二人が教会に着くと、先程状況が大きく変化していた。
信者たちが慌ただしく駆け回り、どこかへと連絡を取る者もいれば、部屋を一つずつ確認するように鍵を開けては中を覗き込んでいる。明らかに焦りの色が濃く、その表情には混乱と苛立ちが入り混じっていた。
「……ふむ、予想通りだな」
教会の影からその様子を観察していたシュタインが、眼鏡の奥の目を細める。彼の声には微塵の動揺もなく、むしろ確信に満ちた響きがあった。
「子どもたちの失踪により、信者たちの動きは大きく乱れている。警戒レベルが上がる一方で、組織的な対応が追いついていない。つまり──今が最適な侵入タイミングかと」
「成程、一気に叩くぞ」
その言葉と同時に、二人は影から飛び出した。
教会内の混乱は激しく、もはや正面突破すら容易なほどだった。信者たちは皆、子どもたちの失踪に気を取られ、警備の穴がいくつも生じている。
信者たちの混乱をすり抜けながら、二人は迷わず礼拝堂へと向かう。
既に確保した”先生”からの情報によれば、地下へ続く通路は礼拝堂にある。
「突入するぞ」
隊長が短く告げ、シュタインが無言で頷く。
──次の瞬間、力強い前蹴りで礼拝堂の扉を蹴破った。
バンッ!!
重厚な扉が開かれるや否や、そこにいた白衣の男たちが驚愕に目を見開く。
「……誰だ!?」
「政府の手の者か!? 使えん
「光《ルミナ》を使うぞッ!」
───ガシャアァン!!
シュタインの腕が動くよりも早く、礼拝堂内の数名の”先生”たちが異形の姿へと変貌する。
筋肉が異常に膨れ上がる者、関節が異様な方向へとねじれる者、皮膚が硬質化する者──。
「先程の蜘蛛男といい、
シュタインは鼻を鳴らしながら、視線を礼拝堂に並ぶチャペルチェア*1へと向けた。
(この重さ…長さ……丁度いい)
彼は一歩踏み込み、片手でチャペルチェアの端を握ると、勢いよく持ち上げる。
バギィィィッ!!!!
分厚い木製の椅子が、シュタインの手によって軽々と振り上げられる。
その瞬間、突進してきた異形の”先生”たちの表情が一瞬、驚愕に歪んだ。
「──計算通りだ」
ドガァッ!
長椅子が振り下ろされ、正面の3名をまとめて叩き潰す。
「ぐはっ──!?」「あがっ……!!」
数百キロの衝撃が、彼らの身体を床へと叩きつけ、礼拝堂の石造りの床がひび割れる。
異形の身体を持つとはいえ、シュタインの一撃を食らっては無事では済まない。
「ま、待て、こいつ……っ!」
「化け物か……!?」
残った”先生”たちが怯み、後ずさる。
シュタインは眼鏡を押し上げ、無造作に長椅子を投げ捨てると、静かに言い放った。
「私だけに気を取られてどうする」
───刹那。
無数の切り傷と、刺傷が残りの先生たちに刻まれる。汚い悲鳴をあげて次々に倒れる"先生"たち。
その背後には、鋭く輝く細剣──隊長のレイピアが閃いていた。
「呆気ないな」
隊長は剣を返し、一歩踏み込んだ。
意識を保たせている”先生”たちは戦意を喪失している。
「貴様ら、地下へ行くための鍵なのは誰だ?」
静かな問いかけ。だが、それは明確な”選択肢”を提示する声だった。
隊長の鋭い問いに、“先生”たちは怯えながら視線を交わした。
誰も答えようとはしない。しかし、その沈黙が何よりの答えだった。
「……隠しても無駄だ」
シュタインが一歩前に出る。
圧倒的な筋力で礼拝堂の床を踏み鳴らし、その振動が周囲に響く。
「……っ!!」
“先生”たちの一人が思わず身をすくめた。
それだけで十分だった。
「隊長殿、こいつですね」
シュタインは即座に標的を見極め、躊躇なくその男の襟首を掴み上げる。
白衣の男は必死に抵抗するが、シュタインの握力は鉄鉱石の如く揺るがない。
「は、離せ……! 私はただの研究員だ! 鍵なんて持っていない!」
「誤魔化すな。貴様自身が鍵なのは既にデータにある」
「な……!?」
「最深部への”生きた鍵”──人体認証か、生体データか、どちらにせよ、今は貴様なしでは通れない仕組みになっている……そうだろ」
男の顔色がみるみる青ざめた。
シュタインは無表情のまま、男の肩をぽん、と軽く叩いた。
「貴様には協力してもらうぞ」
「ふ、ふざけるなっ!おま、えらなんかに協力なんてする訳………」
「なら致し方ない」
男の言葉にため息を吐くシュタイン、まるで片手で端末を器用に操作しつつ、襟首を掴んでいた手を離す。
解放され思わず襟首周りを触る。
「筋肉で解決するか」
───バキッ!!!!!
