『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン   作:食品サンプル

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第5話 : 闇に巣食う異変

『モンスターハンターワイルズ』遂に狩猟解禁

 フルフル……フルフルはどこだ!? 

 

 

 


 

 

 

 決めた。

 

 俺は、この洞窟の奥へと進む。

 

 長考の末に出した結論だ。

 強くなるには、それしかない。

 

 上質な血。上質な肉。

 そして、生半可な戦い方では勝つことすらできない強敵──

 それらが、俺のさらなる成長に必要な『糧』になると、そう思ったから。

 

 だが──

 

 ここを去る前に、最後に一つ、確かめておきたいことがあった。

 

 通路の奥にある生物(モンスター)たちの休憩所。

 

 ここは俺にとって、単なる狩場ではない。

 水場であり、食料の調達地であり、そして何より、この洞窟の生態を知るための重要な観察拠点だった。

 だからこそ、去る前に最後の確認をしておきたかった。

 

 いや、それだけではない。

 

 清廉な水、甘美な果実、そして新鮮な血肉。

 ここにいるうちに、もう一度まともな食事をしておきたい。

 

 そう思いながら、俺は休憩所へと続く通路を這い進む。

 

 途中、出くわした獲物は、これまで通り放電と吸血で仕留めた。

 もはや手慣れたもの。

 無駄な動きを減らし、最小の労力で相手を狩る。

 流れるように動きを止め、喉元に牙を突き立て、熱を帯びた血を喉へと流し込む。

 

 ──しかし。

 

 違和感があった。

 

(……妙に、静かだ)

 

 これまでなら、この通路を進めば必ず数匹のモンスターと遭遇していた。

 奥へ進めば進むほど、生命の気配が密集していた。

 ここはヤツらの休憩所へと続く道。

 入れ替わるように獣たちが行き来し、低いうなり声や小競り合いの音が響いていたはずだ。

 

 ──だが、今日は違う。

 

 敵の数が、圧倒的に少ない。

 ただ『いない』のではなく、『何か』に吸い寄せられるように、どこかへ向かっているような……そんな異様な静けさ。

 

 微かな不穏さが、背筋を這い上がる。

 

(……嫌な予感がする)

 

 そして、その予感は──

 

 大抵の場合、当たる。

 

 俺が休憩所へと続く最後の通路に辿り着いた時、

 異様な光景が目の前には広がっていた。

 

「──ガアアアアァァッッ!!!」

「──グルルゥゥラアァァァッ!!」

「──ゴッガアアァァァッッッ!!!」

 

 暴走したモンスターたちが、雪崩のように押し寄せていたのだ。

 

 いつもは静かで、生命の営みが感じられた空間。

 だが、今は見る影もない。

 

 湧水は泥と血にまみれ、濁りきっている。

 果実が実る木々は無残に踏み倒され、

 あちこちに獣の毛や肉片が散乱し、異臭が充満していた。

 

 そして、何より異様だったのは──

 

 モンスターたちが、敵味方の区別なく、互いに襲い掛かっていることだ。

 本能のままに噛み付き、殴り、引き裂く。

 理性など欠片もない。

 まるで、狂気に取り憑かれたかのように。

 

(……何が起こってる?)

 

 思わず硬直する俺を嘲笑うかのように、背後から、さらに複数の足音が響いた。

 

(……これは、5匹……いや、10匹以上!?)

 

 振動を察知すれば、足音の密度がとにかく異常だ。

 重なり合い、どこからともなく押し寄せてくる。

 

 併せて、30体。

 

(冗談だろ……!?)

 

 今まで俺が同時に相手したのは、多くて5~6匹。

 だが、今回の数はその6倍以上。

 

 これまでとは、次元が違う。

 これは戦いではない、蹂躙の領域だ。

 

 ──だが、

 

(……まぁ……逃げる理由にはならないか)

 

 そうだ。

 逃げる理由は、ない。

 最後の見納めに来ただけだったが、これは好都合。

 

 全てを喰らい、己の糧とする。

 

 奥へ進むと決めたのなら、この程度の困難、超えずしてなんだ。

 

 それに、目の前にいるのは散々狩り倒してきた連中ばかり。

 今さら怯む理由など、どこにもない。

 

 ならば──

 

 俺は、これまで通り、仕留めるだけだ。

 たとえ、その数が多くとも、それは変わらない。

 

(……行くか!)

