視界から消え、気配すら断つ。

 

(次の獲物は──)

 

 電撃を纏う。

 雷光が迸り、青白い閃光が空間を裂く。

 

 俺は、一瞬で群れの背後へと回り込み、

 

 そして──標的(エサ)へと向けて飛びかかった。

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 十匹、二十匹、三十を超えて、五十。

 それを超えた時、俺は数えるのをやめた。

 

 終わりがない。

 

 どれだけ屠っても、どれだけ喰らっても、通路の奥から新たな蟻が湧き出し、絶え間なく押し寄せる。

 まるで、俺を押し潰すために生まれてきたかのように。

 

 だが、それでいい。

 

 ヤモリ。兎。蝙蝠。黒の人形。

 かつて仕留めた獲物たちまでもが乱入し、場はさらなる混沌へと沈む。

 しかし、それらはすでに狩り尽くした敵。

 かつての養分。今度もまた、俺の糧となるべき存在だ。

 

 狩って、狩って、狩って。

 噛み千切り、喰らい尽くし、血を啜り、己を癒す。

 

 この場の支配者は、俺だ。

 

 肉体はすでに限界を超えている。

 それなのに、湧き上がる力。

 この狂乱の闘争が、俺の中の何かを覚醒させようとしている。

 

 喰らいたい。もっと喰らいたい。

 積み上がる死骸の山に、滴る鮮血に、俺の涎が止まらない。

 あれを全て喰らえば、俺は一体どこまで進化できる? 

 どこまで強くなれる? 

 

 高揚が止まらない。

 興奮が収まらない。

 もう何でもいい。

 止まらないのであれば、止まるまで喰らおう。

『俺』が俺でなくなるまで、喰らい尽くそう。

 

 そう思った──その時だった。

 

 風。

 

 違う。

 

 これは──敵意だ。

 

 鋭く、獰猛で、空間そのものを切り裂くかのような威圧感。

 骨の芯まで震え上がるほどの圧倒的な存在感。

 

『俺』の意識が、一瞬で覚醒する。

 

(……何だ?)

 

 空間を揺るがすような、圧。

 重圧のようにのしかかる異様な気配が、遠くから確かに俺を捉えている。

 

 ──これは、俺と同じ側の存在か? 

 

 否。

 

 これは、ただ無意識に喰らう者ではない。

 狩る意志を持ち、獲物を選び、確実に仕留める者の気配。

 鋭い理性を伴った、獣とは異なる狩人の息遣い。

 

 この場に、俺以外の捕食者がいる。

 

 次の瞬間。

 俺の戦場に、侵入者が現れた。

 

 それは、槍を持っていた。

 それは、鎧を纏っていた。

 それは、二足でに立ち、理性ある(まなこ)でこちらを捉えていた。

 

(……人間、か?)

 

 驚きはあった。だが、黒き人影ほどの衝撃ではない。

 未知の(しっている)存在に対する警戒と、本能的な敵意が冷たくせめぎ合う。

 

 俺はゆっくりと、静かにそちらへ大口を向ける。

 

 通路の奥から、複数の気配がこちらを見据えていた。

 

 五つ。

 全て、違う動き。違う質の意識。

 恐れ、困惑、興味、警戒──そして、殺気。

 

(……なるほど)

 

 俺を獲物と認識している。

 その敵意が何よりの証拠だ。

 

 視界の端で蠢く蟻たちは、未だに俺を睨みつけている。

 新たな侵入者が現れようと関係ない。

 ──俺が、この場の最も危険な存在だと、本能的に理解しているのだろう。

 

 だが、そんなことは知ったことではない。

 

(……全部、邪魔だ)

 

 俺の口元が、ゆらりと吊り上がる。

 

 戦いを中断させるなど、愚行も甚だしい。

 喰らうべき獲物が目の前にあるのに、何を邪魔される筋合いがある? 

 

 ──俺の狩場に踏み込んだのなら、殺す。

 

 その思考が、どこか遠くで響く。

 今の俺は、何を考えている? 

