『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン 作:食品サンプル
2025/2/28
【第3話 : 『初めての食事』】後半加筆修正しました。
ふるべびです。よろしくおねがいします。
──あれから、数十日が経った。
最初は手探りだった狩りも、今では随分と慣れた。
敵の動きを嗅覚と振動で察知し、隙を突いて噛み付き、電流を流す。
そんな戦法を繰り返し、俺は確実に狩れる獲物を増やしてきた。
(以前の俺とは比べものにならないな……)
──ジュルルルッ……
体の動きは明らかに軽快になった。
最初の頃は這いずるだけで精一杯だったのに、今は素早く動き、獲物の死角をつくることができる。
筋力も勿論ついてきているが、それ以上に動きのコツを掴んできたのだ。
そして何より──
(電流の制御も、だいぶマシになった)
──ジュルルルルッッ…………
最初の頃は、興奮や噛み付きの反動で勝手に放電していただけだった。
蛙型生物との戦いと同じ。
ただ、電流を垂れ流し、そして、自爆する。
敵を仕留める前に 俺自身が痺れ、筋肉痛を何倍にもしたかのような拷問を耐え忍ぶ羽目になる。
しかし、そんな無茶な戦いを繰り返すうちに、俺の体は変化していった。
耐性がついたのか。
それとも、放電の調整が上手くいったのか。
もしかすると、その両方か──
結果、俺の自爆同然の放電攻撃が、実用的な戦法へと進化したのだった。
まぁ、まだ戦闘後の痺れは軽減されたとはいえ、完全に消えたわけではないのだが。
そして放電、吸血、噛みつき、食事──
それらを繰り返すうちに、俺の顎は強化され、牙も鋭くなり、噛みつく力も増した。
なにより、今ではただ電流を垂れ流すだけでなく、意識的に微弱な電流を流すことができるようになった。
まだ完全に制御できるわけではないが、戦闘時に狙って発動することが可能になったのだ。
特に舌や皮膚の柔らかい部位に攻撃を当てれば、相手の意表を突き、動きを鈍らせることができる。
そして、動きが鈍ったところで──
噛みつきからの吸血、そして全力自爆放電。
これが 俺の新たな戦術。
確実に、俺の戦力になっている。
とはいえ、まだまだ課題は多い。
(今の俺は、この洞窟……いや、推定ダンジョンの浅い層の獲物なら、ある程度は対処できるようになった……でも)
──ジュ……ジュジュジュ…………
ここに生息するゴブリンや蛙型の生物、そして
もはや俺にとって『餌』でしかない。
もちろん、戦えばそれなりに苦戦することもある。
だが、命の危険を感じるような相手ではなくなってきてしまった。
たとえ 複数体揃って襲ってきたとしても──問題ない。
ヤツらの足元を這うように高速移動し、混乱が起きたところで一匹に噛み付き、電流を流す。
すると、もう一匹が俺を狙い──しかし、攻撃は同族に当たり──
結果、奴らは同士討ちを始める。
俺の『小さな体』を活かした戦術だ。
そして、乱戦が発生している間に、吸血、放電を繰り返し、一匹ずつ仕留めていけば、いつも通りの
岩壁や死骸の影を利用し、死角を作る。
そして、相手が俺を見失った瞬間──
背後から首元へと齧り付き、吸血と共に電流を流す。
それだけで終わる。
もちろん、こんな回りくどい戦い方をしなくとも、タックル放電で片っ端から即討伐することも今の俺なら可能だ。
先程の例は、体力を温存させながら、効率的に戦うべく編み出した戦術の一つに過ぎない。
(……このまま、ここで狩り続けていても、俺はこれ以上強くなれない)
『体』の方は呑気なもので、餓えが凌げているこの現状に満足しているようだ。
なんなら、ここに永住したいとすら思っているかもしれない。
だが──『俺』はそうじゃない。
何故なら、
ゴブリンやコボルトよりも遥かに賢く、武具を用い、生物を狩る『存在』を。
まだ、相まみえてはいない。
だが、いつか絶対に遭遇する。
その時、俺は『狩る側』ではない。『狩られる側』だ。
たとえ、害をなしていなくとも『殲滅対象』であることに変わりはない。
もう俺は、立派な『異形の怪物』なのだから。
だから抗う。
相手を殺す気はない。殺せば、その後が怖いから。
ただ生き延びるために──『力』をつける。
だが……
弱者を狩るだけでは、成長に限界がある。
身体の成長という意味では俺はまだまだ発展途上だが、『強さ』とは肉体の強靭さだけで決まるわけでは無いだろう。
ならば、どうする?
考えられる選択肢は二つ。
更に強い敵を求めて、洞窟の奥へと進む。
あるいは。
まだ見ぬ別の世界である上を目指し、進む。
(俺は……どっちに行くべきなんだ?)