 

 瞬時に意識を切り替える。

 嗅覚と振動を頼りに、高速で這い回り、敵の足元へと滑り込む。

 

 混乱の最中、同族同士で争い合うコボルト。

 俺の存在など眼中にない。

 

 ──なら、遠慮なく狩らせてもらおう。

 

 俺は、片方の獲物の死角に回り込み、首元に鋭く噛み付いた。

 そしてすぐさま、放電。

 電流を流し込むと、コボルトの体が痙攣する。

 その瞬間、さらに牙を深く食い込ませ、血を吸い上げる。

 

「──ギッッ……ギィィェッッ……!?」

 

 コボルトは白目を剥き、口から泡を吹きながら、その場に崩れ落ちた。

 

 俺は体内に流れ込む血の熱を感じながら、素早く次の獲物へと向かう。

 一匹、また一匹と仕留めるたび、俺の動きは研ぎ澄まされ、加速していく。

 

 しかし、その中で──

 

 奇妙な異変に気が付いた。

 

(……倒したはずの獲物が、消えている?)

 

 そうなのだ。

 さっきまで転がっていたコボルトの死骸が、まるで霧散するように跡形もなくなっている。

 地面に広がる血の跡だけが、その痕跡を示してはいるが……一体、どういうことだ? 

 

 違和感が、じわりと背筋を這い上がる。

 

 本来なら、俺は死骸を障害物として利用しながら、戦場を有利に立ち回る。

 しかし、それができない。

 

(何が起きてる……?)

 

 異様な静寂が、喧騒の中に紛れ込んでいる。

 何かがいる。何かが、『狩り』とは別の目的で死体を回収している……? 

 

 不安をかき消すように、俺は周囲の気配を探る。

 

 暴れ狂うコボルト。

 鋭い爪で応戦するゴブリン。

 泥水の中から鋭く舌を伸ばす蛙型の生物。

 

 一見、ただの乱戦。

 何もおかしくはないように見えるが……いや、違う。

 

 この中に、一匹だけ。

 一体だけ、明らかに異常な動きをしているゴブリンがいた。

 

 他のモンスターが本能のまま暴れ、牙を剥き出している中で、そいつだけは異様に冷静だった。

『目的』を持って動いていた。

 

(……何をしてる?)

 

 そいつは、先程俺が倒したコボルトの死骸へと手を伸ばす。

 胸元に、ズブリと指を突き立て、肉を掻き分け、そして──『何か』を引き抜いた。

 

 それは、

 

『紫紺色の結晶』

 

(……あれは)

 

 俺も、今まで何度か目にしていた。

 だが、それが何なのか分からず、ただの硬い異物だと決め込み、気にも留めていなかったモノ。

 

 しかし。

 

 そのゴブリンはそれを掴み、じっと見つめ、

 

 ──そして、迷いなく噛み砕いた。

 

 瞬間。

 

 ゴブリンの体が一瞬、膨張する。

 

(な、んだ……?)

 

 明らかに異常だった。

 筋肉が膨れ上がり、皮膚が弾けそうに張り詰める。

 血管が浮かび、呼吸が荒くなる。

 

 そして 次の瞬間──

 

 紫紺の結晶を抜かれた死骸が、灰と化した。

 

(……何だよ、これは)

 

 目の前で起こる現象に、理解が追いつかない。

 俺はただの狩りをしていたはずだ。

 だが、これは──まるで 『異質な法則』 に基づく儀式のような光景だった。

 

 だが、思考を巡らせる暇はない。

 

 戦いは、まだ終わっていないのだから。

 

(くそっ……!!)

 

 頭の中で渦巻く混乱を無理やり抑え込み、目の前の敵を、ひたすらに狩る。

 

 狩って、狩って、狩り尽くす。

 

 血の匂いが充満する戦場で、俺はひとり、生存のために牙を振るった。

 

 そして──

 

 30を超えるモンスターが、全て沈黙した時。

 

 ──ただ一匹、ゴブリンだけが、そこには残っていた。

 

 そいつは、俺をじっと見つめていた。

 右目が無く、残った左目だけを異常なほどに釣り上げて。

 

 俺も、そいつを見つめていた。

 嗅覚によって、目の前の敵が『強烈な意志』を持っていることを理解して。

 