 これは、生きるための戦いか? 

 それとも、ただ殺すための戦いか? 

 

 そんな疑問すら、どうでもよかった。

 

 今はただ──

 

 すべてを殺し、すべてを喰らいたかった。

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

『──うあああああああああああぁぁっっ!!』

 

 叫び声。

 

 突っ込んでくる、褐色の肉塊。

 しなやかな筋肉を纏い、血の匂いを漂わせながら、まっすぐに俺へ向かってくる。

 

 ──美味そうだ。

 

 その瑞々しい肉体には、数多の血液が詰まっている。

 一度噛み付けば、皮膚が裂け、肉が千切れ、温かな鉄の味が口内に広がるだろう。

 

 だが、それは後回しだ。

 

 俺の感覚の端、別の獲物。

 背丈の低い人間がこちらを睨み、弓を構えている。

 狙いは俺の身体か? それとも……。

 

 次の瞬間、嗅覚が警鐘を鳴らした。

 

 ──矢尻に仕込まれた、異質な匂い。

 

(……毒か?)

 

 口が、一瞬だけ矢に向く。

 だが、それすらも獲物の策かもしれない。

 

 ──ならば、どうする? 

 

 だが、そんなものは関係ない。

 届かなければ、意味をなさない。

 

 全力の放電。

 雷撃が俺の周囲を包み込む。

 次の瞬間、放たれた矢は蒼白い閃光に飲み込まれ、消えた。

 

 ──弾いたのではない。

 

 ──蒸発させた。

 

 狙い澄まされた一撃も、毒すらも、俺には届かない。

 なぜなら、俺はこの場の頂点(・・・・・・)だからだ。

 

『……ッ!?』

 

 人間どもが息を呑む気配がする。

 理解したのだろう。

 ──狩られる側は、お前たちだ。

 

 俺の口元が、不自然に吊り上がる。

 今は、傷も、痛みも、どうでもいい。

 血が流れようが、骨が軋もうが、どうでもいい。

 

 なぜなら、この場には、俺を癒し、満たすための肉がある。

 それだけで十分だ。

 

 ──故に、超える。

 己の限界を、強制的に踏み越える。

 

 矢を放った人間の目が、驚愕と恐怖に染まる。

 いい顔だ。喰らい甲斐がある。

 

 だが──

 

 次の瞬間、地面が砕けた。

 

(……ッ!?)

 

 衝撃が伝わる。

 見れば、褐色の人間が、爆発的な踏み込みで間合いを詰めていた。

 速い。想像以上に。

 

 ──不味い。

 

 判断が一瞬遅れる。

 電撃を巡らせる前の、わずかな隙。

 そこに、一直線に突き込まれる、空間すら震わせる拳。

 

(──っ!!)

 

 脳が揺れる。

 感覚が一瞬、歪む。

 身体の奥に、鈍く響く衝撃。

 一瞬、意識が沈みかけ──

 

 だが、戻る。

 

 後から気付いたことだが、俺の身体は斬撃や貫通する攻撃には弱いが、打撃には比較的耐性がある。

 肉厚で弾性のあるこの身体が、衝撃を拡散するのだ。

 もしもこいつが鋭利な刃物を持っていたら、今ごろズタズタになっていただろう。

 

 ──命拾いした。

 

 ……だが、楽観視できる状況ではない。

 たとえ打撃に強いとはいえ、今の一撃は身体の奥深くまで響いた。

 圧倒的な膂力。経験の詰まった拳の重み。

 それは、今まで狩ってきたどのモンスターとも違う。

 

 この人間、この場にいるどの怪物よりも一段階(・・・)強い(・・)

 

『……ッ!?』

 

 しかし、驚いているのは向こうの方だった。

 粉々に粉砕するつもりだったのか。目の前の人間から、戸惑いの気配が漏れ出す。

 

 ──残念だったな。

 