次の瞬間、その右腕が無理やり持ち上げられた。
「ぐ、あああああああっ!!?」
激痛に悲鳴を上げる”先生”。筋肉の繊維が音を立ててちぎれ、皮が伸びていくような感覚に陥る。
シュタインが一瞬で男の腕を強く掴み、一気に上に引き上げたのだ。
突然の痛みにパニック状態になり、必死に脚をばたつかせ、何度も何度もシュタインに蹴りを入れるが、筋肉に全て弾かれる。
先生は涙と鼻水で顔を汚しながらも、何とか言葉を発する。
「ま、まっ…待って………待ってっ…やめ、やめて………」
「暴れるな。折れるぞ」
「わかっ…わかったからッ!!!う、腕、腕離し………」
「ご協力感謝する」
シュタインは男の腕を離し、無造作に地面へと落とした。
男は床に崩れ落ち、荒い息を吐きながら震える手で肩を押さえる。
「……こ、こっちだ……」
「知ってる」
震える声で言いながら、男はよろよろと立ち上がり、礼拝堂の奥へと歩き出した。
シュタインと隊長はその後をついていく。
男が向かったのは、祭壇の下部。
一見したところ、何の変哲もない祭壇だったが、男は震える指でそこに仕込まれた小さなパネルを押した。
微かな機械音が響き、祭壇の一部がゆっくりとスライドする。
そこに現れたのは、分厚い金属製の扉だった。
「す……隙ありだ……!死ねッ!!!」
男は最後の抵抗を見せるかのように二人の背後を取り、隠し持っていたナイフを振り下ろす。
が、シュタインがため息をつくと、ナイフを裏拳で弾き、男の額に軽く手のひらを当てた。
コンッ
小さな衝撃が男の脳に走る。
男の目が一瞬見開かれ──そのまま意識を失い、床に崩れ落ちた。
「……死んだか?」
「まさか、最適な
シュタインは淡々と答えた。
「さて──問題は、この扉の認証…ああ、指認証ですね。少し古いな」
シュタインは扉に設置された端末を見やる。
隊長が意識を失った男の腕を掴み、ゆっくりと指をパネルに押し当てた。
ピピッ────
数秒の沈黙の後、低い電子音が響く。
《認証完了》
扉が音を立ててゆっくりと開いていく。
シュタインと隊長は無言で頷き合い、開かれた闇の奥へと踏み込んだ。
※
シュタインと隊長が地下通路に足を踏み入れてから暫く、暗闇の奥から怒号が響き渡った。
「侵入者だァッ!!!」
次の瞬間、頭上のライトが一斉に点灯し、通路全体が赤い非常灯に照らし出される。
照明の下には、すでに待ち構えていた数名の“先生”たち──いや、人間だった者たちが立ちはだかっていた。
皮膚が鱗状に変質した者、異常に長い腕を持つ者、両脚がキャタピラのようになっている者、背中から金属の刃を突き出した者……どれもすでに“人間”の域を超えている。
「シュタイン!これが一番成功確率が高いと行っていたな」
「ええ、ここからですよ」
シュタインは迫り来る相手を前にしても、端末を平然と動かし、隊長は静かにレイピアを構え、口元をわずかに歪めた。
「一気に突破するぞ」
異形の“先生”たちが、一斉に猛スピードで加速する。
先頭の一体は、異様に伸びた腕を鞭のようにしならせ、シュタインを狙って振り下ろす。
しかし──
「その動きは85.1%……
シュタインは寸分の狂いなくステップを踏み、鞭のような腕を紙一重で回避。
そのまま懐に飛び込むと、腹部に強烈な拳を叩き込んだ。
ドゴォッ!!