生存を最優先にするなら、このままここで狩り続けるのが最も安全だ。
だが、それでは 『狩られる側』に戻るのも時間の問題。
事実、ここ数日は成長が停滞している。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
ここで歩みを止めるわけにはいかない。
俺は、この世界で生き抜くために──さらなる進化を求めなければならないのだ。
(そろそろ、次の一歩を踏み出す時が来たか……)
だから俺は。
洞窟の奥へと続く道を静かに、そしてじっと見つめた。
=====
変わり映えのない岩壁に囲まれた、閉ざされた洞窟。
湿気を含んだ空気が重く、音もなく支配する空間。
その沈黙の中心に──『彼』はいた。
緑の肌。
鋭く湾曲した爪と牙。
そして、闇の中でもギラつく、血の色をした獰猛な瞳。
それが、『彼』。一匹の怪物。
そんな『彼』は矮躯ながらも、その動きに迷いは無く。
耳をそばだて、鼻を鳴らし、赤い目で周囲を警戒する。
……だが、それも
静寂。沈黙。異変なし。
苔の生えた岩場、濡れた石畳、天井から垂れる水滴──どれも日常の風景。
『彼』は、ただ本能のままに洞窟を歩いていた。
何かが起こる予感も、気配もない。
今日も、変わらない。
また今日も、何も起こらない。
彼の本能は、そう結論づけていた。
──だが、その時。
違和感があった。
空気の流れ。匂いの質。僅かな振動。
『彼』の五感が、ほんの一瞬だけ揺れた。
そして──
白い。小さい。気味が悪い。
まるで未熟な肉塊のような、奇怪な生物。
ぬめる体表。透ける皮膚。
内側では、血管が脈打ち、内臓が不気味に蠢いている。
初めて見た。
そして初めて見たが故に、一瞬、好奇心が勝った。
「何だ、これは?」と、『彼』の本能が囁いた。
だが──次の瞬間、
『母』の声が脳裏に染み込んでくる。
『侵入者を排除し、この場を守れ』、と。
そうだ。
『彼』らに与えられた本能。使命。命令。
壁の奥深くで生み落とされ、産声を上げたその瞬間から刻まれている、絶対の戒律。
その存在が
それが
排除する。
迷いはない。
戸惑いもない。
『彼』は、ただ飛びかかった。
唸りをあげ、牙を剥き、爪を広げ、喉奥から本能を解き放つように──
侵入者へと、一直線に。
だからこそ、『彼』は確かに、あの瞬間、
あの白く、見た者の本能に警鐘を鳴らさせるような、嫌悪の塊を、自らの手で潰すはずだった。
──しかし。
その白い肉塊は、突如として跳ねた。
ぐにゃりと身体を反転させ、今度は『彼』に向かって、獣のように飛びかかってきたのだ。
思考が追いつかなかった。
脳が、反応を拒否していた。
その刹那。
小さな体躯に似つかわしくない、異様に裂けた
──『彼』の腕に、喰らいついた。
ぶちり、と。
皮膚が裂け、筋が引きちぎられ、骨の軋む音が『彼』の中に響いた。
痛い──ではない。
それは、『彼』の語彙には存在しない。
理解を超えた、
吼えることすらできず、『彼』は本能のまま、後退する。
──否。
逃げ出そうとした。
しかし──喰らいついた
まるで、口がそこにあるのが、当然であるかのように。
まるで、獲物を喰らい尽くす事こそが、至極当然であるかのように。
血と肉を、沈黙の飢餓が淡々と啜ってゆく。
咀嚼も咆哮もない。ただ、静かに、粛々と、貪る。
──だが、
血が抜けていく、という感覚。
寒い。
いや、それは気温の話ではない。
体の芯から、じわじわと命が引き抜かれていくような感覚の話だ。
凍てつく虚無が内側から這い上がり、指先を、心臓を、脳髄を、無慈悲に蝕んでいく。
視界が、暗くなる。
耳鳴りが、遠くなる。
それでも──『彼』は腕を振り回した。
ただ一心に、獣のように、死にたくないと足掻いた。
そして──
それが、『彼』の最後の記憶となった。
肉を裂く感触も。骨の軋む音も。
もう、何一つ覚えていない。
あのとき味わった、理解を越えた恐怖の全てが、霧のように消え失せていた。
──そして、目覚めた。
視界に映るのは、洞窟の天井と、己と似た同族の顔。
けれど、『彼』の内側に広がった違和感は──圧倒的だった。
右側の世界が見えず、
右耳に届くはずの音が、まるで水の底のように歪み、
口が、うまく、動かない。
混乱が、神経を焼く。
だが、その疑問は、すぐに焼き尽くされた。
代わりに、『それ』が沸き上がる。
理性を押し流すほどの、黒く、濁った『感情』。
──怒り?