 だが、これでもう止まらない。

 先に攻撃してきたのは、そっちだ。

 

 正当防衛? ふざけるな。

 こんなものは、ただの生存競争だ。

 

 強い者が生き、弱い者が死ぬ。

 勝った方が喰らい、負けた方が喰われる。

 それだけのこと。

 

(──死ね)

 

 俺の全身が、雷を纏う。

 四肢の二本に電撃を流し、限界を超えた速度で褐色の人間の首へと襲いかかる。

 

 ──これは、戦いの中で見つけた『答え』のひとつだ。

 電撃を肉体に流し込むことで、筋肉を強制的に駆動させ、通常の限界を超えた速度を実現する。

 代償として、細胞が焼き切れる感覚が伴うが……今はそんなこと、どうでもいい。

 

 この一撃で、首を捉え、締め上げ、絶命させる。

 

 四肢が標的の首へと巻きつく──その直前だった。

 

 褐色の人間が、それ以上の速さで跳躍する。

 

(やはり、速い)

 

 俺の狙いを正確に察知し、間一髪で回避する判断力。

 

 ──だが。

 

(だろうと思ったよ)

 

 コイツが速いのは、先ほどの打撃で十二分に理解した。

 ならば──逃げられない攻撃を放てばいいだけのこと。

 

 尾を地に突き刺し、全身の帯電を増幅。

 瞬時に周囲へ雷撃を張り巡らせる。

 空中にいようが、関係ない。

 

 これなら──避けられない。

 

 お前は、俺に近付きすぎた。

 逃がさない。絶対に。

 

『────ぐッッ……!!?』

 

 雷撃の網が、狙い通りに人間を捕らえる。

 

 肉が軋み、痺れが四肢を貫く。

 空中にいた人間の身体が、制御を失い、落下する。

 

 瑞々しい肌に、焼け爛れた傷が走り、焦げた肉の臭いが鼻を刺した。

 人間の口から短い悲鳴が漏れ出す。

 

 だが、まだだ。

 まだ、終わらせない。

 

『ミーナ!!』

 

 奥から、切迫した叫び声が響く。

 

 感覚の端に、四つの人影が映る。

 

 ──弓を構える、小柄な人間(おとこ)

 ──槍を手にした、年老いた人間(おんな)

 ──戦斧を担ぐ、筋肉の塊のような人間(おとこ)

 

 そして──杖を握る、長耳の人間(おんな)

 

 その瞬間、本能が警鐘を鳴らした。

 

(……いや、違う)

 

 これは、本能ではない。

『俺』自身の、明確な危機感。

 

 あの耳長の人間──魔法使い。

 

 距離を取り、詠唱を始めるタイプ。

 放たれれば、厄介極まりない。

 潰すなら、真っ先に。

 

 だから、動く。

 

 獲物が増えたなら、順番を決めるだけだ。

 

 目の前で痺れる人間(えさ)を無視し、四肢をしならせ、地面に散らばる欠片(・・)を掴み取る。

 蟻が砕け散ったときに転がった──紫紺色の結晶。

 

 そして、それを弾くように投げた。

 狙うは、杖を構える長耳の人間。

 

 衰えた人間(おんな)の瞳に、驚愕と疑問が滲む。

 その表情が、すべてを物語っていた。

 

(……知らないのか?)

 

 ならば、教えてやろう。

 

 結晶──それは、怪物共の命の核。

 小さな欠片だろうと、膨大なエネルギーを秘めた爆薬(・・)そのもの。

 

 そこに、雷撃を叩き込んだらどうなるか? 

 

 俺は既に知っている。体験済みだ。

 

 尾を地に突き刺し、電流を這わせる。

 ゆっくりと弧を描く結晶へ、雷の塊が迫る。

 怪物のエネルギーと、俺の雷の力。

 それが混ざり合った時、起こるのは──

 

(──(いかずち)の爆発だ)

 

 刹那、視界が雷撃に染まり、轟音が空間を揺るがした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。