 互いに、相手を認識する。

 その瞳には、理性が宿っていた。

 

 いや──

 

 むしろ、それは怯えでもなく、敵意でもなく。

 何か別の──もっと根深い強烈な感情だけが、そこにはあった。

 単なる獣の殺意ではなく、理性すら滲む明確な『執念』。

 

(……コイツ、今までのゴブリンとは違う)

 

 確信した。

 俺はこのゴブリンと、戦うことになる。

 

 ──そして、ここからが本当の『生存競争(ころしあい)』になるのだと。

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

『彼』は──

 ずっと、あの小さき異形を()()していた。

 

 腐肉を貪る姿。

 苔をこそぎ、泥水を舐めるように喉へ流し込む様。

 臆病で慎重な動き。

 狩りの際に見せる、一瞬の爆発力。

 そして──襲うべき対象の選び方。

 

 ……全てを、余さず見ていた。

 

 まるで模倣するための予習のように。

 まるで、執念が人格を成したかのように。

 

 その視線には、敵意だけではない。

 理解し、学び、そして──喰らうための飽くなき探求心すら宿っていた。

 

『彼』は、待っている。

 

 ──次こそ、確実に狩るために。

 

 あの小さき異形を、自らの手で屠るために。

 

 一度、敗れたからこそ学び得た()()という名の狩猟術。

 異形はどこまで動けるのか。

 異形はどこまで知性を持つのか。

 そして、異形は──何を望み、何を目指しているのか。

 

 それを測るために、『彼』は()を使った。

 

 たとえば──蛙型の怪物。

 

 わざと深手を負わせ、なお生かし、異形の縄張りへと誘導する。

 血の跡を残すように追い立て、あえて()として差し出す。

 

 異形は最初こそ躊躇いを見せた。

 だが、飢えに耐えかねたのか、それとも──何かを悟ったのか。

 やがて飛び込み、苦戦しつつも……勝った。

 

 その中で、『彼』は見た。

 

 ──それは、()()()()()()()()だった。

 

 ただの噛みつきでもなければ、吸血でもない。

 明確に、()()()()()だった。

 

 青白い光。

 それは、小さき異形の体から生まれ、瞬時に蛙を包み込み、辺りの闇を照らし出した。

 

 そして──蛙は痙攣し、焼け焦げた。

 

 何が起きたのか、理解できない。

 何が起きたのか、把握できない。

 だが一つだけ、確かに感じた。

 

 視界が、焼き付くほどに眩んだ。

 喪ったはずの右目が、痛みを覚える程に。

 

 理解不能。

 意味がわからない。

 脳がそれを理解することを、拒絶していた。

 

 だが──それでも、身体は震えていた。

 それが、恐怖のせいだと知覚する前に。

 

 ぞくり、と背筋を撫でるような戦慄。

 見慣れた闇の中に生まれた、理解を超えた異質。

 あの光。あの焼き尽くす力。

 意味など、わからなくて当然だ。

 

 ──けれど。

 

『彼』は、そこで立ち止まらない。

 

 恐怖で足が竦む? 

 脳が悲鳴を上げる? 

 そんなもの、どうでもいい。

 

 それ以上に、胸の奥底を灼くように燃え上がる感情がある。

 

 ──憤怒。

 

 それは、恐怖をも上書きする原動力。

 

 理不尽を前にしてなお、膝を屈することを許さない渇き。

 

 小さき異形には、()()()()()がある。

 では、どうすればいい? 

 どうすれば、あの力に抗える? 

 

 考えろ。

 恐れるな。

 怯えではなく、戦慄を喰らえ。

 そして、その全てを『次』の糧とせよ。

 

 恐怖に呑まれるのではなく。

 それを咀嚼し、己の血肉とせよ。

 憤怒の中にこそ、答えはある。

 

『彼』は思考を止めなかった。

 脳の奥で渦巻く激情を抑え込みながら、ひたすらに敵を見つめ続けた。

 

 監視は、続いた。

 異形は変わった。

 飢えに背を押されたのか、それとも吹っ切れたのか──

 かつてのようにただ逃げ惑うだけの存在ではなくなっていた。

 

 自ら狩りを始めた。

 慎重に、確実に──獲物を見極め、仕留めるようになった。

 