「がっ……!!?」
衝撃を受けた異形の男は、数メートル吹き飛び、壁に衝突する。
「次」
シュタインが悠々と眼鏡を押し上げると、別の“先生”が背後から跳びかかる。
彼の背中から生えた刃が、シュタインの首元を狙って迫る──
ヒュンッ
銀光が閃き、その刃は宙を舞った。
「──甘い」
隊長のレイピアが寸分違わぬ精度で相手の刃を弾き、次の瞬間、喉元に突き刺さる。
男は声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
「この程度か?」
隊長は淡々と剣を振り払う。
だが、倒しても倒しても、次から次へと異形の“先生”たちが押し寄せてくる。
「キリがないな」
「いえ、そんなことはなさそうですよ」
シュタインが無造作に倒れた敵を踏み越えながら、通路の奥を見据える。
ギィィィ……
突然、鉄の扉が開き、奥の暗闇から新たな存在が姿を現した。
赤い非常灯の下、影が不気味に蠢く。
檻を破壊して飛び出してきたのは、獣と機械が融合したような存在たち──
「ククッ、さあ殺れッ!!!
「侵入者相手にコイツらを切ることになるとはな……特にあのメガネ。彼奴の身体…まるで神のような
先生たちの気色悪い視線から目を逸らしつつ、シュタインは迫り来る獣たちを観察する。
鋭利な金属の爪を持つ狼型の個体、異常に発達した前肢を持つ熊型の個体、そして……
無数の赤い眼を持つ巨大な蜘蛛。
「……また蜘蛛か」
シュタインが鼻を鳴らし、拳を鳴らす。
戦闘は新たな局面を迎える。
ズ…ズ…………ズズズ……………………
異変は突如起きた。
獣たちが咆哮を上げ、今にもシュタインたちに飛びかかろうとしたその瞬間。
ズ…ズズズズズズズズズズズズズ…………ッ!!
通路の床が突如として波打つように歪んだ。その歪みは徐々に広がっていき、まるで何かが飛び出そうとしている。
「何だ……!?」
隊長が一歩引き、シュタインも咄嗟に防御姿勢を取る。
しかし、それは彼らだけではなかった。
「ま、待て……何が起きている……?」
「これは……“
混乱する”先生”たちが後ずさる中、床の歪みがさらに激しくなる。
そして──
ズバァンッ!!!
床を突き破り、何かが飛び出した。
それは──人間の子どもの姿をした”何か”だった。
人数は三人。
赤紫に染まった肌。
ゆらゆらと猫背のまま、揺れる不気味な動き。
異様に滑らかで、金属のような光沢を帯びた肉体。
しかし、どこか”未完成”な雰囲気を持つ。
異質な雰囲気を解き放つそれらは無表情のまま、辺りをじっくり見渡す。
明らかに異常だと感じたそれにその場にいた全員が息を呑む。
異形の獣たちですら、その存在に本能的な恐怖を感じたのか、一瞬だけ動きを止める。
だが、それが致命的だった。
─────シュウゥゥゥゥ……!!!
次の瞬間、三人の”子ども”が一斉に動いた。
重力の概念を無視したかのような、不気味な動き。
まるで鳥のように飛んで、一瞬で狼型の機械獣の懐に潜り込み……
グシャアッッッッ!!!