いや、違う。
もっと原始的で、もっと凶暴で、もっとどうしようもない。
生きた心を焼くような、獣の咆哮にも似た衝動。
それが、腹の底から噴き出した。
理由も、理屈も、必要ない。
ただ──
『彼』の中で、何かが壊れて、そして燃え上がった。
もう、止まらない。
刹那、『彼』は己の右眼を、その小さな爪で抉り抜いた。
使い物にならなくなったそれを、まるで不要な肉塊のように、無造作に──放り捨てる。
視界が赤黒く滲む。
脳髄に焼けつくような激痛が走る。
だが、それすらも──
快感だった。
苦痛が、怒りを濾過し、狂気へと昇華していく。
それは、もはや理性ではない。
ただ、
──
その言葉に意味はない。だが、本能が叫んでいた。
そして、『彼』は動いた。
同族──そう呼ばれる存在へ、容赦なく。
けれど今の『彼』にとって、それはもう意味を成さない。
目の前で、怯えきって動けなくなった兄弟へと、一片の躊躇もなく跳びかかる。
牙を剥き、爪を振るい、血を求める咆哮を放ちながら──
『彼』は、初めてこの世界に己という存在を刻みつけた。
その手が、
同族の顔面を容赦なく鷲掴みにする。
そして──叩きつけた。
鈍い音が岩肌に響く。
が、それを気にするような精神は、もはや残っていない。
一度。
もう一度。
さらに、もう一度。
──何度でも。
頭を、壁へ。
何度も。
何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も。
ぐしゃり、と。
耳障りな
弱々しく宙を泳いでいた手足が、やがてぷらりと力を失う。
命の灯火が、音もなく消えていく。
それでも──まだ足りない。
『彼』は、あの白く小さな異形──
己の存在を塗り替えた、名も知れぬ
躊躇いもなく、目の前の死体──かつての兄弟に、歯を立てた。
なぜ、そうしたのかは分からない。
ただ──
無性に、そうしたかった。
理屈も、理由もない。
あったのは、渇きだけ。
むしゃり。
ごぶり。
ぶちり。
肉が裂け、筋がちぎれ、骨が軋み、
温かな血が喉を潤し、熱が全身を駆け巡る。
それは、至福。
それは、悦楽。
それは──
そう、確かに思えた。
食らい、喰らい、喰らい尽くす。
手を、足を、腹を、そして首を。
貪欲に、原始的に、獣の本能のままに。
そして、胴をも噛み千切ったその瞬間──
『何か』が、歯の奥で砕けた。
小さく、硬質な破裂音。
だがそれは、音以上に強烈な
──
あらゆる感覚が開かれ、
空気の振動、他者の気配、遠くで蠢く微生物の胎動すら感じ取れるような錯覚。
世界そのものが、手の中にあるとすら思えた。
『彼』の瞳が、爛々と光を帯びる。
その心の奥底に、確かに刻まれた。
──もう、かつての群れには戻れない。
なぜなら今や、『彼』は──
同族でありながら、それを喰らうという、最大にして最深の禁忌。
それは、『母』の恩寵を否定する、冒涜の所業。
だが──それでも、『彼』は手に入れた。
常識を踏みにじることでしか辿り着けぬ、ある種の
血肉が変質し、骨がきしみ、脳裏を駆けるのは、破壊的な悦楽と、圧倒的な自己の拡張。
まるで天地が『彼』を中心に回り始めたかのような錯覚。
それでも、『彼』の中に渦巻く熱だけは──決して冷めなかった。
右眼をくり抜き、同族を喰らい、あらゆる倫理を喰い破ってなお、その胸の内に燃え盛る、黒き焔は鎮まらない。
むしろ、それは膨れ上がっていく。
暴走し、膨張し、際限なく。
故に、『彼』はそれに──名前を与えた。
憤怒、と。
理性を焦がす、烈火のような情動。
それは破壊の衝動であり、生存の牙であり、唯一無二の『個』として目覚めた証。
──その瞬間。
『彼』は、もはや
肉を貪り、禁忌を破り、血で血を洗った果てに──
生まれ落ちたのは、理性すら凌駕する、原初の
名を持たぬ獣が、名もなき『個』となる、その瞬間だった。
故に、『彼』は進む。
己が胸の奥底に燻る、憤怒の導くままに。
喰らえ──あの白き異形を。
牙をもって、爪をもって、その肉を裂き、骨を噛み砕け。
目に映るのは、喉奥にこびりついたあの味の記憶。
そして、
──どうでもいい。
『彼』は、ただ静かに、闇の中へと沈んでいった。
次なる喰らいの時を、その『隻眼』に宿しながら。