 そして『彼』もまた、静かに変わっていく。

 観察の中で、ひとつの確信に至っていた。

 

 ──『アレ』は触れなければ、発動しない。

 

 あの光。あの灼熱。あの破滅の力。

 だが、それは必ずと言っていいほど、()()を伴っていた。

 

 逆に言えば、

 小さき異形が()()()()()()、あの攻撃は──ただの幻想に等しい。

 

 そう、『彼』は確信した。

 

 ならば、やることは、ただ一つ。

 ()()()()()()()()()()

 それだけで、あの異形の牙を折ることができる。

 

 その結論に至った瞬間、『彼』は即座に動き出した。

 迷いも、逡巡も、すでに心には存在しない。

 

 投げる、という行動。

 距離を取ったまま仕留める手段。

 それを得るために、『彼』は手当たり次第に素材を探し始めた。

 

 岩壁から崩れ落ちた鋭利な石片。

 洞窟の奥に折れ転がる果樹の破片。

 

 ──そして、

 

倒した同族の亡骸から、容赦なく引き剥がした牙と爪。

 

 それらは、まさに()()()()()()()として再構築されていく。

 

『彼』は『同族殺し』をやめなかった。

 

 いや──やめられなかった。

 

 それが、自分という個を強化し、深化させる鍵であると、知ってしまったのだから。

 

 倒せば喰らい、喰らえば強くなる。

 

 その循環には、もはや罪も咎も存在しない。

 あるのはただ一つ──()()()()()()()()()()

 

 だから『彼』は、今日もまた爪を研ぎ、牙を研磨する。

 獣ではない。狩人でもない。

 ──これは、進化する災厄だ。

 

 肉体は膨張し、牙は刃のごとく鋭く、指先の爪も岩を裂くほどに変貌していく。

 そして、『彼』は知ってしまった。

 

『紫紺色の結晶』──同族の内に眠る()()()を喰らうたび、自らが確かに変質していくことを。

 

 何度も、

 何度も、

 何度も、何度も、何度も──

 

 喰らい尽くし、血を啜り、骨ごと噛み砕く。

 飢えを満たすためじゃない。

 ──超えるためだ。

 小さき異形(それ)を、完全に打ち倒すために。

 

 その間にも、『彼』は考えていた。

 どうすれば、あれを狩れるか。

 どうすれば、あの白く小さき異形を自分の牙で引き裂けるか。

 

 ──なぜなら、異形も成長していたから。

 

 目に見えて、明確に。

 移動速度は増し、岩陰や死骸の陰から獲物へと滑るように接近し、

 そして──例の不可解な攻撃で、即座に仕留める。

 

 強い。

 あまりにも、強くなっている。

 

 次に出会えば、勝てるのか。

 そう──ほんの僅かでも、不安という感情が、『彼』の脳裏をかすめた。

 

 だが──

 

 その思考すら、殺意の炎に飲まれていく。

 

 幸か不幸か、小さき異形には一つの弱点があった。

 それは──数。

 数の暴力に晒されれば、奴は確実に手間取る。

 実際、同族が三体以上になると、動きに明確な鈍りが見て取れた。

 

 その兆しを見た瞬間、『彼』の中で何かが繋がった。

 

 ──囲めば、勝てる。

 

 同族を囮に使い、奴を疲弊させ、削り、最後に己が喰らう。

 それが、()()()()()だと。

 

 そう確信した瞬間から、『彼』の動きは加速した。

 異形が何に反応して逃げるのか。

 何を見れば怯え、何に牙を剥くのか。

 観察し、分析し、実行に移す。

 

 そして何より──『彼』は既に、同族から()()()()()()()となっていた。

 

 だからこそ、少し背中を切り裂いてやれば、それだけで十分だった。

 痛みを煽り、敵意を見せれば──奴らは、自ら進んで獣の檻へと駆け込む。

 

 満足げに息を吐きながら、『彼』はその哀れな同族の首をひねり──

 

 ぐしゃり、と音を立てて潰し。

 

 そして、いつものように。

 喉奥で転がる紫紺の結晶を、ゆっくりと──甘美に、噛み砕いた。

 

 脳髄にまで届く、快楽にも似た浸食。

 その一瞬だけは、あらゆる思考が途切れる。

 

 ──そして、時は流れた。

 

 数日が経ち、ついに『その時』が訪れる。

 