一本の細い腕を振り下ろしただけで、鋼鉄の骨格ごと粉砕する。
「………コレは」
シュタインの目がわずかに細められる。
次の瞬間、同胞をやられた怒りからか熊型の個体が雄叫びを上げながら、子どもに拳を振りかぶるが──
シュバッ
別の子どもが、ゆっくりとした動作のまま手を突き出す。
指先が熊型の腹部に触れたかと思った瞬間。
ボゴォォォンッ!!!!
炸裂するような衝撃が広がり、熊型の胴体が吹き飛んだ。
機械と肉片が周囲に飛び散る。
「隊長、コレは計算外です」
「……見たら分かる。あれが多分───」
シュタインの端末に文字を打つ速度が徐々に上がっていく。隊長は今日一深いため息を吐く。
「"救い主"!?馬鹿なッ!?このタイミングで……!?」
「まだ未完成で不安定な個体を三体も!?」
「一体"神父"は何を考えて……」
残された蜘蛛型の個体が一歩後ずさる。攻撃的な個体であるはずが、本能でアレに攻撃してはいけないと悟り、身体が大きく震え始める。
スゥ……
三人の子どもたちが、“蜘蛛”を見つめた。
──その直後。
蜘蛛型が天井に叩きつけられる。重力に従い落ちてくるそれを子どもたちが只管拳を振るい続ける。
メキメキ……グシャアッ!!!!!!
何度も何度も殴っていくうちに原型が無くなった蜘蛛型。残った頭部を無惨にも踏み潰し、静止する子ども。
礼拝堂の地下通路に、異様な静寂が訪れる。
「「「………………」」」
子どもたちは、じっと”先生”たちを見つめる。
「ああ
「……さ、流石我らの最強の生物兵器……!!」
「た、助け──」
ズバアッ
無造作に振られた”手”が、“先生”たちの身体を一瞬で切り裂く。
肉が千切れ、血が飛び散る。
シュタインと隊長が即座に距離を取る。
──敵味方の区別がない。
“先生”たちは歓喜に叫びながらも、無慈悲に粉砕されていく。
まるで”不要なもの”を片付けるかのように。
「成程」
シュタインは、目前で繰り広げられる惨劇を無表情に見つめた。
ズズッ……
その時、三人の“救い主”が、同時に二人へと視線を向ける。
赤紫の肌をした子どもたちの顔には、一切の感情がない。
静かに、しかし確実に、彼らはシュタインと隊長へと近づいてくる。
「彼らをやり過ごす確率12.4%…ほぼ不可能ですね」
「そうだろうな」
「……できるだけ傷つけずに保護したいが」
隊長の言葉が終わる前に──
シュッ
一人の子どもが、信じられない速度で弾丸のように跳躍した。
狙いはシュタイン。
「速いな」
刹那、シュタインは防御姿勢を取る。
両腕を交差し、ドロップキックを受け止めたその瞬間。
ドゴォ!!!!
「ッ!」
空間が歪むほどの衝撃とともに、彼の身体が遠くの壁へと叩きつけられた。
「シュタイン!!」
壁のコンクリートが砕け散る中、シュタインはそこからゆっくりと身を起こす。
額からほんの僅かに血が流れていたが、表情は相変わらず冷静だった。
「……ガードしたつもりだったが、今の威力はデータになかった」
「実に興味深い」
「そしてデータは揃った」
ミシッ…ミシミシミシ……ッ!!!
次の瞬間、シュタインの両腕が異常な速度で肥大化し始める。
スーツの繊維が音を立てて、ちぎれていき、内側から食い破るように飛び出す筋肉。
肩から二の腕、そして前腕へと、まるで生き物のように筋繊維が隆起し、膨れ上がる。
──いや、もはや“膨れ上がる”という表現では足りない。
ドクンッ!ドクンドクンッ!!!
まるで二本の丸太のように太く、硬く、凶悪なまでに肥大化した腕。
血管が蛇のように浮き上がり、皮膚の下で脈動する。
「本番はここからだ」