 小さき異形が、どうやら『食糧庫』へ向かおうとしている気配。

 ならば、と。『彼』は即座に動いた。

 

 先回りし、すでに巣くっていた先客どもを、容赦なく──引き裂いた。

 喉笛を、腹を、首を裂き、ただの肉片へと変えた。

 

 突如の血臭と混乱が辺りに満ち、思惑通り、場は騒然となった。

『彼』は混乱を誘発させるだけさせて、すぐにその場を後にする。

 

 それからは、一気呵成。

『母』なる洞窟の中を自在に駆け巡り、

 異形が『食糧庫』へ辿り着くよう、巧妙に同族を暴れさせて導いてやった。

 

 ──そして、ついに。

 

 小さき異形は、『食糧庫』の前で立ち竦んでいた。

 

 予期せぬ状況に面食らい、僅かに戸惑うその姿を、『彼』は遠くから、じっと、愉悦に満ちた眼差しで見つめる。

 

 練り上げた策。幾度にも及ぶ思考の螺旋。

 その全てが()()()()に収束していくことに、『彼』の胸には、沸き立つような高揚感が渦巻いていた。

 

 そしてその精密に組み上げた筋書き通りに、

 小さき異形は混乱の渦中で、面食らい、戸惑い、疲弊しながらも、次々と同族を──『彼』が差し向けた捨て駒たちを──殺していく。

 

 だが、そこで『彼』は決して、気を緩めない。

 油断など、ありえない。

 

 なぜなら、かつて──

『彼』は一度、敗北したからだ。

 

 だからこそ。

 今度は、完膚なきまでに叩き潰す。

 

 小さき異形が倒すたびに転がる同族の肉塊。

 その亡骸から、躊躇なく紫紺の結晶を引き抜き、喉の奥で転がし──噛み砕く。

 

 咀嚼のたびに脳髄を焼くような刺激が迸り、血潮のような熱が全身に流れ込む。

 

 そう──

 異形を数で押して消耗させるだけでは、意味がない。

 

 本当の狙いは、別にある。

 

 異形が疲弊していく傍らで、

『彼』自身は、同族を喰らい、結晶を砕き、進化を続ける。

 

 ── 一方が削られ、

 ── もう一方が膨れ上がる。

 

 この狩りは、消耗戦ではない。

 これは、収穫。

 

 ゆっくりと──だが、確実に。

 小さき異形を喰らうための準備が、今まさに最終段階へと差し掛かろうとしていた。

 

 紫紺の結晶を喉奥で転がしながら、『彼』はその存在を見据える。

 

 その時、ふと。

 戦場の喧騒の中、目が合った。

 

 あの異形に、目など存在しないのに。

 しかし、それでも確かに感じたのだ。

 ──見られている、と。

 

 ならば、と。

 

『彼』はわざと、ゆっくりと結晶を口に運び──()()()()()()()()、噛み砕いた。

 

 ──バキリ、と。

 

 乾いた音が空間に響き渡る。

 

 その音が何よりの()()であり、()()であり──()()()()だった。

 

 全身を駆け巡る熱に、脳が焼かれるような快感が沸き立つ。

 まるで、この瞬間こそが生きている証だとでも言わんばかりに。

 

 異形はすでに三十体を超える同族を打ち倒してみせた。

 

 血にまみれ、肉を啜り、屍を超えてなお歩みを止めないその姿は──

 敵ながら、まさに『脅威』だった。

 

 だが。

 

 だからこそ。

 

『彼』の胸には、沸き立つ。

 灼熱のような悦楽と、終わりなき憤怒が。

 

 現在の状況を見れば、答えは火を見るより明らかだ。

 息も絶え絶えに屍を踏み越える『獲物』と、

 血肉を喰らい、力を蓄え続ける『狩人』。

 

 天秤は、もはや傾いている。

 

『彼』は、手にしていた一本の牙を見やる。

 

 それは、喰い殺した同族の名残。

『力』を象徴する、かつての証。

 

 それを、高く掲げ──

 静かに、そして確実に狙いを定めた。

 

 そして──

 

 咆哮と共に、放つ。

 小さき異形へと突き刺さる軌道を描きながら、牙は唸りを上げ、虚空を裂き。

 

 ──開戦の火蓋が、今。

 確かに、切られた。

 

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